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古の白龍と鉄の黒龍 第5話『それが理だと言うのなら、私は』

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古の白龍と鉄の黒龍 第5話『それが理だと言うのなら、私は』

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「あぁもう、なんだってんだ!
 戦ってたと思ったらこんな所に飛ばされて、起きてみりゃなんか声聞こえてくるしで……俺は綾瀬を助けたいだけだってのに……クソッ!」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が、自らの中に生まれた感情に悪態をつく。彼としてはルピナスに取り込まれた中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)が助かればそれでいいと思っていたいのに、今になってルピナスのあのような過去を聞かされては、別の思いが浮上してしまう。
 そして散々悩んだ挙句、唯斗は諦めたようにはぁっ、と息を大きく吐いて、自らに言い聞かせるようにして言う。
「ええい、外はもう任せた! 俺はルピナスんトコに行く!
 んでもって、綾瀬を取り返して、ルピナスを叱って……この世界から連れ出してやるよ!」
 宣言し、唯斗は目を閉じルピナスの下へ行けるように念じる。
(あー、でもその為にはアルたんとか白津のにーちゃん相手にしなきゃなのかなぁ……こえぇなオイ……っつかシンドイ……ひたすらシンドイ……)
 そう思ってしまうのは、仕方ないという他ないだろう。名に挙がった牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)も実力者、かつルピナスぶっ殺す派なため、今の唯斗とは敵対関係になってしまうだろう。もしかしたら別の契約者がこちら側につくかもしれないが、攻撃の対象にされるのは違いなく、油断すれば即、死ぬ。
(が、やらねぇ訳にはいかねーからよ。悪いがオメェラ、全員纏めて相手してやる! 俺の望む明日の為にな!)
 最後にそう宣言して、そして唯斗の身体はその場から消えた――。


「ただいま戻りました」
「あっ、ドレス、どこ行ってたのさー。正直ヒヤヒヤしたんだからねー」
 ミーミルから離れた漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)が綾瀬――ルピナス――に纏われ、魔王 ベリアル(まおう・べりある)に文句を言われる。
「よっ、と。ふーん、こうもあっさり行けるなんて、拍子抜けだな」
 そして聞こえてきた声に、ルピナスが振り返る。真っ先にルピナスの下へ辿り着いたのは、竜造だった。
「あら、早速お出ましですのね。……ですがあなたは、わたくしを殺すつもりでここに来ましたの?」
「そうだが、そうじゃねぇ。テメェより先にぶっ殺すヤツが出来たんでな。
 聞かせろ、テメェも聞いただろ、あの『声』。それに思い当たるフシはないか?」
 竜造の問いに、ルピナスは静かに首を横に振る。嘘を吐いているかもしれないが、知らないというならそれでいいことにした。
「お前も来るか? 何がお望みか知らねぇが、叶えるためにも倒しておいたほうがいい相手だぜ?」
「…………いえ、遠慮しておきますわ。わたくしを殺しに来る方が他にもいらっしゃるでしょうし」
「ハッ、なんだそれ。……まぁいい、じゃあな」
 竜造が背を向け、しばらくの後に姿を消す。一人になったルピナスは、空へ向けてはぁ、と息を吐いた。
(……足が、動きませんの。動かし方を、忘れてしまったんですの)


 ――舞台は、ルピナスの“中”へ移る。

「……そういうことですの。思いの外、どこにでもある様な悲劇の生い立ちだったという訳ですか……」
 “聖少女”の生みの親、カリス・アーノイドからルピナスの過去を知った中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)は、心の中でそっと(……つまらないですわね)と口にする。
「一つ、気になったとすれば、カリス様……何故、貴方を捕食したことによってルピナス様は、勝てない筈の聖少女に勝つことができたのでしょうか?
 もしや、貴方も世界樹の一人だったのでは?」
「世界樹……? 世界樹は人として存在しているものなのかい?」
 カリスの回答から綾瀬は、カリスの世界ではミーナの世界のように世界樹が生み出される世界ではないのだと知る。
「聖少女の強さを決めるのは、まず最初の完成具合と、そこからどれだけの聖少女および生物を捕食したか。
 ルピナスは完成具合では、真ん中くらいだったかな。だからそのままでは上の完成度の聖少女には負ける、だから僕は身を捧げた。
 幸い、なのかな。誰もその点には触れなかった。知っていながら、人を捕食させることはしなかった。中途半端だね、僕たちは」
 カリスの言う中途半端とは、聖少女を際限なく素早く強化させたければ、どんどん人を捕食させてしまえばよかったのに誰もそれを行わず、聖少女同士を戦わせ力を奪うことで強化する、という点のみを追った事を言っていた。独自のルールを設けて行うゲームのようだったかもしれない、カリスは今になってそう評した。
「ふぅん……まあ、その事については私からは何も。事が知れたのはよしとしますけれど。
 そうですか……何者かに決められた人生なんて、生きながらにして死んでいる様なモノでしょう……お可哀想に」
 カリスから目を外し、綾瀬はルピナスの事を思う。彼女は生まれた時から既に、運命を決められてしまった。食うか食われるか、それ以外の選択肢を与えられてこなかった。
「他の生命を捕食し、自らの一部とし生きていく……そんなのはルピナス様に限った事ではなく、この世を生きる全ての者が行う行為……決して恥じる事ではありませんわ」
 そう告げた綾瀬の中に、ひとつ、面白いことが浮かんだ。しかしそれを口にするのは、“外”で行われていることに決着が付いてからにしよう、綾瀬はそう決めた。


「おっ、間に合ったみたいだな。来てみたら既に殺されてました、じゃ洒落にならんからな」
「ええ、まだ生きてますわよ」
 現れたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)の言葉に、ルピナスは微笑を浮かべて答える。
「返事してくれたか。いい兆候だ、一方的に話すってのは意外と体力を使うんでな」
「その分わたくしが疲れますわ」
「貴女の方が体力あるんだ、少しは肩代わりしてくれ。こっちは連戦連戦で疲労困憊なんだからさ。
 ……話、聞かせてもらったぜ。『ずっと幸せ』、か。良い名を貰ったな。
 その名を贈ってくれた者は、さぞかし優しく、貴女を大切に想っていたことだろう」
「……そう、でしょうか。わたくしにこの道を歩ませたのは、彼なんですのよ?」
 睨むように、ルピナスが自分のお腹を見る。ルピナスの育ての親、カリスはルピナスの最初の捕食者であった。
「彼を全部は知らない、貴女の思うカリスも居るだろうが、俺はカリスをそう評しておく。
 そのカリスが貴女に、『ずっと幸せ』であることを望んだ。なら、死ぬには早い。貴女はまだ、幸せになってないのだから」
「…………。幸せになる権利など、わたくしには――」
「おおっと、そいつは禁止だ。権利云々なんて寝言はな。そんなものは誰のものでもない。幸せになることを誰も否定されない、そういうもんだ。
 ちなみに、何が幸せなのかを尋ねるのもアウトな。それは誰にも答えられない。貴女自身が決めることだ」
「……………………もう何も言えませんわ」
 体力ではルピナスの方が上回っているだろうが、言葉の応酬に関してはエヴァルトの方が上手だったようである。
「何も言いくるめるつもりで言ったわけじゃないんだけどな……。
 まあ俺が、せっかく贈られた名に反して、幸せにならぬまま死ぬって展開を気に入らんと思っての事だしな。どうするか決めるまで、守ることにするさ」
「……勝手になさいな」
 ぷい、とそっぽを向いてしまうルピナスが、エヴァルトには見た目の年相応に見えてなんだか微笑ましかった。
「この前も言ったように、契約者にはお人好しが多いんでな。カリスとやらに似た性格で、頼れるのもいるだろう。
 オススメは、こっちの聖少女から父と呼ばれてる男だ。今更娘が一人増えたところで問題あるまい。あぁ、俺は不器用なんで、当てにはならんぞ」
「言われなくとも当てにはしませんから」
「完全に拗ねたな……まぁいい。そんな事しててもまだまだ来るぞ、お人好しが」
 エヴァルトが示した先、複数の契約者の姿がそこにあった――。


「ルピナス、貴女は何時までそうやって楽な道を選ぼうとするんだ?」
 開口一番、神崎 優(かんざき・ゆう)にそう告げられたルピナスの瞳が鋭く、優を捉える。しかし反論の言葉は出てこない。先にエヴァルトに削られたのもあるが、もうここまで来るとルピナスも言葉を返す気力が失せていたのだ。
「そうやって何時までも楽な道を、簡単な選択を続けて、ただ流されるように行動していても何も変わらない!
 貴女の本当の願いを、想いを、苦しまずに抱え込まずに全部さらけ出してぶつけてこい! 俺が、俺達がそれを受け止める!!」
 そして、その言葉がある意味トドメとなり、ルピナスの口を開かせる。
「……よく、分かりませんの……わたくしは幸せに生きたい、そう思っていただけですのに……」
 言ったルピナスの顔が伏せられ、表情を伺い知る事は出来ない。だが響く声から、おそらくは泣いているものと思われた。
「あ、泣かせたこいつ」
「いや、泣かせるつもりで言ったわけでは……」
 エヴァルトに茶々を入れられ、動揺した顔を優が見せる。隣の神代 聖夜(かみしろ・せいや)もこの反応はどうしたものかと頭を抱える。ルピナスがこのような反応となった原因は、元々ルピナスには『ずっと幸せに生きたい』という思いのみがあった所へ、色々と願いや思いのようなものがくっついていったのだが、契約者が言葉を放ち続けた結果それらが全て引き剥がされ、もう残ったのがそれしか無くなった(とルピナスは思っている)故であった。そしてこれは、例えるならものづくりに携わる人が『いいものを作りたい』と願いながら具体的なヴィジョンは何も持っていないのに近しく、ルピナスもどういうプロセスを経てどういう幸せを得たいのかという答えは持っていないのだった。
「……ねぇ、今ならルピナスを戦わせない方向に持っていけそうじゃない?
 戦えばどうしたって被害が出る、それを未然に防げるならそれでいいと思うのよ」

 シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)の助言に、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)はそうなるならそれがいいだろうと思う。もしルピナスが自分を殺しに来た契約者と戦ったとしても、彼女は絶対に負ける。契約者の事は自分がよく知っている、彼らはどんなに絶望的な場面であっても諦めずに歩み続けてきた仲間なのだから。
 そう思い、一歩を踏み出した所で――。

「これで終わり? ええ、終わりです」

 響いた声に、全員の動きが止まる。
「あっちゃー……。生きて帰れるかな」
 シルフィスティの呟きは、冗談でもなんでもなかった。それだけ今の彼女……牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は危険な存在だった。