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【真相に至る深層】第三話 過去からの絶望

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【真相に至る深層】第三話 過去からの絶望

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6:古より蘇るもの



 龍と都市を縛る封印の解除は、流石に一筋縄ではいかないものだった。
 ポセイダヌスの心臓だけでなく、その飲み込んだ邪龍や、紡ぎ織り込まれた都市の記憶も、同時に解いていかなければならないのだ。歌菜やかつみたちの歌によって支えられ、各塔の北都や美羽、鈴の援護も受けながら、刹那の謳う解放の歌と共にディミとリアスの魔術が少しずつ封印を解いてはいっていたのだが、最大の問題は、その要として使われたティユトスの魂を受け入れるクローディスの体が、悲鳴をあげていたのだ。


「……ッ、あ、ぁ……っ」

 収束を続ける光に、結界がびしりと音を立て、クローディスの身体がのけぞった。
 以前、アニューリスと接続したのとは違い、魂そのものを受け入れようとしているのだから、その負担は桁違いだ。足元の光が強くなる程に、何かに締め付けられているかのようにその身体が強張っていくのが見える。ざわざわと短い髪が逆立って、内側から何かが溢れ出しているかのように揺れた。
(クローディスさん、頑張って……!)
 自分の身を切られるような思いで、歌菜はぎゅうと拳を握り締めながら、励ますように、そしてその負担が少しでも軽くなるようにと願いを歌に込めた。
 かつて果たされずに、一万年もの永きに渡って、留まり続けた過去の彼らの愛情、後悔、願い。託された、と思うのは錯覚かもしれない。ただ嘆きを、無念を叫んでいるだけなのかもしれない。だが、それを受け取った以上は、見て見ぬふりが出来るはずもない。それぞれの最期を継ぐように、歌菜やかつみの、刹那や鉄心の歌は絡み合って光を帯び、神殿を通して都市そのものを輝かせた。
「……すごい」
「綺麗……」
 それぞれの塔の中で光が溢れ、美羽たちは思わず感嘆の声を上げた。
 足元をびっしりと埋め尽くして、網目のように広がっていた、冷たい色をした光の糸が解れて、小さな光の塊へと変わっていく。
 暖かに変わっていくそれはいくつかは空気に溶け、いくつかは契約者達の周囲を飛び交い、触れたその手の中へと溶け込んでいき、そして残る光はまるで吸い寄せられるようにして神殿へと集い、クローディスを結界ごと包み込んだ。
「……、ぐぅ、ぁ……あ、ぁあ……っ、熱、ぅ……」
 周囲の氷が溶け出しているが、光による熱ではない。クローディスの中に溶け込んだ光そのものが、内側から結界を溶かしているのだ。
「…………マスター」
 苦しげに顔を歪め、何かを必死でこだえるパートナーの姿に、ツライッツが思わず普段は禁じられた呼び名を漏らした。
 そんな間も、神殿に溢れる力更にその濃度を増し、その全てが魔法陣の中へと収束していく。一本一本と、都市そのものを織り込んでいたタペストリーが綻んで、本来あるべき場所へと還っていっているのだ。そして――そうしてほどかれた最後の糸の内側から、最後の魂がその姿を顕した。
「ッ、堪えろ、来るぞ!」
「――……ッ!!」
 ディミトリアスが合図し、錫杖が中空に古代語の紋様を描いた、次の瞬間。魔法陣がひときわ大きな光を放って、神殿を真っ白く染め上げた。
 失った視界に、がしゃん、と耐えきれなかった氷の割れる音がし、ディミトリアスが呪文を唱え続ける声と、神殿に反響し続ける歌声だけを感じる。そんな音と光の洪水に、流されるのを堪えながら耐え、やがて幾らか目の慣れた一同は、目の前の光景に一瞬息を呑んだ。
 割れた氷が散らばって、宝石を散りばめたかのように、或いは銀雪の上にいるかのように、残る燐光を弾いて輝き、そこが神殿であることを一瞬忘れさせる。そしてその中心には、淡い輝きを纏った一組の男女が佇んでいた。
「あれ……って……」
 光を弾いた金の髪を揺らす女性の体を、鋭い爪と鱗の浮いた腕で支える黒髪の青年。
 龍ポセイダヌスと巫女トリアイナの姿かと、皆、一瞬目を瞬かせたが、直ぐにそれが光による錯覚だと気がついた。意識を失っているため、目の色までは確認できないが、淡い燐光に全身を覆われたクローディスが、髪が伸びた程度の変質であるのに対して、ディミトリアスの変貌は著しい。髪色や腕ばかりではなく、顔かたちからその目の瞳孔も色合いも変わり、突き出した角のようなものは異質に頭部を彩っている。過去の記憶の中に垣間見た、ポセイダヌスそのものがそこにいた。
 その光景だけで、封印の解除が成功したのはわかったが、問題はディミトリアスとクローディス自身だ。
「……2人とも……意識はあるのか……?」
 恐る恐るシリウスが尋ねたが、返事はない。僅かな間、皆が行動を取りあぐねた、その瞬間。
 ポセイダヌスの目が不意に黒く濁ったかと思うと、クローディスの身体を僅かに抱き寄せて、喉元に牙を立てた。ぶつりと皮膚に食い込んだ牙が、その喉元を赤く染める。
「――ッ!?」
 邪龍が勝ったのか、と皆が身構えたが、更に次の瞬間には、その腕が抵抗するように自身の顔を首元から引き剥がさせると、クローディスの身体を突き飛ばした。恐らく、邪龍とポセイダヌスが、ディミトリアスの体の中でせめぎあったのだろう。巫女を傷つけられたことで表へ出てきたポセイダヌスが慌てて引き剥がしたのだろうが、意識のない身体は容易く弾かれ、傾いでいく。
「――アジ……!」
 茜色の髪が揺れて、赤い飛沫を散らして倒れようとするその光景に何かを刺激されたのか、ルカルカが自分のものではない声で叫んだ。その戸惑いに一瞬反応の遅れたのを補って、飛び込んだのはダリルだ。倒れ込みクローディスを抱き留めると、呼吸には問題の無いことを確かめて息をついた。
 その言葉への安堵と共に一同が視線を戻すと、ポセイダヌス、いやディミトリアスの右腕が、邪悪な光に覆われていた。額に汗を滲ませながら「備えろ」と 唸るように漏れたのはディミトリアスの声だ。
「邪龍が、顕現、する……ッ」
 その声を受けて、飛び出したのはララだ。
 ディミトリアスの錫杖を掴んで、自身の、正確には自身に降りるラルゥの飲み込んだ指輪を意識する。パチパチと身体の中を微かな電流に似たディミトリアスの魔力が走って、指輪と錫杖とが接続されていくのが判った。続いて呪文の詠唱と共に、指輪の要としての力が、ディミトリアスの錫杖へ移ったことを確認して、シリウスに目配せすると、ララの身体が急いで飛び離れる。
「……っ!」
 寸での所で巻き添えを逃れたララが見やると、ディミトリアスの右腕の邪悪な気はますます激しく噴き出して暴れ、蛇のようにとぐろを巻いてその身体に纏わりついて蠢く。が、同時に詠唱と共に錫杖から溢れる魔力の縒り糸が、その輪郭を絡め取るように覆っていく。
(成る程な、都市の魔法陣の応用か)
 その様子をじっと観察しながら、シリウスがすう、と息を吸い込むと、槍を振りかぶって合図を待った。どくどくと緊張に心臓が早鐘を打つのを抑えながら、ぎゅっと柄を握りこむ。
(お前もわざわざオレに選ばせて持ち出されたんだろうが! ちったぁ役に立ってみろよ!?)
 その思いに応えるように、槍は光を帯びていく。
 そして。
「今だ……右腕を、断て……!」
 ディミトリアスが叫んだのとほぼ同時。飛び込んだシリウスの槍は空を切って真っ直ぐに振り下ろされた。
 思っていたような、人体に食い込む感触は無く、ぶよんと気味の悪いものを裂いた感覚と共に、ディミトリアスの右腕は、肘の辺りからぶつりと切り落とされた。と同時にその切り口からぶわりと瘴気が溢れ出ると、腕と錫杖を飲み込んで不気味に膨れ上がり、ごぼこぼと音を立てて、まず腕らしきものが姿を現した。 黒く鈍い光沢の鱗をし、伸びる爪は恐ろしく尖っている。それは床を抉るようにして突き立てられ、ぶるると身じろぎすると共に、瘴気の中から自身の体を引きずり出した。
 瘴気を零す巨大な口、不気味に光る目。繋がる胴はまさしく蛇だ。鱗をずるずると引き摺りながら現れる体はどんどん質量を増して、柱の隙間にとぐろを巻くようにして伸びていく。
「……でけぇ」
 シリウスが思わず漏らす。
 今やその体は都市をぐるりと覆ってしまえるほどに長く伸びて、全身を邪悪な黒に染める邪龍リヴァイアサタンは、引き裂かれたような口元を、にい、と笑うように歪めた。
『ククク……愚かなことをしたな……否、感謝するべきかな? 我を蘇らせてくれたことを、のう』
 ぞわぞわと背中を這いずるような、低く不気味な声が哂う。
 ついに、邪龍リヴァイアサタンが、実体をもって顕現したのだ。想像していた通り、いや、それ以上に強力で邪悪な気配に、契約者達の間に緊張が走った。

 が、その時だ。『絶命』のアジエスタの声が、その不安を割くようにして、響いた。



「”いいや――……残念だが、終るのは、貴様の方だ”」







――― 最終話 過去からの終焉 へ続く


担当マスターより

▼担当マスター

逆凪 まこと

▼マスターコメント

ご参加された皆さま、大変お疲れ様でした

今回は過去編もこれで最後ということもあってか
予想以上に幅広く、かつ濃いアクションを頂きまして
なんというか色々と予想外予定外の事態も発生したりと
人間関係など含めて、非常に濃厚な内容となりました
ありがとうございます

さて、紆余曲折ございました今回の物語も、次回が最終回でございます
色々と大変なことになったりしている人もおりますが
残す所あと少し、どのような結末を導き出していただけるか、楽しみです
是非最後まで、どうぞよろしくお付き合いをお願いいたします

(尚、ご許可いただいた方の過去イラストについては、随時マスターページで開示できればとは思いますが、逆凪の画力や時間などの都合上、ご期待に添える可能性が限りなく低いとだけ、ご理解くださいませ)