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【蒼空に架ける橋】第3話 忘れられない約束

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【蒼空に架ける橋】第3話 忘れられない約束

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■第24章


「おれの勝手な呼び出しに応じてくれてありがとう」
 肆ノ島に入港した船から降りてきた者たちを出迎えてのハヤ・ヒ、ことシャンバラの賞金稼ぎクイン・Eの第一声はそれだった。
「クインさん、おひさしぶりです」
 かつて彼と同じ事件にかかわったことがあり、そのとき多少なりと言葉を交わした関係から、セルマ・アリス(せるま・ありす)は軽く頭を下げてあいさつをする。
 クインの方も彼を覚えていて
「やあ。元気そうだね」
 と笑顔で応じたあと。こそっとささやいた。
「それで、例のことなんだけど」
「ああ。大丈夫ですよ、JJさんには何も言ってません」
 彼が何を知りたがっているか察して、セルマは答える。
「彼女、伍ノ島にいるらしいです」
「ああ。そうなんだ」
「でも、どうしてですか? JJさんはパートナーなんですし、このことを知ればきっと手を貸してくれますよ?」
 あからさまにホッとしている風のクインに、少し不思議になった。クインは軽く首を傾げる。
「うーん。どうしてかな。5年もパートナーやってて今さら話しづらいっていうのもあるし、お互い、過去には不干渉でいようっていうのがあるからかな。
 まあ、おれたちはきみたちのようにそんなに近くないんだよ」
 さらりと言ったあと。がらりと切り替えた声と表情で、後ろに続いているほかの者たちに向けて言った。
「こんなとこで立ち話も何だし。移動しよう。詳しいことは移動中に話すよ」



 クインは貸切馬車へ6人を案内して自分も一緒に乗り込んだ。
「今回みんなには外法使いヤ・トからハ・ヅチ家の者たちを守ってほしい。ハ・ヅチ家の者にはクラ・トが先に説得に行っているから、きみたちが行っても何も問題ないと思う」
「ハ・ヅチさんたち、信じたんですか?」
 訊いたのはクインの正面に座る遠野 歌菜(とおの・かな)だった。
 自分たち一家を呪いの道具に用いるために殺害しようとしている者がいる、というのはいさささか説得力に欠けるのではないかと思ったのだ。そこへ見知らぬ者たちがドカドカ家中に入ってきて「あなたを守ります」と言っても、むしろそっちが疑わしいと思うのではないか。
「うん。肆ノ島はね、「呪法」が生きている島なんだよ。当然のように人々の日常にそれはあって、身近なものなんだ。といっても外法使いなんてそうそういるもんじゃないし、ヤタガラスなんていうのも――あ、ヤタガラスについては知ってる?」
「はい。リネンさんから訊いてます」
 セルマが答える。
「そう。じゃあ説明をはぶくけど、ヤタガラスだってそう見られるものじゃない。肆ノ島で長く暮らしてたおれだって、うわさでしか知らないしね。
 だけど、そういう者たちがいて、そういう呪法があるのを知ってる人は多いし、特にマホロバ人の血が濃い人たちは用心してる。……にしても、きみ、歌菜ちゃんだっけ。かわいいね」
 ここにきて、女好きの一面がチョロっと顔を覗かせたが、月崎 羽純(つきざき・はすみ)にジロリとにらまれて、2人が同じ指輪をしていることから関係を悟ると、クインは居住まいを正して以後歌菜をそういう目で見ることはなくなった。
「呪法が日常的という島であるのなら、専門の公的機関があるでしょう。ヤタガラスや外法使いについての通報を一笑に伏さず、人を術具に変えようとしているという話を真剣に捉えてくれる……こちらで何と言うかは知りませんが、警察のような機関です」
 依頼内容や、先に聞いた内容について噛み砕き、飲み込みながら、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)が問う。 
「僭越ながら、そうしたところを頼らないというのはいささか奇妙に思えるんですが」
「もっともだね。
 1つめは、証拠がないということ。きみたちにも申し訳ないけど、ハ・ヅチ家が標的になるというのはおれやクラ・トがそう思っているだけで、はずれている可能性もあるんだ。もちろんおれたちなりにそう考えた推測はあるんだけどね。2つめは、あまり大人数で動きたくないということ。ヤ・トに気づかれたくない。3つめは……その公的機関自体があやしいということ。
 おれは、これにはヤ・ト個人だけでなく上層の人間がかかわっていると思ってる。10年前、おれが世話になっていた家がヤ・トに襲撃されて、おれは生き残った。おれのほかにも助かった者はいて、あれは外法使いの仕業だと奉行所の役人に訴えたが、とりあってもらえなかった。犯人とされたツ・バキお嬢さまの夫のアク・タはあの夜、肆ノ島にいなかったんだ。なのに、彼を見たと証言する者が次々と現れて、そちらは受理された。買収されていたんだろう、と思う」
「筋書きはすでに決まっていたということですか」
「そのとおりだ。ツ・バキお嬢さまは結婚する前、肆ノ島太守クク・ノ・チの婚約者でもあった。もっとも、2人の間に恋愛感情はなく、アク・タの登場でこちらは問題なく解消されていたが。
 つまりそれだけの由緒ある家柄の者たちを弑しながら許される者、肆ノ島にいなかった者を犯人に仕立てるなどという無茶がまかりとおり、有無を言わせず処罰させるだけの力を持つ人間がこれにはかかわっている。ヤ・トは結局のところそいつの子飼いで、黒幕はほかにいるというのがおれの見立てだ。
 おれは、そいつを知りたい」



「クインさんの話、リンはどう思う?」
 ヒ・ヅチ家の厚意で与えられたはなれの部屋に落ち着いたあと、セルマはおもむろにパートナーで妹のリンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)に尋ねた。
「私ですか?」
 リンゼイがカバンから取り出した着物を整理する手を止めて、微笑をたたえた面で振り向く。
「その前にセル、あなた私やシャオに何か言うことはありません?」
「え? 私?」
 名を呼ばれて、中国古典 『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう)ことシャオも振り返った。
 セルマは「あ」と思い出したように声を発し、目を左右に泳がせたあと、畳に手をついて頭を下げる。
「俺の都合に付き合わせてしまい、申し訳アリマセン……」
 その姿に、リンゼイは、はーっと、いかにもといった重いため息をつく。
「観光旅行というから付き合ってこちら来たんですよ? それがこちらでも血なまぐさい事件にかかわるなんて。これではせっかくの旅行気分もだいなしです。ねえ、シャオ」
「私は……まあ、たしかに今度こそのんびり観光したかったかな、っていう気持ちもあるにはあるけど」
 シャオの発言に、ますますセルマは頭が上げづらくなる。
「でもまあ、知り合いが困ってるっていうんだから、しかたないわよね。それを放っておけるセルマじゃないし」
 それに、シャオにとってこれはお互いさまという気持ちがなくもなかった。
 つい先だって、弐ノ島でカディルの力になって動いたが、あれはどちらかというとシャオの希望で、恋人オズトゥルクの息子であるカディルを助けたいという思いからだった。セルマはそれに付き合ってくれたのだと思うと、やはり今度は自分が付き合う番だろう。
「シャオ」
 彼女が味方してくれたことに、セルマは面を上げる。その目に、リンゼイがふうっと息を吐く姿が入った。
「まあ、もうここまで来てしまった以上、心を決めるしかありませんね」
 気持ちを切り替えるように横の髪を払い、立ち上がる。
「どこへ行くの?」
「この邸宅の周囲に結界を張ってきます。相手の術師の力量が定かではありませんからどこまで期待できるか分かりませんが、していないよりはましでしょう」
 淡々と言って、リンゼイはきびすを返すと音もたてず静かに部屋を出て行った。



 リンゼイと似たようなことを考えていたのが歌菜だった。
「これでよし、と」
 ぐるりハ・ヅチ家の周囲に魔方陣を描き、禁猟区を発動させる。そしてそれが問題なく作動していることに満足げにうなずいた。
「さあこれで、どんなあやしい存在が近づいてきてもバッチリだよ」
 木戸がキィと音を立てて開く音がして、そこに羽純がやって来た。
「羽純くん、どうだった?」
「ハ・ヅチさんたちもようやく説得に応じてくれて、通いの雇用人にまぎれて家を離れてくれることになった。全員が家を空けるわけにはいかないから、住み込みの雇用人は残ることになるが、騒ぎが起きても使用人のはなれから出ないように言いつけてくれた。もし火が出た場合はまっすぐ裏口から避難するように、と」
「よかった」
 ほっと胸を撫で下ろす。
「娘夫婦の寝室では、今夜セルマたちが不寝番をするそうだ。念のため、出された食事や飲み物は口にしないでおくと」
「そっか。じゃあ私たちは外だね」
 さっそくどこに隠れようか下見に向かおうとした歌菜は、羽純がついてこないことに気づいて足を止める。
「羽純くん?」
 振り返り、羽純が険しげな表情をして黙って見つめているのを見て、そちらに戻った。
「どうかしたの?」
 気づかわしげな顔でまっすぐ見上げてくる歌菜に羽純は真剣な表情で重々しく告げる。
「決して無茶をするなよ、歌菜。ここの人たちを守るのは大事だが……俺にとって一番大事なのはおまえが無事であることだ」
 ヤタガラスの危険性については、刃を交えたリネンたちから話を聞いていた。その正体は人間を魂を用いて生み出される使役魔だ。
 しかしそれなら人であればだれでもいいはず。なぜこの家の者が狙われると思ったのか、との羽純の質問に、クインはヤ・トのような強力な外法使いはより強力なヤタガラス――ミサキガラスと呼ばれるものを欲するからだと答えた。
『マホロバの血が濃く残るのは肆ノ島でもそんなにいない。その上で、最もミサキガラスを生み出すのに適した条件が揃っているのがハ・ヅチ家なんだ』
 ミサキガラスとはすべてにおいてヤタガラスより強力な死霊だという。
『10年前、ヤ・トはツ・バキお嬢さまを……ミサキガラスへ変えたに違いない』
 クインは苦い物を口に含んだように面を歪め、のどの奥から押し出すような声で告げた。
『彼女はとても優秀な法術使いだった。おそらく肆ノ島随一だ。その能力を乞われて参ノ島で重犯罪者を相手に捕り物まがいのことをするのもしばしばだった。……おそらく、今夜の襲撃には、ミサキガラスへ変えられた彼女が加わっている……』
 少しでも胸のつかえがとれることを期待してか、クインは大きく深呼吸をしたが、少しも楽になったようには見えなかった。
『そのツ・バキという女性のこと、好きだったのか?』
『愛していたよ、妹のように。出会ったのは彼女が5歳だったか。あのころの俺はしょうもないバカで――まあこれは今もたいして変わってないんだが――彼女の父親に命を助けてもらって、その縁であの家に入ったんだ。少しでも恩返しがしたくてね。それから嫁ぐまで、ずっと見守ってきた』

 ――伝えて……あの人に。どうか………………と。


 彼女の夫はいわれのない殺人の罪を着せられて天津罪刑に処され、監獄島へ送られた。その後脱走して地上へ降りたと知り、追って行ったが、彼は忽然と姿を消して行方を追うことができず、その約束も果たせないまま10年という長い年月が経ち、こうして結局肆ノ島へ戻っている。クインが自分をふがいないと思うのは当然だろう。
 そして羽純はその背に、大切な存在を失って、いまだ折り合いをつけられないでいる男の姿を見た。
(俺は……歌菜を失ってしまったら、どうなってしまうんだろう)
 稀代の法術使いをベースとして生み出されたミサキガラス。それと歌菜が戦って、もしものことがあれば――……。
「羽純くん?」
 己の考えに没入し、またも黙ってしまった羽純に何事かを感じて、歌菜はそっと手を伸ばす。
「私は、大丈夫だよ。羽純くんだっているし。絶対無茶はしないから」
 触れた手から歌菜のぬくもりと感触が伝わってきて。羽純は歌菜にだけ見せる表情で笑んだ。
「……ああ。信じている」
 


 2人の様子を小次郎は邸宅の屋根から見下ろしていた。
 遠くて彼らが何を話しているかまでは分からない。また、特に興味も持てずにすぐに視線をはずすと屋根の一番高い位置へ進み、そこから周囲一帯を見渡した。その手にはデジタルビデオカメラが握られている。小次郎はこれで襲撃者たちを撮影するつもりだった。
 クインの話だと、敵は10年前と同じやり方でくる可能性が高いという。そのことに、小次郎も異議はなかった。犯罪心理学の面から見ても、巧妙な犯罪者ほど多種多様な手は使わない。成功した手法を繰り返し、洗練していくものだ。
(変える必要にも迫られてはいないでしょう。上がもみ消してくれると分かっているのですから)
 慢心。
 おそらく襲撃者は、ここに小次郎のような者がいるかもしれないと、疑うことすらしないだろう。これまでなかったことが今夜起きるとなぜ考える?
 身を隠すこともせず、堂々と――というより、おごりゆえの怠惰から――現れるに違いない。その姿を記録に残し、動かぬ証拠とするのが小次郎のねらいだった。
 もっとも、味方の人数が少ないため、いざ戦いとなればここでうかうか撮影ばかりもしていられないだろうが。
 それに、撮れたとしても、これもまたこれまでのようにもみ消される可能性がないとは言えない。
「まあ、思いつく限りやれる事をやるだけですね」
 まだ確定もしていない未来について、あれこれ考えたところでしかたがない。
 ベルフラマントをはおり、カモフラージュで気配を絶つと、小次郎は楽な姿勢がとれるよう微調整しながらそこに腰を据えた。
 彼の前、太陽はすでに雲海に半ば以上まで落ちていた。