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【蒼空に架ける橋】第4話 背負う想い

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【蒼空に架ける橋】第4話 背負う想い

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 時を少し巻き戻し、控えの間でセルマたちがツ・バキの護衛兼見張り役の式神たちと対峙したころ。
 最奥の北対(きたのたい)の一室では、たどりついた源 鉄心(みなもと・てっしん)ティー・ティー(てぃー・てぃー)イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が部屋の主、クク・ノ・チと向かい合っていた。
 彼はヤタガラスを使役している。また、法術の使い手でもある。ティーやイコナは用心して今もベルフラマントをまとって気配を殺し、身を隠していたが、顔の上半分を覆った仮面ごしにも分かる鋭い眼光にどうにも見抜かれているような気がしてならず、妙に居心地の悪さを感じていた。
「一体何用だ、お客人」低音の、耳に心地いい声が朗々と響く。「客ならば、客間で家人を待つのが礼儀とは思わぬか」
 そう口にしながらも、自身おかしさを隠しきれないのか、口端が笑いに上がった。
「そうですね……少しばかり、私はせっかちなのでしょう」
 鉄心は肩をすくめて見せる。
「それに、もうじきここはそれどころではなくなりそうですし」
 視線をすべらせた先は障子戸で、そこでは先から足袋で走り回る者の気配や、距離があっても消しきれない戦いの余波のような振動に障子の桟が震えていた。耳をすませばカサカサと音がする。
「あなたも忙しくなるのでは?」
「そうだな。おまえにどう見えるかは知らんが、これでもわたしは忙しい身だ。用があるならさっさと言うがいい」
「ではお言葉に甘えてそうさせていただきましょう。
 古来、5種の神器は機晶石を用いてオオワタツミを封じるエネルギーを得ていたそうですが」
「そうだ。地中にある機晶石からそのエネルギーを抽出していた」
 かつてこの浮遊島群が秋津洲と呼ばれる1つの島だったころ。地下埋蔵物として機晶石は潤沢だった。国家神アマテラスはオオワタツミの肉体を滅ぼしたあと、その荒魂を地下に――つまりは地中に――カガミを用いて封じ、その上に神殿を建て、人々がおいそれと近寄れないようにした。
 それから数千年の月日が流れ、人々は地中から掘り出した機晶石エネルギーで発展を遂げていた。地下埋蔵量が減り、カガミのエネルギーが弱まりだしたころ、オオワタツミは長い隠忍の末に固い殻を割って根を伸ばす種のようにヒノ・コをそそのかして自身を自由にし、一気に芽吹いた。
「そして機晶石が枯渇した今、あなたは機晶石の代わりとしてあの少女を使おうとしているそうですが……ひょっとして、もともとヒノ・コのシステムも同じ物だったとか?」
「それはあの男に聞け。どうやらおまえはわたしとやつを混同しているようだが、わたしたちは目的が全く違う。あの男のしようとしていることなどわたしにはどうでもいいことだ」
 さっと手を振って退ける仕草をする。そこにはヒノ・コに対するいまいましさがにじんでおり、彼の言葉は真実のようだった。
「彼は橋を架けることが目的と言っていました。私は懐疑的です。橋はそれ自体が目的というより、手段ではないかと思えるのですが」
「おやおや」
 くつり。クク・ノ・チは嗤った。けれどそれは鉄心に対するものではない。
「あれもその程度の理解しか得られていないというわけだ。
 ではおまえはあいつが橋を架けることを手段として用い、何を目的とするか、考えはあるのか?」
「…………」
「話は終わりだ。去れ、地上人。地上へ帰り、やがて来る時を待つがいい」
 鉄心の沈黙に、クク・ノ・チは背を向けて出口へ向かおうとする。
「待ってください!
 あなたは、あのオオワタツミをどうにかできるプランでもあるのか!?」
なぜおまえがそんなものがわたしにあると考えているのか、わたしは分からない
「否定するのですか!」
「オオワタツミをどうにかしたいという思いがあるのは否定しない。しかし、それは浮遊島群に住む者全員が持つものだ。
 先も言ったが、わたしは忙しい。なにやらこの屋敷に不法侵入し、暴れている者がいるようだ。太守の屋敷へ押し入るとは度胸のある賊だ。よほどこの地に浅薄とみえる。
 捕えたのち、その素性を洗ってやろう。さぞ面白い結果となろうな」
 さっと鉄心の面から色が消えた。まだだれからも一報は入っていない。もし何の証拠も掴めないまま、ただこれだけの事態を引き起こしただけとなれば、恰好の開戦理由となってしまう。
 なんとしてもクク・ノ・チ本人の口から、オオワタツミとの関係をしゃべらせなくては。
「待っ――」

「クク・ノ・チ!!」

 ターンと小気味いい音を響かせて、そのとき障子戸が左右に引き開けられた。鉄心たちが気づかないうちに戸にかけられていた、結界の破れたパリンという小さな音がして、光がちらちら明滅しながら消えていく。
 そこに立っていたのは高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)だった。
 突然すぎる彼の登場に部屋にいる全員が言葉を失い、注目するなか、玄秀は部屋の中央にいる仮面をつけた男を燃えるような視線で射抜く。
「やはりあなたがクク・ノ・チだったか。ついに会えたな。ヨモツヒラサカではしてやられたが、今度はそうはいかない。
 あなたのおどしなど、僕にはなんの意味もない。僕は陰陽師として自分を越える存在に打ち勝つことが望み。そう……今僕が望むのは、あなたに勝つことのみだ!!」
 言うが早いか、玄秀の身に着けていた無名神の呪符がはじけ飛んで千切れた。
 封じられていた魔力が一気に解放されて、ごうと力の風が一時室内で渦を巻く。だれしもが翻弄された一瞬後、力の風は唐突に消え、そこにいたのは内なる力を増した玄秀だった。
「わが符術、受けられるか?
 九耀召雷陣!」
 術符を指に挟んだ玄秀の手が、何かを掴もうとするかのように高く掲げられた。高天井すれすれの高さの空間に9つの小型の魔法陣が床に平行して描かれる。巨大な力を秘め、青白く放電しながらゆっくりと回転している魔法陣は、それ自体が生き物のように脈打っているかに見えた。
 玄秀の手が命を下すかのようにクク・ノ・チ目がけて振り下ろされ、直後、輝きの強まった魔法陣からいくつもの雷撃がほとばしる。
 雷が足元の床をうがつのを避けて飛ぶクク・ノ・チの手が袖に消え、次に現れたとき、指には玄秀と同じく符が挟まれていた。クク・ノ・チが何事かをつぶやくと、白光が宙を走り、玄秀の稲妻を砕いていく。
「鉄心、危険ですからもう少し下がりましょう」
 突然始まった法術戦という展開についていけず、あっけにとられていた鉄心の腕をティーが後ろに引っ張った。
「あ、ああ……」
 2人は全く鉄心たちが眼中に入っていない様子で――おそらくあとで現れた彼に訊いても同意するだろう――応戦しあっている。おかげでその余波が鉄心たちの元まで飛んできていた。
 なにか因縁があるようだが……。
 とばっちりでけがを負ってはたまらないと、雷撃に光の閃刃をあてて相殺した鉄心は、ティーに従って部屋の隅の方へと場所を移す。
「まいったな。部屋を出るには彼らの脇を通らないといけないし」
「もう少し様子を見ましょう。すぐ決着がつくかもしれません」
「そうするか」
 あの雷撃の嵐のなかをくぐり抜けるのは無理だと結論して、ため息をつく。
 そんなティーや鉄心の影に隠れてティーの腰のあたりを掴んていたイコナは、案外これはヤタガラスの憑り代を見つけるいい機会かもしれないと、きょろきょろ部屋のなかを見回した。しかし残念ながら、棚の上にそれらしい物が並んでいたり、クローゼットのように扉のついた棚のような物はなかった。
(まあ、自分のお部屋に人の頭の骨なんて、飾っておきたくはないですの)
 納得し、ほっとしたような少し残念なような気持ちで小さくため息をついたイコナの視界を横切って、クク・ノ・チが後方へ跳んだ。
 彼の後ろで突然壁が回転し、そこから随身と同じ姿をした仮面の者たちが刀を手に現れる。
(人にしては気が小さい……式神か)
「……フン。その程度、僕が読めないと思っているのか」
 不敵に笑う玄秀の背後から人影が飛び出した。ベルフラマントを脱ぎ捨てたティアン・メイ(てぃあん・めい)が、氷でできているかのようなきらめく水晶の剣――シュトラールを鞘からすらりと抜き放つ。
「おまえたちは私が相手よ!」
 迷いのない、勇しい声だった。彼らのはるか手前で振り切られた剣は、しかし次の刹那光の刃を飛ばして前へ出ようとする随神たちをけん制する。その一拍の間に距離を詰め、まだ体勢を整えきれないでいる随神の顔面目がけてライトブリンガーをたたきつけた。
「はあっ!」
 ティアンの動きは止まらない。光が完全に消え去る前に、すでにティアンの剣は相手を捉え、斬り払っている。その迷いのない剣、心が、クク・ノ・チとの戦いを繰り広げる玄秀の意識をつかの間引きつける。
 昔、出会ったころ。彼女のこの輝きが大嫌いだった。汚れを知らず、期待に満ちて……世界の汚濁を知らない。
 玄秀は、それを無知の輝きと断じた。彼にとって、それは許されざるものだった。
 利用するだけ利用して、穢してやろうと思っていたのに、今、そうして輝いているティアンを見るのが嫌いではなくなっている。この変化は一体何なのだろう?
 変わるのは、彼女の方だったはずなのに。
 いや、ティアンは変わった。ただ、あのころの玄秀が望んでいたものとは違う方向に変わっただけだ。
 そしてそれを受け入れることがやぶさかでない自分になっただけだ。
(ああ、ずい分変わったものだ。こんな自分でも、変われるのか)
 フッと笑みが浮かぶ。
「来い! 広目天王!!」
 主君の求めに応じて、式神 広目天王(しきがみ・こうもくてんおう)が召喚された。霊眼――特殊な呪印の埋め込まれた目――が巡り、ティアンに群がった随神たちに洗礼の光を浴びせる。強烈な光と畏怖が随神たちの動きを鈍らせたのを見て、ティアンは間髪入れず、横なぎで一刀両断した。
 玄秀が攻撃をしている間にクク・ノ・チの背後へ回った広目天王は、剛腕の強弓で雷撃を放とうとするクク・ノ・チの腕を狙い、タイミングをはずさせる。広目天王がしているのはあくまで玄秀の補助、とどめを刺すのは主だとの攻撃だったが、彼がそこにいるというだけでクク・ノ・チの戦いへの集中の妨げになっているようだった。
 そうしているうち、ティアンが最後の随神を倒し、元の紙切れへと戻す。
「さあ残るはあなた1人だ。どうしたんです? ヤタガラスを召喚し、操る余裕も欠きましたか」
 見るからに疲労で両肩を落とし、背を丸めているクク・ノ・チの姿を見て、意地の悪い笑いが口端を歪ませるのを玄秀は止められなかった。また、止める気もない。
 しかしそんな玄秀もまた、息が上がっていた。まだまだ余力があるように振る舞ってはいるが、その実体内の法力が底を尽きかけているのが分かる。
(あと一撃……)
「……これで勝負だクク・ノ・チ!!」
 僕はおまえを越える!!
 カッと見開かれた目に呪印が浮かび上がる。呪符持つ手を前に突き出し、最後の法力を乗せた渾身のスパイラルブラストを放とうとする。
 その手に、横からティアンの手が乗った。
「シュウ、あなたは1人じゃない……力が足りないときは私を頼って……!」
 ティアンと玄秀の視線が交わる。直後。
 炎熱と雷電が螺旋状に絡みあった一撃がクク・ノ・チ目がけ、奔波となって飛んだ。
 悲鳴は溶けた。もはや避ける力も残されていなかったクク・ノ・チの体は後方へはじけ飛び、壁に激突する。
「やったわ、シュウ!」
「……おかしい」
 床に横倒れたクク・ノ・チの元へ行き、はずれかけた仮面を取る。乱れ落ちた長い黒髪の間から見えたのは、随神と全く同じ顔だった。
「くそッ! 式神か!!」
 いつの間に?
 最初からか、それとも途中で入れ替わったのか。
 式神を見下ろし、歯噛みしてうなった玄秀は、そのとき、何かが閉じるのを察知した。
「しまった! 罠だ!!」
 まるで太陽が沈んでしまったように、すうっと周囲から光が消えていった。壁や戸、棚といったものが消え、入れ替わるように白く発光するさまざまな大きさの石柱や石塚が浮かび上がる。
「鉄心……これは……何ですの……」
 イコナがおびえて鉄心にしがみつく。
 こぶしを震わせながら、玄秀が吼えた。
「――奇門遁甲……八陣図か!」
「ひと目でそれと見抜くはさすがだが、我流だ。あの小娘が入っている陣と違うのは、死門を開いておいたことくらいか」
 はるか上空からクク・ノ・チの声がした。仰ぎ見た彼らの目を、じわじわと閉じようとしている光がまぶしく射る。
「ここが閉じれば死人がおまえたちを食らいに現れる」
「今さらアンデッドなどにやられる僕などではない!! 潔く戦え、クク・ノ・チ!!」
「なぜおまえがこうもたやすく囚われたか分かるか? 攻撃すれば仕返し、引けばさらに踏み込み、少し弱さを見せれば図に乗る。
 しょせん、おまえも脊髄反射で動いている人間の1人にすぎないからだ」
 なぜわたしが何もしないでおまえたちが飛び込んで来るのをただ待っていると思うのか。
 おまえたちは相手の領域で、相手が予想するとおりに動いた。その時点で敗北は決まっていたのだ。
「――ちぃッ!」
 元の世界とつながる接点目がけて跳ぼうとした玄秀の足を、クク・ノ・チの姿をした随神が掴んで邪魔をした。ティアンのシュトラールが突き立てられ、随神は人型の紙へと戻ったが、直後――最後の光が消えて、世界は完全に閉じた。
「鉄心……」
「大丈夫だ」
 怖がるイコナを抱き寄せ、安心させようとその背中を少し強めにさすった。しかし鉄心はすでに背後の闇でうごめく何かを感知していた。腰の銃に片手を添える。
「シュウ」
 ティアンもまた、動揺冷めやらないながらも彼に背中を預け、周囲の闇に向かってシュトラールをかまえる。
 玄秀は閉じて、一片の光も見えない闇を見上げ、叫んだ。

「クク・ノ・チ!! 待っていろ!! 必ずおまえをこの手で倒してみせる!! 必ずだ!!」