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【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」

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【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」
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【それぞれの場所で――エリュシオン帝国】




 そうして――ヒラニプラで戦いが始まっているのと同じ頃。
 遠いエリュシオンの地でもまた、『両国に不和の芽を芽吹かせないため』という同じ志の中で彼らなりの戦いを続けていた。


 エリュシオン領北西、コンロンに国境を接するカンテミール地方。
 魔法大国エリュシオンに属しながら、地球へのリスペクトが高じて近代都市化し、エリュシオンのアキバとすら呼ばれるその一都市のモニターに映し出されていたのは、いつも通りブルーのウィッグにグリーンのカラーコンタクトを装着した、富永 佐那(とみなが・さな)の扮する、カンテミール第二のアイドルこと『海音☆シャナ』、そして――
「サフィだよ☆ みんなの心に、ハートフルな人魚姫の歌声お届けしまーす☆」
 その隣に並ぶのは、グリーンのウィッグにブルーのカラーコンタクトを装着し『霙音☆彡サフィ』に変身したソフィア・ヴァトゥーツィナ(そふぃあ・う゛ぁとぅーつぃな)だ。
 本来の歌詞から、ほんの僅かでは有るがニュアンスを変え、それとなくエリュシオンを称える印象のある歌は、カンテミールの住人達の耳を捉えやすくなっているようだ。
 二人で組む【Русалочка】の、新曲がモニターを飾り、その配信案内がテロップに踊る。
 待ち行く人々が見上げた視線には、ソフィアの奏でるピアノの音に併せて、破格のワンコイン価格でリリースされるCDに、握手会か、ジャンケンでプレゼントが当たるイベントに参加出来るチケットが一枚封入されている、というCMが飛び込んでくる。
 自身がアイドルであるティアラ・ティアラが統治するカンテミールで、こんな真似が出来るのは彼女ぐらいのものだ。カンテミールの住人達は半ば二人の対立を楽しむ風で、その光景を眺めている。が、これはティアラと敵対するためではなく、あくまで佐那達の行っている作戦の一環である。
 エレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)の作戦はこうだ。
 アイドルは今や巨大市場。選定神がアイドルということもあって巨額の資金が流れるカンテミールにおいて、佐那の扮する海音☆シャナの知名度は高い。それを利用し、まずは今回の件の裏に動いているエリュシオンの反セルウス派をはじめとした戦争推進の強硬派をスポンサーに付かせ、彼らが佐那に投資する事でその資金源が潤う仕組みを構築する。
 そして、今も情報収集解析作業中である、“ネトゲの神”ことカンテミール選帝神代理エカテリーナがその資金の流れを追いかける事で、彼らを特定し、捕縛しようというのである。
 親セルウス派のティアラと人気を争えるアイドル、となれば、強硬派にとって美味しいはず。結果的に敵対する行為になるが、元々ライバル宣言をしあった仲である。むしろ面白がってくるだろうその顔が想像できて、佐那の顔にもほんの僅かな好戦的なものが浮かぶ。
 勿論、直ぐに効果の出る作戦ではない。まずは土台を作るのからどの程度かかるか。それでも、ひとつひとつを捕らえるために、佐那の歌はカンテミールの街へと響き渡る。

「さあ、皆さん聞いてください―――……!」








 そんな、同時刻。

 エリュシオン帝国の中枢であり、国家そのものとも言うべき、世界樹ユグドラシルのメンテナンスに従事する、エリュシオン不可侵の民“樹隷”――……。
 大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)達がいたのはそんな彼等の住まう里の中の一つであり、新皇帝 セルウス(しんこうてい・せるうす)の故郷でもある場所だ。
 数時間前にドミトリエと共に訪れた、樹木の中と言うよりどこか洞窟の中のようにも見えるその里の住人達に囲まれながら、丈二達は、先の会話のことを思い返していた。
 樹齢の立場と、若い世代の微かな変化、そして反セルウスを掲げる者達、それを憂う長老達。
 反セルウス派の者達がセルウスの足元から揺らがそうとしているのではないかと心配して、ユグドラシルに滞在している丈二だったが、その種族全体としての戸惑いや不安を耳に、出されたお茶を半分程飲み干した所で、小さく息を吐き出した。
 今もやはり神聖な存在としての不可侵が続いているため、樹隷への直の干渉の難しい以上、若い世代の垣間見える変化は、勿論悪意のある者達が幾らか誘導しているにしても、彼ら樹隷という種族の中に、僅かしらにでも存在し、積もっていた不満が顔を覗かせたのではなかろうか。
 自分がそう感じるぐらいだ。長老達の方がもっと何がしかを感じているだろう、と感じながら、丈二が続けていたのは、自分が今まで経験してきた冒険譚だ。
「へえ……そんな不思議な街があるんだね」
「ねえねえ、他にはどんな場所に行ったの?」
 ユグドラシルから離れることはなく、外の人間と触れることのない樹隷達にとって、外の話題は特に貴重なものだ。皆が熱心に耳を傾ける中で、丈二は続ける。
 自ら死地へ赴いた赴いた時の事や、それを命じられた事。軍人としての丈二の言葉に、樹隷の若者達がその顔を僅かに恐れに強張らせてるのを感じながら「自分は死ぬのも役目と心得ております」と、淡々と口にした。
「……ヒルダは、もう死にたくないわ」
 途端に口を挟んだのはヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)だ。
「本当は死の恐怖を垣間見るのも嫌……だって丈二とわかれるのは嫌だもの」
 目元に涙が滲んだ様子にあわ、と思わず慌てて「自分もわかれるのは嫌ですが、いえ、そうではなくて」とおろおろしたのも一瞬、そろ、と肩を叩いてそれでも、と丈二は続ける。
「自分は軍人ですから……」
 更に幾人かが表情を硬くしたのを理解しながら、誰も死なない軍隊などありえないから、と丈二は続ける。軍隊というものの仕組み、役割、そしてそれを指揮する者の立場。それが何を喩えようとしているのか悟った者も、悟れず戸惑う者も、等しく耳を傾けている中で、丈二は更に続ける。
「……公私の区別は大事であります。それは親しき仲にも礼儀ありとは異なります」
 今は咎める者もなく、大目に見てもらえてはいるが、自分を含め多くの契約者が、その数々の振る舞いについて、皇帝侮辱罪で処分される可能性も有る。逆に、シャンバラとの溝が深刻かつ決定的になれば、皇帝暗殺の役目を拝命する可能性も無いとは断言できない。
「どんなに親しくなろうとも、自分がシャンバラの軍人でありますし、セルウス殿はエリュシオンの皇帝に選ばれた御仁です」
 自分とセルウスとの友情とは、シャンバラ、エリュシオン両国の関係性と一致するものではないからだ。しんと静まり返り、きょとんと目を瞬かせる少年達は、まだその言葉の意味を良く判ってないらしいが、その少しは慣れた場所から話を聞いていた青年達は、互いに顔を見合わせている。そんな彼らに目を細めつつ、こちらを見つめる長老達に、丈二はまっすぐ視線を返しながら続けた。
「ここが昔のままでなければ、セルウス殿は帰る場所を失うのであります」
 自分のような若輩が、彼らに向けて説教を出来るような立場ではないのは良く判っている。
 けれど、自身の「友人」の為に、頭を下げるような思いで丈二はその一言を口にするのだった。







 そんな頃、エリュシオン帝国は北東部、オケアノス地方を治める選帝神ラヴェルデ・オケアノスの元へは、マリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)が訪れていた。

「好きにしていいの」

 きらきらというよりギラリという響きの似合いそうな眼光で、乙女というより暗殺者もかくやという眼差しでラヴェルデを見つめるマリーに、あらゆる意味で(?)動揺を隠せない様子の蘆屋 道満(あしや・どうまん)と、こちらは割りと順当な意味でアベルがはらはらと両者を見つめた。辮髪といい髭といい、地球人としても一部地域の独特と言うべきか奇抜と言うべきかの外見に、ラヴェルデが興味を示すように首を傾げたが故の、髭を示した発言だが、どうにも違うように聞こえたのはその仕草のせいだろう。カナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)に到っては、その様子を面白がってすらいる。
 そんな一同にラヴェルデは重たい息を吐き出して「話を戻そう」と切り替えた。
「あの遺跡の件でしたな」
「然様であります」
 マリーが頷き、視線を向けられた道満が前へ出ると、
「敵は、この遺跡へ向けて――何らかの攻撃を行おうとしていた様子。然れば、この遺跡側から影響を与え返すこともまた可能では無いか、と」
 いくらか言葉を濁す様子の道満に、ラヴェルデは僅かに苦笑して隠す必要は無いとばかり首を振ると「それはどうでしょうな」と重たく口にした。
「例の遺跡の構造を利用して、使おうとされた兵器がシャンバラに存在したことは知っておりますよ。ですが……あくまで目印として利用していたまでに過ぎませんからな。双方行性は無い、と当時調査をした者より聞いておりますがね」
「フッ……しかし、現に転移魔法はヒラニプラに指向性を持っておりました」
 その反論に、僅かに目を細めるラヴェルデに、道満は続ける。
「今からでも、前回構築したヒラニプラへの転移魔法の術式をカットすれば、ヒラニプラ側の遺跡の稼働にも影響を与えることができるのではありますまいか?」
 陰陽師らしい道満の見解だが「でもさー」と首を傾げたのはカナリーだ。
「あくまでこっちの遺跡は「利用された」だけでしょ?」
 果たして最初からあったものなのか、というカナリーの茶々に、その通りとばかり頷いたのはラヴェルデだ。
「恐らく例の――事件の折に、あちらに帰還するために設置しようとしていたのだろう」
 それ故に、こちら側から遺跡に対して影響を与えられる可能性は限りなく低い、と言うのだ。「残念だったねどーまん」とカナリーがしたり顔で言うのにギリギリとする道満だったが、実際に転移場所に指向性がある以上、完全に無関係とはいえない。そのため、こちら側からの干渉はともかく、逆にあちら側から何がしか影響がある可能性を鑑み、帝国の魔道師が速やかに派遣されることとなったのは、道満の手柄である。アベルがその手配へ向かうために部屋を辞した中、再びラヴェルデへとマリーは口を開いた。 
「その……事件とやらの詳細をお伺いしてもよろしいですかな」
 その言葉に一息ついて、ラヴェルデは半ばその質問を予期していたのだろう。お茶で口を湿らせると、重たげな息と共に口を開いた。
「貴方の言うように……確かに奴は今や“両国共通の敵”。なればこちらも出し惜しみしても始まらんでしょうな」
 複雑そうな表情ながら、今シャンバラと事を構えることの不利益はラヴェルデも良く知るところであるのだろう。特に、因縁浅からぬオケアノスである。既に幾らかが表に出てきている以上、隠し立てすることで不利を招きたくなかったのかもしれないが、いずれにしろ、協力するつもりになったようで、ラヴェルデは当時の事情を紐解いた。
「シャンバラの人間が、何か良からぬ作戦を立てたらしいという報を耳にしたのが、最初でした。何故知ったかについては流石にお話し出来ませんがね、どうやら例の遺跡……当時はまだ祭壇として機能しておった場所へ接近していることが判り、騎士団を派遣しましてな」
 派遣された騎士達は、侵入者を遺跡へ到達させまいと戦ったものの、結果的に突破され、遺跡内では激しい戦いが行われたらしい。場所柄、世界樹ユグドラシルからも程近いという事もあってオケアノスの龍騎士で手が負えないと判断され、近隣を巡回中だった第三龍騎士団の一部が加勢したという。
「実際には、恥ずかしながら、我がオケアノスから騎士を派遣した段階で既に侵入を許しておったようでしてな……」
 突入した――実際には、進入した者達を止めようとしたシャンバラ国軍の小隊と、既に侵入していた側とが激突となり、そこへ再度騎士団が突入したのだ。その際、遺跡の“少女”が既に敵の手にあったことや、それまでの経緯があって、状況確認がきちんと取れるより前に戦闘は更に激化し、第三龍騎士団員の参入はその圧倒的な力によって侵入者を「全て」食い潰してしまったらしい。
 事情を知った時には既に遅く、最後に確認のために現場に入った第三龍騎士団長アーグラが、辛うじて発見した一名の生存者というのが氏無のことだろう。
「他の遺体は全て処理した、と聞いておったのですがな……」
 長い説明を終えて、ラヴェルデは息をついた。シャンバラ側との取引によって、お互いの不始末は全て秘密裏に処理された筈だった。だがそれ故に、それ以上の情報はお互いに開示せぬままに居たのだろう。出雲しぐれという存在は、その隙間を縫うようにして現れたのだ。
「皮肉なものですな」
 ラヴェルデはくつ、と喉を鳴らすようにして笑った。
「かつて――両国間で遺恨を作るまいと戦った筈の男が……両国に不和を与えんとし、かつて彼らを殺した我らが、手を組んで彼を討とうとしておるのですからな」
「…………」
 マリーが言うべき言葉を捜して沈黙する中、不意に遠くを見つめたラヴェルデは、当時の事を思い出しているのかその目を細めると、マリーに背を向けて「我がオケアノスは交易の都」と口を開いた。
「平和にあってこそ、その富を得る性質を持ちますのでね」
 背を向けているために表情は伺えず、回りくどい言い回しながら両国が手を取り合う事に対して、前向きであるという立場を明かしたラヴェルデは、そのどこまでが本心か、溜息と共に言葉を続ける。

「……互いに歩み寄る価値が本当にあるのかどうか、見定めさせていただくとしましょう」