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【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」

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【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」
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【地上での戦い】


 ヴァジラ達一行が、遺跡に入ってから直ぐ。
 地上の状況は膠着状態にあった。

「前へ出すぎだ、勇むな」

 自国の一柱であるティアラを守らなければという強い使命感と、経験の足りない未熟さからだろう、自然と前のめりになりかかる龍騎士候補生を、樹月 刀真(きづき・とうま)の声が引きとめた。詩穂の読んだように、前衛型の多いアンデッド龍騎士達の攻撃はやはり中、近距離に終始しているため、正面からの押し合いに等しい状況が続いている。
 既に死んでいる相手だ。体力切れや、負傷による攻撃の鈍化が期待できない以上、力技で押されればこちらの方が持たない、と、盾役の従騎士たちが一点突破されてしまわないように、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の潜在開放を受けながら、白の剣と月夜の黒の剣を携えて刀真は前へ出る。
 アンデッド相手に、呼吸は読み手にならないと察するや、百戦錬磨の経験から体さばきそのものを読みながら龍騎士達と相対した。
 達人の域に達したその剣は、龍を降りた龍騎士達とはほぼ互角だ。一撃の重さを速さで相殺し、攻撃の起点、腕やその関節に狙いを定めて確実にその戦力を殺いでいく。とは言え、当然龍騎士達もなすがままとなるほど容易な相手ではない。アンデッドであるが故の痛覚の無さと疲労の無さが、攻撃の軌道を生者のそれとは異なり読み辛くさせているのだ。
「……!」
 剣戟を受けて、二の腕から折れ曲がっているその右腕が、そのまま振りかぶられて槍の穂先が首を掻き切ろうと振りかぶられた。狙っての事ではなく、恐らくは槍を振るおうとした動きの副産物だ。が、人間の形をしていながらの、人間としてありえない軌道に、攻撃を終えた瞬間のラグが不運に重なり、迎撃に一秒足りない、と刀真の頭は冷静に分析する。同時に、その攻撃が自分を害しない事も判っていたからだ。そう、その首の皮一枚に到達するより尚早く、月夜の銃が槍を粉砕し、続けてその腕を吹き飛ばす。
「私がいる限り、刀真を傷つけるのは無理よ」
 月夜の覚悟の篭った声と共に、そうして刀真たちが最前線で龍騎士と相対している傍ら、二人ではカバーしきれない側面へ、攻撃の手を向けているのは陽太たちだ。
 果敢に前へ出て行くエリシアが、真空斬りで切り込んていくのを、陽太の射撃が援護する。とは言え、ただの射撃や斬撃で傷つけた程度では、痛覚の無いアンデッドの妨げにはならない。急所らしい急所がない相手に、攻撃の手数を増やすだけは意味が無いのだ。
 故に、陽太が狙っていたのはその足、その関節だ。体力に底の無い相手を少しでも足止めするべく狙い撃ち、乱れたところで懐へ飛び込んだエリシアが、ワルプルギスの夜でその腕を狙って焼き尽くそうと試みた。動きを鈍らせるのも重要ではあるが、前衛にとっては、攻撃能力を残しておく事もまた危険だからだ。
 が、アンデッド化することで本来の判断力を含めた騎士らしい実力は落ちているものの、変わりに痛覚を失った体は、破損しようが燃やされようが、動く限り攻撃の手を止めようとはしないようだ。正確性こそ欠いても、龍騎士の一撃だ。迂闊に食らえばただではすまない。陽太の援護で直撃を避けたエリシアは、一旦飛びのいて間合いを取り、その構えを正した。その、一瞬後。
「とっておきですわよ!」
 一声と共に、引き抜いた刀の一閃に続けて、阿修羅が如くの六連撃を叩き込み、四肢を完全に粉砕させる。そこへ、自身の相対していた龍騎士をおびき寄せる形で飛び込んだのは、刀真だ。
「月夜!」
 自身を呼ぶ声に応じて、月夜のラスターハンドガンが、龍騎士の死角――味方を全てすり抜けての弾丸なのだから、目視のしようも無かっただろう――からその足を狙い打って、一瞬の足を止めさせた。
「皆、離れて!」
 そして、月夜の合図でエリシアと刀真が飛びのいた次の瞬間。龍騎士の頭上から無量光が降り注いだ。アンデッドにとって光は天敵である。うめき声を上げて動きが鈍るのに、刀真とエリシアの剣が、再起不能なまでにその動く屍を屠ったのだった。

 そうして、一体一体を危険になる前に確実に屠ろうとする契約者とは別の意図で動いていたのは武尊だ。
 刀真たちのように戦闘に立つではなく、目指すのは留学生達のお膳立てだ。
(契約者に守ってもらって、何とかなりました、じゃあ、騎士の面子も立たないしな)
 勿論、下心込みの気遣いである。留学生達の臨時指揮官であるディルムッドへ軽く合図を送ると、その体は3−DーEを使った立体機動で、壁や凹凸を蹴って跳躍すると、外縁を大きく迂回する形で、龍騎士たちの背後へと回り込んだ。丁度、留学生達の作る壁との挟撃になる仕様だ。
 とは言え、通常の挟撃と違うのは、アンデッドたちが回りこまれたことへは非常に無頓着であった事だ。認識の優先順位ははっきりしないが、一撃二撃を加えた程度では、その全体が武尊を向く様子は無かった。
 相手がアンデットといえど、攻撃どころか存在を無視されるのは面白くないが、無防備な背中を晒してくれているのなら話は別だ。迎撃を気にしないで済む分、やり易い。膝関節への射撃でその足を鈍らせ、動きが鈍ったところで血煙爪雷降で背後から横薙ぎに切り裂く。鎧が邪魔で一刀両断とはいかないが、無警戒の背後を突然襲われたためか反撃は鈍い。続けざまもう一刀、と振り下ろそうとしたが、流石にそこは不死身のアンデッドであり、龍騎士の素地か。崩れ落ちたに見えた体をそのままぐるっと振り返らせると、その槍が胴を目掛けて突き出される。
「……っと!」
 咄嗟に3−DーEで飛び離れたが、流石に接近しての攻撃は敵として認識するらしい。何体かが武尊にその狙いを定めようとした、その時だ。今度は留学生側が槍一列、一斉に突き出して牽制した。ディルムッドがその意識を再び自分達に向けるために動かしたのだ。
 その間で武尊は再び接近し、あるいは遠方からもかまいたちでその足を削りと、一撃離脱の攻防を繰り返し、また留学生達もその挟撃に足並みを揃えるのだった。


 そうして、エリュシオンが主導を握ったようにしながら、協力し合う武尊とは意味合いが僅かに違うが、エリュシオンの留学生に添う形を取っていたのは千返 かつみ(ちがえ・かつみ)達だ。従騎士達が盾を並べるその列を背にし、ディルムッドが彼らに与える指示の邪魔にならないようにと気を配ていた。
 試合の時と同じように、龍騎士達を翻弄し、誘い込んだところで、龍騎士候補生たちの槍がそれに応じる。そうして撃ち漏らしかけた相手は、エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)の閃光の刃が追い討ちをかけた。段々とお互いの連携が取れるようになって来て、かつみはそんな場合ではないとは思いつつ、表情が僅かに緩んだ。お互いに剣を交えた相手だ。実力は互いに良く知っているだけに、淡い信頼が攻撃を繋いでいく。もちろん、その下地として、彼らを指揮するディルムッドの存在があるからだろうが。
(なるほどな、これが本物のエリュシオンの龍騎士、か)
 そのディルムッドの方はといえば、留学生達と契約者達の経験差については良く判っているようで、陣形も指示も、守りに重点が置かれている。速度差を無理に埋めようとせず、守りを固める事で互いの邪魔をしないようにしているのだ。
 が、それでも連携に重きを置く騎士と、どちらかと言えば個人戦な契約者達とでは、戦い方の違いからどうしても動きと判断に差が出来てしまうものだ。ともすれば互いに目測を誤りかける中を、そっとフォローに回っていたのは千返 ナオ(ちがえ・なお)のフードを定位置にするノーン・ノート(のーん・のーと)だ。互いの間で生まれた意識の隙を突こうとするアンデッドへ向けて、目晦まし代わりに威力を落としたサンダーブラストをお見舞いし、留学生達の意識をきちんと敵へと誘導する。
「そんなこっそりじゃなくて、声で伝えてあげた方がいいんじゃないですか?」
 その行動に、アブソリュート・ゼロで援護をしながらナオが首を傾げるが、ちっちとノーン・ノートは指をふって見せた。
「あちらの指揮官はディルムッドだ。騎士でもないものが指示を出すのは、僭越というものだよ」
 それならアドバイスみたいにすれば、というナオの反論にもノーン・ノートは「それは為にならないだろう?」と年長者らしい声がナオを諭す。
「自分で気付くように道を示すのが、年長者の役割なのだよ」


 そうして、大規模な破壊などの派手さこそないものの、激闘が続く中。何度目かに結界へ戻ってきた武尊に「加勢はいるか?」と猫井 又吉(ねこい・またきち)は口を開いた。武尊はその言葉に少し考え、結局は首を振る。
「いや、おまえはアンテナの方と、有効範囲の確認頼むわ」
 まだそこまでの状況じゃない、というのに又吉が応じる中、武尊はふと円陣の内側を確認するように見やった。契約者達と留学生達が協力して前線を維持する奥で、彼らに守られながらも、守られているばかりではいられないと思ったのか、仲間たちに激励が送られている。その中心で、彼らの思いを集めながら、ノーンがティアラの歌を支え、体力が尽きないように気を配っている様子に目を細めた。
「あっちも頑張ってるし、さっさと片付けて、ティアラ嬢のライブ見よーぜ」
「そうだな」
 頷いたのは刀真だ。
「この戦いが終わったら、改めてティアラの歌を聞きたいな」
「どうして?」
 月夜が首を傾げるのに「戦いながらだと、落ち着いて聞いてられないからさ、勿体無いだろう?」と肩を竦めた。それに、歌とはいっても今ティアラが口にしているのは、観客に聞かせるためではない、もっと攻撃特化したタイプの歌で、音の塊といっても過言ではない。楽しんで聞くのには流石に適さないのだ。それよりは、ちゃんとアイドルが「聞かせる歌」として歌われた歌を聞きたくなるのは当然のことだ。そう言って、刀真はふと和らげた視線を月夜へと向けた。
「いつも助けてくれるパートナーと落ち着いたひと時を過ごしたいんだよ……あれ?」
 偽らざる本心からそう漏らした途端、月夜の顔が赤く染まっていくのに気付いて、刀真は思わず首を傾げた。
「照れたか? いてっ!?」
 瞬間、指摘された照れ臭さを誤魔化そうとしてか、月夜は刀真の頬をぎゅっと抓った。
「嬉しいけれどそういう事は言わないの!何事もなかったかのように優しくするの!」
 怒った声を上げているが、照れ臭さ紛れなのも判っている。とは言え、どんな宥めの言葉を言っても悪化させるのもまた判っていたので、誤魔化す用に軽く抱きしめて、その頭を撫でた。
「うん悪かったよ、怒るなって」
「……怒ってないもん」
 月夜が頬を膨らませる様子に、刀真は頬を緩ませたが、それを見ていた契約者達の心の中の突っ込みは恐らく、今までに無く揃っていたことと思われる。




 そうやって、契約者も留学生達も各々奮闘し、まだいくらかの余裕はあるものの、前線は次第にじりじりと押され始めていた。防御主体であることもあるが、龍騎士達が、倒れても倒れても立ち上がってくるアンデッドであり、ディミトリアスの結界の範囲にもいくらか原因がある。
 ティアラの力で精神波が相殺されているとはいっても、発信源である塔は高く、またティアラの武器は「声」だ。呼吸や喉の回復のために歌が途切れるタイミングは、どうしても訪れてしまうのである。その為に、ディミトリアスの結界が必要なのだが、その結界の範囲は余り広くないのだ。
 小次郎達の機転のおかげで、ティアラの歌が途切れても、影響は最小限まで抑えられているとは言っても、その機材の質の問題等もいくらかあって、完全に相殺できるわけではない。武尊のように機動力によって戦場を駆け回れる者は、ティアラの歌が途切れるタイミングで一旦引き返したりと臨機応変に動く事が出来るが、盾を翳し、壁の代わりとなっている者達はその性質上その機動力は低いため、いざという時の為に結果以外への進出は難しいのだ。
「焦らず、ゆっくり考えろ。それから、最初から難しく考え過ぎるな。肝心なのは願うこと――現在に到るまでの、魔術の原点だ」
 そんな中で、魔力をじりじりと削り取られながらも、ディミトリアスは自身の生徒達へと実地学習の真っ最中だった。
「大事なのは求める「結果」だ。そのために何が必要か、何をする必要があるか、それを“力ある言葉”へ落とし込んで、自らや媒介の魔力を材料として指示を送り、発動させる。原理はそれだけだ」
 ディミトリアスが扱う古代魔術は一万年も前に存在し、失われた魔術だ。こういうことをしたい、という設計図を絵の変わりに言葉で表し、顕す――原始的で単純、だからこそ幅広い応用力を持つ術系統なのである。ただし、使いこなすためにはまずその古代語を習得する必要があり、またその詠唱時間の長さだけは、余程魔力が高くなければ短縮も難しい代物で、現代の洗練された魔術を使う者達にとっては、習得するまでの労力に対して効果が見合わないのである。それ故に、彼の授業は閑古鳥が鳴いている、のだが。
「魔力の増幅は可能か?」
「例えば、俺が普通の結界を張るのに、古代魔法との混合発動は可能なのか?」
「概念とオブジェクトは、どちらが顕すのに楽でしょうか」
 そんな講義をあえて学ぼうとする奇特な生徒達である、グラキエス、ベルク、ジェニファの畳み掛けるような問いに「落ち着け」と一度言ってから、
「増幅は可能だが、混合は暴発の危険性が高いし、メリットも少ない。君程の術者なら、かえって現代魔法の威力と速度を殺してしまう可能性がある。それから、概念もオブジェクトも難易度に差はない。問題は、それを顕す言葉を見出せるかどうかだ」
 と滔々と答えた。
「君等にとっては古代かもしれないが、要するに俺の生きていた時代の言語で現せることが出来るものは顕せる、と考えていい」
 その言葉に、ベルク達が一度顔を見合わせ、最初にジェニファが「ですけど」と手を上げた。
「私たちでは、まだ一文字か二文字程度しか、扱えないですよね?」
「文字としては、そうだ」
 ディミトリアスは頷く。
「文字はそれそのものが力を持つ。故に、文字を意味のある文字列として扱うには、君等はまだ知識が足りない」
 例えば知っている漢字同士をただ並べてみたところで、単語にはならないのと同じようなものだ。「対して、詠唱はもう少し柔軟だ」とディミトリアスは説明を続ける。
「言葉のイメージを自分の魔力で伝道させて補正がかけられるからな。短い言葉なら、多少強引に意味を繋げられる」
 その言葉に「それなら」と刺激された風に再び問いを口にするのはベルクだ。
「例えば、こっちで発動した別の結界を、先生の結界に繋げたりなんかは……」
「可能だ」
 ディミトリアスは即答した。
「その方が危険も少ないし、応用という意味で悪くない。試して難しそうなら、俺のほうから干渉して収束させる。思うように、試してみるといい」
「…………ん? それって、術に割り込みをかけるってことか?」
 安全管理下で実験できる実習はありがたい、と、思ったところでふとその疑問に思い当たったベルクが首を傾げるのに「そうだ」と返すディミトリアスの表情は変わらず淡々としている。
「原始的であるが故の応用力の高さだな。コツはいるが、術の系統に関わらず、多少の術なら、割り込んで上書きすることが可能だ」
「……マジか」
 即時性が低く、難解、更に単純威力においては現代魔法の方が上、というメリットのなさそうな術系統の意外な利点――とは言えそれが出来るのは古代魔法がまだ古代ではなかった時代で生きていたディミトリアスにしか出来ない芸当ではあろうが――呆れと畏怖のない交ぜのような声を思わずベルクが漏らしていると、はいっと勢い良くポチの助の手……足? が上がった。
「先程、概念でもオブジェクトでも、表せるなら顕せると仰いましたよね」
 その言葉にディミトリアスが頷くと、ポチの助は続ける。
「ティアラ嬢の歌の解析結果が出たのです。それを基に……エロ吸血鬼に力を貸すのは不本意ですが……クローディスさんを心配するツラたんの為にも、魔術に組み込める周波数構築に挑戦してやりますよ!」
 門外漢の知識のため、首を傾げているディミトリアスに構わず、ポチの助は自身満々に続ける。
「全てはプラズマと周波数から出来ているのです。そう、詠唱も周波数に過ぎないのですよ!」
 その極端な案に、一同が軽く目を丸くする中、ディミトリアスは僅かに考えるようにして「面白いな」と口にした。
「精神波、というのか? あれを表す事が出来るのなら……正式な結界を作る事が出来るだろうな」
 その言葉に、生徒達は僅かに顔を見あわせると、相談を開始したのだった。