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幽霊部員、誕生!?

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幽霊部員、誕生!?

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 「……危なかった」
 一方、カガチに声をかけられた女子生徒蒼穹(そう・きゅう)は、そっと冷や汗をぬぐっていた。シャンバラ教導団の生徒である穹は、蒼空学園の校内には不案内だった。蒼空学園の生徒たちについて行けば迷うことはないだろうと思っていたので、なぎこが別の方向へ行きかけたのに気付かず、うっかりついて行ってしまったのだ。慌ててエリサを探すと、エリサは壁際に並べられた机の前で立ち止まっていた。
 『かわいい……』
 「ホントだ、可愛い!」
 沙幸も表情を輝かせている。机の上は、ぬいぐるみやあみぐるみがずらりと飾られていた。手芸部の部室のようだ。
 「エリサは、こういうのが好きなんだ?」
 ベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)のパートナー、マナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)が訊ねる。
 『はい』
 エリサはうなずいた。
 「中に、自分たちで作った服もあるんだ。刺しゅうや編物の体験もやってるから、良かったらやって行かない?」
 部室の中から出て来た筑摩彩(ちくま・いろどり)が、エリサに向かって手招きした。
 『見て行っても、いいですか?』
 エリサは沙幸やマナに訊ねた。
 「もちろん、構わないよね?」
 マナがベアに言う。
 「いいけど……ここ、ちょっと男は入りにくいよ……」
 ベアは他の男子生徒たちと顔を見合わせる。
 「出入り口はここだけだから、ここを固めててくれればいいよ。中で何かあったら呼ぶから、そしたら助けに来て?」
 沙幸を先頭に、女子生徒たちはエリサを囲んでぞろぞろと部室の中に入って行った。
 「何か、やってみる?」
 部室の真ん中に置かれた机の前で、彩がエリサを呼ぶ。机の上には糸や布、手芸の道具などが出ていて、ここが体験コーナーと言うことらしい。エリサは机に近付くと、刺しゅう用の糸を手に取った。
 「刺しゅう? じゃあ、布はこれを使って」
 彩に布を渡されて、エリサが慣れた手つきで刺しゅうを始めると、女子生徒たちは目を丸くして、うわぁと声を上げた。みるみるうちに、白い生地に一つ、二つと小さな花が咲いて行く。
 「幽霊部員じゃなくて、本当に部員になって欲しいなあ……」
 彩もしみじみと呟く。
 『そ、そうでしょうか。少し、やったことはあるんですけど……』
 エリサが恥ずかしそうに下を向いて糸を切ると、彩は刺しゅうされた布を受け取って言った。
 「夕方までにハンカチに仕立てておくから、後で取りに来てね」
 『はい。ありがとうございます』
 エリサはうなずいた。
 (うーん、どうも苦手なタイプですね……)
 その様子を見ていた穹は、心の中でため息をついた。エリサと仲良くなり、あわよくばお持ち帰りしようという目的があってのことだったが、引っ込み思案で大人しいエリサは穹の好みではなかった。花音とも話をしたかったが、部活紹介を見ている間は基本的にエリサに身体を貸すことにしたらしく、出て来ない。フリルやリボンや花柄があふれかえった部屋の雰囲気も息苦しく、穹は皆から離れて部屋を出た。
 「そろそろ皆出て来ると思いますから。私は先行しておきます」
 何かあったのかと近寄って来た男子生徒に告げると、穹はそのまま人ごみに姿を消した。
 「どうした?」
 その後姿をじっと見ていたカガチに、涼司が訊ねる。
 「……いや」
 (何だかちょっと様子がおかしかったけど、エリサから離れるならまあいいか……)
 カガチが首を振ったその時、エリサと女子生徒たちが廊下に出て来た。
 「今度は、あちらの方へ行ってみようではござらぬか」
 メリエル・ビーハン(めりえる・びーはん)が、エリサの腕を取ってさっさと歩き出そうとする。
 「ちょ、ちょっと待って!」
 ジーン・ハーンフルがメリエルを止める。
 「何でござるか?」
 メリエルは顔をしかめた。そうすると、顔が妙に老けた印象になる。
 「……キミ、何か良からぬことを考えてない? 『禁猟区』が反応したんだけど」
 ジーンはずい、とメリエルに詰め寄った。
 「べ、別に、エリサ殿に危害を加えようとは思っていないでござる」
 メリエルは否定したが、どこから見ても挙動が怪しい。
 「どうも怪しいなぁ」
 ジーンがさらに追求すると、メリエルは叫んだ。
 「だから、ただ二人きりになって口説き倒そうと思っただけでっ」
 「どうしたの? 何かトラブル?」
 もめ事に気付いて、近くにいた国語の女性教師が寄って来た。他にも、気がついた教師がいるようだ。
 「まずい!」
 『光学迷彩』を使って姿を隠し、少し離れた所から周囲を警戒していたルーク・ライファン(るーく・らいふぁん)は、持っていた鈴を教師の背後に向かって投げた。教師が振り向いた隙に、ルークのパートナーのゆる族ルーファ・フェネス(るーふぁ・ふぇねす)が、その大きな銀狼の着ぐるみで、壁際にエリサを隠すように立つ。
 ベアも教師の気を引こうと、
 「ああっ、こんな所にツチノコがッ!!」
 と叫びながら、手近な窓に向かって体当たりをしようとしたが、寸前で久慈宿儺(くじ・すくな)に止められた。
 「物を壊したり、けが人が出たりするのは良くありません。騒いで気を引くだけで充分です」
 そして、宿儺は
 「ツチノコ!? どこですか!?」
 と大声を張り上げて、大袈裟な動作できょろきょろと周囲を見回した。
 「あ、あっちだ!」
 ベアは宿儺の提案に応じて、床を指差す。宿儺は近くにいた教師の腕を掴んで、ベアが指差した方へ強引に引っ張って行った。ベアも、あっちだこっちだと繰り返しながら、二人で教師をエリサから離す。
 一方、星川祥(ほしかわ・さち)は、近づいてきた女性教師の足を止めようと話しかけた。
 「先生、あの、ちょっと家の事情のことで相談が……
 「そういう相談は、後でゆっくり聞くわ。込み入ったことなら、立ち話よりその方が良いでしょう?」
 「でも、あの……」
 祥が何とか引き止めようとしていると、横から突然、紙コップが2つ差し出された。
 「『嗜好品研究部』です。お茶とかコーヒーについて調べたり、美味しい淹れ方を研究してます! 今日のために特別にブレンドしたハーブティーはいかがですか?」
 祥が振り向くと、そこにはギャルソン風の格好をした姫矢涼(ひめや・りょう)が立っていた。本人は愛想良く笑っているつもりなのだが、つり目と目の下の隈のせいで、ちょっと怖い。
 「今のうちだな」
 「そうですね」
 カガチとジーンが、メリエルを連れて行く。教師たちの視線がそちらに向いたのを確かめて、ルーファはエリサの前からどいた。
 「すまんなぁ、びっくりしたやろ?」
 『はい……でも、わたしを先生から隠して下さったんですよね? ありがとうございました』
 エリサはぺこりと頭を下げる。
 「みんなも、こっちでお茶飲んで行かないか?」
 いつの間にか廊下から部室の中に入った涼が、そっとエリサたちを呼んだ。
 「入ってお茶飲んでいる間に、先生たちも行っちゃうと思うしさ」
 声を低めて言う。
 「『美味しい物を食べたい部』としては、ぜひ試飲させてもらわなくっちゃね! さあ、あんたも一緒に行こう!」
 ラティア・バーナード(らてぃあ・ばーなーど)に引っ張られ、エリサは部屋の中に入って行った。

 『嗜好品研究部』の部室の中は、喫茶店風に飾り付けられていた。
 「今日はハーブティーがメインだけど、普段は紅茶とかコーヒーも研究してるんだ」
 違う香りのハーブティーが入った紙コップ数個をエリサの前に並べて、涼が言う。ラティアがそれを端から飲んで、これは好き、これは嫌いとひとしきり感想を言った後、いきなり紙の束を取り出した。
 「ねえ、うちの部に入らない? 一つのものを深く研究するのもいいけど、いろんなものを食べたり飲んだりした方が絶対楽しいって!」
 「お嬢様、はしたないです」
 お茶のおかわりを要求するラティアを、パートナーのヴァルキリー、サテラ・ライト(さてら・らいと)がたしなめる。しかし、サテラもエリサの方に向き直ると、
 「それはそれとして、『美味しい物を食べたい部』はおすすめです。さ、ここにサインを」
 と、入部届けにサインをさせようとする。
 『あの、身体は花音さんのものなので、わたし一人の考えでは……』
 あっと言うまにハーブティーを飲み干されて呆然としていたエリサがかぶりを振る。
 「よその部室の中で勧誘するのは、ちょっとやめて欲しいよなー」
 一応、ラティアにおかわりのお茶を出してあげながら、涼が眉を寄せて言った。だが、ラティアは受け取ったお茶をごくごくと飲みながら、どこ吹く風で、
 「いっそのこと、あんたもうちの部に入らない?」
 と、涼に向かってまで入部届けを差し出す始末。
 「おい……」
 人の話をまったく聞かないラティアに、涼は盛大に脱力した。
 「ラティアさん、私だったら入っても良いですけど」
 表面に出てきた花音が、ラティアに言った。
 「本当かっ!」
 ラティアはがっちりと花音の手を取る。
 「でも……ええと……あそことあそことあそこにも入ってるから……興味はあるんですけど、少し考えさせてください」
 花音は取られていない方の指を折った。どうやら、鑑定部だけではなく、かなりの数の部に登録だけしているらしい。『美味しい物を食べたい部』に入っても、結局幽霊部員になりそうだ。
 「そろそろ、音楽系の部のステージ発表が始まります。さっきの先生も行ってしまったし、体育館に移動しましょう」
 廊下の様子をうかがっていた御風黎次(みかぜ・れいじ)とパートナーのノエル・ミゼルドリット(のえる・みぜるどりっと)が、まだラティアとサテラに迫られているエリサに声をかけた。
 『はい……。ごめんなさい、ラティアさん、サテラさん。涼さん、ありがとうございました』
 エリサは礼を言って、『嗜好品研究部』の部室を出た。
 「俺は趣味でヴァイオリンやっているんだけど、エリサは楽器は?」
 『楽器は弾けないですけど、歌うのは好きです』
 黎次が訊ねると、エリサはにっこりと笑って答えた。だいぶ生徒たちと話すことに慣れて来たようだ。
 「じゃあ、後で私と一緒に歌いましょう?」
 ノエルの誘いに、エリサは嬉しそうにうなずくのだった。