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リアクション
第3章 腕輪の真実
「たぶん、最初に気がついた時に見ていらっしゃるとは思うのですけど、もう一度鑑定部を見学に行くのもよろしいのではございません?」
ステージ発表を見た後、飛鳥井蘭(あすかい・らん)の提案で、エリサは事件の発端になった鑑定部を見学に行くことにした。
「エリサの話を聞いてから、出来る限り色々調べてみたんだけどねー。とりあえず、最近死んだとか、事故に遭って意識不明になったパラミタ人じゃなさそうだって言うことと、この学校の生徒だったことはない、っていうことしか判らなかったよ」
黒脛巾にゃん丸(くろはばき・にゃんまる)が、眠そうな顔でぶらぶらとエリサの後ろをついて来ながら言う。
『自分が死んでしまってから、どのくらい経つか、良くわからないんですけど……。でも、生きていた頃とはずいぶん様子が違うので、多分、最近のことじゃないと思います。さっきの音楽部や合唱部の発表でも、知っている曲はほんの少ししかありませんでしたし』
あーる華野筐子(あーるはなの・こばこ)のパートナー、剣の花嫁アイリス・ウォーカー(あいりす・うぉーかー)が独唱で古代シャンバラから伝わると言われている古謡を歌ったのだが、それには聞き覚えがあったらしい。
エリサは自分の腕にぴったりとはまった腕輪を見た。
『これは、わたしのお気に入りの腕輪でした。わたしのじゃなくて、おかあさんの腕輪だったんですけど。もうすぐ誕生日で、わたしにくれる約束になっていたんです』
「じゃあ、ただの装身具で、魔法の品だとか、特別な力があるとかいうことはない?」
少しがっかりしたように、にゃん丸は訊ねた。
『はい。多分、ものすごく高価なものでもないと思います。普段につけていましたから』
エリサはうなずいて、それでも大切そうに腕輪を撫でた。
「発見された時の状況からしても、エリサの言ったことは本当だと思いますよ」
今までに鑑定した出土品や、出土品のクリーニングの方法についてまとめられた掲示物に囲まれた鑑定部の部室で、鑑定部長は生徒たちに語った。
「遺跡って言っても、王様のお墓とか、お城の宝物庫みたいなものの跡もあるし、一般の人の生活の跡もあるわけですよね。僕たちが自分たちで調べることを許されているのは、価値がある貴重なアイテムがざくざく出るような遺跡じゃなくて、量産された生活用品しか出て来ないような場所です。それでも、当時の人の生活の様子を知る上では、そういう場所を調べるのは意味のあることなんですが」
「そっか……確かに、ワタシたちと同じような人の暮らしっていう財宝につながる、鍵とか地図とかにはなるかも知れないもんね。マジックアイテムやキラキラきれいなものだけがお宝じゃない……か」
あーる華野筐子(あーるはなの・こばこ)が、エリサの腕を取り、腕輪を引っ張ってみたり、回そうとしてみたりしながら言った。
「それにしても、不思議よね。別に伸縮性があるわけでも、二つに割れるような作りになってるわけでもないのに、回そうとしても回らないくらいにぴったりなんだもん」
「見つかった時も、ただの金属の輪でしたよ。大きさはもっと大きい……と言うか、ちゃんと手のひらが通る大きさでしたけど」
鑑定部長が、発掘直後に撮ったという写真を出してきた。大きさを示すためにものさしが一緒に写してあるが、どう見ても部長が言う通り、今の方が直径が小さい。
「やっぱり、呪われたマジックアイテムなんじゃ?」
写真を横から取り上げて眺めながら、にゃん丸が言う。
「幽霊つきの外れない腕輪ですから、ある意味そうでしょう」
鑑定部長はあっさりとうなずいた。
「ただ、もともとはただの普通の腕輪で、エリサがとりついてしまったためにそうなったのだと、僕たちは考えています」
「お、エリサ〜。楽しんでるかな?」
その時、ドアから陽神光(ひのかみ・ひかる)と、パートナーのレティナ・エンペリウス(れてぃな・えんぺりうす)が、扉から顔をのぞかせた。
「私たち、隣で『古文科発掘部』の展示をやってるんだけど、見に来ない?」
「鑑定部も遺跡の発掘とかやってるみたいだけど、どう違うの?」
ルーシー・トランブル(るーしー・とらんぶる)が興味津々で訊ねる。
「うーん、こっちは、古代の機械や科学を研究してるの。超科学っぽい感じかな」
「鑑定部とはまた違った見方で、腕輪の解析ができるかも知れません。見せてもらえませんか?」
光とレティナの答えを聞いて、マッドサイエンス系の部を探していたルーシーは
「あたしは、そういう方が好きかも! ねえねえエリサ、そっちでも腕輪を見てもらおうよー」
と、エリサの背中を押して、さっさと部屋を出て行った。それに続いて部室を出て行きかけ、蘭は足を止め、振り向いた。
「なかなか面白かったですわ。なんなら、わたくしも鑑定部に入ってさしあげてもよろしくてよ?」
「ぜひどうぞ。待ってますよ」
鑑定部長は笑顔で答えた。
光とレティナ、そしてルーシーに誘われて次にエリサが訪れた鑑定部の隣の『古文科発掘部』は、何に使うかわからない機械の破片がゴロゴロしており、鑑定部より数段あやしい雰囲気だった。
「これこれ、こういうのを探してたんだよね」
ルーシーは嬉々として、ガラクタだかお宝だかわからないような展示品の数々を見て回っていたが、エリサは戸惑ったような、困ったような表情で入り口の近くから動かない。
「エリサが居た時代に使ってたものとか、見覚えのあるものはない?」
「興味のあるものがあったら、ぜひお手に取ってみてくださいな」
光とレティナにすすめられたが、エリサは首を横に振るばかりだ。また、光はエリサに腕輪を見せてもらったが、鑑定部の部長が言った通り、ただの金属の輪で、機械の部品などではないようだった。
その時、スピーカーから昼を告げるチャイムが流れて来た。
「おーい、昼飯食べに行かないか?」
涼司が部室の外から声をかけて来る。エリサは小さな声でありがとうございました、と言って駆けて行ってしまった。
「どうしたのかな、こういうの嫌いなのかなあ。でも、鑑定部ではあんな様子じゃなかったよね?」
光は首を傾げてレティナを見た。レティナは部室の入り口まで移動すると、はっと息をのんだ。
「もしかしたら、これが原因かも知れません……」
正面に見える壁には、剣や、壊れた武具が飾られていた。
昼食の後、一行は校舎の外へ出ることにした。
外でも、運動系の部活やマーチングバンドなど、校舎の外で活動することが多い部の勧誘が行われている。
「動物が嫌いじゃなかったら、見に行ってみませんか?」
リュシェ・ランベック(りゅしぇ・らんべっく)の提案で、一行はキャンパスの外れの緑地へ向かった。
「そっちの建物は馬術部の厩舎。試乗をやってるはずですけど、大きな動物はちょっと怖い? じゃあやっぱり、飼育部かな」
『古文科発掘部』を見てから少し沈みがちなエリサを、リュシェは厩舎の脇の、鳥小屋や小動物の飼育小屋に連れて行った。可愛いウサギやリス、フェレット、丸まって眠るヤマネやモモンガ、色とりどりの鳥たちなどを見て、エリサの表情が明るくなる。
「ハムスターレースやってまーす! 賞品も出ますから参加してみませんかー?」
女子部員が声を張り上げているのに気付いた八神甲(やがみ・こう)が、エリサに言った。
「行ってみましょう!」
甲とエリサが行ってみると、並べた長机の上にコースが作られていた。参加者が選んだハムスターをここで走らせて、一着になれば賞品がもらえる、というルールだ。二人は、他の生徒たちも何人か交えてハムスターを選び、スタート地点に連れて行った。
「位置について、用意、ドン!」
手製のゲートが開き、ハムスターたちがちょろちょろと走り出す。参加者たちは、ゴール地点で、自分が選んだハムスターを呼ぶ。だが、残念ながら、甲のハムスターは2位、エリサの選んだハムスターは4位だった。
『お疲れさまでした』
それでも、エリサがにこにこ笑いながらご褒美のヒマワリの種をハムスターにあげていると、目の前にモモンガのマスコットがついたキーホルダーが差し出された。
『……?』
エリサが顔を上げると、そこには、ずっと遠巻きに彼女たちについて来ていた葛葉翔(くずのは・しょう)が立っていた。
「一位の賞品で貰ったけど、いらないからあげるよ」
『いいんですか? ありがとうございます』
エリサはキーホルダーを受け取ろうと手を伸ばすと、翔はなぜかちょっと固まり、それからそっと、少し高い位置から落とすように、キーホルダーを渡した。
実は翔は、幽霊をはじめとする心霊現象全般が苦手だった。それを何とか克服しようと、思い切ってエリサに話しかけたのだ。
「いや、た、楽しんでいるみたいだな。良かった」
つかえながら言うと、翔はぎくしゃくと離れて行った。
「何かヘンだったけど、どうしたんだろうね」
甲と二人で、エリサは首をかしげた。