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これが噂のクリスタルティアーズ

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これが噂のクリスタルティアーズ

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第一章 戦いの火蓋は切って落とされた

 数人の女生徒が、百合園の校舎から出てくる。
 嬉々とした表情がほとんどの中、一人だけ浮かない顔をしている者がいた。
「……ナトレア?」
 高潮 津波(たかしお・つなみ)は、パートナーのナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)の顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「調理室の許可はもらいました、ローズガーデン脇のカフェテラスを借りることができました。そこに器材等を持ち込んで、かき氷を作っても良いそうですが……残念ながら、冷凍庫の許可は下りませんでしたわ」
「……そうですか。ここにいなかった人達に、クリスタルティアーズを見せたかったのです」
 ナトレアは複雑な表情を浮かべる。
「津波の思い、一生懸命伝えたのですが……残念ですわ。でも」
「?」
「津波の優しい気持ちは、必ず皆に伝わりますわ」
「ナトレア……」
 微笑んで、津波は大きく頷いた。
「そうですよぉ。今回は残念だったけど、またいつかきっとチャンスがありまよ……私がお願いしたシャワー室申請も、駄目でしたしぃ」
 一緒に申請許可に向かったメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が、苦笑する。
「シャワーは、寮に戻って入りなさいって言われました。学園の物はやっぱりってことで」
「そうなんですか」
「必死にお願いしたんだよ!」
 メイベルのパートナー、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が、頬を膨らませながら言った。
「僕は浴衣を借りようと思ったんだけど、それも許可は下りなかった。──だけど、こっちはもらって来たんだ!」
 紙袋の中から団扇を取り出し、皆に手渡す。
「あ、ありがとうございます」
 側にいたヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、もらった団扇をしばらく見つめていたが。
 周りの生徒達が扇ぎ始めるのを見て真似てみた。
 生暖かい空気でも、風になれば違ってくる。
「涼しいですね。団扇がこんなに有難い物だなんて、思いもしませんでした」
「でしょでしょ? 絶対必要だと思ったんだ〜。ね、メイベル」
「喜んでもらえて良かったですねぇ、セシリア」
 皆、夢中で扇ぎ、この熱気を少しでも冷まそうとする。
「……あ、あぁいけない!」
 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)がハッとして声を上げた。
「団扇は離したくないけど、早くしないと氷が溶けちゃいますね。氷集めのためのバケツを用務員さんから借りて来て、急いで集めます」
「そして集めた氷は、冷凍室が使えない以上、日の当たらない所にとりあえず置いておきますね」
 隣にいた稲場 繭(いなば・まゆ)も、笑顔で答える。
「カキ氷、楽しみですね」
「はい! 頑張りましょう」
 ロザリンドと繭は仲良く微笑みあった。

「じゃあ僕は……調理室に行って器とかカキ氷機とかミキサーとか……どのくらいあるのか分からないけど、たくさん持ってくるね」
 山田 晃代(やまだ・あきよ)が真面目な顔をして言う。
「皆、こんなに暑い中、危険な思いをして果物を取りに行ってくれてるわけだし……大変だよね。僕、みんなが早く美味しいかき氷を食べられるようにしてあげたいんだ!」
 晃代が立派な思いを熱弁している横で。
「やっぱり暑い時にはかき氷よね〜……んーでもアイスクリームも美味しいし……」
 パートナーのイリス・ベアル(いりす・べある)がトンチンカンな思案にふけっていた。
「もうイリスってば〜、恥ずかしいなぁ」
 晃代が苦笑する。
「……あっち、大丈夫だよね」
 晃代の真剣な呟きに、イリスが顔を上げる。
「大丈夫よ、きっと」
「うん……」
「怪我して帰ってくる子がいないと良いけどね」
 イリスが小さく溜息をついた。
「うん」
「あの……俺、蒼空学園の生徒で男子だけど、いいか?」
 レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)が、後ろから顔を覗かせて尋ねてきた。
「百合園女学院の知り合いに用があって来たんだけどよ、もう暑くて暑くて……。かき氷企画、のせてくれねぇかな?」
「大大大歓迎だよ! 集めるには何人いたって足りないくらいだもん!」
 僕だって同じ男なんだから気にしないで! という言葉を飲み込んで、晃代ははしゃいだ。
「お、おう? おう。そんなに喜んでもらえるなんて、なんか、複雑だけど、嬉しいぞ」
 晃代のはちきれんばかりの笑顔に、レイディスは面食らう。
「俺も、いいかな? 俺の魔法の『氷術』を使えば保冷が出来るから、多分いくらか長持ちすると…え?」
 ロザリンドと繭が、【夜桜お七】緋桜 ケイ(ひおう・けい)の手をしっかと握る。
「ありがとう〜〜! 助かる、その魔法〜〜」
「え? あ、あ、あの、手を……」
「ありがとう〜〜〜」
「て、手を……」

「──じゃあ、手分けをして始めましょうか!」
 皆、頷いて、各々の仕事に取り掛かろうと歩き始めた。
 だが。
 しばらく行くと、ほとんどの人が立ち止まって、後ろを振り返った。
 シロップ代わりの果物を取りに、温室に向かった一行の姿はもう見えなくなっている。
 何処にもいない。
 心の底で願う。
 無事に、戻って来てくれると良いのだけれど……。


 ◆


「まさかこんなことになるとは思いもしませんでした」
 【魔法剣術部】ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)は笑いながら言った。
 幼馴染の神薙 光(かんなぎ・みつる)を訪ねて来ただけだったのに、クリスタルティアーズに出くわすは、番犬の注意をひきつける事になるわで。
 横ではパートナーの【魔法剣術部】ファティ・クラーヴィス(ふぁてぃ・くらーう゛ぃす)が、物珍しそうに辺りをきょろきょろと眺めている。
 ウィングはそんなファティの姿を見て、苦笑した。
「百合園に来るの初めてだよ〜すっごい面白いね。それにめちゃめちゃ綺麗だよ〜」
「大人しくしてて下さいね、私達は別の学校の生徒なんですから」
「は〜い」
「……ごめんなさい、せっかく来てくれたのに巻き込んでしまって」
 幼馴染の光が、隣でしょんぼりとした声を出した。
 顔を俯かせて落ち込んでいる。
「気にしないで。──確かに驚きはしましたけど、貴重な体験は出来るしカキ氷は頂けますし、何倍も楽しみが勝っていますもの」
「ウィング、ウィング! カキ氷楽しみだねっ!!」
 興奮気味にファティが叫ぶ。
「……良かった」
 ほっとする光を見て、パートナーのアイシア・セラフィールド(あいしあ・せらふぃーるど)が静かに微笑んだ。
「光、楽器は重くないですか?」
「大丈夫。──これでケルベロス君を引き付けて、突破口を開きます!」
「そうですね」
 上手くいくかどうかは分からないけど、有志で音楽隊を結成して番犬ケルベロス君に立ち向かうことにした。
 温室に入るためには、彼を引き付けておく必要がある。
 楽器を握る手に、力がこもった。

「しかし……キミは本当にその格好に違和感がないですね」
 ウィングの言葉に、一緒に歩いていた時枝 みこと(ときえだ・みこと)は苦笑する。
「気にしないで」
「う〜ん。本当に女の子みたい」
「もう、そんなこと言わないでよぉ。クリスタルティアーズで濡れちゃったから仕方なく借りただけなのよぉ。きゃっ」
 わざとらしく言葉の語尾を上げたりして、みことは今の自分の姿を楽しむ。
「気持ち悪い……何ですか、その動きと喋り方」
 くるくる回ってスカートを広げるみことに、パートナーのフレア・ミラア(ふれあ・みらあ)が露骨に嫌そうな顔を向けた。
「だあってぇ〜百合園の制服なんて滅多に借りれないし着れないのよ〜。どう? 可愛いでしょ?」
「………」
 フレアの軽蔑した眼差しに、みことは狼狽する。
「な、何だよ、その目は」
「やぁあああぁあぁぁぁああ〜気持ち悪いです〜〜〜! こっち来ないで下さい〜〜〜!!」
 みことの頭を、フレアはわしゃわしゃとかき混ぜる。
 周りは止めに入ることもせずに、笑いながら見ていた。

「──ところで、皆はケルベロス君を見たことがありますか?」
 光が皆に尋ねる。
「無い……」
「私も無いです」
「温室も当番にならなきゃ来る所でもないからねぇ」
「……魅玖さんより大きいんですかね?」
 アイシアが、身長3mの大利音 魅玖(おおとね・みく)を見上げる。
 魅玖が、首を傾げた。
「どうだろう? 私より小さかったら、だっこして、いいこいいこしてあげられるだけど……」
「そうですね」
「……凶暴、なのかな?」
 魅玖の不安そうな問いに、エルシー・フロウ(えるしー・ふろう)が答えた。
「管理人さんとは仲良しさんなんですもの、私達だって、きっと仲良くなれるって信じてます」
 魅玖に向かって笑いかける。
「きっと、大丈夫ですよ」
「……エルシー様は、わたくしが必ず守ります」
「?」
 パートナーのルミ・クッカ(るみ・くっか)が、真剣な眼差しでエルシーを見た。
「絶対に、手出しはさせませんわ」
「ありがとう……でも大丈夫です、きっと。見てて下さい」


 ◆


──温室前に見える巨大な黒い影──あれが、ケルベロス君。
 近づくたびに、大きさが一層際立つ。
 頭は三つ……まさしく伝説のモンスター、ケルベロスだった。
 これを溺愛している管理人は一体どんな人なのだろう? 可愛がることが出来るような動物じゃないと思うのだが。
「私よりは小さい、かな……」
 魅玖が呟いた。
 横幅があるために大きく感じてしまい、正確な大きさは分からない。
「いいこいいこ、出来るかなぁ?」
 そっと。
 魅玖が手を伸ばしかけたその瞬間、ケルベロスはいきなり牙を剥いてきた!

「危ないっ!」

 新堂 真琴(しんどう・まこと)が前に飛び出し、ケルベロス君の足元に向けてスプレーショットを放った。
「大丈夫だった!?」
「う、うん。ありがとう」
 続けて、華舞 雫(はなまい・しずく)がケルベロスの鼻先の地面に向かって小さなナイフを投げると、わずかにひるんで上体を反らした。
「皆、ひとまず隠れていて! 特に女の子、気をつけてね!」
 ケルベロスは威嚇の唸り声を上げた。
「この子の特徴とか特質って、どんなだろう?」
「情報が無いって辛いね」
 間合いを取って、真と雫は様子を伺う。

「──えっとぉ、そないに気を張って特別な事しはらんでも、飼い主がいる犬は躾られてて当然ですえ」

 清良川 エリス(きよらかわ・えりす)が、のんびりした口調で前に出てきた。
「きっと、皆はんがぞろぞろやって来たの見て、怯えてるんじゃないですかねぇ? ……お手!」
 根拠のない理屈と行動で、ケルベロスをどうにかしようとする。
……しかし。
 ケルベロスは微動だにしなかった。唸り声も一向に止まない。
 あまりの威圧感に、エリスは次第に焦りが生じてきた。
 自己犠牲精神は溢れているが、度胸なんかは全く持っていない。でも引っ込みがつかない!
「ほ、ほ〜らいいこでちゅね〜、大丈夫ですぇ〜。怖くありまへんで〜お手〜お手〜」
 その時。
 どんっと、エリスは肩を押されて、ケルベロスの太い足の方へと転がっていった。
「うぎゃあ!」
 パートナーのティア・イエーガー(てぃあ・いえーがー)が、エリスを突き飛ばしたのだ。
「た、たすけて……!」
 緊張の一瞬。
 慌てて逃げようとしたエリスはケルベロスに踏み押さえられて、とっ捕まってしまった。
 だが、襲われることはなく、でかい舌でベロベロと舐め回され始めたのだ。
 目に涙を浮かべながら、両手をこれでもかと言わんばかりに伸ばして必死に助けを求める。
 もう言葉も出ないらしい。

(……ふふ、ふふふ。ぞくそくしますわ。)

 ティアは、頬の筋肉が緩んでいくのを必死に止める。
(もっと嘗めなさい……そんでもって衣服も破ってしまえ、やるのよ! ケルベロス!!)
 しかし。
 パートナーのド外道な思考が分からないエリスではなかった。
「何笑ってはるんや〜! 助けておくんなまし〜〜!」
「…………」
「ティアの考えてることなんてよぉ分かりますのや〜! 助けておくんなまっし〜!」
「え、ええ!? ケルベロスが発情期だったらもっと楽しかったのになんて、どうして考えてることが分かってしまうの!? エリスはエスパー!?」
「……う、うわ〜ん。ひどいお人ですわぁ〜〜」
 真琴と雫は苦笑すると、ケルベロスからエリスを奪取しにかかった。

「俊敏、ですね」
「やっぱり、大人しくさせるしかないようです」
 様子を見ていた光とアイシアは、用意してきた楽器を取り出した。
 他にも楽器を持ってきた有志達は、横一列に並び準備を始める。
 その間、ケルベロスは不思議そうな瞳でこちらを見ていた。
 エリスという生贄を一瞬でも捧げた為か、唸り声はもう上げなかった。

──さぁ、いよいよ始まる。
 失敗は絶対に許されない、成功しなきゃ道は開かない。
 皆の顔に、緊張の色が見える。
 始まる、始まってしまう!
 息を大きく吸い込ん──

「ぷぴぃいぃい〜〜」

 間の抜けた笛の音が辺りに鳴り響いた。
「ぷぴぃいぃい〜〜あ、あら、ごめんなさい」
 フレアが舌を出した。
 張り詰めていた緊張の糸が、一気に切れる。
 周りに脱力した微妙な空気が流れたが。
 みことがゆっくりと顔を上げて、フレアにウィンクをする。
「……ありがとう、フレア。わざとやってくれたんだよね」
「え? あ、あぁ……」
「助かったよ」
「さんきゅ」
 皆にばればれなことが何だかとても恥ずかしくて、フレアは居心地がとても悪くなった。
「本当、おかげで余計な力が抜けました。……そうですね。コンクールでもないんだし、ケルベロス君のための、サロンコンサートです」
 ウィングが笑った。
 ファティが満面の笑顔で叫ぶ。
「楽しん奏でよう! 大切な観客のために!!」
「おお!!」
 リュート、オーボエ、ハープ、バイオリン、横笛、オカリナ、ハンドベル、ギター風タッチパネル式キーボード、そして歌。
 各々が持ってきた楽器に手をかける。


「それじゃあ──【オルフェウスの竪琴】作戦! 発動!!」


……不思議な音色が流れ出す。
 音楽が、胸に響く。
 優しい子守唄のような曲なのに、心に響く何かがある。
 これは……この音は……
 ケルベロスが膝を折った。
 ゆっくりと、その場に横たわる。
 ケルベロスは次第に目を閉じていった。これは眠っているのではなく……音楽に聞き入っているのだ!
 数名が、その隙にそっと温室の中へと入っていく。
(果物は頼んだ)
(まかせてといて!)
 アイコンタクトでお互いの気持ちを伝え合う。
 カキ氷製作によって、固い友情が生まれつつあるような気がした。


 ◆


 ケルベロス君の脇を突破し、温室の中に足を踏み入れることが出来て安心したのも束の間、巨大な根が、いきなり歩みを止めさせた。
 この大きさからして、それがタネ子の身体の一部だということは、すぐに分かった。
 膝下くらいまで土から飛び出している根を、恐る恐るまたぎながら、笹原 乃羽(ささはら・のわ)は静かに辺りを伺う。
「まったく管理人さんてば、こんなになるまで育てなくったって……ひ、ひぃ!」
──天井に、超特大級のハマグリが三つ浮いていた。
「は、ハマグリ?」
 温室の天井では狭そうに首をかしげて、ゆらゆらと揺れながら漂っている。
「あれがタネ子さん、ね……ケルベロス君といい、管理人さんて三叉が好きなのね」
 苦笑まじりに乃羽はため息をついた。
 四方八方、どこからでも襲って来れそうな位置にいる。引き付けておかなければ、調達班に被害が及んでしまうだろう。
(道は二手に分かれているから、片方を調達班、片方をタネ子対策として道を開ければ、絶対行ける!)
 乃羽が、タネ子に向かって持ってきたクリスタルティアーズを投げつけた。
 固い表皮に守られて、ぶつけても効いていないとは思うが、こちらの気配に気付いてものすごい勢いで寄ってくる。

「う、うわあわわあ〜、じゃあ後は任せた! うわうわ」

 果物調達班は蜘蛛の子を散らすかのように、葉の生い茂る、まるで密林のジャングルのような温室奥へと消えていった。
 可愛い女の子達の前でカッコいいところを見せて、お近づきになろうとしていたアルフィエル・ノア(あるふぃえる・のあ)は女の子達の消えていく後姿を呆然と見送っていた。
「あ、あれ。ぼ、僕のかっこいい雄姿を……見ても…らい…」
 アルフィエルはがっくりと肩を落とした。
 見せ場が無くなった……
 パートナーのイェルナ・イェシエル(いぇるな・いぇしえる)は、そんなアルフィエルを見て苦笑した。
「美しい女性達を前にしてかっこいい所を見せようと意気込んでも、あなたは可愛いんだから無駄なあがきじゃないですか?」
「ひどいよイェルナ〜」
「それよりも、来ますよ!」
 まるでジョーズが接近してくるような緊張感。
 タネ子にぶつかった氷の固まりは、砕けることなく落ちてくる。
 原型を留めた氷は、かなりの強度を増すらしい。
 自分達との距離、1メートルくらいの所でタネ子は止まった。
 表情はもちろん無いが、どうやらこちらの様子を伺っているように思われる。
 ふいに、真崎 加奈(まざき・かな)がゆっくりと前に歩み出た。
「食虫花はともかく、僕はお花が好きだよ。お花は話しかければ元気に成長するって言うから、タネ子さんも同じだと思うの! ……多分。きっと…」
 言ってる最中に迷いが生じたのか、語尾が弱まる。
「こ、こんにちは! おやつを持ってきたよー」
 一歩一歩、じりじりと近づいてみる。近場からもぎ取った青りんごを片手に、じりじりじりじり……


 ばくっ


「……ばく?」
 加奈の目の前が真っ暗なった。お腹にめちゃめちゃ圧迫感があって苦しくて……そして腕が……腕が動かない……
 もしかしてもしかしなくてもこれって──!!

「ぎゃあああ〜〜〜食われた〜〜〜たすけて〜〜〜!!!」

 自由がきく足をじたばたさせる。
「たすけて〜〜〜!!」
 少し離れた場所からその光景を見ていたイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)は、思わず笑ってしまった。
 食われた……食われたよ、あの子。足、じたばたさせてるよ……
 強そうなので面白い戦闘訓練ができるかもと踏んでいたイーオンだが、日頃の戦闘能力で、どうやらタネ子は危険な奴ではないらしいと判断できた。
 棘も牙も無い、単なる──
「はまぐりに足が生えて踊ってる……」
 自分の言葉が壺にはまったのか、今度は声を上げて笑い始めた。
「こらー誰だ笑ってるのは〜!!」
「あぁ、悪い悪い。今助けてやるから」
 タネ子に近づこうとしたイーオンを、パートナーであるアルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)が突き飛ばした。
「なっ!?」


 ばくっ


 今度はアルゲオが、食われてしまった。
「あなたは……あなたは私が命に代えても守りますー!」
 加奈と同じように、はまぐりから足を出した格好で、アルゲオは恥ずかしい台詞を叫んでいる。
(確かに守ってはもらったが……)
 イーオンは頭をかくと。
「やれやれ……」
 笑いながら、二人の救出に向かった。


 ◆