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リアクション
「今のうち! 今のうち!」
荒い息を吐きながら、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は果物をもぎ取る。
向こうではタネ子の注意を引き付けてくれている。
危険は薄いと思っていても、どうなるかなんて分からない。襲ってこないとも限らない。
「バナナ! オレンジ!」
ミルディアは、手当たり次第に目の前にある果物を、事前に借りた大八車の中に投げ入れた。
「ちょ、そんな入れ方では果物が傷ついてしまいますわ」
パートナーの和泉 真奈(いずみ・まな)が、きちんと並べ始める。
「ありがとう、手伝ってくれて」
「……仕方ないですねぇ。まぁ、私も食べたい気持ちは同じですし、協力しますよ」
真奈が乗り気になってくれていることが嬉しくて、ミルディアはできるだけ美味しいカキ氷を食べさせてあげたいと思った。
「あれ?」
見ると、必死に高い場所にある果物を取ろうと、ぴょんぴょん飛び跳ねている佐倉 ハルカ(さくら・はるか)の姿が見えた。
「ちょっと大丈夫?」
「あ、うん……あそこにある赤い実を取ってみようと思ったんだけど」
「あぁ〜あれは難しいねぇ、あたし達じゃ無理かもしれない。残念だけど、諦めるしかないかなぁ……」
ミルディアもハルカも残念そうに、それを見上げる。
「──どうかしたんですか?」
しばらくすると、葉を掻き分けながら、目の前に広がる空間を求めてやって来たフィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)が、声をかけてきた。
ハルカの視線の先を追って、やろうとしていた事を理解する。
「あの赤い実を採ろうとしていたんですね。分かりました、安心して下さい。私のバーストダッシュを使えばそのくらい……」
「駄目よ、危ない。木々が生い茂っているのよ? 枝が張り巡らされているのよ? バーストダッシュが使えるとしても目測を過ってぶつかったら……そんなことになるくらいなら、私が木に登るわ」
パートナーのセラ・スアレス(せら・すあれす)が、登る気満々に木を睨み付けている。
「あぁ〜やめてください! だ〜いじょうぶですって。ね? バーストダッシュ──っと」
高い高いジャンプ。
再び地面に足をつけたフィルの顔を見て、セラは傷が無いかをチェックする。
「大丈夫? 痛い所は無い?」
「無いです」
「良かった……」
「過保護」
フィルは嬉しそうにセラを見て、そして手にした果物をハルカに手渡した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうっ!」
ぺこりと頭を下げて、ハルカはその果物を、大事そうに袋の中へ入れた。
(もっとどこか、たくさん実がなっている場所にいかなくちゃ……)
ハルカは、高い場所は自分には無理だと悟り、もっと下の方に実がなっている植物を探そうと決めた。
しかし、一体この温室はどのくらいの広さ大きさなのだろう。
めちゃめちゃ広く感じる。
「本当にジャングルの中に入ったみたい。ひょっとして奇妙な動物とかが出てきたりし……え?」
「あ」
草を掻き分けながら歩いたハルカは、口の周りを果汁だらけにしたメリナ・キャンベル(めりな・きゃんべる)に遭遇した。
「え、えへへ」
「食べてる、の?」
「うん……」
「……やっぱりハルカも食べようっ!」
怒られると思って覚悟していたメリナは、自分と同じ行動を取り始めるハルカに驚いた。
ハルカの手に握られたマンゴーからは熟した良い匂いが漂ってくる。
そう言えば喉がカラカラに渇いていた。
あんな暑い中にいたんだ、それは当然のことで……
反対側で戦っている人達に謝りながら、ハルカは、マンゴーにかぶりついた。
甘くまろやかな美味しさが、口の中いっぱいに広がる。
「ん〜〜美味しい〜〜〜〜〜!」
「……ここの温室の果物って、こんなに美味しかったんだね」
「本当、本当」
「──み〜〜〜た〜〜〜ぞ〜〜〜!!」
「うわ!」
振り返ると、仁王立ち姿のマリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)がいた。怒りのオーラを身にまとっている。
「食べちゃだめでしょ〜皆一生懸命やってるのに」
「そうです、はしたない行動は慎しまないといけませんよ?」
パートナーのテレサ・カーライル(てれさ・かーらいる)も、注意を促す。
「ごめん、喉がカラカラで……」
「ごめんなさい」
「もう〜しょうがないなぁ」
苦笑していたマリカが、ふいに神妙な面持ちで話し始める。
「ここから出る時の注意事項だけど……最近は、他校生徒が入り込んだりして学園の治安もあまり良くないのね。収穫した果物を奪う不埒な輩が 出るかもしれないから危険なの。だから持っていく際の警護は私がするから一声かけて。それ食べ終わったらでいいけど」
「ありがとう、安心できる〜」
「襲って来たら、あたしの柔道の技をお見まいいしてやるわ!」
マリカが決めポーズを作る。
「じゃあひとまず集めた果物を置きに行って、足りなかったらまた戻ってこなきゃですね」
テレサがそう言うと、メリナが大きく頷く。
「ケルベロス君やタネ子さんと相手をしてくれている方達のためにも、たくんの果物を用意しなきゃいけませんし」
「そうだね」
「……あ! いたいた。ねぇ皆、そろそろ──」
やって来たミルディアの顔色が、急に変わった。
「今、なんか……食われた〜とかって叫び声、聞こえなかった?」
「き、気のせいですわ」
真奈が慌てて否定する。
ミルディアも認めたくないのか、必死に賛同する。
「そうよね、そんなことあるわけないわよね」
「……あ」
「え? 何なに!?」
「今、一瞬……タネ子さんが何かくわえていた気がするんだけど。誰かの足みたい……バタバタしてた」
マリカが囁く。
冷静なテレサも、さすがに慌てた。
「そ、それこそ気のせいですわ!」
『──た〜すけて〜〜〜!』
「…………」
「き、気のせい気のせい」
「そうよねそうよね、皆強いもん、きっと大丈夫よ。さっさと走り抜けて、カキ氷とシロップの準備を始めましょう。それが私達の仕事よ」
「一目散にカフェテラスに向かわなきゃ」
果物調達班は脱兎のごとく、タネ子の脇をすり抜けた。
食われている誰かの足を視界の端に入れながら……
◆
「暑くて……やってられませんわ……」
【黒薔薇の勇士】荒巻 さけ(あらまき・さけ)は、うだるような暑さに嫌気がさしていた。
地面に敷き詰められていた氷は、あっと言う間に消えてしまい涼んでいる暇もなかった。
せっかく氷の地面を転がって身体を冷やそうと思ったのに……
さけは、小さな子供用のプールを用意して、一ヶ所に大量に集めておけばそう簡単に溶けることもないはずと思っていた。
「溶けたらここに入って皆で水浴びでもすれば良いし、ちょうどいいですわね。でも……」
赤くなった両手に、息を吐きかける。
「うぅ、冷たい〜手が痛いですわ〜夏なのにしもやけが出来てしまいます〜」
いくら溶けにくいとは言え、素手で持ち歩いたり触れたりしてたら、さすがのクリスタルティアーズも溶けてしまう。
「冷たいですわ〜痛いわ〜」
「あ、あの……」
「え?」
「あのね、これ付ければあんまり氷溶けないと思うのっ」
緊張した面持ちで、サーリア・フレーヴァング(さーりあ・ふれーう゛ぁんぐ)が新品の軍手を差し出した。
「これ、使って。用務員室でお願いして、借りて来たの。これを使えば、少しでも手の保護になるし、氷も溶けにくいと思うから」
「ありがとうございます〜、気がきく方なのですねぇ」
「え、そ、そんな……」
赤くなって顔を俯かせる。
「もしかして、一人ですか?」
「は、はい」
「そんなに緊張しなくていいですよ〜私もなんです。一緒に集めませんか?」
「はい!」
「……あの〜これも一緒に入れていいかなぁ?」
黒岩 和泉(くろいわ・いずみ)が、両手いっぱいに氷を抱えてやって来た。
「うわぁ〜たくさん。冷たいでしょ? 急いで急いで」
子供用プールの中に氷を放すと、冷たさに、和泉はしばらくそのままの形で固まっていた。
「だ、大丈夫? これ付ければ、ちょっとでも冷たいの和らぐと思うからっ」
あっぷあっぷ状態のサーリアに軍手を手渡されて、和泉は苦笑しながら受け取った。
「ありがとう」
「──そっちの氷、どんな感じですか〜?」
【ひたむきなる剣豪】菅野 葉月(すがの・はづき)が、こちらの姿を見つけて声をかけてくる。
「よければカフェテラスの近場に運んじゃいますけど」
「そうですねぇ、もう少し溜めてから一気に持っていこうかと思ってましたわ」
「力仕事だったら任せて下さいね、遠慮なく言ってほしいです。美味しいかき氷を食べれるなら、労力は惜しみませんから」
「ありがとうございますっ」
サーリアがぺこんと頭を下げた。
葉月は頷くと、空を見上げる。
「早く終わらせて、カキ氷食べたいですねぇ」
「そうですね」
「僕個人としては、果物もいいのですが宇治金時も食べたいんですよ〜」
「……葉月に不味い物を食べさせたくないから、美味しい物かどうか私が先に味見するわ」
「ぅえ?」
パートナーのミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)が低い声で呟いた。目が真剣だ。
「かき氷なんだから、美味しいもマズイも無いよ〜」
「安心して。毒見は私がまずするから」
「……」
葉月よりも絶対先に食べるつもりだ。それとも真面目に言ってるんだろうか?
周りも笑うしかなかった。
「みんな〜なんだか楽しそうだねぇ〜」
麻野 樹(まの・いつき)が、校舎裏からひょっこり現れた。
「男手は必要ありませんか〜?」
「うん、今は大丈夫だよ。ありがとう」
薔薇の学舎の生徒の樹は、こんな時で無い限り女の子とお近づきになることが出来ない。
これを機会に、女の子の友達をゲットしようと画策していた。
「俺、薔薇の学舎の生徒なんだけど、カキ氷作り参加しちゃっていいんだよね」
「当たり前じゃない〜って言うか、もう参加してるでしょ?」
「あ、そうかぁ」
樹たちの楽しそうな笑い声が響いた。
だが、そんな様子を。
少し離れた場所から、じっと見つめている雷堂 光司(らいどう・こうじ)の姿があった。
見つからないように身を隠している。
(樹の奴、百合女の女子と何、あんなに仲良くしてんだよ! しかも滅茶苦茶、楽しそうに!)
光司は怒りで身体が震えていた。
(お前、男が好きなんじゃねえのかよ! だから俺と付き合ってんだろ!)
樹の緩みきった顔が許せない。
(友達作りって可能性もあるが、俺は断じて認めん! これは、浮気だ! 誰にでも優しいにも程がある!)
げ、げ、げ、げ、限界だ!!
「樹──!!」
「んん? うわっ、光司! どうしてここに!? 内緒で来たのに」
「樹! こんな所で何してやがる! そう言うことは俺と別れてからにしろー!」
「ぇえ? ちょちょ……っ!!」
光条兵器をぶっ放そうとした光司だったが、樹に取り押さえられて事無きを得た。
二人は、何かヒソヒソと耳打ちしながら、その場から去っていった。
「……い、一体何が起こりかけていたの? 恋人同士のたんなる痴話喧嘩?」
「僕達結構、危なかったのかもしれないね」
「こ、怖かった……」
残された皆は、安堵の溜息をついた。
【お掃除戦隊ゆるくりん】高務 野々(たかつかさ・のの)は、調理室で砂糖水を煮詰めたやや濃い目の水(すい)や、蜂蜜を薄めたはちみつ水を作り終え、カフェテラスに向かっていた。
果汁のみでは味が薄くなりすぎるかもしれないので、果汁に混ぜて味の調整が出来ればと思ったのだ。
一緒に戻ってきたミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)は、手にブルーハワイのシロップを持っている。
調理室で悪戦苦闘しながら一生懸命作ったブルーハワイ、気に入ってくれるといいのだけど。
ミューレリアは皆の喜ぶ顔を思い描いて、自然と顔がほころんでいった。
「そう言えば、ミューレリアさんはブルーハワイの知識がすごいおありなんですねぇ。由来や歴史など」
「え? あ、あぁ、知識として頭の中に入ってたから!」
「すごいですねぇ」
「………」
適当に作った話だなんて言えなくなってしまった。
「先程お聞かせ頂いた話、しっかと胸に刻んでおきますわ。そのブルーハワイも、すごい美味しいと思いますよ」
「……あ、ありがとう」
心の中で謝った。
カフェテラスには、氷集めから戻ってきた神無月 翠(かんなづき・みどり)と、ミニファ レノプシス(みにふぁ・れのぷしす)と、ヴァーナーが、既にテーブルのセッティングに取り掛かっていた。
「おかえりなさいませ」
ヴァーナーがにっこりと笑顔で迎える。
テーブルの上に持ってきた物を置いて、野々とミューレリアは準備を手伝う。
「まだ皆は戻って来ていないんですか?」
「そうなんですよ、まだです」
翠は溜息混じりに答えて、温室のある方に目を向けた。
「大丈夫ですかねぇ……あれ?」
『──お〜い、お〜い! お待たせ〜果物持って来たよ〜!!』
人影が手を振っている。
「わァ! 来ましたよ!」
大八車や大きなリュック、袋の中にたくさんの果物を入れて、戻ってきた。
騒がしくなったことに気付いたのか、氷集めをしていた連中も徐々にカフェテラスに集まってくる。
果物調達から戻ってきた面子は、疲れ果ててはいるようだったが、みんな笑顔だった。
「大丈夫だった? 怪我とかしてない?」
心配そうにミューレリアが尋ねる。
マリカは首をかしげて思い当たることが無いかを考えて。
「う〜ん、大丈夫だとは思うけど……」
「ヒール!」
いきなり、ミニファが呪文を唱えた。
「え? ──あ」
多分、草か何かで切った為に出来ていたであろう傷口が、見る間にふさがっていく。
「ありがとう〜」
「どういたしまして。大変だったねっ、休んで」
「うん」
「誰か怪我してる人いませんか〜? 僕が回復魔法で手当てします〜」
ミニファが魔法をかけている横で、野々は机に並べられた果物の中から、黄色に輝くレモンを見つけた。
「まぁ〜!」
これではちみつレモンのシロップが出来る。
甘い物が苦手なので、自分の分のシロップはちゃんとキープしておかなくちゃ。
野々はしっかりとレモンを握り締めた。
「──この包丁、借りますわね〜」
さけは、パインをどつどつと切って芯をくり抜き、更に細かく切ってミキサーの中へ放り込んだ。
ごわわわわ……という音を立てながら、どんどん液状化されて、甘い香りを漂わせる。
「メリナさん、メリナさん。ちょっとこっちを手伝ってください」
「はい?」
メリナが隣に来ると、きょろきょろと辺りを見回し、皆が仕事に没頭しているのを確認すると。
出来たばかりのパインジュースを、さけは小さなコップ二つに注ぎ入れた。
何をするのかと思いきや。
(一杯だけ、ほんの一杯だけね)
一緒に飲もうという視線を向けて、真っ黄色の液体を速攻で喉に流し込む。
(くぅううぅううう〜美味しいです〜〜!)
さけの恍惚の表情に、メリナも恐る恐るそれを口に運び。
(美味しい〜〜!!)
叫びたい気持ちをは抑えて、二人はくすくす笑いあった。
「……ミックスジュースって美味しいよね?」
果物の山を見ながら、ミルディアが真奈に問いかける。
「そう思いますけど」
「あれ……アボカドなんて持ってきている人がいる……、入れると美味しいのかな?」
「や、やめて下さいっ!」
カキ氷にアボカド??? 罰ゲームにしかなりませんわっ。
冒険はしないほうがいい──せっかく皆が苦労して取ってきてくれた物なのだから。
「でもちょっと面白そうだと思わない? どんな味がするんだろう」
「……試すのならご自分だけでどうぞ」
「もう、分かった。しません〜」
そうは言っても気になるのか、名残惜しそうに、視線をしばらくアボカドに送っていた。
「──まずは氷を作ることより、シロップ作りが優先されますよね。うんうん」
津波は口の中で何度も繰り返した。
「すごーい、見たことも無い種類の果物があります。これ……どうやって食べれば良いのでしょう?」
ナトレアは後ろから、はしゃぐ津波を微笑んで見ていたが。
「全部ミキサーに入れて混ぜちゃえばOKですね」
その言葉で目の前が真っ暗になった。
「つ、つ、津波、無理はいけません。食べられない物を作ってしまったら、非難轟々ですよ?」
無理やり作った笑顔は、頬がひくついている。
「そうかぁ……」
「なんだかあちらのテーブルでも似たようなことをしようとしていたみたいですが……食べ物での遊びは、本当、やめて下さいませね」
「了解です〜」
だが、ナトレアと真奈がいなくなった隙に、ミルディアと合作して新しい不気味なシロップを完成させた。
しかしそれは、味見した段階で下水に流された。