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真夏の夜のから騒ぎ

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真夏の夜のから騒ぎ

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  2・森の妖精の心

 キャンプ場のある位置から少し離れた森の中。
 ふたりの人物が話し合っていた。
「聞けばパックは、弱い者や恋人たちに恩恵を与えるという一面もあるそうだ」
 緋桜ケイ(ひおう・けい)はそう言って、パートナーである悠久ノカナタ(とわの・かなた)に微笑みかけた。
「だから、どうしたというのだ」
「だからぁ。俺達も、恋人同士に見えるように振舞わないといけないと思うんだ! そこでスキンシップとして、まず膝枕でもしてくれないか?」
「っ! ひ、膝枕をしろだと? な、何を考えておるのだ!」
「なにって、パックをおびき出すためだってば。ホラ、はやくはやく」
 そう言って早くも森の一角に陣取って寝転がる準備を始めているケイに、カナタは眉間にしわを寄せつつも、それでも押し切られる形で膝枕をするのだった。
「よし。これで後はパックが現われるのを待つだけだな!」
「くっ……。こんな恥ずかしい真似をわらわにさせておいて、もしもパックがやって来なかったら、ただではおかんぞ……」
 カナタは、この作戦が失敗したら、次はケイを甚振ってみて、弱い者を助ける為パックがやって来るかどうか試してみるとしようと考えているのであった。

 そんな喜びと陰謀を堪能中のふたりの近くに、森の中を散策する人物がいた。
 陽河誠一(ひかわ・せいいち)という名の彼は、かけているメガネをくいっとあげながら悩んでいた。
「おかしいですね。ここはさっきも通った筈ですが」
 そんなことを呟いて、メモに何やら記録をしていた。
「ふむ。どうやら、当の妖精パックとやらに迷わされてる可能性が大ですね。仕方ありません、こういう時は」
 誠一はおもむろに周りの木にハンモックをひっかけて、
「一度気持ちを落ち着ける為に休むのが一番でしょうね。人生、ゆるゆるといきましょうか……ん?」
 まどろもうとした彼の目に、小さな人影が映った。
 一見ものぐさに見える彼だったが、それでも周囲に気を配っていたのである。
「もしやあれが、妖精パック……ではないようですね。どうやら人間の少女のようですが、どうやら、私と同じようにパックに迷わされているみたいですね」
 誠一が見つけたその少女は、宝月ルミナ(ほうづき・るみな)であった。
「ようせい……どこ?」
 ぽつりと呟き、周囲をきょろりとして、次に方位磁石でキャンプ場の方角を確認して、首を傾げる。
「あれ……? おかしいな……どうして……」
 ルミナは、自身が木の枝に結びつけた草の道標を見て、もう一度逆方向に首を傾げた。
 そして、歩き疲れたのか近くにあった切り株に座りこみ、草笛を鳴らすルミナ。
「お上手ですね」
 誠一の声に、ぴくっ、と驚いて振り向くルミナ。
「あ、あの」
「ああ。私のことは気にせず続けて頂いてけっこうですよ?」
「う、うん。あ、そうじゃないの。それより妖精ちゃん、見ませんでしたか?」
 その問いに誠一はくびを振り、
「いえ。残念ながら」
「そう……」
「まあ、根をつめるのも考え物ですよ。人生はゆるゆると過ごすのが一番です。そろそろ暗くなりますし、よければ森の出口までお送りしましょうか?」
「ううん。だいじょうぶ、だから」
 そう言って、ルミナは再び森の中を歩いていき、誠一は就寝に戻った。

 空が赤く染まり始めた頃、ルミナはキャンプ場に戻ってきた。
「おかえり、ルミナ」
 彼女を出迎えたのは、パートナーのリオ・ソレイユ(りお・それいゆ)。ひとりで戻ってきたルミナに彼は優しく微笑んでいた。
「ようせい……いなかった……」
 ルミナは目を潤ませて、リオに抱きつく。
「ようせい……ルミナきらい……?」
「違うよ。ルミナじゃなくて人を警戒しているだけだよ、きっと」
 リオはぽんぽんと背中を叩き、
「それに、これからまた出てきてくれるかもしないし、ね? 今は少しテントで休もうか」
 そしてふたりはテントの中へと入っていくのだった。

「…………」
 そんなふたりを眺める影がいた。妖精パックである。
 彼としてはただ遊んでいたつもりだったのだが、あんな風に泣かれてしまうとさすがに罪悪感が芽生えてしまったのか何やら複雑な面持ちをしていた。

 ピリリリリ

 そこへ突然、イタズラで盗ってきた物が奇妙な音を出したので、驚いて取り落としてしまった。その拍子に通話のスイッチが入り、声が聞こえてくる。
『あっ! 繋がった!』
 向こうも驚いた声だったが、パックも驚いていた。
『ど、どうしよう。え、えーと。京子、お願い』
『え? もう、真ったら。もしもし? 妖精パック、さん?』
 名を呼ばれるが、どうしていいかわからず沈黙してしまうパック。
『……もしそうなら聞いてね。その携帯電話、無くなっちゃうと真がすごく困るの。だから返して貰えないかしら? 姿を見せるのが嫌だったら、近くにいる誰かに預けてもいいから』
 パックはおそるおそるケータイを手にしたが、
『あのね、あなたにとっては些細ないたずらでも、人によっては死活問題の時もあるんだよ? それで』
 その言葉に、パックは反射的にケータイを、ぱん、と叩いてしまっていた。
 ちょうど電源ボタンを押してしまったのか、そのまま携帯電話はうんともすんとも言わなくなってしまった。
 結果、パックはますます難しい顔になっていた。
 だからこちらへ歩いてくる存在に気がつかなかった。
 散策をしながらキャンプ場を目指す、九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )と、彼女がたすき掛けにしているショルダーバッグに入ったマネット・エェル( ・ )に。
「ますたぁ、わたくし飛んでますわ☆」
 そんな風に笑っているエェルと、それに応じて笑顔を向ける九弓。
 そして、
「「「…………」」」
 ふたりとパックは、ばっちり目が合った。両者ともに、ぽかんとした表情で見つめ合う。
 数秒後。先に動いたのは、パックだった。
 携帯電話を放り出してまたどこかへと飛び去っていってしまう。
「マネット、あれ見てあれ!」
「はい! わたくしも見ましたわ。あれが妖精パックですのね!」
 ふたりも慌てて後を追いかけようとしたが、その時にはもうパックは影も形もいなくなっていた。
「あー、逃げられちゃった。残念」
「むぅう。べつに逃げなくても大丈夫でしたのにぃ」
 そして残された携帯電話を見つけて、思わず顔を見合わせる。
「これ……パックの携帯電話、なの?」
「妖精がケータイ、ですか? そんなまさかぁ」