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ワルプルギスの夜に……

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ワルプルギスの夜に……

リアクション

 
    ☆    ☆    ☆
 
「なんだか、隣は盛りあがっているようですねえ」
 紙コップといえども優雅にブランデーを口に運びながら、ハティ・ライト(はてぃ・らいと)はつぶやいた。こちらまで流れ魔法が飛んでこなければいいのだが。
「そんなことより、わたくしの話を聞いてくださいましよぉ」
 テーブルの上に突っ伏してゴロゴロしながら、ミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)がくだを巻いた。たいした量ではないが、久々のお酒ですでに酔っぱらっているらしい。
「はいはい。聞いておりますよ」
 倒れかけたブランデーの入った紙コップをさりげなく安全な場所に移動してやりながら、ハティ・ライトは答えた。
「こほん、自慢ではございませんが、うちの有栖お嬢様は、それはもうお可愛くてお優しくて、正直わたくしなどには勿体無いくらいのお方ですわ、あ、コレ、お嬢様の寝顔ですわ♪」
 ミルフィ・ガレットが、パートナーの無防備な寝顔の映った携帯の待ち受け画面を見せた。
「おやおや、これはいい寝顔ですね」
 ハティ・ライトは本心から言った。こんなに安心しきった寝顔をさらけ出せるのだから、近くにもっとも信頼した者がいるという証しなのだろう。
「ですが、ひとつ、御心配なことがございますの、聞いてくださいます?」
 ハティ・ライトの感慨など無関心に、ミルフィ・ガレットが続けた。
「お嬢様は、御自分が『護られている』のを、とても負い目に感じておられまして、事あるごとに、何とか御自分自身でやり遂げようとして度々御無理をなさるのですわ。白百合団に入りましてから特にそのお気持ちが強くなったようで、わたくしはお嬢様に万が一の事があったらと思うともう……。お嬢さまったら、心配するわたくしの身にもなっていただきたいですわ。御自分で無理をなさらなくてもわたくしがずっと傍でお護りいたしますのに。ね、お分かりになります? わたくしのお気持ち?」
「ふふ、面白いパートナーをお持ちなのですねぇ」
 これは、彼女が気づいていないだけなのだろうか。無理をできるということは、その基盤があるということなのだが。それとも、彼女が過保護なだけなのであろうか。
「うちの、へたれな誠治にも聞かせてやりたいですね。ただ、それにしても……」
 ハティ・ライトは念のためにかけた禁猟区にずっと警戒信号を感じているのだが、どうしてもそれを特定することができないでいた。しいて言えば、この丘全体に危険信号を感じるということなのだが。
「妖しい魔女の祭りということですから、そこらにモンスターでも隠れているのでしょう。どのみち、どんなモンスターでも、今の私たちの前に現れれば、ただの余興になるでしょうけれども。おや、しゃべり疲れてしまいましたか」
 静かになってしまったミルフィ・ガレットを面白そうに見つめながら、ハティ・ライトは言った。
「いいおつまみでした」
 そう言って、残ったブランデーを飲み干す。
「なんだ。もう愚痴大会は終わっちまったのかよ。俺様も混ぜろってんだ」
 紙コップ片手に、アレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)がやってきた。
「おっ、パートナーの恥ずかしい写真公開大会か。だったら、俺様もいいの持ってるんだぜ。ほーらよ」
 そう言うと、アレクセイ・ヴァングライドは自分の携帯を取り出した。
「ほら、見てみなよ」
 近くで一人黄昏れていたラティ・クローデル(らてぃ・くろーでる)の首根っこをつかまえると、ぐいと引きよせて携帯画面の写真を見せつける。
「ええと……、こ、これは……!」
「どうしました? うっ、それは……」
 何事かと身をのりだしたハティ・ライトも、思わず息を呑む。
 奇しくも、三人が円陣を組むように顔を寄せ合って、携帯の写真をのぞき込んだ。
「いつ、こんなの撮ったのですか」
「これは、ばれたら、君、殺されますよ、確実に」
「大丈夫、大丈夫。ばれっこないから。他にも、こんなのとか、あんなのとか……」
「おおーっ!」
 見やすいようにテーブルの上に携帯をおいて、アレクセイ・ヴァングライドは画像を切り替えていった。
「ううん、わたくしの携帯……」
 寝ぼけたミルフィ・ガレットが手をのばすと、間違ってアレクセイ・ヴァングライドの携帯を手にとった。
「だめよ、お嬢様の恥ずかしい写真はわたくしだけの物なんですから」
 ぽちっ。
 全消去ボタンを押す。
「あーーーーーー!!」
 アレクセイ・ヴァングライドが絶叫した。
「俺様のコレクションがぁ」
「まあまあ、悪事はいつか報いを受けるものですから」
「フォローになってねえ!!」
 アレクセイ・ヴァングライドは、なぐさめてくれようとするラティ・クローデルに言い返した。
「くそー。何か復活の呪文とか、取り消しコマンドの説明書とかないのかよ」
 アレクセイ・ヴァングライドは、適当にポケットの中を探ってみた。そこに、覚えのない手紙を見つける。
「おっ、もしかして」
 根拠のない期待に、アレクセイ・ヴァングライドは手紙を開いてみた。それは、パートナーである六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)からの物だった。
『いつも迷惑をかけているかも知れませんが、本当に感謝しています。ですから、今日は思いっきり楽しんできてください』
 手紙には、そう書いてあった。
「恥ずかしい写真が消えて、よかったんじゃないでしょうか」
 横から手紙をのぞき見たラティ・クローデルが言った。
「馬鹿だよな、本当に。俺様が何してるのかまったく知らないでこんな手紙を。こっちの手紙の方が恥ずかしいぜ。大丈夫、画像はちゃんと心のアルバムにしまってある。お前たちもそうだろ」
「いや、自分は……」
 勝手に同意を求められて、困ったようにラティ・クローデルは言った。だが、心のアルバムはラティ・クローデルもハティ・ライトもちゃんと持っている。
「馬鹿やっちゃいるが、俺様が道化になってユーキのヘマをカバーしているんだぜ。このキャラを続けるのも結構しんどいからな……早く一人前になって欲しーわ」
 前後の脈絡はないが、自分ではいいことを言ったつもりのアレクセイ・ヴァングライドであった。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「さて、次の曲は……」
「じゃじゃじゃ、じゃ〜ん! じゃじゃじゃ、じゃ〜ん! ナハトとうじょぉ〜」
 ステージでヒメナ・コルネットが次の曲を演奏しようとしたとき、ブルーとブラックのツートンカラーのピエロ衣装を着たクラウン ファストナハト(くらうん・ふぁすとなはと)が乱入してきた。
「ザ・フールの称号は、ナハトがいただくジャン。とりあえず盛りあげるから、みんな認めるんジャン!」
 そう叫ぶなり、クラウンファストナハトは持ってきたアルコールを口に含んで、ライターの火に吹きつけて火炎放射のパフォーマンスを見せた。
「あっ、ちょっと飲んじゃったジャン。メチルアルコールだしぃ、まあいいジャン……かな? どんまいまい」
 成功だったのか失敗だったのか分からないパフォーマンスに、ステージにいたヒメナ・コルネットたちはあわてて避難した。
「ちょうどいいから、私たちは休憩に入りましょう」
「ええ、そうですわね」
 イリス・カンターも同意する。
「では、私たちは念のために会場を一回りしてきます」
「うん、あれみたいに暴れている人がいるかもしれないもんね」
 雨宮夏希は一礼すると、クレア・ワイズマンを連れてステージから離れていった。
 残ったルナ・シルバーバーグは、行くあてもなくステージ前の観客席の方へと回り込んでみた。
 そこには、クラウンファストナハトとよく似たピエロの格好をしたサイコロ ヘッド(さいころ・へっど)がいた。こちらは、黄色と紫のツートーンだ。
「いいい……いーーーぜーーー、ナハトぉぉぉぉーーー」
 サイコロヘッドの大声に、思わずルナ・シルバーバーグはきゃっと小さな悲鳴をあげて耳を塞いだ。その様子で、サイコロヘッドが彼女に気づく。
「ア……う……ァ……アソッ……アアッ……あそぼうぜぇえええ!!」
「きゃー!」
 振り絞るようなサイコロヘッドの絶叫に、ルナ・シルバーバーグは逃げだしていった。
「ナハトぉぉぉー」
 泣きそうな声で、サイコロヘッドはクラウンファストナハトに助けを求めた。だが、当然、クラウンファストナハトがそちらを見ているはずもない。今のクラウンファストナハトは、カルスノウトのジャグリングでいっぱいいっぱいだった。上に放り上げる剣の数と、足許に刺さる剣の数が同じに見えるのは気のせいだろうか。それよりも、どこからこんな数の剣を持ってきたのだろう。
「ははは、おもしろーい。みんなー、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。お笑い芸が絶賛爆笑中だよー」
 レティシア・トワイニングが、拍手をしながら最前列かぶりつきで見ている。それどころか、呼び込みまでしてあげている状態だ。これは、ちょっとクラウンファストナハトにとってはプレッシャーだった。
 そんなクラウンファストナハトを、レティシア・トワイニングは好奇心に満ちためで見つめていた。さらに、似た格好をしているサイコロヘッドの方へ視線を配ることも忘れない。
 なんで、この二人は同じ格好をしてるのだろう。それどころか、フールとも似た格好をしている。もしかしたら仲間のかもしれない。だとしたら、フールがどんな人物なのかのを知る手がかりになるかもしれない。
 知ったからどうということはないのだろうけれど、なんだか気になるのだった。
「今度は、チェーンソーの一刀彫りをやるジャン」
 内心あせりながら、クラウンファストナハトはステージに立てた丸太にむかってチェーンソーを振り下ろした。
 すぱーんっと、丸太が輪切りになる。
「ナハトぉぉぉぉー、おおおぉおみごとぉぉぉ」
 サイコロヘッドが拍手するが、もちろんこれは失敗である。削らなくてはいけないのに、斬ってしまってどうするのだ。
「も、もう一度いくジャン」
 すぱぱーん。すぱーん。すぱっ。
 どんどん丸太が短くなっていく。
「このままじゃ、ナガンに叱られるジャン」
 パフォーマンスで目立って、近寄ってきたフールをブチ倒す計画が、最初の一歩から進みもしない。これでは、フールに取って代わって自らザ・フールを名乗るなんて夢のまた夢だった。
「うっきゃああぁぁぁぁ」
 あせったクラウンファストナハトは、無茶苦茶にチェーンソーを振り回し始めた。
「凄い、チェーンソー踊りだ」
 勘違いしたレティシア・トワイニングが小躍りして喜んだ。
「なあんだ、つまんないですわ。セシル、別の場所へ行くのでしょう、お供しますわ」
 あきてしまったのか、オリヴィエ・クレメンス(おりう゛ぃえ・くれめんす)セシル・ライハード(せしる・らいはーど)に言った。だが、ついていくといった割には、自分からふらふらと勝手に歩きだしてしまう。
「これ、オリヴィエ、勝手に走ったら迷子になるであろうが。しょうがないな」
 彼女に何かあったらシャーロット・マウザー(しゃーろっと・まうざー)に叱られるとばかりに、セシル・ライハードはあわてて後を追いかけた。
 
「凄い大きいキャンプファイヤーですわよねえ」
 丘の中央で天を焦がさんばかりに赤々と燃えている篝火の前で、オリヴィエ・クレメンスが感心したように言った。
「それはちょっと違うのではないのかな。ここでキャンプをしているわけではないのだからな。お祭りの篝火というのが正しいだろう」
 すかさず、セシル・ライハードが訂正する。
「お嬢さん、ええと、オリヴィエ・クレメンス嬢でしたか。あまり近づくと危ないですよ」
 自主的に警備を担当していたパルマローザ・ローレンス(ぱるまろーざ・ろーれんす)が、オリヴィエ・クレメンスを注意した。
「大丈夫ですわよ」
 オリヴィエ・クレメンスはそう言うが、確かにこの篝火はちょっと特殊で、あまり近寄らない方がよさそうだった。たぶん、ここで燃えている炎は、魔法の炎なのだろう。
「ほら、人の注意には、素直に従うものだ。もちろん、俺様の注意には最優先で従ってもらいたい」
「嫌ですわよーだ。ああ、あのクマさんのボンボリが可愛いですわ。行ってみましょう」
 セシル・ライハードの返事を待たずして、また、オリヴィエ・クレメンスは小走りに走りだしていった。やれやれといったていで、セシル・ライハードが後を追っていく。
「大変そうですね。さて、他の場所を回ってみますか」
 二人を見送ってから、セシル・ライハードは歩きだした。
「あら、いい男。どうです、一緒にお散歩しません?」
 セシル・ライハードを見つけたイリス・カンターが声をかけてきた。はっきり言って、逆ナンパだ。
「あのう、見た目は男ですが、私はあなたと同じ女性ですよ」
「あら残念。……でも、まあ、いいわ。よければ、少し歩きません?」
 明かりは豊富とはいえ、夜の闇の中のこと、いい男を探すのにちょっと疲れたイリス・カンターは、そうセシル・ライハードに訊ねた。
「今日はお祭りですし、私でよければどうぞ」
 そう答えると、セシル・ライハードはイリス・カンターとならんで歩きだした。