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ワルプルギスの夜に……

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ワルプルギスの夜に……

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    ☆    ☆    ☆
 
「なんだ。心配したけれど、モンスターなんかいないみたいですね」
 ちょっと拍子抜けしながら、シェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)は言った。ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)が聞いたら、シェイドらしい心配性だと笑われるかもしれない。そう思うと、思わず苦笑がもれた。
「さて、どうしたものか。このまま警備をしててもいいものか……」
「でしたら、交代いたしましょうか?」
 シェイド・クレインのつぶやきを聞きつけて、通りかかった雨宮夏希が言った。
「交代ですか?」
 思いがけない言葉に、シェイド・クレインは聞き返した。
「ちょうど、私たちは見回りに行こうかと考えていたところですから。遠慮なさらずに」
「そうだよ。みんなで楽しまなくっちゃ。 私たちは思いっきり演奏を楽しんだから、今度はみんなの楽しみを守るんだ」
 ニッコリと微笑む雨宮夏希の後ろからひょっこりと顔を出したクレア・ワイズマンが、シェイド・クレインに勧めた。
「遠慮は、自分にも、他の人たちにもよくはありませんよ」
「では、お言葉に甘えましょう」
 シェイド・クレインは、素直に雨宮夏希の言葉に従うことにした。今ここに、ミレイユ・グリシャムがいたら、きっと同じことを言っただろうから。
 食事がてんこ盛りにされているテーブルに近づくと、シェイド・クレインは適当な物を皿に取って手近なテーブルにむかった。
「どうぞ、こちらが空いておりますよ」
 空いている場所を探してうろうろするシェイド・クレインを見て、ルゥース・ウェスペルティリオー(るぅーす・うぇすぺるてぃりおー)が手招きをした。
「じゃ、お邪魔させてもらいます」
 シェイド・クレインがテーブルにつくと、なにやらルゥース・ウェスペルティリオーが食べ物をタッパーに詰め込んでいる。
「何をしているんです?」
「いや、パートナーにお土産で持っていってあげようと思いまして。家事が不得意なものですから、リク様にはいろいろと御不便をおかけしておりますので」
 答えつつ、ルゥース・ウェスペルティリオーはいそいそと筑前煮やらビーフシチューやらを種類構わずタッパーの中に入れている。そんなことをしたらソースが混ざって大変なことになるのだが、料理音痴な彼はそれに気づいてないようだ。シェイド・クレインは注意しようかと思ったが、すでに手遅れなので黙っていることにした。
「そうだな。私も、ケーキか何かをお土産に持っていこうかな」
 自分もパートナーに何かしてあげたいと思いたって、シェイド・クレインは言った。焼き菓子なら、ハンカチでつつんでも持って帰れるだろう。
「甘い物がお好きなのですか?」
「男っぽい子ですけど、一応ミレイユも女の子ですから。たぶん、好きでしょう。私としては、辛い物が苦手なので、一緒に食べるならば甘い物の方がいいですから」
「仲がよろしいんですね」
「そちらはどうなんですか?」
 シェイド・クレインの質問に、待ってましたとばかりにルゥース・ウェスペルティリオーがしゃべりだす。
「リク様は……、そうですね、黒曜石のような肌と、瑠璃のような美しい瞳がすばらしくそそるお方で……。あっ、失礼」
 思わずよだれをこぼしそうになって、ルゥース・ウェスペルティリオーはあわてて居住まいを正した。
「ただ、とてつもなく鈍感でございまして、カスタネットも演奏できないとか、チューリップと薔薇の区別もつかないとか。もちろん、私の想いなど、まったくなんでございますよ。ですから……」
「はあ」
 止まらないルゥース・ウェスペルティリオーのパートナー自慢に、シェイド・クレインは少し失敗したかなと思いつつ、静かに耳をかたむけ続けた。
「これ、よかったら食べて。私が焼いたんだよ」
 バスケットから取り出したマドレーヌをさしだして、双葉 京子(ふたば・きょうこ)が二人に言った。
「ありがとう、ちょうどこういうのがほしかったんです。できれば、二ついただけますか」
「ええ、どうぞどうぞ」
 シェイド・クレインに言われて、双葉京子は彼にマドレーヌを二つプレゼントした。
「ねえねえ、ティータにもちょうだい」
 テーブルの上にかろうじて頭を出しながら、ティータ・アルグレッサ(てぃーた・あるぐれっさ)が言った。
「はい、どうぞ」
 双葉京子は、小柄なドラゴニュートの手に、マドレーヌを手渡してあげた。
 パクッ。
「おいし〜」
 ティータ・アルグレッサが頬を押さえて、恍惚とした表情を浮かべる。
「ティータのオネエちゃんは料理がへただから、こういうのはめったに食べられないんだよね。ああ、でも、オネエちゃんは優しいんだよ。あっ、そうだ、携帯でお話ししなさいって言われてたんだっけ」
 そう言うと、ティータ・アルグレッサはごそごそと携帯を探し始めた。
「ない……、忘れてきちゃった……」
 じわっと、銀色の瞳に涙がにじんでくる。
「あらあら、じゃあ、私の携帯を貸してあげますね」
 そばにいた葉月 アクア(はづき・あくあ)が、自分の携帯をさしだして電源を入れた。
「あれ? アンテナが立ってない。ここって圏外なのかしら」
 ちょっと驚いて、葉月アクアはあたりを歩き回っていろいろと角度を変えて試してみた。それでも、いっこうに電波を拾えない。ここは蒼空学園のあるツァンダに近い場所だから、電波が届かないということはありえないはずなのだが。
「そんな……。これじゃ、ショウが光条兵器を使えない。大変、もしモンスターに襲われていたりしたら……。どうしよう、私」
 突然おろおろしながら、葉月アクアはなんとか電波の届く場所を見つけようと走りだしていった。
「うーむ、俺の携帯もだめか。まあ、だめな物はだめってことだな。ここで取り乱したって、しょうがねえだろうに。だいたい、その程度で怪我したりするような奴はいないだろうが」
 自分の携帯をしまいながら、大神 比呂(おおがみ・ひろ)が淡々と言った。
「ずいぶんと冷たいよね。パートナーが怪我するかもしれないと心配して、何が悪いのよ」
 双葉京子が、ちょっと怒ったように大神比呂に言った。
「あん。だから、怪我するほどやわな奴は、俺たちのパートナーにはいないって言ってんだろ。仮にも俺たちのパートナーだぜ、モンスター相手に後れをとるものかよ。ちったあ、信じてやれよ。まったく」
 ぶっきらぼうに、大神比呂は答えた。
 そう、信じていればいいのだ。信じるからこそ、パートナーになったのではないか。
「とはいえ、何でもかんでも信じすぎるのも困る。彼のパートナーのみちるなんか、おっとりしすぎていて、ちょっと目を離すと危なくってしょうがない。まったく、俺がいないとだめなくせに、ちょっと叱るとぶんむくれやがって……」
 言いつつ、理不尽なことに、パートナーのことが心配になってくる。あまりにいろいろと口やかましいと、この間喧嘩したばかりだ。だったら一人でやってみせろと怒鳴ってしまったのは、やっぱり失敗だったかもしれない。
「あああ、もう、なんて矛盾だらけだ」
 やりきれなくて、大神比呂は自分の頭をかきむしった。一番矛盾をかかえているのは、今の自分の気持ちだ。
「喧嘩した? だめだよ、喧嘩しちゃ」
 ティータ・アルグレッサが下から見あげるようにして、大神比呂に言った。
「トカゲに言われるようになっちゃ、俺もしまいか……」
「トカゲ!? トカゲやだー」
 ぼやく大神比呂の脚に、ティータ・アルグレッサがしがみついてきた。どう見ても大トカゲのような外観をしているくせに、トカゲが嫌いだなんて、まったく。
「こいつも、矛盾の塊か。なんか、悩むのが馬鹿らしくなった」
「じゃあ、これを持っていってあげてよ」
 そう言って、双葉京子が最後に残しておいたマドレーヌを大神比呂に手渡した。本当は、自分用にこっそりと残しておいた最後の一つだった。
「これで機嫌が直るかは怪しいがなあ」
 ありがたくもらいながらも、大神比呂としてはお菓子でパートナーの機嫌が買えるのかと疑ってしまう。
「でも、きっかけにはなるよね。あなたが謝る」
「俺からなのか」
「あたりまえでしょ。謝るのは男の子って決まっているんだもの」
「しかたないな」
 なんとなく納得して、大神比呂はマドレーヌを大事にしまい込んだ。結局、喧嘩するのもきっかけなら、仲直りするのもきっかけなのだろう。
 
    ☆    ☆    ☆
 
 ドルンドルンドルルルルルルル……。
 ギュイィィィン。
 ブォンブォンブォォォォォン。
 キュイ、ギュイィィィーーン。
 会場の隅の方で、奇妙な音がこだまする。そこにいるのは、ハーリー・デビットソン(はーりー・でびっとそん)鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)の二人だ。
 バイク型機晶姫のハーリー・デビットソンと、発声回路を持たない鉄九頭切丸とでは、音声としての言葉による会話は成り立たない。もっとも、他の人とでも、会話するということはありえないわけだが。
 だからといって、二人が意志をもたない機械の塊であるということではない。今でさえ、エンジンの音とアクチュエータのモーター音とで、疑似会話のようなものが不思議と成り立っているのだ。
「ここにいたの〜」
 不思議なマシン空間だった二人のところへ、朝野 未羅(あさの・みら)が手を振りながら走り寄ってきた。後ろからは、おもり役である朝野 未那(あさの・みな)が朝野未羅を追いかけてやってくる。
「九頭切丸先輩、こんばんはなの!」
 元気よく、朝野未羅が鉄九頭切丸に挨拶をした。とはいえ、鉄九頭切丸の方は、片手をあげるぐらいしか挨拶の方法がない。それとも、頭を四五度前に倒してお辞儀すればいいのだろうか。
「えーっと、はい、これ」
 朝野未羅が、鉄九頭切丸に白いボードとサインペンを渡した。
 どうすればいいのだろうと少し考えた後、鉄九頭切丸は自分の名前をボードに書いて朝野未羅に渡した。
『鉄 九頭切丸(はあと)』
「違うの。これを使って、みんなとお話しするとよいの!」
 朝野未羅に言われて、鉄九頭切丸はあわててボードに書き直した。
『サインじゃなかったのか』
 思わず鉄九頭切丸は助けを求めるようにハーリー・デビットソンの方を見たが、彼はハンドルを切ってそっぽをむいてごまかした。鉄九頭切丸はまだ人型だから筆談という方法があるが、ハーリー・デビットソンとしてはサインペンを持つことすらできない。いや、地面を疾走して、大地にでっかく文字を書くことはできるかもしれないが。
「私以外の機晶姫って、実はあまりよく分らないの。だから仲良くなってお話してみたいの!」
 朝野未羅にせがまれて、鉄九頭切丸は必死に筆談を続けていった。今にも、思考回路がオーバーフローを起こしてハングアップしそうだ。
「よかったら、今度お姉ちゃんの『アサノファクトリー』に遊びにくるの。きっとお姉ちゃんが、いろいろお話ししてくれると思うの」
 朝野 未沙(あさの・みさ)のやっているメンテナンスショップのことを口にする朝野未羅だった。
「あの、よかったら、私も混ぜてもらえますか?」
「知ってる人を発見したの! イライザさんですの」
 話しかけてきたイライザ・エリスン(いらいざ・えりすん)を見て、朝野未羅が喜んだ。
 過剰に感情表現豊かな朝野未羅や、甲冑のような姿で表情というものがない鉄九頭切丸とくらべると、イライザ・エリスンはちょうど二人の中間的な感じだ。外見はより人間に近いものの、感情表現はまだ乏しい。
「私はパートナーを守るための戦闘用機械だと自分を思っているのですが、最近どうもそう言い切れないことが多くなって……」
 イライザ・エリスンが悩みを話しだした。
「パートナーの命令を聞いていればいいはずなのに、最近、命令もされていない料理などを作ろうとしてしまうんです。でも、プログラムに調理の方法などありませんから、それはもう酷い物で。いったい、いつパートナーのために料理をしたいなどというプログラムが入り込んだのでしょうか」
「私は、お姉ちゃんに料理は教わっているの。私たちって、教われば、なんだってできるよね?」
 小柄な二人の機晶姫に訊ねられて、大柄の鉄九頭切丸はお父さんのように腕組みをしたまま考え込んだ。しばらくして、何かボードに書き連ねる。
『何かをしたいという欲求は、新しいプログラムによるものだろう』
「でも、私は何もインストールした覚えはないのですが」
 イライザ・エリスンに聞き返されて、鉄九頭切丸はまたボードに書き始めた。
『たぶん、そのプログラムを書き込んだのは自分自身だ』
「私たちって、自分で自分にプログラムできるの?」
 朝野未羅が、首をかしげた。
「さあ」
『うーむ』
 三人の機晶姫は、頭を寄せ合って考え込んでしまった。