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ジャック・オ・ランタン襲撃!

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ジャック・オ・ランタン襲撃!

リアクション

 お菓子を奪っていく者あれば、配る者あり。水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)もその一人だ。
「ぁ、あのー……と、とりっく、おあとりーと?」
 彼女は各家庭に氷菓子を振る舞って回っている。仮装は氷菓子にも雰囲気ぴったりの雪女。真っ白な着物に化粧をして、元から白い肌が今日は一段と白い。
 氷菓子を配るだけでなく、睡蓮が氷術で作り出した氷をパートナーの鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)がライトブレードで切り出してかき氷を作ると、子供たちからは大歓声が上がった。
 ただでさえ子供が見たら泣きそうな外見をしている九頭切丸は、鬼の面をつけて鬼をイメージした仮装だ。しかし、既に九頭切丸のことを恐くないと認識したのか、子供たちは九頭切丸をぺたぺたと触ってはしゃいでいる。
 このまま何事もなければ最高のハロウィンなのだが、これだけお菓子に溢れる場所をやつが見逃すはずはない。ジャックがやってくるのは時間の問題だった。
「えっと……よかったらどうぞ。ジャックさんも一緒にパーティーを楽しみませんか?」
 現れたジャックに、睡蓮は恐る恐る氷菓子を差し出す。彼女は、できればジャックにもハロウィンを楽しんで欲しかった。
 だが睡蓮の好意もむなしく、ジャックは睡蓮の手から無造作に氷菓子を奪い取ると、お菓子を持った子供たちを襲いにかかる。子供たちが悲鳴を上げ始めた。
 それを見て、睡蓮は決心する。
「……残念ですけど、仕方ありませんよね」
 元々水を操る魔道師の家系である睡蓮は、いとも簡単に氷術でジャックを凍りつかせる。
「九頭切丸!」
「……」
 そうして凍りついたジャックを、九頭切丸が叩き割る。さすがにこれではジャックもどうしようもなかった。炎も完全に消え去っている。
 目の前で起こったショッキングな出来事に、子供たちはうろたえる。睡蓮はすぐさまフォローした。
「ハ、ハッピーハロウィーン。どうだったかな、今日の劇は。びっくりさせちゃったかしら?」
 ようやく子供たちをなだめ終えると、今度は掃除が待っている。
「すみません、汚しちゃって」
 気が小さい睡蓮は何度も謝りながら、ハウスキーパーのスキルで家の中に飛び散った氷の破片を掃除していく。九頭切丸も巨体を揺らしながら睡蓮に倣った。
 
 【ブローディア】の椿 薫(つばき・かおる)は、相手がお菓子を奪っていくジャックならば自分はお菓子を配るジャックになろうと考え、あえてジャックの仮装をしている。ジャックを子供たちにとって恐怖の対象にしたくはないのだ。
 薫の護衛にはリアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)がついていた。リアトリスはその容姿や声、挙動からただでさえ女性と間違えられやすい。その上、今日は狼男の仮装をするはずが狼女を思わせるセクシーなワンピースを着ているため、これまでにナンパの嵐に遭っていた。
「むむ、リアトリス殿、あれは!」
 薫が何かを発見する。それは家の前に並んだ子供たちと――ジャックだった。
「急ごう!」
 リアトリスは現場に急行すると、剣術と踊りとを融合した独特の武術を使い、バスタードソードでジャックへと斬りかかる。
「わ、ちょっ」
 何か聞こえた気がするが、リアトリスは気にせずソニックブレードを放つ。
「な、なんで攻撃するんですか! 酷いですよ!」
 今度は明らかにジャックがしゃべった。薫とリアトリスも異変に気がつく。
「ジャックって、こんなに流暢に話せるのでござるか?」
「さ、さあ……」
 事態が飲み込めない二人の前で、ジャックは帽子を取り、次いでなんとカボチャ頭を取って言った。
「ジャックじゃありませんよ! 仮装に決まっているでしょう」
 中から出てきたのはいんすます ぽに夫(いんすます・ぽにお)だった。
「なんと、生徒でござったか」
「うわ、そうだったんだ。斬りかかったりしてごめん」
「全く、なんでこんな目に……」
 ぽに夫は不満そうに言う。
「勘違いして悪かった。しかし、ジャックの襲撃に遭っている今、その格好は紛らわしいでござろう。尤も、拙者も人のことは言えないのだが」
「ジャックの襲撃? なんですか、それ?」
「……本当に知らないの?」
 薫とリアトリスが状況を説明する。どうやらぽに夫は今回の件について何も知らず、純粋にハロウィンを楽しみにきたらしい。先ほどはお菓子をもらおうとしていたところだったようだ。
「そんなことが起こっていたのですか。許せませんね。僕も薫さんたちに賛成です。毎年ハロウィンにはジャックがお菓子を奪いにやってくる、そんなトラウマを子供たちに植え付けたくはありませんから」
 ぽに夫はそう言うと、再びジャックの格好をして子供たちに海産物の形をしたクッキーを配り始める。
「ほーら、お菓子ですよー。優しいジャックですよー」
 それを見て、薫とリアトリスもお菓子を配り始めた。

 他の学生がジャックの相手をしている間、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)とパートナーの雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)は、事前に準備したたくさんのお菓子をもって子供たちのところを回っていた。今遊んでいる子供の中には、リサドの娘ウィティートもいる。
 ソアは猫耳つき帽子にしっぽつきワンピース、そして鈴つき首輪と黒猫の仮装。ゆる族のベアは元から白熊の格好をしているが、頭にカボチャをかぶってなにかとんでもない生物ができあがっていた。
「これをかぶってみてください」
 ソアは自分の帽子を取って、ウィティートの頭に乗せる。
「にゃー。魔女ねこなのー」
「あ、やっぱりかわいい。じゃあ次はお菓子のねだり方をお教えしますね。いいですか、まずは……」
 ウィティートのように今回が初めてのハロウィンだという子供は少なくない。ソアはそういった子供たちにハロウィンでの遊び方を教える。
(ご主人も十分子供なんだから、一緒に楽しんでもらいたいものだな。ああ、それにしてもご主人の仮装かわいいなあ……)
 物陰に隠れるベアは、そんなことを考えながらソアを見守っていた。
「準備はいいですか? それではいきますよ」
 ソアが何気なく合図をする。ベアの出番だ。ベアは光学迷彩を使って姿を消す。
「「トリック・オア・トリート!!」」
 子供たちが元気よく叫ぶ。と、両手いっぱいにお菓子をもったベアが、突如彼らの前に現れた。
「ほーれお菓子だぜー」
 初めこそベアの姿を怖がっていた子供たちだが、そこは子供。すぐになついてしまう。
「いたた、こら、頭の上に乗るなって! ……ったく、生意気な子供の相手は苦手なんだよなー。ご主人みたいに素直な子供は好きなんだが」
 ベアと戯れる子供たちを見て、ソアは満足そうな笑みを浮かべた。
 しかし、微笑ましい光景も長くは続かない。お菓子あるところにやつの姿あり。そう、ジャックだ。ジャックの群れが、お菓子の気配をかぎ取ってウィティートたちの方に向かってくる。
「ご主人、ジャックだ! やつらが来ちまったぞ!」
 町の騒ぎについては子供たちにイベントだと思わせるつもりだったベアだがが、さすがにこの状況はごまかせない。
「ええ、どうしましょう」
「しょうがない、戦うしかないか」
「でも子供たちが……」
 そのとき、一人の男の声がした。
「ジャックは俺が相手をします。あなた方は子供たちを避難させてください」
 鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)だ。彼はパートナーの松本 可奈(まつもと・かな)とともにジャックたちの前に立ちふさがる。
「ありがとうございます!」
「すまねえな」
 ソアたちは子供を連れて路地裏へと避難した。
 真一郎の仮装はフランケン。元々の傷を大げさに見せ、ボロボロの教導団制服や帽子を身につけている。子供たちを怖がらせないよう、武器はロングコートの下に隠していた。
「あなた、武器を隠すのはいいけど、その姿で十分恐いわよ?」
 可奈が真一郎を茶化す。彼女は、布地の少ないナース服に白衣のコート姿で真一郎に合わせている。
「そ、そうかな?」
「まあいいけどね。さ、ちゃっちゃとジャックを片付けちゃいましょう」
「うむ」
 戦闘態勢に入る二人。だが、敵はジャックだけではなかった。もっと目立つ人物がジャックたちの後ろから現れたのだ。
「うっふっふっふっふ〜この子達を狩りたいのならばわたくしを倒してからにするのね」
 高らかに言うのは日堂 真宵(にちどう・まよい)。日頃から悪の魔法使いや魔王にならねばならないという妄想にとりつかれてる彼女は、ジャックたちの王になれば魔王になれるのではないかと考え、クイーン・ジャック・オ・ランタンになることを決意したのだ。
 衣装も随分と凝っている。頭にはカボチャのような形状をしたコロネットをつけ、カボチャを模したふっくらとしたスカートの下に黒のレーススカートを重ねている。そしてスカートを引き立たせるため、黒のシャープな袖無しに、黒ラインの入ったオレンジ色のマントを着用している。
「なんですかね、あれは」
「さあ? 一緒にやっつけちゃっていいのかしら」
 呆然としている真一郎と可奈を、真宵はカボチャのランタンの上に髑髏をのせた杖を振り回しながらノリノリで攻撃する。ジャックの女王ということで、攻撃は火術縛りらしい。
「そうれ、クイーン・ジャック・ファイアー!」
 真一郎は盾で防御しながら火術の嵐を強引に突破していき、ライトブレードを振りかざす。
「ハロウィンとはいえ、少々悪戯が過ぎますよ」
 真一郎がライトブレードを振り下ろす。真宵はジャックを盾にして、その後ろに回った。ジャックの頭が剣を受け止める。
「真一郎、先にジャックを倒すわよ!」
 可奈はそう言ったかと思うと、真一郎の頭を踏み台にバーストダッシュを使い、ジャックに斬りかかる。今度は真宵がこれを阻止した。
「ふっふっふ、どうよこの鮮やかな連携! わたくしのかわいい子分に手は出させないわ」
 ジャックは単に立ちふさがる真一郎たちをどうにかしてお菓子を集めに行きたいだけなのだが、真宵は至極上機嫌だ。
「何よ、さっきは盾にしてたくせに。あーもう、邪魔ねえ」
「可奈、飛び上がるのに俺を踏む必要はなかったでしょう?」
「こんなときに小さいこと言わないの。それより、敵の数が多すぎる。このままだと分が悪いわ」
「確かに……」 
「助太刀するッス!」
 真一郎たちが動けずにいると、一つの影が戦場に飛び込んでくる。正義のヒロイン『ラブピース』ことサレン・シルフィーユ(されん・しるふぃーゆ)だ。普段は変身セットを身にまとっているのだが、今回は火が衣装に燃え移ると厄介なので、布の面積が少ないサキュバスの仮装をしている。
「あのカボチャ女は私に任せて、お二人はジャックをお願いするッス!」
 サレンは一直線に真宵に向かってゆく。
「なんなの、あなた。わたくし、あなたみたいな正義のヒーロー気取りのやつが大嫌いなのよ!」
「ジャックの側に荷担するとは許すまじ。正義の鉄槌食らうがいいッス!」
「おっと」
 真宵が再びジャックの後ろに隠れる。
「必殺、アクセルパーンチ!」
 サレンの繰り出すハイスピードパンチが、ジャックの頭を砕く。
「おのれ、子分を身代わりにするとはなんと卑劣な!」
 息巻くサレン。しかし、真宵はサレンの顔を見ずに、胸を指さしていた。
「あ、あなた、それ……」
「ん? 私の気を逸らそうったってそうは……きゃっ!」
 サレンが突然座り込む。きわどい衣装から豊満な胸がポロリしていたのだ。
「この娘、わたくしより目立っている……」
 真宵は悔しそうな顔をした。
 サレンによって砕かれたカボチャの破片を、実は真宵と一緒に来ていたパートナーのアーサー・レイス(あーさー・れいす)が嬉々として拾い集める。それを材料に大好物のカレーを作るつもりだ。
「おおうこれは又柔らかそうで美味しそうなカボチャ、おや? 真宵サンデハナイデスカ」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょまっちょっと待って、わたくしはおいしくいただけませんから」
「今宵はカボチャどもだけでなく、かわいく仮装したオトメ達もとても美味しそうですね。我輩いつも以上に血がたぎりますよ」
 アーサーの視線を感じて、サレンが身を引く。
「さあできました。お菓子なんか食べてたら健康によくありません。カレーを食べてください!」
 アーサーはサレンに迫っていく。
「トリック・オア・カリー! 好きな方を選びなサーイ」
「わー、来ないで!」
 一連の光景に真一郎と可奈は呆然とする。
「またよく分からないのが出てきましたね……」
「まあ、私たちの負担が減ったんだからいいんじゃない? こっちはジャックに専念しましょう」
 二人は気を取り直してジャックたちに立ち向かっていった。

「菓子を持つのはいいが、なぜ全身に貼り付ける? それになんだこの仮装は」
 ラフィタ・ルーナ・リューユ(らふぃた・るーなりゅーゆ)は人気のない路地を駆け抜ける。
「そうやっておけば、ラフィタの魅力でジャックが寄ってくるに違いないからね。それに、仮装も似合ってるよ」
「そ、そうか? まあそうなのであろう」
 ラフィタは白菊 珂慧(しらぎく・かけい)の口車に乗せられ、まんざらでもない顔をする。
 ラフィタの仮装はフランケンシュタインの怪物。珂慧にアートと称して継ぎ目などを顔に落書きされ、体中にはお菓子が貼り付けられている。一方の珂慧は手や片目を包帯で覆い、その上から黒い服を着ている。ミイラ男と吸血鬼を合わせた割と簡単で動きやすい格好だ。マントはラフィタのものを奪った。
「ラフィタ、来た! ジャックだよ」
「もう俺の魅力に気がついたか」
「それじゃあ作戦どおりにね」
「了解した」
 ラフィタはジャックが逃げないように退路を塞ぎ、珂慧は隠れ身でジャックの後ろに付いていく。ジャックが止まると、珂慧はリターニングダガーでジャックに斬りかかった。
「デッサン用に欲しいんだけど、動くものは描きづらいから……止まって、ね」
 珂慧はジャックを切り刻んでいく。
「なんだ、思ったより簡単に――」
 ジャックを切り刻み終わってダガーをしまおうとする珂慧に、ラフィタが呼びかける。
「白菊、まだ動いているぞ!」
 珂慧が咄嗟に飛び退ると、ぎりぎりのところを火術が通り過ぎた。今度は隙を見てラフィタが背後雷術を浴びせるが、ジャックはものともしない。
「なに……効いていないだと? カボチャに雷術は無意味ということか」
「うーん、困ったね。よし、逃げるよラフィタ」
「逃げる?」
「倒せないんじゃしょうがないよ。僕たちを追いかけている限り、こいつは家を襲わないってことでしょ。あ、だから完全に逃げ切っちゃってもだめだよ」
「無茶を言うな!」
「ほら、ジャックがそっちに行くよ。頑張ってね、ラフィタ」
「く、なんで俺が……!」
 ラフィタは仕方なく走り出した。