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リアクション
第3章 血煙舞う食堂(2)
ウォーレンは、まだおばさんから逃げ回っていた。食堂から早く脱出したかったが、足を集中的に狙われて、なかなか思った方向へ動けない。
「逃がさないよ!」
(冗談じゃない! 1人につきワンおばさんかよ! 恐すぎだって!)
被弾した足でひたすら逃げる。隠れ身や弾幕援護を使っても、何故かほとんど効果がなかった。
「おばさん最強!?」
合コンの張り紙に書いてあるおばさんについての記述からは、お笑いの要素しか感じられなかったのに。
「マジで笑えないって!」
銃撃は止まない。いつのまにか、ウォーレンは出口とは真逆を走らされていた。目前に見えるのは――窓。
食堂は施設の3階である。だが。
迷っている暇は、微塵もなかった。
気絶した永太を、教導団員のボーイが保健室へと運んでいく。もちろん、ザイエンデも一緒だ。
硝煙と血の匂いの漂う配膳カウンターの側で、藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)は薄い笑みを浮かべた。
「さすが教導団のスタッフです。食堂のおばさんといえども一筋縄じゃいきませんね。とはいえ……」
テーブルについた血を指でなぞりながら考える。殺し合いは好きだが、殺されるのは好きではない。銃撃が始まった時から殆ど動いていないにも関わらず、優梨子は無傷だった。おばさんが標的を正確に狙ったためで、それだけでも彼女達の実力が伺い知れる。
「今の武装じゃ危険ですね」
指を舐めつつ改めて周囲を確かめると、ザイエンデに倒されたおばさんの身体の下に、機関銃が挟まれていた。中を検めようと腰を落としたところで。
「うおぉおおぉ!」
何だか場違いなほどの雄叫びが、食堂に響いた。
(な、なんだ? あの女すごいぞ! あれだけの銃撃を受けて無傷なんて……!)
15番の大野木 市井(おおのぎ・いちい)は、一連の戦いを前して興奮していた。平和なテーブルから瞬時にして戦場へと変わったカウンター脇で、平然とグラスの中身を飲む少女。市井はおばさんの匠な銃さばきまでは視認できていなかったので、少女が大きな脅威に映っていた。良家のお嬢様然とした彼女が相手だとわかって、交渉で済むだろうと腹ごしらえをしていたというのに、とんだ思い込みである。
(いや、彼女だけじゃない! 他の参加者も、みんな……!)
シャンバランの華麗とも言える盗みの業。トライブの正確無比な刀の扱い。傷を負っても動きを鈍らせなかった永太とウォーレン。ウォーレンに至っては、躊躇いなく3階から飛び降りていた。
あの新入生の明日香の槍も、見事なものに見えた。
(これが、契約者の力……!)
「うおぉおおぉ!」
市井の興奮は最高潮に達し、彼は、腹に力を込め、天に向かって吼えた。
携帯電話から光条兵器を取り出す。伸縮自在の、鞭のような形状で、下着代わりから罠、捕縛、遠方からの攻撃まで幅広く使える優れものだ。
「いくぜお嬢さん!」
優梨子が機関銃を取ろうとした格好で静止しているところを、一気に攻撃する。
「悪いが、先手必勝だ! 俺は大野木 市井(おおのぎ・いちい)! はっきり言って弱いがよろしくな!」
鞭がしなる。
「!」
だが優梨子は、右手1本でその鞭を捕らえた。先端を掴み――引く。
「うわっ!」
踏ん張りがきかず、市井は優梨子に引き寄せられる。気が付くと、彼女の顔がすぐ目の前にあった。
「お相手さんですね。……みしるしを見せていただけますか? いえ、是非とも見せていただきますね」
すばやく後ろにまわり、優梨子は手刀を叩き込む。
「っ……!」
頭がぐらぐらして膝を着く。市井は、衣服を一息に破られた。
「へ? な、なにを……」
プレゼント用のアロマオイルを首に掛けた状態のまま手に取ると、彼女は、今日一番の妖しさを湛えた瞳で昏い笑みを作った。
「私、今日はディープキス目的で来たんです。関羽さんの血の味を知りたくて……。だから、あなたのプレゼントは要らないんですよね」
朦朧とする耳に届くのは、ひたすらに恐ろしい言葉。
「これに銃弾を当てたらどうなると思います? ……あなたの血も、なかなかに青臭くておいしそうですね」
「あ? ちょっと待っ……まいっ……」
――弾が無くなるまで、その機関銃は火を噴いた。
窓から飛び降りたウォーレンは、何とかおばさんから逃げ切って敷地内にある森を走っていた。ブラックコートは食堂に置いてきてしまい、身を隠すものは隠れ身しかない。痛む足をひきずって走っていると、前方に見知った背中が見えてきた。フリッツ・ヴァンジヤード(ふりっつ・ばんじやーど)だ。
(フリッツ!)
戦闘中のようで、垂れ目の男と白い猫のゆる族にハルバードを向けている。曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)とマティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)だ。ウォーレンは、持っていたプレゼントが無事か確かめた。幸いなことに、ゆるスターのぬいぐるみと万年筆セットは銃撃を受けずに、無傷である。
隠れ身を使ったままフリッツの脱ぎ捨てた上着に近付き、ポケットにプレゼントを押し込む。
「メリークリスマス☆」
上着に一度キスをして。
気配を消してから、ウォーレンはその場を去ることにした。
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