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第9章 キマクのサンタクロース


 キマクのサンタクロースはマイペースだった。

 袖なしのサンタ服を着て見事な筋肉を晒すラルクは、トナカイのそりで、キマクの空を駆けていた。
「まずはこの家にすっか!」
 検討をつけた家の近くに降りると、いい修行だとばかりに、五感を研ぎ澄ます。見通しの良い荒野に立つ家は、無防備そうに見えて、余所者を受け付けない、なかなか手ごわい相手だった。
 物音に注意しながら移動し、逃げ場のない場所も、軽身功を使って切り抜ける。
 プレゼントを届けてそりまで戻ってきたラルクは、煙草に火をつけ、一服を味わう。ふぅと息を吐くと、緊張と疲労が抜けていくようだ。
「この仕事、意外にハードだな。……だが、悪くない修行だ」
 ラルクは短くなった煙草をもみ消し、次の家へと向かった。
 彼はこの後も、配達と一服を繰り返しながら自分のペースで配って行った。


 朔は、パートナー達と共に、普段手伝いをしている孤児院に向かった。
 子供達は今頃お昼寝の時間のはずだ。
 ピッキングと隠れ身のスキルを使って先に入った朔が様子を伺い、子供たちが眠っているのを確認して、パートナー達を招き入れる。
「はいはい〜! 朔ッチ、どんどん配るよ!」
 剣の花嫁のブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)が、小さな声ながらも元気に言った。
「じゃーん! 今日のスカサハは、サンタなのであります!」
 カリンの後ろから機晶姫のスカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)が、勢い良く登場する。
「ちょ、スカ吉! あんまり騒いじゃダメ!!」
 カリンが唇の前で人差し指を立て、スカサハに静かにするよう注意した。
「ふふふ、公にこうもたやすく住居に侵入できるとは……実にイイ☆ サンタ最高!!」
 喜びのあまり、今にも高笑いしそうな英霊の尼崎 里也(あまがさき・りや)を、カリンが精いっぱい睨みつけた。
 朔は、パートナー達の様子に気づかず、子供たちの寝顔を見守りながら、枕元にプレゼントを置いていく。
(こうやってプレゼントを届けてると、昔を思い出すな……)
 その脳裏に、懐かしい顔が浮かんだ。
「ほらほら、皆、サンタになったスカサハを見て下さいなのであります!」
 スカサハは、学習機能により『可愛い格好をすると皆が喜んでくれる』と覚えてしまっていたため、子供を揺り起こしてサンタ姿を見せようとする。
「だめ〜ぇっ! 起しちゃだめぇっ!!」
 カリンが慌ててスカサハを押しとどめる。
「カリンお姉さま、どうして、起こしてはいけないでありますか?」
「そりゃ、寝顔が可愛いからですなぁ」
 スカサハの問いに、里也がだらしない顔で答え、パシャリと子供達の寝顔の写真を撮る。
「写真撮んなっ!!」
 里也のカメラを取り上げるカリンに、スカサハが納得いかない様子で声を上げる。
「だから、カリンお姉さま! どうして子供達を起こしてはいけないのでありますか!!」
「声大きいってば!」
 基本からわかっていないスカサハに、どこから説明すればいいか悩むカリンの横で、里也が不審な行動をとった。
「そこ! 頬ずりするな! 持って帰ろうとすんな!!」
 カリンは慌てて里也と子供を引き離しにかかる。
「だから、カリンお姉さま!」
「いいじゃないか、ひとりくらい!」
 スカサハと里也の抗議に頭を痛めるカリンの横で、朔はささやかな幸せの記憶を辿っていた。
(あの頃は、妹と一緒にサンタさんが来るのを夜中まで待ってたっけ……)
 朔の穏やかな微笑みを見たカリンは、なんだか気が抜けてしまい、ぐったりと座り込んだ。
 そんなカリンに気づいた朔は、ようやくこちらへと戻ってきた。
「あれ、どうしましたカリン?」
「…………なんか、疲れた」
 彼女たちの1日サンタクロースは、まだ始まったばかりだ。


「いや、しかし、オジサンたち、いなくても別にいいんじゃねぇ?」
 孤児院の外では、見張りとして待機している洋兵が、くわえ煙草のままパートナーのユーディット・ベルヴィル(ゆーでぃっと・べるう゛ぃる)にぼやいた。
 可愛い娘の朔に手伝いを頼まれて来たものの、見張りだの荷物番だの荷物持ちだのしかやる事がなさそうな状況だ。
「ワタシは、好きよ。こんなクリスマス」
 ユーディットが洋兵に言う。なぜなら、自分の隣に洋兵がいるから…とまでは言えないが。
 くしゅんっとユーディットが小さくくしゃみをする。この寒空にミニスカで露出の多いサンタ服で外にいるのだから当然だ。
 洋兵は自分のサンタ服の上衣を脱ぎ、ユーディットのむき出しの肩を包んでやると、そのままユーディットの額に自分の額をコツンとあわせた。
「よ、洋兵さん!?」
「ん、熱はないな」
 ユーディットの顔が真っ赤に染まる。彼女の背が洋兵と同じくらいの長身で顔が近かったからなのだろうが、いきなりこれは反則だ。
「んん? やっぱり少し熱があるか?」
 真顔で心配する洋兵に、ユーディットが微笑む。
「熱はないわ。でも、やっぱりちょっと寒いみたい。だから、こうしていて」
 ユーディットが、洋兵の腕に腕をからませた。
「こんなのでいいのか?」
「今は、まだ…ね」
 洋兵の問いに、ユーディットは意味ありげに答えた。


 浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)翠は、浮かれていた。
 昨夜は憧れのサンタさんに逢えたし、今日はその憧れのサンタさんになったのだ。
 人数が少ないと噂で聞いたキマクに来てしまい、フレデリカがツァンダにいると知って落ち込んだものの、映像越しに伺えるフレデリカの疲れた様子に、今や自分がサンタを支えなければという気持ちになっている。
 そうして、翡翠はサンタさんのため、一生懸命キマクの子供達にプレゼントを配っていた。
 しかし、そんな翡翠を狙う者達がいた。キマク周辺でたむろする『サンタ狩り』だ。サンタ狩りとはいっても、ここで言うのはパラ実生によるいつものカツアゲなのだが、サンタが被害に逢う事によって、この時期だけそう呼ばれているのだ。
「へっへっへ、お嬢さん、その袋をこっちによこしな!」
 パラ実生達は数人で翡翠を取り囲み、じりじりと間合いを詰めてくる。端正な顔立ちではかなげな印象の翡翠が、フレデリカばりの赤いミニワンピースのサンタ服を着て1人で歩いていれば、食らいつくなというのが無理だろう。
「子供の頃からプレゼントを貰えなかったからといって、大人になってまで子供のプレゼントを奪おうとするなんて、浅ましいものですね!」
 翡翠が、意図せずしてパラ実生達の心の傷をえぐる。
「こっ、子供の頃の話はするなーっ!!」
 なにがあったのか、涙ぐみながらナイフを振り上げ襲ってくるパラ実生と身構える翡翠の間に、突然誰かが割って入り、金砕棒でパラ実生をぶっ飛ばした。
「そこのあなた、お怪我はなくて?」
 金髪縦ロールのサンタクロース、ジュリエットが艶やかな笑みを湛えて立っている。
「は、はい!」
 翡翠がそう返事をする間に、ジュリエットの傍にパートナーのアンドレ・マッセナ(あんどれ・まっせな)が立ち、機関銃を構えた。
「子供達に夢を配るサンタに喧嘩を売るなんて、なんてひどい人たち! 返り討ちにして差し上げますわ!」
 ジュリエットの宣言通り、2人は瞬く間にパラ実生達を叩き伏せた。
「もう大丈夫ですわ」
 ジュスティーヌが、地面に座り込んでいた翡翠を手伝い立たせてくれる。
「貴方達もサンタクロースのお手伝いを?」
 翡翠の問いに、ジュスティーヌがうなずいた。

「さて、」
 ジュスティーヌと翡翠が話している間に、ジュリエットがパラ実生達に一歩近づき、アンドレが言葉を続ける。
「サンタさんはいい子にはプレゼント、悪い子にはお仕置きじゃん!」
「な、何する気だ!」
 怯えるパラ実生に、ジュリエットはすっと『募金箱』を差し出した。
「サンタクロースに、寄附をお願いしますわ」
「クリスマスにはちゃんと寄附をするもんじゃん。寄附するいい子にはきっと神様のご加護があるじゃん?」
 アンドレが暗に寄附しない悪い子には、きっともっと酷い目が待ってるのだと匂わせる。
 ジュリエットとアンドレの脅しに、パラ実生達は有り金全部を巻き上げられた。
「サンタなめちゃいけないじゃん!」
 これはカツアゲではない。あくまで善意の寄付なのだ。

「あの、助けてくれてありがとうございます」
 翡翠が生真面目な様子で礼を言う。気にするなと微笑んだジュリエットは、彼に一緒に配らないかと誘いをかけた。
「何か思惑があるんじゃん?」
 陰でアンドレがジュリエットに聞く。
「よく見てごらんなさい。可愛い顔に生意気そうな目、口を開けば憎たらしいなんて、絶品のシロモノですわ。ジュスティーヌと一緒に歩かせれば、面白いように釣れますわよ」
「なるほど、それはいい考えじゃん」
 2人はひそかに笑いあった。
 一方、ジュスティーヌは、自分がジュリエットから説得された通り、キマクの誰も行かないような裏通りにこそ、サンタを待ち望んでいる子供たちがたくさんいるのだと翡翠を説得していた。
「そうですね、うかつでした。私も、ほんとうにその通りだと思います」
 そうして翡翠は、知らぬ間にジュスティーヌと共にサンタ狩りをおびき寄せる餌として扱われることになったが、その瞳はジュスティーヌと共に、慈愛の情熱に燃えていた。


 白菊 珂慧(しらぎく・かけい)は、隠れ身のスキルを使って、プレゼントを置いた子供部屋に潜んでいた。目の前では、子供が珂慧の置いたサンタからのプレゼントに顔を綻ばせ、夢中になっている。しばらくその顔を眺めたのち、珂慧はようやくその家を出た。
 家から少し離れた所では、パートナーのクルト・ルーナ・リュング(くると・るーなりゅんぐ)が、小型飛空艇で彼を待っていてくれた。
 クルトは戻って来た珂慧に水筒から温かいお茶を入れて渡し、珂慧の身体が冷えないよう気遣ってくれる。お茶を飲み終えた珂慧を乗せ、クルトの小型飛空艇は、安全運転で次の家へと向かった。
「遅かったですね」
 優しい声で問うクルトに、珂慧はいつも通り、口数少なく答えた。
「見てた」
 その答えに、クルトが根気良く付き合う。
「何をです?」
 しばらくのちに、答えが返される。
「笑顔」
 そのひと言で、クルトには十分だった。子供がプレゼントを見つけて喜ぶのを見ていたのだろう。その笑顔は、きっと、パートナーにとって他の人とは違う意味を持っているに違いない。
 クルトはなるべく珂慧のペースに合わせながら、効率よく配れる方法を模索した。


 夕暮近いキマクに、小型飛空艇がやってきた。
 そこから降り立ったのは、フレデリカなど足元にも及ばない、セクシーなハイレグサンタ姿の島村 幸(しまむら・さち)だった。
「これで、蛮族の純朴な子供達を洗脳……もとい、悩殺です♪」
 そう言って高笑うセクシーサンタの衣装には、あちこちにドクロがちりばめられ、危険な香りが漂っている。
 幸には、常識にとらわれない、まっすぐな瞳のうちに、このセクシーさを認識させておきたいという気持ちと、自分が子供の頃、どうしてもサンタを見たかったという思いがあった。この2つが出会った瞬間、魔改造・セクシーハイレグサンタが誕生したのだ。
「サンタが見たいのならば、見せてさしあげましょう! この私のキュートでセクシーなサンタ姿をね!!」
 幸は宣言とともに蛮族の家々をまわり、直接プレゼントを配る作戦を決行した。

「はーい、良い子の皆さん、セクシーキュートなサンタさんが来ましたよー♪」
 窓の外から聞こえる『サンタ』の言葉に、幼い兄弟達は駆け寄るが、幸が顔をのぞかせた途端、反射的に後ずさった。
「サ、サンタの……おじさん?」
 うっかり言ってしまった子供は、幸に胸倉を掴まれ、天高く「たかい、たかーい」をされてしまう。泣きわめく子供達をあやそうと笑みを浮かべる幸を見て、子供たちが怯えて泣きやんだ。
「こらこら、間違えてはいけませんよー。私は『おねーさん』なんですからねー。……さぁ、皆で声をそろえて『サンタのおねーさん』って言ってごらんなさい?」
 幸の眼鏡がキラリと光る。
「サ、……サンタのおねーさん……」
 蛮族の子供達は、野生の勘で危険を察知し、視線を泳がせながら幸の強要する言葉を口にした。
「そうそう、やればできるじゃありませんか」
 もはやサンタというより悪の大幹部に近いキャラクターになっているのだが、悦に入る幸は気づかない。
「さあ、受け取りなさい! 私の愛たっぷりのプレゼントをね!」
 子供達には、サンタからのプレゼントの他に、ドクロが可愛らしくあしらわれた箱が手渡された。
「では皆さん、来年もいい子でいたら、このサンタのおねーさんが来てあげますからね!」
 子供達は青ざめ、いい子にはなるまいと心に決めた。パラ実生予備軍の誕生である。
 しかし、その中にも変わり者はいるわけで、
「僕も、あんな素敵なお兄さまになりたい……」
 幸の魅力に取りつかれた子もいたようだ。