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シープ・スウィープ・ステップス

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シープ・スウィープ・ステップス

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春夏秋冬 真菜華(ひととせ・まなか)はピンクが好きだ。
 もちろん桜もピンクであるからして、当然のように彼女の寵愛の対象になっている。
 ヒパティアにピンクについての熱弁をふるって、ピンク教にでも染めようというのだろうか。
「桜は日本の花なんだよ、ピンクでカワイイの」
「皆様、桜を綺麗と仰ってくださいますが、カワイイという賛辞は初めてうかがいました」
「だからさ、ついでにこの羊たちもみーんなピンクにすれば、もっとカワイイと思うんだけど!」
 全羊をいきなりピンクにするのは、フューラーに止められた。
 その代わりに真菜華が羊をさわると、羊はみるみるピンクに染まっていった。
「これもいいじゃん♪ きゃっほーい♪」
 羊にまたがりロデオで乗りこなすと、ほかにもピンクに染めた羊たちを引き連れて、彼女はあたりを走り始めた。
「ピンクはかわいい、かわいいは正義!」
 怒涛のピンクの波が、津波のように移動し、雄叫びを残してピンク色が波及していく。
 今このときの真菜華は、無敵である。
 
 マナカさまのお通りだーっ☆
 
 
 
 満開の巨大な桜の下で、パーティーの用意をはじめる。
春夏秋冬 真都里(ひととせ・まつり)を仲間に迎えた歓迎会を、こちらでやるつもりなのだ。
 世界樹を桜に変えたと聞けば、イルミン生としては馳せ参じねばなるまい。イルミン流花見の始まりである。
「みみ、みなさんありがとうございます! オレのために…」
 主賓はかしこまっていた。自分のためにこれほど皆が動いてくれるとは…!
「私、ちらし寿司を作ってきました」
リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)が、ちらし寿司の用意をした。
「今回、隠し味を入れてみたんです」
「うわぁ、楽しみですねえ」
 純粋に喜んでいる真都里は、彼女の言う隠し味の正体を知らない。
「まあ、ニンジンとか卵、レンコンとか、普通のちらし寿司ですよ。…しまった、食べられないものってあります?」
「ないです!」
「ならよかったです!」
「隠し味かあ、当てられるかなあ」
 ふふふ、とリースは製作過程を反芻した。
 材料は確かに普通のものだが、隠し味とは、イルミンスールの森でとってきたキノコである。いい匂いがするから、きっといい隠し味になっています!
 ほんのちょっと煮汁をなめたときの、あの思いっきり笑い出してしまった幸福感!
 あれを皆に楽しんでもらうのだ、と彼女は思った。
志位 大地(しい・だいち)ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)は、持ってきた飲み物やお茶請け、ピクニックシートを広げている。持ってきたお弁当は、また後で改めて広げよう。
「わぁ、お花がすごいですねー…大地さん、これ全部、サクラっていうんですか?」
「この桜は、特別なやつで本当はここまで大きくはないですけれどね。満開の迫力はどっちもすごいですよ。ああっ、ティエルさん大丈夫ですか」
「うう、余所見してこぼしちゃった…もう少しこの飲み物用意しておけばよかったかなあ」
「あら、頼めばいくらでも出るわよ」
 ひょいとポケットからハンカチを取り出して、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)はティエルの服に飛んだ紅茶を拭いた。
 紅茶で染まったティエルの服が、それだけで元に戻る。
「こんな風にね」
 祥子は以前このゲームを経験しているので、実際ほぼなんでもできることを知っている。
 しかしこういう風に場を手ずから用意するなど、気分を盛り上げることも大事なのだ。
「ちょっとまだ羊がちらほらしてるわねえ、片づけてくるわね」
 祥子は立ち上がり、羊を追いながら散らしていく。彼女はイルミン生ではないが、個人的に面子とは仲がいいのだ。ついでに、彼らをちょっとは二人きりにさせてあげないと。
「ちょっと飾りつけるものでも取ってくるねぇ〜」
ドヴォルザーク作曲 ピアノ三重奏曲第四番(どう゛ぉるざーくさっきょく・ぴあのとりおだいよんばんほたんちょう)ルイーゼ・ホッパー(るいーぜ・ほっぱー)が連れ立っていった。
 本名が長いので、ドゥムカと名乗るこの魔道書は、もう少し珍しいこの世界を見てみたかったのだ、パートナーを無理矢理押しのけてまで来たのだから。
「ちょっとくらい観光したってかまわんだろう」
「そうだねぇ」
 巨大な桜がそびえる幻想的な光景と、瑞々しい芝生となだらかな丘が広がる牧歌的な光景が同居するここは電脳空間という別世界であるらしい。羊が、…少しばかりあふれすぎているが。
「さぁて、羊の毛をむしろっかぁ〜」
 
「それではボクは、余興として…お願いしますヒパティアちゃんっ!」
エル・ウィンド(える・うぃんど)が指を鳴らすと、空から金色の巨大な羊が降ってきた。
 ズドオン! という音を立ててエルの背後に降り立った羊は、すでに臨戦態勢だ。羊というよりも、もこもこの闘牛である。
 その羊に彼は立ちはだかり、ショーとしてパーティーを盛り上げるつもりなのだ。
 ヒロイックアサルトで全身を光らせ、高周波ブレードを鼻先でひらひらと振って挑発する。
「カモン!」
 言葉を解したかはわからないが、羊は猛然と突き進んできた。
 エルはひらりと交わし、横腹に則天去私を叩き込んだ。
「おいしく食べてあげるからね!」
 目の前で繰り広げられるバトルに真都里はテンションアップである。
「エルさん、すごいっす!」
 しかしひとつ問題があるとすれば。
 ―色が、かぶっている。
「いや違います…! この羊毛の防御力…! 攻撃が通じない!!」
 どうやら羊毛の厚さ分で、攻撃が届いていないらしい。
 もう一度則天去私を叩き込んだが、有効打にはならなかった。
「うおおおお! 今度こそ!」
 毛のない顔面にもう一度則天去私を! と猛然と突っ込んでいったエルだったが、そのままぱくりと飲み込まれてしまった。
「エルさーん! 大変だぁあ!」
 そのとき、巨大金色羊が崩れ落ちた。同じ技のはずなのに、とある理由でいろんな法則を無視して強力な一撃が、羊に綺麗に決まったのだ。
「あんたねえ! 私がせっかく羊を片づけてるっていうのに何やってんのよ!」
 怒りに震える祥子の一撃は絶大だったのだ。
 エルは、羊の口からぺっと吐き出され、地べたにはりつく金色のワカメの塊と化していた。
 金塊は羊にはうまくなかったらしい。
 そこに、さらにナーシュ・フォレスター(なーしゅ・ふぉれすたー)が羊を引き連れて戻ってきたのであった。
「たくさん羊をつれてきたでござるよー! 拙者の技を見てくだされー!」
 ずどどどどど…! という地響きとともに、羊の群れがパーティーの周りを取り囲む。
「マトンもってきたでござるー! ぎゃー!」
 暴れた羊に振り落とされ、ちらし寿司や、花見弁当の中に突っ込んだ。
「あーっひどいです!」
「お弁当が…でも大地さんのお茶菓子は無事です!」
「で、でもこれでジンギスカンをするといいでござるよ…? …そういう問題じゃ…ナイデスケド…」
「………」
「………」
「…あたしの…ちらし寿司…」
 がんばったんだ、得意満面、ほめてほめて、の顔は見事祥子の逆鱗に触れ、大地はメガネを外し、リースの紅の魔眼が光り、羊ごとナーシュは成敗された。
「ゴメンナサーイ…!!!!」
 
「さあ、仕切りなおしてやっちゃうぞー」
 かついでいた羊の毛入りの袋を上まで運び、ルイーゼはパーティーメンバーを桜の合間から上から眺めた。
 同じように桜の木の枝に乗り、そこでドゥムカはバイオリンを取り出して弾きはじめた。
「おお、弾けるんだぁ、素敵ぃ」
「仮にも私は写譜だからの、ピアノの方が真似易いが、仕方あるまい」
 そう褒められた腕でもないから、本当に添えるだけだ。
 五線譜に抱かれるものなら、それなりになぞる事が出来るだけでな。
 そう笑って演奏に戻る。
 ルイーゼは刈り集め拾ってきた羊の毛を、真都里めがけて降らせていた。小さくちぎって桜吹雪にまぎれているが、風向きなどを考えて確実に真都里の上に落ちていく。
「やっぱ桜、綺麗ですねえ、圧巻圧巻」
「そうですね…うぷっ、ルイーゼさん、何するんですか!」
 口をあけたまま見上げる真都里の無防備な顔面を、毛玉が襲った。
「何って、桜吹雪ならぬ毛吹雪だ、春夏秋冬弟よ、歓迎してやっておるのだ」
「そうだよ〜、入学おめでとー」
「そういえば初めましてさんですねー、入学おめでとうございます?」
 ティエルが真都里と挨拶を交わす。
「へへ、そうなんです。イルミンに来てよかったぁ」
 しかし、毛吹雪に速攻でルイーゼは飽きた。
「もがっ!」
「ごめ〜んね♪めんどくさくなっちった〜!」
 結局、その頭に残りの羊の毛を全部振り落として真都里は埋め立てられた。
「また弾いてねぇ、お願い♪」
「ああ、よかろう」
 ドゥムカの膝に頭をのせてねだる。膝枕も次の約束もはねつけられずご機嫌なルイーゼだ。
 
 そんな風に、桜を見ているのだかいないんだか、わいわいばたばたしているときに。
「皆さん、ええと改めてご報告したいことがあります」
 大地が声をあげた。
「この度、正式に俺の彼女としてお付き合いさせていただくことになりました、ティエリーティア・シュルツさんです!」
「改めまして、大地さんとお付き合いさせていただくことになりました」
 ティエリーティアと面識のあるものもいたので、今回の彼らの告白には驚愕だ。
 (ねえ、まだ気づいてないの?)
 (…『彼女』って、はっきり言ってたでござる…)
 (ティエルさん、かわいいけど男性ですよね? 受け入れてる…んですね)
 (恋は盲目って、実際目の前でされると、いろいろ応援したくなるものですねえ)
 大地もティエルも彼らのよき仲間である。余計なことは言わず、皆ひそかに応援しよう、そう思ったのであった。
「わかりました、改めて僕らからもよろしく!」
 そんな中で、自分も場を盛り上げねばと、余計な気を回した真都里である。そっとパーティーを抜けて、ヒパティアを呼び出した。桜色の可愛いメイド服を取り出して見せる。
「このメイド服、合図したらあのパーティーの男性みんなに着せてくれませんか?」
「承知しましたが、よろしいのですか? 男性が着るものでしたでしょうか?」
「…ええと、そのほうが面白いからです。ギャップで華やかですよ!」
 ヒパティアはそういうものか、と彼の提案を受け入れた。
 ―数分後、パーティーは阿鼻叫喚の渦に巻き込まれ、男性陣とうっかり自分を除外しなかった真都里も、ティエリーティアも問答無用にメイド服になった。
「うわあああああっ!」
「ぬわあぁぁぁぁっ!」
「ぎゃあああああっ!」
「うっわぁきもちわるっ」
 唯一いいことをしたと言えるのは、大地がティエリーティアの愛らしい姿に心臓を打ち抜かれて悶絶したことだけである。
 しかし幸いにして、メイド服被害の共通項に気づいたものはなかった。
「ティエルさん…すごくかわいいです…!」
「あっ…えっ、…ありがとう…ございます」
 
「あーっ!!!」
 その声に、真都里は恐る恐る振り向…けなかった。恐ろしすぎて。
 明らかに自分に向かって叫ばれたのだ、彼にはわかる。だがしかし!
「あ、真都里、お姉さんよ」
「春夏秋冬弟、姉御がお出ましだ」
「お、お…俺は一人っ子だ! あああ姉なんかいない! ぅ俺は一人っ子だぁっ!!!」
 頭を抱えて現実から逃避するが、彼は対処を間違えた。そこにたたずむよりも、とにかく逃げを打つべきだった。
「そこのピンクのメイド服っ! マナカ☆アタック改ッ!!!」
 ―真都里の上に、巨大な陰が落ちた。
 
 
スカイラー・ドラゴノール(すかいらー・どらごのーる)は、うっとりと愛をささやいていた。
 彼はとうとう、見つけたのだ。森の奥でひそやかに息づき、彼の訪れをしとやかに待つ、その慈しむべき、愛すべき花を。
「大輪でなくたっていいんです、きみのつつましい二枚の花びらは私をとりこにしてしまった…」
 それは彼の背丈を越すような巨大な花だったけれど、うつむき、唇を閉ざしたような姿に、彼は奥ゆかしいものを感じた。
 固く丈夫な二枚の花びらの奥に、鮮やかな赤がのぞいている。
「きみのそのトゲ、身を守るためなんでしょう? これからは私が守りますから」
 きみのまつ毛の向こうにのぞく、その赤い瞳をもっとよく見せておくれ…
「愛してます…もう名前も決めてあるんです。だんごちゃん…」
 名前をつけたその花を、彼はそっと抱擁した。
「だんごちゃん、あなたのつぶらな花びらは私の心を奪ってしまったようです。あなたが何を考えているのか、何をしようとしているのか、今の私の心は、そんなことばかり考えています…」
 
「あの人、大丈夫なんでしょうか…?」
 クロセルは、森の中で食材を探してうろつきまわっていた。
 さっきは巨大なヒツジが降ってきた。このあたりはキノコなどが巨大化していて、素敵な食材が見つかったとほくそ笑んでいたのだが、ついでに変な人も見つけてしまった。
 巨大な植物相手にうっとりと愛をささやいているのだ。いや、口説きの練習中なだけかもしれない、多分そうなのだ。
「なんだか、幸せそうだから置いておきましょう。私は人の幸せを邪魔するような非道な振る舞いはいたしませんので!」
 しかし、ついついクロセルは、木の陰からそーっと見てしまう。
 (ああっ、迂闊にさわっちゃだめですよー)
 …あ。
 
 スカイラーに抱擁されただんごちゃんは、そのまぶたを彼のために上げ、バラ色の口づけを贈り、そしてつつましく唇を閉ざしたのでした。
 
 だんごちゃん―どうみてもそれは巨大な、人間をのみこむほどのハエトリグサにしか見えない。
 ハエトリグサの花は、実際は別にある。そして捕食部の縁に並ぶトゲが「女神のまつげ」と呼び慣わされることもある。トリビアである。
 
 食われたスカイラーさんは、ちゃんとスタッフが救出させていただきました。
「まったくもう、クロセルさんも見てたなら止めてくだされば…」
 ぼやきながら駆けつけたフューラーは、ばっくりやられて目を回しているスカイラーをヒパティアの館へ運び込んだ。
 もう少しすれば目が覚めることだろう。食虫ならぬ食人植物に食われて終わった思い出など、持って帰ってもらっては、ヒパティアの沽券に関わるのだ。