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シープ・スウィープ・ステップス

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シープ・スウィープ・ステップス

リアクション

「狼がきたぞー!」
クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)は、狼の着ぐるみを見つけて大声で呼ばわった。
夏侯 淵(かこう・えん)は、近寄ってきた狼の着ぐるみに厳しく誰何した。
 相手は着ぐるみだ、知り合いと名乗っていても、中のひ…いや内容物が偽者である可能性もある。
 淵とクマラは、ログインした時傍におり、淵のパートナーが作ってくれた同じひつじパジャマの着ぐるみと、髪を出すために後ろ頭に穴を開けてあるので、互いの認識が簡単にできた。
 しかしこいつは狼の着ぐるみだ、ひつじにとっては警戒すべき相手である。
 無論我らとてただの羊ではないのであるからして、遅れなど取りはしないが。
「貴様は何者だ、『めぇめぇ羊』」
「あーはいはい、『まぐまぐ狼』っと。わかってんだろうがよ」
「まあ気分だ、許せ」
 即席の暗号を交わして、ちびっこ二人に付き合ってやる強盗 ヘル(ごうとう・へる)は、普通にいいやつかもしれない。
「ご苦労さんだねえ」
ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)がにやにやとヘルに笑いかける。
「あんたも羊かよ、似あわねー」
 ふと淵はパートナーの言っていたことを思い出した。
「ところで、でんのう空間とやらはいずこにあるのだ?
 ここにも羊がおるのだが、電気羊とやらは一体どんな姿で、えーあいとやらは何者なのだ?」
「んー、どう説明したものかなあ」
 専用PODを使ってログインしたこの世界がそれだ、という説明がまず通じそうにない。ルースがヘルに助けを求め、知らんとすげなくかわされた。
 しかしその疑問にはさらっとクマラが答えた。子供のなりはしているが、クマラは何千年と生きてきた魔女であり、淵が理解できそうなうまい例えも知っていた。
「ここってさ、壺中天、瓢箪の中の世界なんだよね」
「ふむ、桃源郷ということか、つまり夢の世界なのだな。電気羊もえーあいも、そこの住人なのか。後で挨拶に伺わねば」
「そうそう、俺たちはそこにお邪魔しているんだからな」
 羊の着ぐるみパジャマで胸をはる淵たちに、おっさん羊は思わず「可愛いですよ、ちみっ子」と口に出し…
「可愛いっていうなあああああ!!!」
「かわいいよー淵ー」
 ブチきれる淵に追い討ちをかけるクマラだ。
「…もうよい!」
 淵は駿馬にまたがり、御者の鞭をふるって、怒りを羊にぶつけはじめた。
「オイラもいくー!」
 クマラは羊にまたがり、同じく鞭をふるって羊を消しはじめた。
「えい、もう3めぇ〜だよー」
「何だと! こちらは5めぇ〜だ!」
 
 それらを見送り、ルースはほのぼのと呟いた。
「さーてと、ちっちゃい子が遊び始めたから、大きいおじさんたちの役目は、もっと楽しませることですねー」
「って、なあ俺もおっさん? おっさんなの?」
「頑張ってくださいねー」
「否定しろよー!」
 ヘルもまた、八つ当たり気味に犬を指揮してショットガンをぶちまけ、羊を追い込み始めた。叩くのはちびっ子たちの役目ということは忘れていない。
 こちらは騎狼にまたがった着ぐるみ狼という格好なのだが。
「これは、楽ができそうですねえ」
 当のルースは、すでに昼寝する気まんまんだ。
 
「よーしがんばるぞっ」
彼方 蒼(かなた・そう)はやる気をみなぎらせて羊の群れを見下ろした。
 がんばれよと送り出してくれたにーちゃんに、お土産話をもっていくのだ。帰るまでが、遠足だ。
 にーちゃんが読んでいた本に、『ぼくようけん』のお話がのっていた。ひつじを追いかけてひとの役にたつ、りっぱな犬のお話だ。
 しかし、いざ駆け出そうと思ったとき、こちらに迫ってくるものすごい足音に巻き込まれた。
「わきゃーっ!? なになにーっ!?」
 羊の群れに蒼は埋もれていたのだ。
「ちょ…だれか巻き込んだぞ…? 大丈夫か!?」
 ヘルが追い込んできた羊が、だれかを轢いてしまった。一旦追い込むのをやめて様子をうかがう。
「このぉー!」
 ちょっとの間、群れに挟まれてもがもがしていた蒼は、思いきり羊を押しやって抜け出した。
 そのまま羊の背中に駆け上り、次々とその背中を走り渡る。わんわんと叫んで羊を誘導にかかると、見事に群れはまとまり出した。
「おお、坊主やるじゃねえか」
 ヘルが心から感心する。着ぐるみパジャマの手でぼふぼふと拍手した。
「えへ、ぼくようけん、うまくできてた?」
「牧羊犬か、うまいもんだな。俺は今ひつじを仲間の所へ持っていこうとしてたんだ、手伝ってくれねえか?」
「うん、おじちゃん! 手伝うよ!」
「お…おじっ…」
 ヘルは こころのきず に 追い討ち をくらった!
 声が渋いんだから、無理もないと思うのだけれど。
 
 
「ひつじさん、ご覚悟めさるのです!」
ナカヤノフ ウィキチェリカ(なかやのふ・うきちぇりか)は綿雪のような羽で空を飛び、羊雲を攻略しはじめた。ぽわぽわと空中を足でかき、まったりと移動する羊たちは、雪の精霊である彼女の起こす冷気をいやがり、ぎゅっと身を寄せ合っていくつかの塊になっていく。
 羊は塊になると、ゆっくりな動きがさらに遅くなったようだ。
「うーん、まだ落ちませんね」
 雪の結晶でできた羽で休みなく冷気を送りながら、驚きの歌で落ちたりするかなどと考えていた彼女は、ぽつぽつと点在している固まった羊に、ふと思いついたことを試してみた。
「これでどうですか!?」
 飛び石を飛ぶように、羊の塊を踏んでいく。上から力を加えられ、浮力(?)の釣り合いがとれなくなって、羊のかたまりはボコボコと落下を始めた。
「ここいらは、片付きましたね」
 あらかた周囲の羊をまとめて落としてしまったので、ウィキチェリカは羽を羽ばたかせて移動した。
 ちょっと観光もしてみようかなと思ったのだ。
「だって、こんなに羽をのばせるなんて、めったにないんだもの」
 
 ちょうどその下では、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が羊爆弾をくらっていた。
「のぉぉぉぉっ!」
 下は森で、誰もいないだろうとウィキチェリカは思っていたのだが、クロセルは闇な…いやいや、ジンギスカン鍋の材料を探して暗や…探索していたのだ。
 目を回したかたまりのひつじは消えるのではなく、なんと融合して大きくなっていた。
「おおっ、これは、羊降って巨大化するというやつですか?!」
 もはや元ネタがさっぱりわからないが、きっと脳内では慣用句のつもりだったセリフを叫ぶ。
 しかし彼の脳内で、今まさに鍋のネタが振ってきたらしかった。
「今回の鍋は、これでいきますか!」
 
「気持ちいいですよねぇ」
オルカ・ブラドニク(おるか・ぶらどにく)は、昼寝仲間を見つけてご機嫌だった。
 羊にもたれかかって日向ぼっこしていると、いい日差しに誘われて羊がやってきた、と思えば着ぐるみのお方だったのだ。
 ルースというこの昼寝仲間は、羊の着ぐるみまで着て、羊になりきって昼寝を楽しんでいる。良い友を見つけたものだ。
「もふもふだもんねえ」
 そう、このもふもふを愛さないなんて間違っている!
「消さなければならないのは分かっているんですが、まずこの愛らしさを味あわないと損ですよー」
 あーうらやましいなー毛皮、けがわー。のほほんと呟く彼は本当に動物を愛しているのだろう。
 僕、毛皮分が足りないのでというオルカは、ドラゴニュートである。そりゃあ鱗はあっても毛皮はない。
「オレ、羊あつめの手伝いしなきゃならないんだけど、昼寝の魔力には勝てないよ」
「あはは、じゃあ僕もあとでお手伝いしましょうルーさん」
「…その略し方、ちょっといやだなあ…」
 のこのこと羊の背中によじのぼり、すっかり埋もれてしまって至福のひとときを楽しんでいた。
 おお、それは気持ちよさそうだ、とルースも羊に乗っかりきった。
 
「うわあああああっ!」
神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は悲鳴をあげて飛び起きた。
 羊掃除の前に、まずもふもふを堪能していた…が、あまりの気持ちよさについうとうとしていたのだ。
 そして干草とでも思われたのか、寄って来た髪をもしゃもしゃとやられてしまったのである。
「じ、自分はおいしくありませんよー!」
 昼間の日差しに、彼の髪はやわらかく輝き、どういうわけか羊にとっておいしそうなものに見えているらしい。
 もしゃもしゃとやられて、たまらず彼は逃げ出した。あちこち逃げ惑い、群れの傍を知らず通過して、いつのまにか羊の群れが増えていた。
「な、なんでついてくるんですか!」
 髪にかじりついた羊が、気に入ってついてくるからである。
 羊は基本的には集団生活の生き物である。
 突出して動く仲間に、自動的についていくようになっている。
 その過程で、オルカとルースを背中に乗せた羊も、彼についていくことになった。
 
「お、羊持ってきてくれたやつがいるよ〜」
「なんと、かたじけない」
 淵とクマラが、羊を引き連れて走ってくる翡翠をみて大喜びで群れの中に踊り出、めぇカウントを増やしていく。
「あ、淵見てみろよ」
 クマラが淵の肩のむこうを指さし、淵もクマラと同じものを見た。
「おまえもだぞ」
 そこには彼らがひっぱたいた羊の数が示されていた。少しだけ淵のほうが多い。
 まだまだ取り返せると、クマラはあたりの羊をひっぱたく。
「あれ、コイツ、消えない!? ボスひつじ!?」
「なんだと? …でかいな」
 二人してばしばしひっぱたき、なかなかその羊がうめいているのに気づかなかった。
「わー、やめてくださいー! それ、着ぐるみの方ですから! ルーさーん!」
 オルカが叫びながら彼らを止めにかかった。
「なーんだルースさんかぁ」
「気づかなんだ、すまんな」
「ぐぇ…キミタチ…ひどいよ…」
 クマラたちのおかげでようやく羊から開放された翡翠は、深くため息をついた。
「ああ…ここでも不幸なんですね…昼間は…」
 
 綺麗に剥かれた羊の毛のかたまりを見つけて、ヌイ・トスプ(ぬい・とすぷ)はそれをすっぽりとかぶった。
「めぇ〜、めぇ〜、こう言っていたら、ひつじさんたちがよってくるデス」
ジンギス・カーン(じんぎす・かーん)は、それに寄ってきた羊の一匹でもある。
「あなたも、ひつじさんたちを呼べば、きっと来てくれるデス。鬼ごっこ、負けないデスよ」
「あはは、鬼ごっこかあ」
 ぷりぷりとおしりを振って羊を呼び寄せるヌイは、皆のように羊を片付ける気はないようだ。
 ジンギスは少し安心して、羊たちの悲しい処遇について語った。
「ひつじ、おそうじされちゃうのは悲しいデス、かわいそうなのデス」
「そうだよねそうだよね! だからさ、安全なところへ皆を連れて行くんだよ」
「はいデス! それならこちらへ行きましょう」
 超感覚を使って、安全な方へ羊の群れを導いていくヌイに、ジンギスはよろこんでついて行く。
 そんなジンギスは、ヌイが狼の獣人だということに気づいていない。
 道々で出会う羊たちを仲間に加え、安全な方へ、安全な方へと皆を導いている。
「ビル街にも、仲間がいるかもしれないよ? 行ってみない?」
「…あ…あっちはだめデス…ヌイもこわいデス」
「そ、そうかぁ…」
 超感覚で耳をぴんと立て、ヌイはなにかを感じていた。
 少し森を大まわりして、彼らは世界樹の桜の方へ向かっていた。
 その後ろで羊は数を増やし、少しずつくっつきあってじりじりと大きくなっていくことに、二人は気づいていなかった。
 
 ビル街で、羊が何かにおびえてざわめいていた。
「ふふっ♪」
 かつり、かつりと人気のないビル街に、靴音が響く。
 ガラスの一つに、ふと長い髪がなびくのが映る。
 羊はざわざわと、何かにおびえるように移動していく。
「そうよ、そっちへ」
 すんなりと伸びた足がコンクリートを踏みしめる。ことさらに足音を立てて、自分の存在を強調する。
 めぇめぇという泣き声が集積し、互いの泣き声にまでおびえるほど、ただその存在感に追いつめられた羊たちが、ビルに囲まれた袋小路で立ち往生して足踏みをする。
「いい子達ねぇ」
 優しいセリフとは裏腹に、朗々とした声はその奥に愉悦をはらんでいた。
 鬼眼と威圧の威力は確実に羊を追い詰め、おびえさせ、萎縮させ、恐怖のどん底に突き落としていた。
「アハハ、羊さん待てぇ〜♪」
志方 綾乃(しかた・あやの)は、既にこのビル街のあちこちにトラッパーと破壊工作で、羊を始末するための罠を張り巡らせていた。
 彼女が目指す場所へ羊は自ら追い込まれていき、とうとうその起爆スイッチに手がかかった。
「ウフフ、おもいっきりやっちゃうわよーぅ♪」
 ぽちっとな。
 爆風が綾乃の頬を撫で、髪を空に舞わせた。光が彼女のほわほわした顔立ちをくっきりと彩る。
 ビルの隙間から噴出した爆風は、羊を一つの場所に押し流した。
 次の爆発は押し込まれた羊を空中に舞い上げ、ついでにビルをも吹き飛ばす。
 爆破が連鎖し、羊はおろかビルごと巻き込んで、まとめて始末とあいなった。
『な、何されてるんですか!』
 フューラーが焦って通信を飛ばしてきた。彼女の傍に小さなスクリーンが出た、電脳空間らしいガジェットである。
「何って、物理演算テストに決まってますよう♪」
 そういって綾乃はスクリーンをぴんと弾いた。
『うわあっ!』
 スクリーンのフューラーは、どこへともなく跳ね飛ばされてしまった。