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我らに太平の時は無し――『護衛訓練』――

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我らに太平の時は無し――『護衛訓練』――

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第四章:鬼門


「あー、正義ちゃんじゃない。やっほー♪」
 前方から駆けてくる正義に、フィルテシアは呑気に手を振る。
「……ってあれれ〜? 何だか後ろが騒がしいよ〜?」
 怒濤の勢いで正義に迫る魔物達を見て、フィルテシアは一瞬思考する。そして一度得心がいったように大きく頷いて、
「ゴーレムちゃん、ぶっぱなしちゃえ〜!」
 ノリノリで、魔物の群れを指差しそう言った。命を受けるが早いか、改造ゴーレムちゃんはアーミーショットガンを全弾、一瞬に内に撃ち切る。
 発砲音が重奏となって大気を揺るがせ、正義の背後で魔物達の悲鳴の合唱が響いた。
 俄に気勢を削がれた魔物達は足を止める同時に正義もまた、足を留めていた。
 無言を貫き淡々と散弾銃のマガジンを取り替える改造ゴーレムちゃんの姿は、正しくヒーローの勇姿そのものだった。ちなみにゴーレムなのだから無言であるのは当然だと言う道理は、彼の頭からは完全に消失している。
「……ゴーレムでさえヒーローとして振る舞っていると言うのに、俺は一体何をしていた……?」
 無様に逃げ惑い、あまつさえ一般人さえ巻き込んで、そこに彼の憧れる正義の味方の像を重ねる事は出来なかった。
 わなわなと震える彼を飛び越して、一匹の魔物がゴーレムに跳び掛かる。マグチェンジの最中であるゴーレムに、迎撃は不可能だ。
「……何処を見ている! 誰を襲っている魔物共め! 正義のヒーローは俺だ! この俺こそがお前達の敵なんだ! ゴーレムは何処かに隠れていろ! この俺が正義の名にかけて、コイツらを成敗するまでな!」
 咆哮と共に、彼は光条兵器――否。彼、パラミタ刑事シャンバランの正義の剣『シャンバランブレード』を抜き、改造ゴーレムちゃんへと迫る魔物を一刀の下に両断した。
「覚悟しろよ魔物共! 喰らえッ! シャンバランダイナミィィィック!! 悪は滅びろッ!!」
 ――説明しよう! シャンバランダイナミックとはパラミタ刑事シャンバランの必殺技である!
 実際の所はチェインスマイトだったり轟雷閃だったりただのパンチキックだったりもするが、こう言うのは気持ちが大切なのだ!
 よく勇気や正義の心こそが最大の武器だと言われるが、つまりはそう言う事だと言う事にしておこう!
「すごいすご〜い! 正義ちゃんカッコいいぞ〜! ゴーレムちゃんもホラ、サンダーベント! なんちゃって〜♪」
 相変わらずのハイテンションで、フィルテシアは改造ゴーレムちゃんの持つ散弾銃にライトニングウェポンを付加する。
 広域を吹き飛ばし牽制する改造ゴーレムちゃんの散弾と、正義の心を烈火の如く燃やし灼熱する正義の刃は、正しく特撮のヒーロー宛らに魔物達を殲滅していく。
「な、何かよく分かんないけど、チャンスみたいだね! やるしかないか!」
 事の成り行きを呆然と眺めていた紅鵡もまた、この機を逃す手はないとして銃を構えた。
 低反動で装弾数の多いブルパップ式短機関銃、より正しくは個人防衛火器で弾幕をばら撒き、奮戦する正義を援護する。彼が倒されてしまえば、次に狙われるのは自分を含んだ周囲の人間だと分かっているが故に。
「うぅ……逃げてしまいたい所なのですが……流石にこの状況で一人だけ逃げると言うのは憚られますわ……」
 白狐もまた理由は異なれど、非力ながらに魔法で援護を行う。
 そして、
「貴様で最後だあああああああああ!」
 最後の一匹となった魔物を、正義は渾身の力を込めたシャンバランブレードで断ち切った。
 魔物が息絶えるのを見届けてから、彼は大きく息を吐いてシャンバランブレードを収める。
「……さて、ありがとう君達! 君達の助けが無かったら、俺は一体どうなっていたか分からない。君達が正義の心を俺と共有し力を貸してくれたからこそ、俺は勝つ事が出来たんだ! ……よっしゃ噛まずに言えたぁ!」
 完全に正義のヒーローになりきっている様子で、正義は紅鵡、白狐、そしてフィルテシアの三人に如何にもな台詞を述べる。
「……人を盛大に巻き込んどいてコノヤロウ……。ちょっと撃ってもいいかなあ……!」
「……やっぱり、殿方は苦手でございます……」
 けれども紅鵡と白狐の反応は、冷たいものだった。
「カッコ良かったよ〜正義ちゃん! また今度、さっきみたいに遊ぼうね〜」
 唯一電波人間同士で波長が合うのか、フィルテシアはやたらと上機嫌であったが。
「それでは諸君、また会おう! さらばだ!」
 びしっと手を顔の前に突き出し、正義は真紅のマフラーを翻して、ゴーレムを背負い駆けていった。
「……何だったんだよアイツ」
「……分かりかねますわ。……ただ、我は殿方は勿論ですが、あの人は殊更に苦手だと言う事だけは……分かりましたわ……」
「うーん、正義ちゃんは緑と赤だし、訓練が終わったらゴーレムちゃんをオレンジと青に塗りなおそうかな〜? 補色のコントラストは、やっぱり大事よね〜♪」
 走り去る正義の背中を眺めながら、三人――区分的には二人と一人は各々の心情を吐露した。


「……弾切れか」
 弾倉も手持ちも空にになった散弾銃を、隆光は放り捨てる。
 既に十分な時間は稼いだ。もうシュネーの背後に危険が及ぶ事はないだろう。前方の危険は、クラウツが何とかする。
 そろそろ救助要請をしようと腰の通信機に手を伸ばし、指先から伝わる嫌な触感に久多は顔を顰めた。
 見れば、通信機は割れて使い物にならなくなっていた。戦闘中に何処かにぶつけたか、魔物に掠められでもしたのだろうか。
「……笑えねえな」
 溜息にぼやきを交えて、彼は徐々に自分へと迫る魔物を見据えた。鋭い牙や爪、毒を持つ針、どれを受けても無事では済まない。
 抵抗する術が無い事を魔物は確信したのか、一息に彼へと襲い掛かる。
「――させるかニャァアアアアアアアアアアアアアア! この畜生共が! ミンチにしてやるニャー!」
 聞き覚えのある騒々しい声と共に、残った魔物の頭が次々に弾け、絶命する。
「こら、騒いじゃ駄目って言ったでしょ? また何か来たらどうするのよ」
 聞き覚えのある声は、一つには留まらない。
 シュネーとクラウツ。自分が逃がした筈の二人が、帰ってきていた。
「お前ら……何で帰ってきた? 俺の事ならいいって……」
「久多さんはいいかもしれませんけど」
 久多の言葉を、シュネーは自らの言葉で断ち切る。そして、はっきりと告げた。
「私が、嫌なんです。誰かを切り捨てて前に進んだって、いつか歩けなくなる日が来ます。切り捨てるモノを全て失って、自分の足だけじゃ歩けなくなる日が。……だから、私は貴方を切り捨てません。貴方に支えてもらう為に、帰ってきました」
 決意の響きを孕んだ声に、久多は胸の奥を密かに震わせた。
「……何やってる、俺。こう言う時、何よりもまずするべき事があるだろう」
 自らに語りかけ、彼は凝り固まった口に手を添えて、無理矢理ほぐす。
「そうだ……笑えよ」
 そして酷く不器用な、一体どんな感情が含まれているかなど到底分からない笑みを浮かべた。


 エー テン、イー ツー、エムエルアールエスの三機の空襲は断続的に続いていた。機銃と爆撃、砲撃のコンビネーションは絶妙で、上手い事大勢を一点に集め、更に進行を妨げるようにして行われている。
 襲撃を受けた面々はゴーレムを担ぐ事を強いられ、全身も許されず逃げ惑う事を強要され、徐々に徐々にと疲弊を重ねさせられている。
 その中で爆撃と機銃を避けるにはバイクの小回りでも足りず、自らの足に頼るしかないと判断したセオボルトは、足を止める事なく走り回りつつ、ぼやく。
「……うーん、正直狙撃手やら教導団の妨害くらいは予想してたんですがねえ。これは流石に予想外ですな。それにしても教官達はこの事態も黙殺ですか。つくづく、徹底してますなあ」
「呑気にぼやいてる場合ですか。このまま執拗に攻撃を繰り返されたら、我々の敗北は必至ですよ。奴らに疲れや補充の必要性があったとしても、その間に我々が反撃出来る訳ではない。結局一方的な攻撃を受けるばかりでは、ジリ貧です」
 もう随分と足止めを食っている事に、そしてこのままでは敗北と失格は免れない事を予想した小次郎が、その苛立ちで染め上げた言葉をセオボルトに向ける。
 傍らを走るリースが若干の苦渋を面持ちに滲ませたが、小次郎がその事に気付く事は無かった。
「……駄目ですなあ。自分の傍にいてくれる女の子にそんな表情させちゃあ」
「……何の事です?」
「いえいえ、自分が言った所で意味がありませんのでね。テメエで気付きやがれこの朴念仁、って所ですな。……それよりお宅さん、そうやって状況の分析が出来てるって事は、打開策なんかも考えていたりするんで?」
 セオボルトの口上の内、前半部分は小次郎にとって全く意味の分からないものだった。けれども後半の問いに関しては、彼の思考の確信を突いていた。
「……あるにはあります。本来ならもう少し待つつもりだったのですが。追い詰められて、他の面々が否応なしに協力せざるを得なくなるくらいまでは」
 言った傍から腹黒い目論見を抜かしリースの表情を曇らせる小次郎に若干の苦笑いを浮かべつつも、セオボルトは同時に感心も抱く。
 正直な所を言えば彼は、最悪このまま隙を見て乗り捨てたバイクに戻り、一人で逃走を図るしかないかと考えていた。勿論それは最終手段のつもりであり、ナイスガイ――自称とは言え――の称号に泥を塗りたくるような真似は彼としても避けたかったのだ。
「誰でもいい! 煙幕を持っていませんか! 我に策があります! もし持っているならば出来るだけ広域に散布して下さい!」
 周囲で逃げ惑う面々に聞こえるよう、小次郎は声を張り上げる。
「あっ! 私持ってます! ……えいっ!」
 小次郎の呼び掛けに応えたのはレジーナだった。持ってきていた煙幕ファンデーションを言われた通りに広域に撒き散らす。
「かたじけない! ……いいかよく聞いてくれ! まずは眼鏡の貴方だ!何故かは知らないが、奴らは貴方を集中的に狙っている!」
 煙幕の中ではぐれぬようにリース達と手を繋ぎながら足は止めず、小次郎は叫ぶ。
「なっ……! どう言う事だ……!?」
「分かり兼ねますね、知らずの内に恨みでも買ったのでしょう。……ともかく、です。貴方のみを見付けた場合、奴らは貴方を集中的に狙うでしょう。よって貴方には囮として真っ先に煙幕から出てもらいます。嫌ならば断ってくれても構いません。ですがその場合は、他の策を用意しない限り我々は仲良く訓練失敗です」
 煙の中から返ってくるレーゼマンの声に、小次郎は断りようのない、脅迫まがいの要求を突き付ける。
 だが同時に、彼は自らの右手を掴むリースの手が、心なしか力を強めたように感じた。
 振り返ってみれば、煙幕の中でもありありと見て取れた。喪失感にも似た悲哀に塗れた、リースの顔が。かつての実直な彼の偶像を奥に宿した、彼女の瞳が。
「……そう言う事ですか」
 先のセオボルトの言葉の意味を悟り、小次郎は呟く。そしてリースの手を強く握り返すと、更に言葉を続けた。
「……だが安心して欲しい。囮と言っても、我々の中から分隊を出すまでの、ほんの僅かな間だけだ。奴らの司令塔を叩く為の分隊を、です。そしてその後は、我々が全力を以って貴方を守ります」
 はっとして、リースが小次郎の顔を見つめる。小次郎もまた彼女を振り返り、そうして照れ隠しのようなはにかんだ笑みを浮かべた。
「……やれば出来るじゃないですか。……さてさて、それじゃあその分隊とやらは対空手段に乏しい自分が行かせてもらいますよ。……どうせお宅さん、自分が行くつもりだったでしょう? させませんよ。ナイスガイってのは、女の子に寂しい思いをさせないモンなんです」
 語調に嬉々の響きを潜ませて、セオボルトは分隊を名乗り出た。
 彼の何処か芝居がかった台詞は、しかし他の面々の戦意をも高揚させる。
「では、私は対空砲火を担おう。囮の貴方を、決してやらせはしないように」
「私も! 任せといて下さい! 誰だか分からないけど、分隊の人がお仕事終える前に落としちゃうくらい頑張りますから!」
 悠と翼は、これまで絶対的に一方的だった空に届く刃を請け負った。
「では自分達は情報撹乱と煙幕を用いてゴーレムを保護するであります! 攻め手とはなれませんが、自分に出来る事をさせて頂くであります!」
「私も、皆さんが怪我をしたり疲れたら回復しますから、遠慮なく言って下さいね! ゴーレムにヒールが効くかは分かりませんけど、こちらも頑張ります!」
 健勝とレジーナは皆が十全のゴールを迎える為の盾を引き受けた。
「やれやれ、これでは私が失敗する訳にはいかんな……。囮は任せてくれ。私の何が気に入らんかは知らんが、精々苛立ってもらうとしよう」
「大丈夫ですよ。皆さんが助けてくれますし……私だって、レーゼを護りますから」
 そしてレーゼマンとイライザは最も危険な囮役を、承知した。
 腹黒い、悪どい手など使わなくても、打開の策は成ったのだ。
「……よし、それでは作戦開始!」
 小次郎の号令と共に、皆が動き出す。
 バラバラに逃げ回るだけだった先程までとは違い、怪我をしても治療してくれる者がいる。
 だからこそ悠と翼は大胆に、獰猛に空襲者達を迎え撃つ事が出来る。
「……むう、何やら連中の反撃が俄に強くなったでござるよ」
「って言うカ、いつの間にか一人いなくなってるヨ。これマズイんじゃないノ? ダンナ」
「自分は逃走した一人を探しに行きますか? リーダー、指示を仰ぐであります!」
「んなこたぁどうでもいい! それよりあの眼鏡野郎だ! ちょこまか逃げ回りやがって! もっと集中砲火してやれ!」
 レーゼマンが囮となっているからこそ、ゴーレムも二の次とされて護る事が出来る。
 そして何よりも司令塔であるテクノから冷静さを奪い、膨大な殺気を振り撒かせた。
 
「……やれやれ、迷彩を被っていてもそれじゃあバレバレですなあ」
 『殺気看破』を用いれば、容易に居場所が特定出来てしまう程に。
「なっ……!? クソッタ……!」
「すいませんが、騒いだり抵抗する暇は与えませんよ。ちょいとオネンネしていて頂きますので」
 ナイフを抜きながら振り向くテクノの面を、セオボルトは強かに殴打した。
 そうして彼が取り落とした携帯電話を拾い上げ、顔の横に添える。
「もしもし、聞こえてますかな? アンタ達の司令塔さんは仕留めさせてもらいました。あぁ、仕留めたと言っても、気絶しただけなのでご安心を。……さて、ここで提案なんですがね。アンタ達、自分らの『護衛』を頼めませんかね? この司令塔さんと交換で。どうです? 護衛の護衛と言うのも、なかなか洒落ていると思いませんかな?」
 言い終えて、彼は懐に偲ばせた芋ケンピを一本齧った。


 レオンハルトとイリーナはゴールを目前にして、足止めを受けていた。
「残念だけどよお……こっから先は通さねえぜ……!? 通行料はゴーレムの頭だ……!」
 岩陰に隠れた彼らに対して執拗な狙撃を行っているのは、武尊だった。狙撃銃を破壊された彼は、だが当初の予定通りにゴール間近で待ち伏せを行い、シャープシューターとスナイプの技術を併用して拳銃による狙撃を為している。
「えぇい……鬱陶しい奴め……!」
 あと一歩でゴールと言う事もあって、レオンハルトは若干苛立っているようだった。何せ彼らの現状は、完全に八方塞がりなのだ。
 少しでも岩陰から身を乗り出せばその瞬間に狙撃され、探知系のスキルも持っているのか光学迷彩さえも看破されてしまうのだから。
 無論完全に手詰まりと言う訳ではない。後続が誰か一人でも来れば、それだけで膠着した状況は変化するだろう。
 だがそれでは駄目なのだ。レオンハルトが求めるのは圧倒的な一位。最後の最後で追い詰められ、追い付いてきた後続に切迫されての一位ではないのだ。
 一体どれ程の時間不動を強いられただろうか。既に陽は落ち、辺りは徐々に宵闇に満たされつつある。
「……ワタシが、あの狙撃手を一人で抑えます。その間にお二人は、ゴーレムを連れて先に行って下さいであります」
 不意に、イリーナのパートナートゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)が提案した。
「……あの狙撃手を相手に、お前で勝てるのか?」
 レオンハルトはただ一言、問う。トゥルペは小さく笑って、答えた。
「やるだけやるであります。……それに、お二人ならすぐにゴールして帰ってきてくれると、信じているであります」
「……よかろう。頼んだぞ」
 トゥルペの決意を感じ取ったのか、レオンハルトはそれ以上の言葉を重ねようとはしなかった。
 パートナーのイリーナでさえ、何も言おうとはしない。
「では……お二人共、耳を塞いで下さいであります」
 二人が耳を塞ぐのを確認して、トゥルペは大きく口を開いた。しかくして、叫ぶ。驚きの感情を強引に呼び起こす魔性の歌を。
「んぐっ……! なんだぁ!?」
 トゥルペが叫ぶと同時に、レオンハルトとイリーナはそれぞれ馬に飛び乗り駆け出した。
「あっ! クソッ、待ちやがれ!」
 思わず耳を塞いでしまった武尊は急ぎ銃を構え直すが、トゥルペの方が一瞬速い。
 スプレーショットで弾幕を張り続け、今度は彼が岩場から姿を出す事を封じたのだ。
「なっ……! クソッ! 邪魔すんじゃねえ!」
 だが銃士としての腕は、遥かに武尊が上回っていた。
 彼は弾幕の間隙を縫い、ただの一発でトゥルペの星輝銃を狙撃してのける。
 予想だにしなかった離れ業に、トゥルペの花弁が感情を映し微かに青く染まった。
「アイツらは……行っちまったか……。やってくれたな……! 殺しはしねえまでも、ちょっとばかし痛い目は覚悟してもらうぜ……!?」
 武尊は怒りの形相で、トゥルペへと歩み寄る。
 一歩、また一歩と近付く度に、トゥルペの花弁の青色は、恐怖は濃くなっていく。
「どうしてやろうかねえ……? そうだな。その花びらでも、一枚残らず吹き飛ばして」
「ひいっ……!? そ、それだけは勘弁して欲しいであります!」
「俺が言うのも何だが……抜けてんなあお前。んな事言ったらやられるに決まってんだろ」
「あぁ!? しまったであります!」
 頭を抱えるトゥルペの花びらに、武尊の拳銃が突き付けられる。引き金に人差し指が掛かり、爆音が響いた。
 爆音が。拳銃の発砲音とはかけ離れた、轟音が。
「……今日はどうにも、トドメを邪魔される日だなあオイ……!?」
 憤怒の形相で、武尊は爆音の兆した方を振り向く。ゴールとは反対の方向を。
 夜闇の中で凛と輝きながら、朔が銃口から煙の立ち昇るレールガンを構えていた。
「……退いて下さい。出力を抑えてあるとは言え、当たればただじゃ済みませんよ」
 朔の警告を、武尊は聞こえていないかのように無視した。そして出し抜けにトゥルペへと銃口を向け直し、
「……させるかよお!」
 迂回し背後に迫っていた垂を殺気看破で見抜き、またも引き金を引く事はなくその場を飛び退いた。
「……どいつもこいつも、テメエの身内ばかり庇いやがって……! 身勝手なモンだなあ! 上等だぁ! 纏めて頭吹き飛ばしてやるぜ!」
 夜空に吠え、武尊は垂へと迫る。
 迎撃に突き出された槍の穂先を銃剣で逸らし、そのまま銃身を滑らせて至近距離からの銃撃を放つ。
 殺気看破による先読みによってか銃弾は避けられたが、それにより垂の体勢は崩れた。
 回避ようのない胴体に銃口を向け――しかし弾かれた星輝銃を拾い直したトゥルペが牽制の射撃を行い、彼に引き金を引かせない。
 その後も要所で行われる朔とトゥルペの援護射撃によって、武尊の戦闘は今ひとつ精彩を欠く。
 更には時間をかけ過ぎたのか、レオンハルトとイリーナさえ、この場に戻ってくる。
「……チッ、柄じゃねえが潮時って事かよ……! いいかテメエら! これで終わったと思うんじゃねえぞ! また同じ事をしでかしてみろ! 蛮族の土地を荒らしてみろ! 今度こそケリを付けてやらあ!」
 捨て台詞を吐き、武尊は温存しておいた光学迷彩に身を包み、軍用バイクを隠した地点へと逃走していった。
「……トゥルペ! 大丈夫だったか!?」
 武尊の気配が周囲から完全に去った途端、イリーナはトゥルペへと駆け寄った。
「はい……。負けてしまいましたけど、彼らに助けられたであります。……それで、順位の方は……?」
「聞くまでもなかろう。俺とイリーナが共に一位。展望通りだ」
 レオンハルトは答え、更に一言、言葉を重ねた。
「……ご苦労だったな」
「……はい、であります」
 真っ青に染まっていたトゥルペの花びらが、瞬く間に真紅へと返り咲いた。


 岩造一行は、竜司とアイン率いる蛮族達に挟撃を受けていた。
 安全性が高いからと谷間を通っていたのが仇となり、殺気看破の範囲外から接近され、気が付いた時には既に手遅れだったのだ。
「ゴーレム達は全て真ん中に集めて武者人形を護衛に当てるんだ! 私とドラニオは奴らの接近を出来るだけ防ぐ! 近距離を得意とする者は打って出てくれ! 遠距離から敵を討つ術がある者はゴーレムの傍から援護を頼む!」
 指示を飛ばしながら、岩造は光刃を抜き放ち前に出る。得手とする剣術と体術を絡めて、彼は蛮族達の接近を一切許さない。
 幸いにして谷間は狭い。ドラニオと二人いれば、一応の壁となる事は出来た。
 反対側は顕と彩も戦闘に加わっているらしい。力量差で負ける事はないだろうと、岩造は判断した。
 敗北するとしたら――岩造本人にも同じ事が言えるが――力量差ではなく物量差である。圧倒的な数の暴力は、凌ぎ切れるかどうか分からない。
「……マガジン変える。マティエ、交代してくれ」
「りょーかい! 任せといて!」
 瑠樹とマティエは顕と彩蓮の壁をすり抜けたようとする蛮族達を、一人残らず撃ち抜いていた。
 更に二人が押され気味であったならば、援護射撃を行い前線の維持を手助けする。
「俺とこのアインヴァルトが壁となるぜ! 敗れるモンなら破ってみろ!」
 アインヴァルトと名付けた大剣を力強く、周囲の岩壁さえ削りながら振るい、顕は奮起する。
「私も……! 及ばずながら尽力します!」
 先の先を用い接近してくる敵を迅速に倒し、押し迫られた際には等活地獄によって一気に撃墜し、彩蓮もまた力闘していた。
「……そろそろ弾がヤバいんですがね。奴さん一向に数が減りませんねえ……!」
「……持っていけ。私より貴方の方が上手く使えるだろう。私は打って出る。ハンス、私は夜住の方に行く。貴方も松平の方の援護に」
 手持ちの弾を全てルースの傍に落とし、クレアは怪力の篭手を軽く打ち鳴らし駆けていった。
 ハンスもまた幻槍モノケロスを構え、更にパワーブレスを使用して勇み出る。
 壁役がそれぞれ一人増えた事で、一時的に彼らは戦線を押し返した。
「あー? なーにやってんだテメエら、ちょっと道開けろい」
「やれやれ、所詮は蛮族……ですなあ。仕方ない。わしもこっそり参戦しますかなあ」
 だが中途半端に善戦してしまったが為に、彼らの状況は却って悪化した。
 じわじわと防衛しながら相手の数を減らしていれば、或いは勝機も有り得たと言うのに。
 半端な反撃が、蛮族達の後方に控えていた竜司とアインを呼び寄せてしまった。
「おら邪魔だ! とっととどきやがれえ!」
 竜司は乱暴に血煙爪を振り回し、強引な力を以って岩造達を押し退けていく。
「いってぇ! ……ど、どっから殴られた今!?」
「ふへへ、見えまいて見えまいて。このままじわじわと下がってもらいますかな」
 アインは光学迷彩を纏い、針で突くように嫌らしい攻撃を幾度も繰り返し、徐々に顕達を後退させていった。
 戦況は皮肉にも、僅かに好転した事を境目に、一気に悪化した。
 勢い付いてしまった蛮族達を止める術は、最早岩造達には無い。
「……あはっ、やってるやってるー! ねえ、私も混ぜてよ!」
「昼間のアレは何とも興醒めでしたからね。貴方達は精々頑張ってくださいね?」
 けれども唐突に、割れ目から覗く月から注ぐ朧な光と共に、二人の女性が谷底へと降り立った。
 透乃と芽美、昼間獲物に逃げられ、欲求不満を抱えていた二人だ。殺気看破によって渦巻く蛮族達の殺気を発見した彼女達は、谷底での戦いを見つけるや否や、嬉々としてその中へと飛び込んだのだ。
 突然、文字通り降って湧いた戦闘狂二人に、蛮族達は忽ち戦意を喪失する。優勢であったからこそ、それが揺らいだ時、結束の甘い集団は瓦解する。
「あ、オイコラ、テメエら! 逃げんじゃねえ! まだまだやれんだろうがよ!」
「そうだそうだ逃げんなー!」
 透乃と芽美に追い立てられ、蛮族達は完全に統率を失い、狭い谷間を我先にと逃げ出した。
「……ぬぐぐ、畜生覚えてやがれ!?」
 お決まりにも程がある台詞を吐き捨て、やむなく竜司もその場から逃げ出した。
「……何をやっとるんだこやつらは……。えぇい、最後に一発お見舞いしてからわしも逃げますかのう」
 光学迷彩で身を隠したアインは作戦失敗の気晴らしにと、傍にいたクレアに忍び寄る。
 だが唐突に、ルースの銃口が確かに姿は見えない筈の彼を捉えた。
「んなっ!?」
「あんだけ入り乱れてなけりゃ、一人分の殺気を看破する事くらい難しくはないんですよねえ」
 言葉と同時に、アインに銃弾が見舞われる。弾丸は微かに彼の肩を掠めた。
「次はぶち込みますよ。さっさと帰るんですね」
「お、おのれえ! 覚えておれよ!」
 やはり定番の捨て台詞を残して、アインもまた竜司と同じく逃げていった。
 とんでもない幸運だったとは言えとにかく安全を取り戻した岩造は、谷間の前後を交互に見遣る。
 けれども谷間の上から降ってきた少女達は、既に何処にもいなかった。
「……彼女達は一体、何だったのだろう。……いや、それよりも今は皆の無事を喜ぼうか」
 武器を仕舞い、各々は示し合わせた訳でもなく大きく嘆息を吐く。そのまま彼らは岩壁に身を預け、暫しの休息を取る事にした。全員が寝こけてはしまわないように、注意はしながらも。


 不寝番を持つルカルカに運転を任せ、寝ずの行軍を敢行していた【デザート・ローズ】の面々は、火に身を揺らした停車の慣性に目を覚ました。
 月明かりに照らされた彼らの進路に、ぽつりと孤独に、しかし立ち塞がる者がいたのだ。
 ストレス解消にと荒野で魔法をぶっ放しにきていた、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)だ。
「……妨害役さんかなっ?」
「いいえ、違いますよ。僕はただ、ストレス解消に荒野に魔物狩りに来ていただけです」
「なぁんだ。じゃあ邪魔しちゃ悪いよね。すぐにどっか行くから……」
「……でも、よく分からないけど訓練してるんですよね? ゴーレムとか車とか、普段吹っ飛ばす事なんて出来ないし……車は急に止まれないって言うし……これも訓練って事で……ね?」
 ただの妨害役よりもたちが悪いと、ルカルカは歯噛みした。
 遙遠の話を聞いていた彼女達は、無言のまま表情は険しく、車を降りる。
「……車を放棄する。やりたくはなかったが、もうゴールも近い。ワゴンに積んであった分の箒でゴーレムを乗せられるだけ乗せて、逃げよう」
 静かに、ダリルが判断を下した。
 遙遠としてはつまらない展開だったが、車を好き放題に嬲れると言うのは魅力的かもしれないと内心で妥協をする。
「……俺は、ここで彼を相手するとしようかな。どうせ箒も足りてないだろう。俺のゴーレムは乗せ切れないなら、置いてってくれても構わないよ」
 だが真一郎は一歩前に出て、遙遠と相対する。
 身なりから察するに魔術師系統である遙遠は箒に乗った所で対空戦術や、場合によっては飛行手段さえも持っているのではないかと踏んだのだ。
 ならば彼は、自分がここで足止めとならなくてはと結論を得た。
「自分も残ります。箒に乗る人数は少ない方がいい。……ゴーレムは、出来れば連れて行ってやって下さい」
「俺も残るぜ。こう言う鉄火場こそ、俺達が頑張らねえとな」
 ザカコとヘルもそれぞれカタールと散弾銃を構え、踏み出す。
「俺も残るぜ。……車の弁償も勘弁願いたいしな。箒は三本だろ? だったらルカルカとダリル、あとカルキノスが行けばいい。こっちは任せとけ」
 怪力の篭手とヒロイックアサルトを併用して機関銃を持ち上げ構えながら、淵も名乗り出た。
「……何この逃げたいとか言ったら最高に空気読めて無さそうな展開。……あぁ分かったよやるよ。やってやるさ! 先にゴールで待っててくれ。俺だって弁償は御免だ」
「美味しいお菓子用意して待っててねー。オイラ頑張るからさー」
「ゴーレムを護衛するよりかは、面白そうですね。……凍らされてしまっては、血も飲めませんんし」
「だからお前は血以外の俺も心配しろって!」
 エースとクマラ、メシエも腹を括ったらしい。
 そうしてルカルカは皆を見回した。
「……皆、分かったよっ! ダリルの作った美味しいお菓子用意して、私待ってるから! 絶対に来てね! 約束だよ!」
 そう言ってルカルカは淵を除く二人のパートナーと共に空へ飛び立った。真一郎のゴーレムもしっかりと箒に乗せて、ゴールへ向かう。ただその為に、速度は思うように出せなかったが。
「……見事なフラグ立てて行ったなあ、ルカルカ」
「安心しろ。死んでも血は……」
「もう突っ込まないからな、メシエ」
 この場に残った面々を見渡しながら、遙遠は感心に嘆息を吐いた。
「へぇー……これは、ゴーレムや車を吹っ飛ばすより面白そうですね。 では行きますよ!」
 背中から骨で織り成された翼を生やし、遙遠は夜空へと舞い上がる。
 そして内に秘めた紅の魔眼を開き魔力を高め、ブリザードを放つ。
「あははは! どうですかー?」
 視界は奪われ、行動も阻害され、雪嵐の中では反撃の兆しは見出せない。
「……オイラだって、負けてないんだからなー!」
 辛うじて、クマラがファイアストームで応戦する。
 ほんの少しだが攻め手が緩み、その隙を突いて淵とヘルは銃を構えた。
「クソッ! 落ちろ!」
「おるぁ調子に乗ってんじゃねえ! 降りてこいやぁ!」」
 荒々しく吠え、ヘルは散弾銃を乱射する広域に拡散する散弾は狙いは乱暴だったが、彼の翼の片方に命中する。
 淵の展開した弾幕も難発か翼を掠め、遙遠は体勢を崩す。だがその勢いを乗せて、氷を纏わせた大槌を淵へと振り下ろした。
 迫る大槌を、淵は辛うじて受け止める。遙遠の表情が、感心の色を浮かべた。
「へぇー、オチビさんだと思ったけど受け止められるのか。いいねえ、冷凍保存したいくらいだよ」
 呑気に呟く遙遠だが、彼は淵にとっての禁句に触れていた。
「……ちみっ子言うんじゃねええええ! おい! 誰でもいいからコイツやっちまえ!」
「事実だから言われても仕方ないと思うのですがねえ……」
 喚く淵に、メシエがぼやく。
「なんだとぉ! うっせーこの…………ウドの大木!」
「んなっ……!? 言いましたねこの! 普通に立っていたら髪の毛しか私の視界に映らないくせに!」
「リアルだからやめろコンチクショウ!」
 喧嘩腰ついでに放たれた散弾は、淵が身を躱したが為に遙遠の翼へと命中し、粉々に砕き散らす。
「よし! 今だ、行くぞザカコ!」
 飛行能力を失った遙遠に、真一郎が跳び掛かる。同時にザカコも、両手にカタールを構え地を蹴った。
 ザカコの鋭利極まる剣筋は遙遠に回避以外の行動を許さず、そこに生まれた隙に真一郎が渾身の一撃を叩き込む。
「わっ……わっと! あっぶないなあ。ここは一旦……!」
 凌ぎ切れなくなった遙遠は再び翼を生やし、空へと逃げて広域にブリザードを巻き起こす。
 戦闘は互いに決定打を出せぬまま進み、けれども空が白み出した頃に、状況は動いた。
「おっとと……仕方ない、もう一回空に……って、アレ?」
 遙遠は翼を兆して空へと逃げ、しかし後が続かない。
 極寒の嵐が、巻き起こらない。
「……もしかして」
 調子に乗り過ぎていた彼は気付けなかったが、つまる所ガス欠、魔力不足である。
「……さて、次落ちたらおしまいだな。何か言い残す事は?」
 機関銃の銃口を掲げ、淵が問う。
 他の皆も、銃器を持つ者は遙遠へと狙いを定め、持たぬ者は彼が落ちてきた後に備え入念に武器を構えている。
「え、えっと……」
 困窮した彼は暫し考え込む素振りを見せ、
「……あ、そう言えば今日はバイトがあるので失礼しますね!」
 そう言うや否や、撃墜される前に全速力で逃げ出した。
「……人騒がせな奴め」
 ぽつりと、真一郎が零す。
「ま、無事で何よりじゃん? 行こうぜ、ルカルカがお菓子用意して待ってる」
 意気揚々と淵がそう言って、そして。
「……そう言えば、この車はどうするのです? 誰か運転免許を持っている方は……」
 全員が、沈黙した。


 クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)率いる【新星】ゼーリンゲンは優梨子率いる首狩り族によって奇襲を受けていた。入り組んだ岩場で休息を取っていた所を襲われたのだ。
「優子、レナはそれぞれ先頭と殿の補助に当たれ。麗子、亜衣、アンゲロの三名はゴーレムと共に隊の中央へ。優子達は負傷するか疲労を感じたらすぐに三名と交代。決して無茶は必要ない」
 突然の襲撃に、しかしクレーメックは動転する事なく指示を飛ばす。先頭を進み道を切り開くゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)には麻生 優子(あそう・ゆうこ)を。
殿を務め敵を食い止めるマーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)にはレナ・ブランド(れな・ぶらんど)を、それぞれ回復役として割り当て、更に長期戦を見据え長く運用するべく、桐島 麗子(きりしま・れいこ)天津 亜衣(あまつ・あい)アンゲロ・ザルーガ(あんげろ・ざるーが)との定期的な交代を配慮する。
「飛鳥、貴女には斥候を務めてもらいたい。この岩場を安全に向ける為のルートを探してきてくれ。出来るな?」
 言葉は用いず頷きで意志を示し、本能寺 飛鳥(ほんのうじ・あすか)は夜闇を裂くかの如く疾駆する。
「彼女が活路を見つけてくるまで我々は囲まれない程度に動きつつも防戦を展開。……マーゼン、一人で殿を頼む事になるが、出来るか?」
「……任せておけ」
 クレーメックの問いに振り返らず、マーゼンはただ一言、そして親指のみを立てた右拳を見せつけた。
「麗子は禁猟区で敵の接近を事前に察知してくれ。数で囲まれては一溜まりもない。常に包囲される前に離脱を繰り返すぞ。ゴッドリープ、ハインリヒ、ケーニッヒ、迅速な突破が求められるぞ」
 与えられた指示に、客員は一様に力強く頷きを返す。
「任せて下さい! あんな奴ら簡単に切り開いてやりますよ!」
「おいおい、一番ケツの青いゴッドリープの坊やが何言ってるんだい」
「ハインリヒ、この前の模擬戦闘でコイツに苦戦してた貴様がよく言うな。今にコイツは、貴様を追い越すぞ」
 おどけた冗談口を叩き合う彼らはしかし、
「……来ますわ。前後左右から、数えるのも億劫なくらいに」
 麗子のただ一言で、すぐさま真剣な表情へと変貌した。
「さあて……やりますか」
 真っ先に冗談を抜かしたハインリヒでさえ、その面持ちには笑みの残滓すら残っていない。
「来たぞ! 総員、戦闘開始!」
「……成る程、あの方が指揮官ですか」
 岩場の上からゼーリンゲンの動向を見張っていた優梨子は呟き、岩場から飛び降りた。
 持ち込んだ煙幕ファンデーションを有りっ丈放りながら、彼らへと接近する。狙うは指揮官、クレーメックの首。
 彼女は煙幕に乗じて闇黒ギロチンの射程内に入り込み、一息に首を落とすつもりだった。
「きゃっ……!?」
 だが煙幕の彼方から突き出されたランスの穂先が、彼女の疾走を止め、後退させる。
「誰だか知らんが……ここは通さん。それが俺の任務だ」
 ランスの刺突は闇雲に、無作為に連続して放たれているようだった。誰が何処を通るのか見えないのであれば、手当たり次第に突くまでと言う事なのだろう。
 チェインスマイトの連続発動、精神的には勿論、ランスを繰り出し続ける腕にも負担は大きだろうに、そのような事はおくびにも出さない声色でマーゼンは決意を吐露する。
 若干の難色を、優梨子は示した。
「……困りましたね。容易には近寄らせて頂けないようですし、何よりあの方々、煙幕の中でも問題なく進んでいってますね。指揮官さんが優秀なんですかねえ。……そうなると増々欲しくなってしまうのですが」
 ひとまずは再び様子を伺うべく、優梨子は再度近くの岩場へと登っていった。


「ようゴッドリープちゃん。ヤバそうだからついソイツやっちまったが、もしかして恋人だったりしたかな?」
 ゴッドリープの死角から迫っていた首狩族を、ハインリヒのランスが貫く。
 そうしてハインリヒは驚愕に固まっていたゴッドリープを得意の軽口で解き解す。
「……はは、まさか。でももしかしたら遠縁の親戚の花嫁だったかもしれませんね」
「そいつは悪い事をしたな。親戚君に色んな意味で同情しておこう」
 諧謔の応酬を経て、しかし二人はそれぞれの背後に、互いが互いの死角に潜む首狩族を見つける。
 二人は同時に刃を抜き、真正面へと振り抜いた。
 長期戦を想定して温存していた、光条兵器の刃を。
「……あっぶねえあぶねえ。目に見える相手だけが敵じゃない……ってのはちょっと違うか」
 敵のみを斬るように選択した刃で事なきを得て、ハインリヒは安堵の溜息を零した。
「何やってんだぁ! まだ100メートルも進んでねえんだぞ? 安心してる場合かっての! ちったあ我を見習えっての!」
 進んで敵の集団へ飛び込み、一蹴しながらケーニッヒは喝を入れる。
「ケーニッヒ殿は突っ込み過ぎでございますけどね〜。早死しますぜ?」
「はっは! 我は貴様らよか強いからなあ! その分危険な事もこなすのが筋ってもんよ!」
 彼らは誰しもが奮戦し、そしてついに飛鳥が皆の元へと舞い戻る。
「逃走経路、見つけてきましたよ! こっちです!」
 彼女の案内に従うまま、彼らは駆けた。
 敵を掃討し、押し留め、とうとう岩場の出口が見えてくる。この岩場さえ抜けてしまえば、あとはそのまま逃げてしまえばいい。自分達に有利な地形を探して、迎撃する事だって出来る。
 彼らは出口から見える夜空の光に希望を見出し――その希望は突如現れ出口を塞いでしまった蛮族達によって、塗り潰された。
「なっ……! どう言う事だ!?」
 我知らずの内に、クレーメックが叫ぶ。
 直後に、彼は蛮族達の背景に一人の男を見た。
「……クック、予想通りの地点から脱出しようとしやがったな。ざまあねえぜ。いらなくなった護衛共を全員あそこに伏せといて大正解だ」
 悪辣な笑みを浮かべる、ジャジラッドを。
 一体どのように蛮族を従えたのかは分からないが、これは彼の仕業なのだと、クレーメックは直感的に悟る。
「ッ! 貴様ァ!」
 衝動に駆られ狙撃銃を構えるが、スコープの中のジャジラッドの姿は、蛮族達の波に覆い隠されてしまう。
 そして彼らは、完全に包囲されてしまった。
 最早包囲を突破出来る程の余力は、残されていない。
 残された手は救助信号を発信して、救助が来るまで凌ぎ続ける事だけだ。
 無念に震えるクレーメックの手が、ゆっくりと通信機へと伸びる。
 ――けれども唐突に、数多の銃声が響いた。
 それと共に彼らへと迫る首狩り族の何人かが倒れる。尚も銃声は続き、その度に首狩り族と蛮族は圧倒的だった数を少しずつ、失っていく。
「これは……一体……?」
 クレーメックはまだ発信ボタンを押していない通信機を見つめながら、呆然としていた。
 彼の意識を平常へと戻したのは、岩場の上から落ちていた煌きと金属音だ。見れみれば、それは銃弾の薬莢だった。
 弩に弾かれたように、クレーメックは岩場を見上げる。
 そこにはたった三人の兵士がいた。
 黒乃 音子(くろの・ねこ)ジャンヌ・ド・ヴァロア(じゃんぬ・どばろあ)ロイ・ギュダン(ろい・ぎゅだん)の三人から成る、【黒豹小隊】が。
 クレーメック達と大差ない年齢の三人は驚愕に値する程静かに、淡々と引き金を引き、蛮族達を掃討していった。
 中途半端な情けを掛けるよりも、非常に徹した殲滅を行えば、敵は全滅する前に撤退を始める。それが誰にとっても優しい戦術なのだと、彼らは知っているのだ。
 教導団に籍を置く以前から幼年兵として戦場に生きてきた彼らは、知っているのだ。
 やがて首狩族も蛮族達も彼らの目論見通りに臆して逃走し、音子は岩場を軽やかに飛び降りてクレーメック達の傍へと降り立った。ジャンヌとロイは、周囲の警戒の為に岩場の上に残っている。
「やっ、無事だったかな? 見た所大事はないみたいだけどさ」
「すまない……大丈夫だ、助かった。……だが、何故貴女達は我々を……?」
「んー? それはねー。ねえ二人とも! どうして助けたのかだってさー!」
 クレーメックの問いに対して悪戯を企む子供のような笑みを浮かべて、音子は岩場の上の二人を見上げる。
「戦友を見捨てるヤツは明日を生き残ることは出来ない。それが戦場で知った事実だよ……」
「俺には無視できなかっただけさ、他になんか理由が欲しいか?」
「……だってさ! 訓練中とは言っても皆仲間なんだから、助けるのは当たり前でしょ?」
 小首を傾げ笑いながら、音子は答えた。