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リアクション
	4.よろしくBQB!
 時貞 カンパネルラはうつくしいものが好きだ。
 何の得にもならない川の清掃をする若者たち。
 川の水が跳ねて、下着のラインの浮かぶ嬉し恥ずかしブラウスの白さ。
 うつくしい。
「これは嬉しいな」
『チーフ、健康的なお色気路線の画がバッチリ取れたカッパ!』
 イヤホン越しに部下からの連絡が入る。
「んあ。モロなのはないな」
『たぶんないとおもうカッパ。いい感じに逆光になってたり、リアルな感じの画になってるカッパ』
「それじゃあもうちょっとそのまま続けてくれ――バイトくんたちにもよろしく」
 時貞は本日四つ目のポテトチップスの袋を開けながら佳羽原 カッパーフィールドに指示を出した。
 時は少し遡る。
 サトレジ川の河原に、一人の男が寝ている。硬い石の上に、うつぶせになっている。
「じゃあね、久。あなたのことは忘れないわ――そう、五分くらいは」
 ルルール・ルルルルル(るるーる・るるるるる)は、かすかに滑り気を帯びた小石を川へと沈めた。
 よく見れば、夢野 久(ゆめの・ひさし)の後頭部から僅かな出血が認められる。詳細にその傷を調べるものがいたならば、下側から打ち上げるように鈍器で殴られたのがわかるだろう。すなわち、夢野 久は自分より背の低い者に背後から突然襲われた。
「いうまでもなく、わたしの仕業だけどねん」
 ルルールは、次の獲物もとい友人の姿を探して辺りを見回す。
 その視線は、獲物を探す猛禽のそれによく似ていた。
 片良木 冬哉(かたらぎ・とうや)は、心地よい風が通る木陰に横になって居眠りを決め込んでいた。ボランティア清掃に精を出して、ほんのちょっとの休息だ。肉体的な疲労と達成感、穏やかなせせらぎの音と三拍子そろって、すっかり心地の良い眠りについている。
 冬哉のパートナーであるウルガータ・グーテンベルク(うるがーた・ぐーてんべるく)は、水辺の岩に腰掛けてスマートフォンのカタログを眺めている。活版印刷された最初の聖書の断章の化身たる彼女は、その出自故かガジェットの類が大好きなのだ。
「おー、いたいた」
 いつもとまったく変わらない様子で、ウルガータの友人であるルールルがやってくる。
「あら、お怪我されたんですか?」
 ルールルの指先に血が付いているのに気付いたウルガータは眉を寄せる。
「ん? あーこれは何でもないのよ」
 ルールルは曖昧に笑うと、指に着いた返り血を黒い服になすりつける。まったくの偶然だが、彼女の黒い服は返り血を隠すにはぴったりだ。
「ちょっと水浴びしない?」
「わたくし泳げませんので……」
「まぁまぁ、固いこといわないで。ナンでも経験して見なきゃわからないわよ!」
 ルールルは、ウルガータの腕を掴んで立たせる。そのまま川の中程まで引きずっていく。
「わ、わ、わ」
 泳げないウルガータは完全に腰が引けている。
「ね、冷たいでしょ」
「は、はい……」
「せっかく身体があるんだもの。思いきり楽しみましょう」
 ルールルは、まるで純粋な幼子のような笑顔をウルガータに向ける。
 ウルガータはほんのちょっとでもセクハラされるかもと身構えてしまった自分を恥ながら頷いた。
 ちょうどその頃、ルールルのパートナーである夢野 久は後頭部から血を流しながら生死の境を彷徨っていた。
 まるで石でできたベッドのように、平坦な岩の上に巨漢が横になっている。シャンバラ教導団に所属するジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)だ。
 彼はボランティア清掃には参加せず、その姿を横目にひたすらに昼寝していた。
 彼のいびきはまるでコンクリート掘削機のようにあたりに響いている。
 彼の寝ている岩の近くには網が括り付けられている。その網にはた立派なスイカが入れられている。スイカは緩やかに上下する川の流れに揺られている。
 川の流れでスイカを冷やして、たっぷり昼寝したあとの身体の渇きを癒そうというジャジラッドの魂胆だ。
 晴天の太陽に汗をかきながら、ジャジラッドは目覚めたあとのスイカの冷たさを夢にながら眠り続ける。
 銀色の髪の青年が、熱い風にその身をさらしながらまぶたを閉じる。
 ノイン・クロスフォード(のいん・くろすふぉーど)は、心地よい風の中にかすかに混じる血の臭いを敏感にかぎ分ける。
「どうしたの?」
 マリア・クラウディエ(まりあ・くらうでぃえ)は、突然眼をつむったパートナーをいぶかしげに見つめる。
「血の臭いがする……これは放っておいたらまずいかも知れませんねぇ」
 吸血鬼であるノインは、辺りを見回す。空気の中にほんのかすかに溶け込んだ血の臭いの源を探る。
「見つかりそう? まさか盗撮犯の仕業じゃないでしょうね」
 マリアは、なぜか腕組みをしてそっぽ向きつつノインに尋ねる。見知らぬ誰かさんにツンツンしているらしい。
「さあ……。と、あそこだ」
 ノインはマリアを抱き上げると一気に跳躍する。
「きゃっ――ちょっと何するの……」
 マリアはノインに抗議しつつも、自分の足もとに転がる、生物から次第に物体へと変わりつつある男を見つめて言葉を失った。
 夢野 久。パートナーの手によって後頭部を強打された、不運と踊った男。
 久の唇は、まるで真冬の川に飛び込んだかのように紫へと変色している。
「死んでるううううううぅ!!!!!!!」
 マリアの悲鳴を聞きつけたほかの学生の必死の治療により、久が死の淵から蘇るのは三十分後のことである。
 たくさんの学生の声が飛び交うなか、ノインはコロンで強引に消した濃厚な血の臭いに気付く。
 匂いの源は、スナック菓子を食べながら、学生達の大騒ぎをのんきに見つめている。
 
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