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第三章 イルミンスールの森の戦い

「あれ? 今の声ってもしかして……」
 ここは、イルミンスールの森とサルヴィン川のちょうど中間地点。
 池の主を探す生徒達とは別に、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は一人でこの森に来ていた。
 彼女がここにいる理由はただ一つ――池の主をさらったと噂されるパラ実生の、本当の目的を知ることだった。
 もしも相手の本当の目的をしることができれば……それを材料に色々と交渉できるはず。そう思って、彼女は一人で薄暗い森の中を歩いてきた。
 そして――
「あ、やっぱりパラ実生! それに……ゴブリンだわ」
 森の奥から聞こえてきた声は、数人のパラ実生とゴブリンたちのものだった。
「でも、どうしたのかな? 何か言い争ってるみたい……」
 アリアは、木の陰を利用して彼らに近づくと、そっと聞き耳を立てた。

「なにっ!? ただ単に金儲けがしたかっただけだ!?」
「そ……そうなんです」
 国頭 武尊(くにがみ・たける)は、目の前にいるD級四天王を思わず怒鳴りつけた。
「ふんっ、わざわざゴブリンを引き連れて何をやらかしに来たのかと思えば……ただの金儲けか。くだらねぇ。時間を無駄にしたぜ!」
 ゴブリンと会話できるD級四天王が、大量のゴブリンを引き連れてイルミンスールに向かった――その噂話を聞いた瞬間、武尊は何かデカイことが起きるんじゃないかと思い、血沸き肉踊る思いでD級四天王の後を追って来た。
 だが……接触したD級四天王は、単に巨大アメンボを捕まえて一儲けしよう等と考える、パラ実に入ったばかりの新入生だったのだ。
「俺は帰るぜ!」
 そう言い残して武尊はその場を去ろうとした。が――
「ん? そこだ!!」
 素早く抜いた銃の一撃を、近くの木陰に向けて放った。
 銃撃の轟音と共に聞こえてきたのは――
「キャッ!?」
 少女の小さな悲鳴だった。
「誰だ!!」
 武尊は素早く木陰に回りこむ。
 すると、そこにはいたのは――
「蒼空の生徒か……」
 蒼空学園の女子制服に身を包んだアリアだった。

「は、離して!」
 後ろ手に縛られたアリアが叫ぶ。
 しかし、その願いは虚しく雨の森に吸い込まれていくだけだ。
「おい、女。てめぇ、こんな雨の森に何の用だ?」
 新入生D級四天王が、捕らえたアリアを睨みつける。
 だが、アリアの答えた――
「わ、私は……子供の頃に大好きだったパラミタアメンボを見に来ただけよ!」
 という言葉で、思わず動揺してしまった。
「なななな、何? ぱぱぱぱぱ、パラミタアメンボを!?」
 新入生D級四天王の声が焦ったように震えだす。
「? パラミタアメンボがどうかしたの?」
「いいい、いや。別になんでもねぇよ!!」
 怪しい。明らかに怪しい。
 急に視線が彷徨いだした。なにやら、後ろに控えるゴブリン集団の更に奥を気にしているようだ。
「お、おい、女! てめぇ、本当に一人か!?」
「そうよ? それが、パラミタアメンボと何か関係あるの?」
「そそそそそそそそそそそそそそそそそそそ、そんなことねぇよ! 」
 もうこれは、確定じゃないの? どう考えたって、こいつらがパラミタアメンボに関係してる――そうアリアが思った瞬間、一人のゴブリンが慌てて新入生D級四天王のもとに駆け寄ってきた。
 そして、ゴブリンは急いで何かをD級四天王に伝えたようだ。
「な、なに!? 他学校の生徒が大人数でこっちに向かってきている!?」
 アリアを捕らえた新入生D級四天王は、念のためにゴブリンたちを偵察に行かせていたのだが……やはり仲間がいたようだ。
「てめぇ、やっぱり仲間がいるじゃねぇか!!」
「キャッ!?」
 激昂した新入生D級四天王がアリアに拳を振りおろす。
 だが――その拳はアリアには届かなかった。
 なぜならその拳は――
「え、S級四天王さま!?」
 今まで静観していたはずの、武尊の手によって握りとめられたからだ。
「俺の目の前で女を殴るのだけは……誰であろうと許さねぇ!!」
「すすす、すいません!!」
 サングラスの奥から覗く眼光に、新入生D級四天王はその場にヘナヘナと崩れ落ちてしまう。
「しかし……大人数の生徒達か……」
 森の奥を睨みつけ、武尊が呟く。
「これは一気にパンツが手に入るチャンスかもしれねぇな。とりあえず罠で捕まえて……」
「あ、あの……S級四天王さま? どうかされましたか?」
 ブツブツと独り言を呟く武尊を、新入生D級四天王は心配した様子で見ていた。
 だが、武尊は何事もなかったかのように振り返ると――
「よしっ。決めた! てめぇらに協力してやる」
「へ? ほ、本当ですか!? やったぁ!!」
 武尊の突然の協力に、新入生D級四天王は小躍りするほど喜んだ。
「ただし、ここは――」
「な、なによ!?」
 いきなり、武尊はアリアのもとへと近づいていくと――
「前払いでこの女のパンツをもらう。お前ら、しっかり女を取り押さえてろ!」
 パンツ番長の名に恥じぬ、常軌を逸した言動をぶちまけた。
「了解です!!」
 新入生D級四天王は嬉々としてゴブリンたちに命令を出し、よってたかってアリアを取り押さえる。
「い、いや……お願い! やめてぇ!!」
 アリアは必死にゴブリンたちから逃れようと暴れまわったが、その度に押さえつける力は増していく。
 そして、武尊の魔の手がアリアの下着にかかる――まさにその瞬間。
「待て!」
 雨を裂く、雷光のような声が辺りに木霊した。

「待て! その女に手を出すんじゃねぇ!!」
「っ!? どこから現れた!?」
 突然、武尊たちの目の前に吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)が現れた。
 彼は今まで、光学迷彩によって姿を隠していたのだ。
「よってたかって、一人の女を襲う……そんな卑怯なことは男の――いや、漢のやることじゃねぇ!!!」
 自称イケメン硬派系スーパーモテ男の竜司が、周りのパラ実生とゴブリンたちに吼える。
 そして、アリアの方を振り返ると――
「お嬢さん、もう安心だ。オレが必ず守ってやるからな!」
 柔和な笑みで安心感を与えた――つもりだったが、実際はガーゴーイルのような笑顔になってしまっていて、アリアを無言で気絶させてしまった。
「あ? 誰が女を襲おうとした? 俺は、ただパンツをもらおうとしただけだ! 別にゲスな真似をしようとしたわけじゃねぇ!!」
 竜司に負けじと、武尊も叫ぶ。叫んだ内容的には完全に負けていた。
「下着だろうが何だろうが、どっちも一緒だろうが!」
「違うな! パンツは夢だ! 希望だ!! そんなこともわかんねぇのか、ド低脳!!」
 自称イケメン硬派系スーパーモテ男とパンツ番長の間に、一食触発の雰囲気が流れる。
 ところが――
「ふんっ。あんた達、二人ともド低脳よ!」
 降りしきる雨よりも冷たく吐き捨てるような声が、その場にいた全員の耳に届いた。
「誰だ!?」
 竜司が声の聞こえてきた方を振り向くと、そこには――ドルチェ・ドローレ(どるちぇ・どろーれ)が立っていた。
「そこの、ゴブリンを連れてるあんた」
「は、はい!!」
 ドルチェに呼ばれた新入生D級四天王は、背筋を伸ばし彼女の元へと駆けていく。もう彼は、次から次へと現れる人物が多すぎて、最早誰にでも従順に従うようになってしまっていた。
「パラミタアメンボを捕まえたって聞いたわ。今、パラミタアメンボはどこにいるの?」
「え、えっと……あの奥にいます」
 新入生D級四天王が指し示した先には、大きな虫かごがあった。
「ふーん。あれが噂の巨大パラミタアメンボね」
 虫かごには、通常のパラミタアメンボよりも巨大な、池の主が捕らえられていた。
「あんた」
「は、はい!」
「これ以上、あの低脳系男子どもに付き合ってる暇は無いわ。さっさと、パラミタアメンボを運ぶのよ」
「は、運ぶって……どこへですか!?」
「はぁ!? そんなの、決まってるじゃない。タシガンの吸血鬼様たちの所に運んで、手土産にするのよ!!」
「え、えぇえええ!?」
 新入生D級四天王は、自分の耳を疑った。
 彼の計画では、捕まえた池の主はキマクまで運び、そこから空京に行って見世物にして金を儲けるつもりだったのだ。
 それがいきなりタシガンって……もう、新入生D級四天王はわけがわからなさすぎて途方に暮れるしかなかった。
 だが更に――
「よいよいよい! そこなお姉さん、ちょいと待っちゃあくれねぇか!?」
 塚原 忍(つかはら・しの)が、木陰から芝居がかった演技で登場したことにより、事態はより一層わけがわからなくなっていく。
「そこの巨大なアメンボさんは、悪いが、俺様の故郷に運んじゃくれねぇかい?」
「な、何を突然現れて言ってるの! これはタシガンの――」
「いやいや、ここは聞いとくれ。俺様の故郷を襲う悲しい哀しい物語を!」
 忍は、自分の故郷である砂漠のオアシスが枯れてしまう事件が起きたのだと話す。そして、彼はアメンボに関する雨の言い伝えを聞いたらしい。
 だが、その話しは――まっかな嘘だ。
 彼もまた、池の主を使って一儲けしようと企んでいた。ただし――この場の全員を騙して、一人で池の主を持ち去るつもりだった。
 ここで、やっとドルチェと忍の存在に気付いた武尊がやって来る。
「おい! お前ら、何かってなことしようとしてんだ! アメンボは大量のパンツを誘い出すための罠だ。勝手なことするんじゃねぇ!」
「ええええ!?」
 新入生D級四天王は当初の自分の目的が完全に無視されていると、やっとここで気付いた。
「む!? そこだ!!」
 竜司が突然、血煙爪の一撃を近くの大木に叩き込んだ。
 そして大木は一瞬で真っ二つになり――
「ヒャッハー!!」
 竜司が切り倒した大木とは全然関係ない木の陰から伊保 祐美(いほ・ゆみ)が現れたのだった。
「も、もう……これ以上誰も出てくるなぁああ!!」
 次々と現れるパラ実生のせいでカオスになっていく展開。新入生D級四天王は思わず頭を抱えて叫んだのだった。

「っ!?」
 大木の枝上で、パラ実生とゴブリンの様子を伺っていたアシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)
 しかし、彼女の乗る大木は突然切り倒されてしまい、咄嗟に隣の木へと飛び移る。
「……気付かれたか?」
 アシャンテは、戦闘に備えて背中の刀に手を伸ばしたが――
「……いや、大丈夫なようだな」
 パラ実生は、誰一人として彼女に気付かなかったようだ。
 そして、眼下では相変わらず支離滅裂な言い争いが繰り広げられている。
 ……もう少し様子を伺うべきだろうか? そう彼女が思った瞬間のことだった。
「もういい! とにかく俺は、その女のパンツをもらう!」
 サングラスをかけた一人のパラ実生が、捕らえられていた少女に襲い掛かろうとした。
「くっ……しかたない……いくぞ、ゾディス!!」
 アシャンテは、近くに待機させていた相棒の狼――ゾディスを呼ぶのと同時に、木の枝を力強く蹴った。

「てめぇ! この女には手を出させねぇって何度も――」
 竜司が武尊の魔の手からアリアを守ろうと、彼女の目の前に盾として立ちふさがったその瞬間――
「……どけ」
「ぐへぇあ!?」
 空中で勢いをつけたアシャンテの蹴りの一撃が、竜司の脳天に直撃する。
 そして、彼女は着地と同時に銃を抜き放つと、そのまま武尊を撃ち抜く。
「ぐぁ!?」
 何とか直撃は避けたが、銃弾は武尊の腕をかすめていった。
「だ、誰だ!?」
 今まで現れたパラ実生と違った雰囲気を纏う女。
 たちまち、周囲は混乱する。
 そして更に――
「ゾディス……噛み砕け……」
 アシャンテの命令を受けたゾディスが、パラ実生とゴブリンに容赦なく襲い掛かる。
「ぐぁ!?」
「ヒャッハー!?」
 雨の森に阿鼻叫喚の叫びが響き渡った。

「パラ実生の皆さんは、ずいぶん遠くまで行ってしまっているようですね〜」
 ミリアが森の彼方へ続く足跡を見て言う。
 池の主を連れ去ったパラ実生たちを、ミリアたちは長いこと追い続けてきた。けれども、彼らにはまだまだ追いつける気配が無い。
「どうだい、ミチルさん? 綿飴の匂いはするかい?」
「くぅ〜ん……」
 クレイン・キャストライトのペット犬――ミチルは、哀しげに鳴いた。
 先ほどから綿飴の匂いがしないかと何度も試しているのだが、雨のせいで匂いが薄くなっているようだった。
「アメンボさ〜ん、アメンボさ~ん!」
 ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)が不安そうにアメンボを呼びかけるが、当然返事は返ってこない。
 ――と、その時だった。
「ん? 何か今……お菓子みたいな匂いがしたんだぞ」
 ミレイユのパートナーロレッタ・グラフトン(ろれった・ぐらふとん)が、小さな鼻をひくつかせながら周囲を見回す。
「どうしたのロレッタ?」
「綿飴! 綿飴の匂いがするんだぞ」
「え? 本当に? もしかして、パラミタアメンボ!?」
 ミレイユも、周りの生徒達も驚く。
 お菓子に関する情熱が、ロレッタの嗅覚と探査本能を犬以上に鋭くしたのかもしれない。
「近くから匂ってくるぞ!」
「ミリアさん、急ごう!」
 ミレイユがミリアの手を引こうとした――その時だった。
「あら〜これは何かしら〜?」
 ミリアは、自分の手首に、いつの間にかアミュレットが付いているの見て驚いた。アミュレットは、疎らな光を放っている。
「あ、それは私が付けておいたルーン文字を刻んだアミュレットですぅ」
 神代 明日香は、ピクニックの時からミリアに危険が及ばないようにと案じていたのだ。
「それが光ったということはぁ、敵が近くにいるということですぅ」
「そ、そうなんですか〜!? いったいどこに……」
 その場にいた全員が戦闘態勢に入る。
「近くから、殺気を感じる……」
 秋月 葵が周囲に散らばる殺気を看破して呟く。しかし、その敵は一向に見えない。
 誰もが不安になった、その時だった――

 アオゥーーーーーン!! 

 雨の森に木霊する狼の遠吠え。
 それは、その場にいた全員の耳に届いた。

「見つけた!」
 上空から聞こえてきたミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)の声に、アシャンテと交戦中だったパラ実生とゴブリンたちは、慌てて振り返る。
「くっ……イルミンスールの生徒か!! 全員、撃て!! 撃ち落せ!」
 新入生D級四天王の命令で、ゴブリンたちはトミーガンの一斉射撃を空へ放つ。
 しかし――
「ふんっ、そんなショボイ攻撃が当たるわけないだろう」
 ミハエルは華麗な箒裁きで攻撃を避けると、すぐさまミリアたちのもとへ急降下して行った。
「くっそ! こうなったら……さっき捕まえた女を人質にして――」
 新入生D級四天王がアリア・セレスティを利用しようと、彼女の方を見る。
 だがそこには……最早彼女はいなかった。
「ど、どうなってんだ!?」
 新入生D級四天王が辺りを見回すが、本当に影も形も見当たらない。
「あの蒼空のお嬢さんなら、さっき現れた謎の女剣士さんが連れて行っちまったぜ?」
 塚原 忍が、いかにもワザとらしく肩をすくめて言った。
 な、なんてことだ……少し油断した隙に……。
「い、いや。こうなったら、戦って勝つしかない! 先輩方、お願いします!」
 新入生D級四天王は、自分より実力が遥かに上のパラ実生なら何とかしてくれる。そう思って後ろを振り返ったが――
「あ、あれ!? 吉永先輩と国頭先輩がいない!?」
 竜司と武尊の姿がどこにも見えなくなっていた。
「二人とも、もうどこかに行っちゃったわよ」
 ドルチェ・ドローレが興味がなさそうに森の奥を指差した。
 おいおいおい……一番頼りになりそうないないってどういうことだよ!? ていうか、勝手に人の計画を遅れさせておいて勝手にいなくなるって、最低だろう!!
「くっそぉ……もう、こうなったら、全員突撃だあああ!! 三部隊に別れろぉお!」
 新入生D級四天王は、血煙爪のけたたましい音と共にゴブリンを引き連れて走り出した。
 もう……やけくそだった。

「お前達……イルミンスールの依頼を受けた生徒達か?」
 気絶したアリアを抱えたまま、アシャンテとゾディスが生徒達の前へと走ってきた。
「……私は、この娘を安全なところまで運ぶが……この先には数人のパラ実生と大量のゴブリンたちいる……気をつけろ」
 そう生徒達に忠告して、アシャンテは池の方へと駆けて行った。
 そして――
「来たっ! それも、かなりの数だ!」
 影暮 馬頭鬼のパートナーイブ・クロフォード(いぶ・くろふぉーど)が、森の奥を見て叫んだ。
「「うぉおおおおおおお!!」」
 地鳴りのような足音をたてながら、大量のゴブリンたちがやってきた。
「全隊、止まれぇえ!!」
 先頭に立つ、パラ実生がゴブリンたちに命令する。
 パラ実生とゴブリンたちは、ミリアたちから少し離れた場所――戦闘の間合いから僅かに外れた所で足を止めた。
「お前達は、イルミンスールの依頼を受けた生徒たちかっ!?」
 新入生D級四天王は、ありったけの声で叫んだ。なるべく威圧感を与えるためだ。
「だったら、なんなんだ!! 池の主を返せ!!」
 一人の生徒が叫ぶ。意外と、威圧感は与えられていないようだ……。
「くっ……あまりビビってねぇな」
 新入生D級四天王は、苦々しい顔で呟いた。
 こちらの戦力は、数的には上かもしれない。だが、総合的な戦闘力で比べると……非力なゴブリンたちの烏合の衆だ。とても、生徒達には勝てそうにない。
 なんとか、ここで相手を脅して引き下がらせたかったのだが……それも無理そうだ。
 もう、こうなったら――突撃するしかない。
 そう思い、彼が息を吸い込んだ――まさにその瞬間だった。
「み、みんな! ちょっと待って!」
 突然、芦原 郁乃(あはら・いくの)と数人の生徒が、が池の主を追ってきた生徒達の前に立ちはだかる。
「待って! 私たちは、パラ実生の目的も知らないんだよ!? それなのに、いきなり戦うなんて間違ってるよ!」
 郁乃が大きく手を広げて、生徒達に訴えかける。
「そうです。彼女の言うとおり、まずは目的を知るべきだと思います」
 一緒に飛び出した佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)も、郁乃と同じ意見だった。
「パラ実のみなさん! 池の主を連れ去った目的は何なのでしょうか?」
 弥十郎が対峙したパラ実生に質問を投げる。
 すると――パラ実生の視線が全員分、先頭に立つ新入生D級四天王に集まった。
 新入生D級四天王の顔が、みるみるうちに青ざめていく。
『う、うそだろコイツ等!? さっきまでアレだけ好き勝手に池の主を私利私欲のために使おうとしてたくせに、全責任を俺に押し付けるつもりかよ!?』
 彼の背中は、嫌な汗がサルヴィン川のように流れていた。
『どうする……ここで正直に言ったら争いは回避できねぇ!』
 新入生D級四天王のテイスペックな脳ミソは、かつて無いほどの速さで回転していた。あまりにも考えすぎて、本当にコマのように回りだしそうだ。
『くっ……さっきも考えたとおり、このまま戦えば俺たちは負ける。ここは……嘘で切り抜けて戦いを回避するしか――』
 新入生D級四天王の思考が纏まりかけた――その時だった。
「わかった!!」
 突然、志方 綾乃(しかた・あやの)が生徒達の中から飛び出してきた。
「私、わかりました! 犯人は……鏖殺寺院残党か軍事国家エリュシオンです!!」
「「は、はぁ!?」」
 池の主を探しに来た生徒達からもパラ実生達からも、両陣営から同じ声が聞こえてきた。それほど、綾乃の言った言葉はぶっ飛んでいた。
「アメンボさんをパラ実生達が連れ去ったと考えるのは……少し短絡的ではありませんか? パラ実生にもいい人はいっぱいいます。きっと、イルミンとパラ実――ひいては、各校の絆を崩壊させることを目的とした鏖殺寺院残党と軍事国家エリュシオンが手を組んで、池の主をあなた達に誘拐させたんですよね?」
 完全に……完全にぶっ飛びすぎて外宇宙に到達できるぐらいの推理力だった。
「実は私、最近推理小説にはまってて、推理力があっがてるんです!」
 誇らしげに胸を反らす綾乃。
 その場にいた全員の口が、開いたまま塞がらなかった。
 だが――そんな中で、新入生D級四天王だけは違った。
『これだ!』
 彼の頭の中の電球に、盛大な光が灯った。
『そうだ。このイカレタ推理に乗れば、この場を切り抜けられる。俺達は、鏖殺寺院の残党にでも脅されていたことにすれば、なんとかこの場を切り抜けられるはずだ!!』
 新入生D級四天王は、ここぞとばかりに綾乃の推理に乗ることにした。
 ところが――
「何言ってるの? あんたバカ?」
 ドルチェ・ドローレが知ってか知らずか、新入生D級四天王の思惑を、一瞬の躊躇いもなく粉々に破壊する。
「あの巨大パラミタアメンボはね、タシガンの吸血鬼さまのもとへ運ぶのよ。あぁ……それで褒められた私は吸血鬼さまに――」
「そぉい!!」
「もぐぅ!?」
 新入生D級四天王は、強制的にドルチェの口を手で塞ぎ喋るのを遮断した。
「違うんだ!」
 彼は必死で生徒達に訴えかける。
「コイツは、ちょっと頭が変なんだ! 痛い子なんだ! 妄想癖が強いんだ!!」
 必死になって叫ぶ新入生D級四天王だったが、もはや生徒達からは苦しいほどの疑いの眼差しが飛んできていた。
『く、くそっ……もう、こうなったらアイツ等を感動させて、その隙に逃げるしかねぇ!』
 狂った計画を立て直すために、新入生D級四天王は自分が思いつく最大級の感動系嘘話を無い脳ミソから絞りだした。
「じじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじ実はなななななな、おおおおおお俺の住んでるむむむむむむ村が干ばつなななななんだだだ!」
 ……新入生D級四天王の最大の弱点。
 それは、頭の弱さでも顔の悪さでもない。
 最大の弱点は――嘘がつけない。正確には嘘をつこうとすると、声が自然に震えてしまうほど嘘をつくのが苦手だった。
『ぐっ……わかっちゃいたけど、やっぱり嘘をつくなんて無理だ! バレたら怖すぎる!』
 もちろん、生徒達は彼が何を言ってるのか、声が震えすぎて理解していない。疑いの眼差しは増していく。
 と、そこに――
「おい、よく頑張ったなお前さん! そりゃ、村を救いたい一心で声も震えちまうよなぁ」
 今まで静観していたはずの塚原 忍が、新入生D級四天王の肩をポンっと叩いた。
 そして――
「今から俺が奴等を嘘で言いくるめる。金は後ででいいから、10000G用意しときな」
 そうボソリと呟いて、生徒達の前へ出て行った。
「さぁさぁ、お前さんたち。聞いとくれ聞いとくれ! 今しがたアイツが言ったとおり、アイツの村はひどい干ばつでなぁ。梅雨の時期だっていうのに、一滴の雨も振りゃしねぇ。おかげで村の連中ときたら、水分を使わないためだって、喋ることすらできねぇ状態だ」
 忍は、まるで息でもするかのように生徒達に嘘をつく。
「そこで、コイツは立ち上がる。伝説のパラミタアメンボを利用して、故郷に必ず雨を降らせるってな。なんて……なんて泣ける話しなんだい、え? こんな時代にこんなイイ話し、中々ありゃしねぇぜ、まったくよぉ! ここはどうか、どうか一つ……村を救うためだと思って、お前さんたち、一旦退いちゃあくれねぇだろうか? 責任はこの塚原 忍が持つからよぉ! どうか頼む、このとおりだ!」
 マシンガンの一斉掃射のように嘘をつき続けた忍は、駄目押しとばかりに深々と頭をさげた。
 すると――
「そうだったのか……」
「村が干ばつなら仕方ないのかもね……」
 生徒達がザワつきはじめた。
『これは……これは、いけるかもしれない』
 新入生D級四天王は、生徒達の反応を見てそう思った。
「なぁ。その干ばつにあってる村って、なんていう名前なんだ?」
 一人の生徒が、忍に質問した。
『もう、こうなっら全部あの塚原先輩に任せよう。10000Gなんて、池の主を見世物にすればすぐに儲かるはずだ。そのぐらい、安いもんだ!』
 そう思って、安心しきった新入生D級四天王は、忍のつく嘘をBGM程度の感覚で聞くことにした。
「よくぞ聞いてくれました。その村の名はパロディア! 地図にも乗らねぇ、砂漠の小さな小さな極小の村だ!」
 うん。耳に心地よく響く、自然な嘘だ。そう思って忍の嘘を聞いていたが――
「「パロディアン?」」
 生徒達が再びザワつきはじめた。しかも、今度はザワつきの様子が違う。
「パロディアンは、ヴァイシャリーの南西にある小さな村の名前だろう?」
「あそこは、近くに大きな川が流れてるから、干ばつの心配はないはずよ?」
 生徒達は、忍の話す内容が地理の授業で習った内容と違うことに異を唱え始めた。
「キミ達の本当の目的は何なのかな?」
 ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)が優しくパラ実生に問いかけるが――
「…………」
 彼等は気まずそうに黙り込んでしまっていた。
「もしかして、池の主を使ってお金儲けでもしようとしたのかな?」
 ギクッ!?
 新入生D級四天王と忍は、ケイラの推理に、思わず反応してしまった。
「ほらやっぱり! ろくな理由じゃなかったんだわ!」
 生徒達が、一斉に武器を構えた。
 それを見た郁乃は慌てて――
「ま、待って! 剣は争いしか生まないよ! みんな落ち着いて!!」
 生徒達とパラ実生を止めようと叫ぶ。
 そして、パートナーの秋月 桃花(あきづき・とうか)も彼女の助力するために――
「郁乃様の仰るとおりです! みなさん、武器を納めてください!」
 慣れない大声を出し、郁乃の意見を推した。
 だが、その声も虚しく――
「あああああ、もう! こうなったらしょうがねぇ! 三部隊とも、構えろ!」
 新入生D級四天王が吼える。
 彼は、普段全く使わない頭を使い、必死になって慣れない嘘をついたせいで頭が混乱してしまっていた。もう、鏖殺寺院残党に脅されていようが、村が干ばつだろうが、金儲けのためだろうが何だっていい。とにかく、戦って生き残る。それだけだ!
「「突撃!!」」
 郁乃と桃花の願いも虚しく、双方は同時に駆け出した。

「よっしゃああ! ミリア、見ていてくれ!!」
 雷光のような速さで、仲國 仁がゴブリンの一部隊に突撃する。
「しゃあああ!!」
 仁はたちまちゴブリンたちを蹴散らしていきながら、部隊の奥へ奥へと切り込んでいく。
「はっはっは、弱いぜ!!」
 余裕の表情で突き進む仁。
 だがしかし――彼はふと気付く。
「あ……しまった。さすがに一人で突っ込みすぎたか」
 辺りは、三百六十度見渡す限りのゴブリン畑。仁はいつの間にか自分で取り囲まれてしまっていたのだった。
「さすがに、一人で切り抜けられる人数じゃねぇな……」
 そして、ゴブリンたちは好機だとばかりに襲い掛かってくる。
 だが――襲い掛かってきたゴブリンたちは、急にその場に倒れ伏した。
「ふんっ。やっぱり仲國は、私がいないとダメね!!」
「れ、レビン!? それにみんな!!」
 いつの間にか、仁のパートナーであるレビン・エクレールと数人の生徒達が助けに来てくれていた。

「此処は我に任せるがいい!」
 そう言って、戦闘開始と共に飛び出した毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は、仁とは別の部隊の前へと立ちふさがった。
 そして、ゴブリンたちが武器を構えるよりも早く――
「遅いっ!」
 煙幕と痺れ薬使って相手の視界を塞ぎ、更にスプレーショットと爆炎波を矢継ぎ早に放ち敵を殲滅していった。
 ところが――やはり、大佐にも数の洗礼が訪れる。
「ふんっ、物量で押すつもりか……」
 彼の攻撃を潜り抜けたゴブリンたちは、一気に大佐を囲み襲い掛かった。
 しかし――
「はっ!!」
「ぐへぇあ!?」
 大佐は、短い呼気と共に蹴りの一撃をゴブリンの即頭部に叩き込む。
「ふっ!!」
 振り向きざまのバックナックルがゴブリンを弾き飛ばす。
「さぁ、倒されたい奴はどんどんかかって来い!」
 大佐の気迫に、ゴブリンたちが怖気づく。
 仁の動きが猪突猛進だったのに対し、大佐の動きはまさに洗練された動きだった。それほどに、彼の動きが無駄がなく美しく――そしてなにより、強かった。

「よくも……よくも、イルミンスールでこんなふざけた真似をしてくれましたね!」
ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)のパートナーキリカ・キリルク(きりか・きりるく)が、戦闘開始と同時に、ゴブリンの一部隊の上空へと飛び上がる。
 当然、ゴブリンたちはキリカを撃ち落そうと、トミーガンを彼女に向ける。
 しかし、キリカが頭上に爆炎波を放つと、一瞬だけ彼女を照らしてできた小さな影を利用して――
「ふはははは! 待たせたな、帝王の登場だ!」
 狂血の黒影爪によって、ゴブリン部隊の中央に突然ヴァルが現れたのだった。
 そして、瞬く間も与えずに雷を呼び寄せゴブリンたちを攻撃する。
「この森に来たことを後悔するんだな!」
 雷の一撃に、ゴブリンたちは思わず怯んだ。
 そして、すぐさまヴァルの背中を守るようにキリカが舞い降りる。
「キリカ。好戦的になりすぎて、あまり突っ込みすぎるなよ?」
「わかってる……つもりです」
 ゴブリンたちが目を開けたときには、すでに遅すぎた。
 ヴァルの爪が目前へと迫り、キリカの槍が眼前へ突き出されていたからだった。

「ルンルン君、歌が終わるまで私を……護って!」
「うん、全身全霊で敵の攻撃を身体で受ける――じゃなかった、敵の攻撃から護るよ!」
 咲夜 由宇の願いを受け入れ、パートナーのルンルン・サクナル(るんるん・さくなる)は彼女の前に立つ。
 そして――由宇の歌と演奏が始まった。
 怒りの歌〜幸せの歌〜恐れ歌のメドレーが、疾走感溢れるギターサウンドと共に雨の森に木霊する。
「今日はちょっと、雨の日アレンジだよ♪」
 彼女のアレンジは、雨の中を駆け抜けていく生徒――戦士達の気分に完璧なマッチングをみせていた。まるで、アクション映画の中で活躍しているような錯覚にさえ陥るほどだ。
 だがしかし――これだけ大きな音で演奏していれば、敵も黙ってはいない。
「くそっ! お前等、あの女の演奏を止めろ!」
 新入生D級四天王がゴブリンたちに命じると、ゴブリンたちは一斉にトミーガンの射撃と小石の投擲を開始した。
 ゴブリンたちの攻撃は、真っ直ぐと由宇に向かっていき――
「うっ……あ、あふぅあぁああん!!」
 全てルンルンが自分の身体で受け止めた。
「き、気持ちぃ……」
 蕩けたような恍惚の表情を浮かべるルンルン。
 彼は生粋の――――生粋のドMだった。

「HAHAHA☆ アメンボさんはどこですか?」
 ルイ・フリードーは河童の格好のままゴブリンを殴り続けていた。
 殴っては気絶させ、また別のゴブリンを殴り気絶させる。それを先ほどから繰り返していた。
「口の堅い連中ですね☆」
 またゴブリンを気絶させて、次のゴブリンを探す。
 だが、既に彼の周りからはゴブリンは消えてしまっていた。
 ルイは、戦場で敵に襲われなくなってしまったのだった。


「クソッ……やっぱりなんて強さだ」
 蹴散らされていくゴブリン達を見て、新入生D級四天王は苦々しく呟いた。
 戦闘開始と同時に、戦力の1/3近くが削られてしまった。
 それなりに相手の強さは覚悟していたが……予想を上回る実力のようだ。
「だいぶ圧されてるみてぇだな」
「これだけのゴブリンがいながら、情けねぇな!」
 突然、光学迷彩を解いた吉永 竜司と、木の陰から国頭 武尊が現れた。
「ふ、二人とも、今までどこに行ってたんですか!?」
 新入生D級四天王が、驚きの声をあげる。
「オレは、大量のパンツをゲットするための罠をセットしてきた」
「……俺は特に理由はねぇが、パラ実としてこの場が有利になるよう罠をしかけてきた」
 理由は違えど、二人は周囲に罠を張ったようだ。
 新入生D級四天王は――
『これがいなく理由だったのか……さすが先輩達だ!』
 改めて二人を尊敬の眼差しで見るのだった。


「綾乃、目標への殺害許可を要請します」
 志方 綾乃のパートナー高性能 こたつ(こうせいのう・こたつ)は最早手がつけられないほど怒っていた。
「私は今、非常に不機嫌です。何故私が雨の中、それもぬかるんだ地面の上にさらされないといけないのですか? 既に布団のルックスが60%以上も低下しており、このままでは出力の低下が避けられない状況です。早く葦原に帰って布団の丸洗い丸干しをするため、目標の即時殺害許可を!!」
 ドタバタと暴れ周り、怒りをあらわにする――こたつ。彼女(女性型思考回路)の怒りは相当なもののようだ。
 しかし、流石に殺害は――そう思っていた綾乃は、軽くサイドステップを踏み、飛んできたゴブリンの投石を避ける。そしてそのままマシンピストルで、逆にゴブリンを撃つ。
「はぁ……仕方ない――じゃなかった。志方ないですね。殺害は許可できませんけど、半殺し程度までなら許可します」
「……わかったわ。なるべく半殺しですませるよう、努力します」
 綾乃からの許可が下りた。これでやりたい放題だ。そう思ったこたつは早速――
「これでもくらいなさい!!」
 メモリープロジェクターでドージェの巨大な幻影を作り出した。まるで、本当にその場にドージェがいるかのような威圧感だ。
 そして――ドージェの幻影を見たゴブリン達は、慌ててその場から逃げ出そうとする。彼等にとって、ドージェはまさに恐怖の対象だった。
 だが……このぐらいで許すほど、こたつは甘くない。
「逃がしません!」
 散り散りに逃げていくゴブリン達を、こたつは一体ずつ丁寧にシャープシューターで倒していった。

「くっ……ゴブリンが多すぎる。これじゃあ、キリがないな」
 そう言って、朱宮 満夜のパートナーであるミハエル・ローゼンブルグは、豪快な火術を迫ってくるゴブリンの集団に放った。
 爆炎がゴブリン達を包み込む。
 だが――
「チッ、やっぱり何匹か切り抜けて来たか!」
 さすがに、一人の火術では大量のゴブリンを倒すには火力が足りない。
「しょうがない。満夜、頼んだぞ」
「うん。アメンボは、絶対に返してもらいます!」
 ミハエルが倒し損ねたゴブリン達を、満夜が氷術で一体ずつ個別に倒していく。
 まさに、綺麗なコンビネーションだった。

「困りましたね〜ゴブリンですか?」
 ゴブリンが獣のような勢いで走ってくるのを見て、神楽坂 翡翠は溜息をついた。
「う〜ん……的が小さいと当てづらいんですよね」
 しかし、彼がブツブツ言いつつも引き金を引く度に、ゴブリンたちは肩などを撃ち抜かれてその場に倒れ伏していく。
「それにしても、あの二人は大丈夫でしょうか? 数が多いから心配ですよ」
 翡翠から少し前に離れた位置で、彼のパートナー、榊 花梨とレイス・アデレイドが戦っていた。
「う〜ん、ワラワラうざいよ〜」
 花梨はゴブリンたちに鋭い蹴りを叩き込む。
 彼女は自分で前衛に躍り出たのだが、蹴っても蹴っても蹴っても必死に蹴ってもキリがないゴブリンの群れに、ウンザリしていた。
「でも……私の方は数が少ないからマシかな〜」
 そう言って、彼女は自分よりも前に突き進んで行ったレイスを見る。
「あぁあ! 雨もうっとおしいが、この数の敵もうっとおしいな!!」
 レイスは思わず叫びつつ、襲ってきたゴブリンたちを剣で弾き飛ばす。
 彼の実力からすれば、ゴブリンは大した敵ではないのだが……さすがにこうも数が多いと疲れてくる。
「けど、誰も通す気はねぇからな! お前ら全員お仕置きだ!」
 レイスは後ろに控える仲間達の為を思い、剣を振るうのだった。

「ヒャッハー!」
「え?」
 影暮 馬頭鬼が気付いたときには、重火器を乱射する伊保 祐美とゴブリンが眼前に迫っていた。
 彼は、戦闘に不慣れだった。だから、生徒を援護するのに手一杯で祐美の接近に気付くのが遅れてしまった。
 祐美だけだったら、馬頭鬼にもなんとかなったが、ゴブリンまでいては流石に手が回らない。
 そして、馬頭鬼に祐美の放った一撃が――
「ヒャッ、ヒャッハー!?」
 馬頭鬼が悲鳴をあげる前に、祐美の悲鳴が上がった。
 気付けば、彼女の足元は氷術によって凍りついていた。
 更に――
「ヒャッ……ヒャッハー!! ヒャッッハー!!」
 彼女は、この世の公用語が全て『ヒャッハー!』になるという幻惑に陥っていた。
 そして――
「くらえ!」
「ヒャッハー!?」
 鋭い一閃が祐美を襲い、彼女は気を失った。
「大丈夫かい?」
 ドルチェを倒したのは、如月 正悟だった。
「ここは俺が引き受けるから、援護してくれ!」
「わ、わかった!」
 正悟と馬頭鬼は即席コンビで戦っていったのだった。

「ちょ、ちょっと! 自分は戦う気なんてないって!!」
 ケイラ・ジェシータは襲い来るゴブリン達から、必死に逃げていた。
 彼の今回の目的は、パラ実生がアメンボ誘拐した真の目的を知ることにあったので、戦うための準備はしていなかったし、元々戦う気なのどなかった。
 ところが、そんなことを知らないゴブリン達はケイラに容赦なく襲い掛かる。
「くっ……しょうがないな、こうなったら!」
 突然、ケイラはゴブリン達のほうへ振り返ると、悲しみの歌をウードによって奏ではじめた。
 すると、ゴブリン達はすぐに意気消沈した。
「よしっ、この隙に……」
 ケイラは、ゴブリン達の隙をついて木陰に隠れると――ちぎのたくらみを使い、十歳ぐらいの子供へと変身した。
 そして、ゴブリンの前に再び現れると――
「!!!???」
 知能の低いゴブリン達は、ケイラを追いかけていたはずなのに、いきなり彼が子供になってしまい混乱した。
 そうやって、なんとかケイラはゴブリン達から逃れることができたのだった。

「私は、か弱いただのおっさんだけど……手加減はなしだよ?」
 そう言って、クレイン・キャストライトは襲い掛かってくるゴブリンたちに、抜き放った銃で素早く弾丸を浴びせていく。
「ふむ、パラミタに来てから始めての大規模な戦いだけど……案外いけるもんだね」
 元警察官としての腕は、まだ鈍ってはいなかったようだ。
 クレインは、ゴブリンたちを圧倒し押し退けていった。

「スズ、後ろからゴブリンが一匹やって来るよ!」
 #御子神 鈴音のパートナーであるサンク・アルジェントは、鈴音の頭に乗って周囲を索敵していた。
 そして、鈴音はサンクの言葉を受けて――
「……邪魔するなら……容赦しない」
 振り向きざまにゴブリンに火術を放った。
「スズ、次は右から来る!」
「……わかった」
 サンクの忠告に、すぐさま鈴音は対応する。
 次に襲ってきたゴブリンも火術で退治した。
 しかし――
「スズ、また後ろだ! あ、今度は左からも攻めてくる! うわっ!? いつの間にか囲まれてる!!」
 大量に現れるゴブリンを前にして、サンクはグルグルと鈴音の頭上で暴れまわる。
 だから当然――
「……アル……暴れないで……戦いに集中できない」
 鈴音に摘み上げられてしまった。
 ――このあとのサンクは、静かに大人しく鈴音をサポートしたらしい。

「ねぇ。そこ、通してくれるよね? ルカルカだって一応、D級四天王なんだけど?」
 ルカルカ・ルーの鬼眼を織り交ぜた凄みのある笑みによって、彼女の前に立ちふさがったゴブリンたちを圧倒する。
「さ、ミリア。ここなら、激しい戦闘に巻き込まれることも無いと思うから」
「すいません〜足手まといになってしまって〜……」
 ルカルカは、戦闘の苦手なミリアを戦いの場から避難させていた。 
「いいのいいの。民間人を護るのは当然のこと。それに、戦えることが偉いわけじゃないんだから! それじゃあ、もう行くね!」
 そう言い残して、ルカルカは再び戦場へと戻っていった。
「はぁああ!」
 ルカルカの放った則天去私の一撃がゴブリン達を蹴散らしていく。
 さらに――
「しゃああああ!」
 一気に距離を詰め、ゴブリンを二刀の刃で切り裂いていく。
 ルカルカは、鬼神のような強さで突き進んでいった。


「おい、てめぇ。そろそろ、ゴブリンどもを下がらせろ」
「そうだな。中央の部隊を迂回しつつ撤退させろ」
 そう言って吉永 竜司と国頭 武尊は新入生D級四天王に命じた。
「わかりました。お前等、左に迂回して下がれ!!」
 普通の人間にはわからない言葉で指示されたゴブリン達は、一斉に生徒達に背中を向けて走り出した。


「逃がすか!」
 毒島 大佐は、逃げ出したゴブリンを追う。
 だが――
「何っ!?」
 突然足元に張られたロープで転んでしまった。
「ガハハハハハ! 流石、オレの考え出した大罠だぜ!!」
 竜司は、自分の罠が炸裂したことにより、上機嫌に笑う。
「よくやった、武者人形!」
 竜司は、ペットの武者人形を茂みに隠して、生徒が来たらロープを張るよう命じていたのだった。

「うわっ!?」
「きゃっ!?」
 前線で戦いながらゴブリンを追っていたはずの仲國 仁とパートナーのレビン・エクレールも、武尊のしかけた逆さ吊りトラップにかかってしまった。
 さらに――
「な、なんだこれ!?」
「も〜最悪!!」
 戦場のあちらこちらで、生徒達の驚きの声が上がってくる。
「フッ、決まったみたいだな。これで、大量にパンツゲットだ」
 武尊が小さく笑う。
 彼は、戦場に生えてる背の低い草をあらかじめ結んでおいたのだ。
 簡易なトラップだが、ゴブリンを追って足元への注意が疎かになっていた生徒達には、効果は絶大だった。
「よし。隙が出来た、一気に攻め入るぞ!」
「こっから、逆転だ!」
 パラ実と、ゴブリンたちの逆襲がはじまった。

「……どきなさい」
 ドルチェ・ドローレの気迫のある眼光に、戦い戦闘経験の浅い前線の生徒は恐れおののいてしまう。
「ふんっ。たいしたことないわね」
 そう言って、ドルチェは奥へと進んでいく。
 そして――
「! いたわ……ちょうど良さそうな人質じゃない」
 ドルチェは、不安な表情で怯えるミリアを見つけた。
「周りに護衛がいるみたいだけど、ゴブリンもいるし何とかいけそうね」
 底いじの悪い笑みを浮かべ、ドルチェはゴブリンと共にミリアたちに襲い掛かった。

「絶対、絶対に皆を守るって決めたんだから! あなた達なんか通させない!」
「くっ……やるわね!」
 ミリアを狙って攻めてきたドルチェたちだったが、秋月 葵が防御スキルを駆使して護っているため中々近づくことができない。
「通しなさいよ!!」
 ドルチェが猛攻をしかけるが、葵のスキルと護りたいと思う心が強すぎて、なかなか先に進めない。
 ところが――思わぬ助けが突然現れた。
「ガハハハ! これが俺の実力だ!!」
 いつの間にか、光学迷彩を駆使した竜司が、頭上の木を伝って葵の防御を切り抜けていたのだ。
 そして――
「女に手を出す趣味はねぇが、ここは退いてもらうためにも容赦しねぇ!!」
 血煙爪のけたたましい作動音と共に、竜司は木の上から飛び降りてミリアに遅いかかった。
「ダメ! お願いやめて!!」
 ドルチェたちの攻撃を塞いでいる葵は、その場を動けない。彼女の悲痛な叫びも、血煙爪の爆音で竜司には届かない。
「もらったぁああああ!」
 竜司の一撃がミリアへと炸裂しようとした瞬間――
「おぉっと、こっから先は通行止めやでぇ!」
 飛び出してきた日下部 社のガードラインによって、血煙爪が弾かれた。
「ぐぅ……まだまだぁ!!」
 竜司は、弾かれた血煙爪を空中へ放り投げると、それを囮にミリアへの距離を一気に詰めた。
 しかし――
「通しません!」
 竜司の動きを咄嗟に読んだ本郷 涼介が氷術を放った。
「ぐぉっ!?」
 竜司の足元はたちまち凍りつく。
 そして更に、涼介のパートナークレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)が竜司を攻撃した。
「えいっ! おにいちゃんとミリアさんには近づけさせないんだから!」
 クレアのツインスラッシュが竜司に炸裂する。
 更に――
「ボクらの森で暴れるな!」
 駄目押しのアリアクルスイドの攻撃が入る。
「ぐっ……ぐはっ」
 竜司が、思わずその場に膝をつく。
 結局、竜司もドルチェもゴブリンも、誰一人としてミリアに近づけなかったのだった。


「おいおいおい、マジかよ!? 吉永さんがやられただと!?」
 新入生D級四天王は、竜司とドルチェがやられてのを見て驚愕していた。
「こ、このままじゃ、こっちでまともに戦えるパラ実生がいないじゃねぇか!!」
 ちなみに忍はとっくの昔に逃げてしまったし、武尊はこちらに向かってくる生徒達を足止めするので手一杯のようだ。邪魔はできない。
「どうすれば、どうすればいいんだ!?」
 新入生D級四天王が悩んでいたそのとき――
「ぐぁあ!?」
 肩に鋭い痛みが奔った。
 さらに――
「あがあ!?」
 太ももにも同様の痛みが奔る。
「な、何なんだ!?」
 彼は、慌てて痛む箇所を見てみた。すると――
「ぐぅ……そ、狙撃か!?」
 急所こそ外してあるが、肩と太ももには狙撃された跡が残されていた。


 それは、数分前の出来事。
「やっと行ったか……」
「ふむ。どうやら、あのトロールのような男はミリアの方へ向かったようじゃな」
戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)とパートナーのグスタフ・アドルフ(ぐすたふ・あどるふ)は、彼等がいる後方を警戒していた竜司が去ったことにより、作戦を開始することにした。
「まだ指揮官の周りにゴブリンが数匹周りにいるようじゃが、わしが何とかしてこよう」
「あぁ。了解した」
 グスタフは音もなく前線へと出て行くと、あっという間にゴブリン達を沈静化していった。
「よしっ、これで狙撃がしやすくなったな」
 敵の指揮官は、周辺のゴブリンがやられたことに気がついていないようだ。
「一応急所は外す。悪く思うなよ」
 そう言って小次郎は、狙いを定め息を殺して引き金を引いた。

「あれ? ゴブリンさんたちが襲ってこなくなっちゃったよ?」
 ミレイユ・グリシャムは、突然動きが止まってポカーンとしはじめたゴブリンたちに首を傾げた。
 ゴブリン達は、新入生D級四天王が倒されたことによって指示がなくなり、戸惑っていたのだ。
「え、えっと〜どうしよう? とりあえず、えい!」
 ミレイユは、とりあえずゴブリン達に特製激辛団子を投げつけた。
 すると、投げた団子はポカーンと開いたゴブリン達の口の中に――全てホールインワンした。
「「くぁwせdrftgyふじこlp;@:☆×!?」」
 声にならない叫びが辺り一面から響く。
「もう、アメンボさんをいじめちゃダメだかね? わかった?」
 ゴブリン達に可愛く説教するミレイユ。
 しかし――
「ちょ、ちょっと待って!? 今度はアメンボさんじゃなくてワタシ!?」
 特製激辛団子のあまりの辛さによって、ゴブリン達は理性を失い、ミレイユに向かって襲い掛かった。
 すると――
「ミレイユを襲うなんて、許さないぞ!」
 ミレイユのパートナーのロレッタ・グラフトンが放つサンダーブラストが、ゴブリン達を逆に襲うのだった。

「わぁ〜すごいな。私もやってみようっと♪」
 佐々木 弥十郎のパートナー真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)は、ミレイユの特製激辛団子攻撃を見て謎の憧れを抱いてしまった。
 そして――
「それ! どう、ゴブリンさん?」
 近くにいた、ゴブリンの口に手作りパンナコッタをプレゼントしてしまった。
 ゴブリンの反応は――
「――――っ!?」
 悶絶していた。
「せ、先生……ゴブリンに何を食べさせたんだい?」
 弥十郎は目の前で悶絶するゴブリンを見て、おそるおそる真名美に尋ねた。
「ん? 悪い人用に作った手作りパンナコッタだよ? 口当たりは良いんだけど、飲み込もうとすると。ブレンドした香料の効果で吐くことも飲み込むことも出来なくなっちゃう、お仕置き用のパンナコッタなの♪」
 お、お仕置きようのパンナコッタ……。弥十郎は真名美にだけは逆らっちゃいけないと、密かに胸の中で思ったのだった。


「ぐぅ……くそっ、こんな怪我さえなければ……クソッ!!」
 新入生D級四天王は、思わず悪態づいた。
 指示がなければ、いくらゴブリンがいたところで彼等はまともに戦うことなんか出来ない。ただ本能にまかせ生徒達に襲い掛かり、ただむやみに負けてしまうだけだ。
 しょせん、烏合の衆なのだ。
「くそぉ……」
 新入生D級四天王が悔しさの握りこぶしを固めた――まさにその時だった。
「ヒャハッハー! 甘いぜお前等、ここに倒れる四天王はパラ実生の仲間で一番の小者!」
 火炎放射を振りかざしながら南 鮪(みなみ・まぐろ)が現れたのだった。
 そして、鮪は新入生D級四天王の隣までやってくると――
「もう大丈夫だ。お前はしばらく休んでおけ」
 と、小さく囁いた。
「ヒャッハッハー! 野朗ども、行くぜぇえええ!」
 指揮官を失って呆然としていたゴブリン達は、新たな指揮官である鮪の登場に、再び盛り返していった。


 パラ実とゴブリン達は確かに盛り返した。
 だが、二つだけ問題があった。
 それは――
「お、あの女……良いパンツをはいてそうだな! よしっ、野朗ども! あの女を拉致るぞ! そうすれば、毎日料理を作らせて美味いもんだって食い放題だ!」
 鮪はエロかったということ。
 ついつい、目に付いたミリアのパンツが欲しくなってしまった。
 そして、もう一つの問題は――
「ヒャッハハハハ――はぶぅしゅぃ!?」
「なにやら戦いの声が聞こえるから駆けつけてみれば……女を大人数で襲うとは、感心せぬな。そんな下衆野朗どもは、この葦原明倫館鹿の鹿島 斎(かしま・いつき)が相手になろう!!」
 そう、もう一つの問題は、弱いことだった。
 戦闘の声を聞いてやってきた斎の一撃に、本当に一撃で気絶してしまったのだ。
「お前等が、池の主を盗んだと噂の悪党どもだな? 斎は晴れた空が好きだ。今すぐ、池の主を元いた場所に戻し、雨を降らせるのを即刻やめるがよい!」
 再び指揮官を倒され、とまどうゴブリン達。
 もうこうなった以上、どうしようもない。投降しよう――そう人間だったら誰もが思う状況だった。
 しかし、彼等はゴブリンだ。
 指揮官がいなくなった以上、やることは一つだ。
「ぬ? こやつら、戦いをやめる気は無いようだな?」
 本能のおもむくままに襲う。それだけだった。
「でやああ!」
 襲い来るゴブリン達をバタバタとなぎ倒していく斎。
 その背後からは、パートナーのカグヤ・フツノ(かぐや・ふつの)がチョコンと顔をだしながらゴブリンを銃で撃っていく。
 そして、後から近づく敵は――
「っ!?」
 カグヤの仕掛けた姑息な罠で仕留めていった。

「よしっ、そろそろケリをつけてやるぜ!」
 そう言って春夏秋冬 真都里(ひととせ・まつり)は空飛ぶ箒で上空へ行くと――
「くらえっ!!」
 パラ実生とゴブリンの持つ金属武器に全力のサンダーブラストを放っていった。
「すげぇ! なんだか、雷神にでもなった気分だ!」
 上機嫌でサンダーブラストを放つ真都里。
 しかし――

 ドゥオガッシャーーーーーーーン!!

「うっ、うわぁ!?」
 真都里のいる更に上空で鳴り響いた本物の雷に、彼は驚いて箒のコントロールを失ってしまった。
 そして――
「うあああああ!?」
 まっ逆さまに、地面へと落ちていった。

「くっ……まだ襲ってくる気ですか」
 夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)はゴブリン達のトミーガンを、木の陰に隠れてやりすごした。
「さすがに、そろそろ疲れました……ここは一気に決めたいところですね」
 さきほどまでは、木陰に隠れつつ則天去私等を使い格闘戦を展開していたが、もう体力も限界に近かった。
「しょうがないですね、この手を使いますか」
 彩蓮は魔道銃を取り出しライトニングウェポンで帯電させると、木の陰から飛び出した。
「終わりです!」
 簡易スタンガンとなった魔道銃から、電気を帯びた弾丸が放たれる。
 たちまち、襲い掛かってきたゴブリンたちは痺れてそのばに倒れていった。
「……いつになれば、この戦いは終わるのでしょうか?」
 彩蓮は、空を見上げ呟いた。
 
「もう止めて……これ以上、無駄な戦いは止めて……」
 芦原 郁乃は戦場の片隅で、力なく呟いた。
 彼女は、終わらない戦いに涙を流し続けていた。
「郁乃様、ここにいては危険です。一旦離れましょう」
 パートナーの秋月 桃花が郁乃を連れ出そうとしたが――
「キャッ!? いつの間に?」
 彼女達の周りは、数匹のゴブリンによって取り囲まれていた。
「ど、どうしましょう、こんなときに……」
 二人は武装していない。このままではやられてしまう。
 そう思ったとき――
「伏せろ!」
 レン・オズワルドの声が聞こえ、次の瞬間には飛び上がった彼は郁乃のを護るように着地した。
 そして、無駄の一切ない動きで銃を取り出し、瞬時に数発発砲。一瞬の静寂が流れると、ゴブリン達はその場に倒れ伏していった。
「こんなところで何をやっている? 安全な場所まで下がるんだ」
 郁乃たちを叱責するレン。
 しかし、郁乃は一向に動こうとしなかった。
 そして、レンに言う。
「お願いです……もう、戦うのを止めてください」
「何?」
「剣からは……何一つ生まれません」
 レンの瞳はサングラスで見えない。ただ、彼は郁乃の言葉に静かに首を振った。
「君は、剣を勘違いしている。剣は争いを生むだけの道具じゃない。誰かを護り、時には争いを避けるための道具にもなる」
「…………」
「そして、剣の形は人それぞれだ。武器、権力、声、心。様々な形態をしている」
「…………」
「剣は扱う人間によって正義にも悪にもなる。だが、君なら正しく剣を扱えるはずだ。剣を、君の心の剣を強くしろ」
 そう言い残して、レンは郁乃の前から立ち去った。
「…………」
 ――一体、どれだけの時間が過ぎただろうか?
 郁乃はずっと黙ったままだった。
「い、郁乃様……?」
 心配になった桃花が郁乃に声をかける。
 すると――
「桃花……私、この戦いを終わらせる。止められなかったけど、絶対終わらせるから」
 今までとは何か違った――どこか力強い瞳で、戦場に向かって歩き出した。
 そして桃花は――
「はい。わかりました」
 そう言って、郁乃のと共に歩き出したのだった。
 
「みんな!! もう、戦うのを止めて!!」
 突然戦場に響き渡った郁乃声に、戦っていた誰もが手を止めた。
 その声は剣戟や銃声なんかよりも力強かった。
「これ以上傷つけ合って何になるの? これじゃあ、私たちかパラ実かが死んじゃうよ!」
 気付けば、周りにはたくさんの同胞が倒れていた。
 その光景に、生徒達もパラ実生も、そして言葉のわからないはずのゴブリン達も。みんなが、武器を収めはじめた。
「もう、戦いは終わり! 傷つけあうのは止めにしようよ!!」
 最早、誰も争ってはいなかった。
 郁乃の声が、その場にいた全員に届いた。彼女の剣が、戦いを終わらせたのだった。

「チャンスだ! お前達、逃げろ!!」
 吉永 竜司が、ゴブリン達に逃げるよう合図する。
「殿は俺がつとめる!! お前達は全速力で逃げるんだ!!」
 彼のペットの武者人形が草むらを薙ぎ倒しつつ逃げ道を作る。
 ゴブリン達も急いで駆けていく。
 だが――
「逃がしません!」
 先回りした夜住 彩蓮がゴブリン達を拿捕していく。
「こんに怪我してるじゃないですか!! 逃げるなら、治療を受けてから逃げてください。とりあえず、一番怪我の酷いそこのトロールさんから治療です!」
「な……うぐ……」
 竜司は有無を言わさず、彩蓮の治療を受けることとなってしまったのだった。

「痛たたた、もうちょっと優しくしろ!」
「せっかく、治療してあげてるんだから感謝するんだぞ!」
 箒から落ちてしまった春夏秋冬 真都里に、ロレッタ・グラフトンはくまさん印の絆創膏を貼ってあげていた。
「箒から落ちるなんて、普通ありえないぞ」
「ち、近くで雷が鳴ったら、誰だって落ちるって!」
「あ、こんなところにも擦り傷をみつけたぞ!」
「うああ!? 顔近い、顔が近いって!!」
 このあと、真都里は顔中絆創膏だらけになったとか、ならなかったとか。