First |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
Next Last
リアクション
第一章 囮店舗の名前は断頭台
見上げた空は透き通るように青く、浮かぶ雲は大きくて真っ白だった。
そんな夏の空の下では、金槌で釘を叩く音や大きな人の声が飛び交っていた。
「んー、もうちょっと右かな、そうそう。いいねいいね、そんじゃ固定しちゃって」
鷹取 楓(たかとり・かえで)は入り口にかかる看板の取り付けの指示を出していた。
「本当に断頭台にしたのか……」
横で同じように看板を見上げて呟くのは、大岡 永谷(おおおか・とと)である。
「いいじゃん、カッコイイよ」
「そうか?」
「カッコイイったらカッコイイの。そっちだって、僕が嫌だって言ったのに見張り台つけたじゃん。おあいこだよ」
「いや、だってこれは囮店舗だぜ」
「でも、普通のお店には見張り台なんて無いよ。それにさぁ、なんだかんだ言われて照明も変なところにつけてるし」
ぶつくさと言う楓。なにせ、彼女はこの騒動が片付いたら、この店をもらってしようと画策しているのである。まだ、何も根回しもお願いもしていないが。
「ゴブリンがやってくるのは、大体夕方過ぎくらいだから電気は必要だろ?」
一方永谷は彼女の考えなどまるで知らない。ここはあくまで、ある作戦を行うために急遽作られる事になった囮店舗でしかないのだ。
人間の料理の味を覚えてしまったゴブリンが、コボルドの群れを取り込みながら次々と食事処を襲っている。そいつらを誘い出し、一網打尽にするために使われなくなって暫く経過したファミレスを接収して改装しているのである。
「おーい、追加の作業員連れてきたぞー」
遠くから、人をぞろぞろ連れてやってきたのはリリア・オルコット(りりあ・おるこっと)だ。
「あ、リリアお疲れー」
楓が小走りで近づいていく。
「さて、私にも手伝えることはあるだろうか。力仕事以外の仕事もまだあるんだろ?」
「大丈夫なの、リリア? お日様苦手でしょ、貧血だから」
慢性的に貧血気味なリリアは太陽の日差しが苦手である。
「だからといって私だけ休むわけにもいかないだろう。時間も人も足りないんだ。できる事があるなら、私も働かないとな」
「ありがと、リリア」
そう言って、ペンキの入ったバケツを持つものの。リリアはその場の腰を下ろした。
「なにこれ重い」
「やっぱり休んでる?」
「いや、店内の掃除をしよう。うん。店内なら日差しも強くないしな」
とリリアは若干おぼつかない足取りで店内に入っていった。
「あー、ちょっと心配だから、見てきていい?」
楓は永谷にそう言って、彼女のあとを追って店内に入っていく。
残された永谷は、連れてこられてまだ右も左もわかっていない今日入りの作業員に説明をするところから作業を再開した。
連れてこられた作業員の中には、影野 俊介(かげの・しゅんすけ)やかぺっろ すばる(かぺっろ・すばる)の姿もある。
「さて、みんな話を聞いていると思うが、この建物は戦闘を行う予定だ。しかも相手は魔法まで使ってくるらしい。さらに、時間も無い。できるだけ早く丈夫に作らなきゃいけないんだ。だから、ちょっと無理をしなきゃいけない場面もあると思う。でも、これもみんなシャンバラの、ひいてはパラミダの人々のためでもある。つまり最高の仕事をしないといけないんだ。そのためには、俺達全員がきちんと意思疎通ができないといけない。だから、まずはみんなできるだけ大声をあげて、挨拶だ。俺のあとに続けろよ。よろしくお願いします!」
「「「よろしくお願いします!」」」
こうして、囮店舗の改修工事は急ピッチで進められていった。
囮店舗が完成しただけでは、作戦はまだスタート地点に立ったとしか言えない。
そこにゴブリンがやってきて、それを撃退してはじめてこの作戦は完了したといえるのである。
そのために大事なことは、ゴブリン共を自然に囮店舗に誘い込まないといけない。いつか襲ってくるだろう、なんて受動的な考えでは被害がどんどん広がってしまう。
そのために最もわかりやすく安価で確実な方法として考案されたのが、噂を流すというものだ。
作戦の提案者は、マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)である。
彼女は、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)と共にあちこちで、
「最近新しくオープンした断頭台は、非常に美味なスペアリブを食べさせる」
「なんでも中華料理の超高級食材を贅沢に使った期間限定メニューですって」
「それも、一見さんはお断りで特別に選びぬかれたお客にしか出さない」
「だしが最高だよ、だしが!」
「かの世界的食通ユーザ・N・シーバーグ氏も余りのうまさに心臓発作を起こして臨死体験を起こした」
「うまい棒の社長が製品化に乗り出した」
と、これでもかと噂を広めまくっていた。
この噂の効果はテキメンで、開店当初から店に大量の“人間”のお客さんで溢れかえってしまった。おかげで、想定外の売り上げをたたき出してしまった。
だが、狙いはゴブリンを釣ることである。お店の外で並ぶほど人間がいると、何かあったら危険だ。それに、ゴブリン共が果たして襲う店舗を味で決めているか、という疑問も出てあえなくこの作戦は中止されることになった。
「ところで、ゴブリンってうまい棒のこと知ってるのかな?」
「そんなこと、知らないわよ」
一方、とあるゴブリン達の集落。
「おいおい、そりゃマジ話か?」
南 鮪(みなみ・まぐろ)の問いかけに、遊佐 一森(ゆさ・かずもり)はコクコクと頷いた。
一森は勇敢にも、一人でゴブリンを釣りだそうとし、結果として現在簀巻きにされて鮪の前に転がされていた。
「ゴブリン達が飲食店をねぇ。くくく、こいつぁ俺の手柄だな」
鮪はによによと笑みをこぼした。
「……どういうこと?」
「そいつはなぁ、俺が今日までこいつらに人間の酒や食い物を食わせて味を覚えさせてきたからだよ」
「なんでそんな事を?」
一森に問いかけられ、鮪は嬉しそうに答えた。
「モヒカンゴブリン軍団でチームを組むんだよ」
「……はぁ」
一森にはこの目的の素晴らしさが全然わかっていないようだったので、しょうがないから今から三時間ぐらいかけてゆっくりと説明してやろうと鮪はその場に座り込んだ。
だが、話を始める前にモヒカンのカツラを被ったゴブリンがやってきて鮪の肩を叩く。
「あん? なんだよ」
指をさしているので、そっちを見るとまた人間の姿がそこにあった。
「なんだよ、今日は客が多いんだな。っち、お前そこでちゃんと待ってろよ」
待ってるもなにも、簀巻きにされているので一森は動けない。
「んで、あんたらは何の御用だ?」
そこに居たのは、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)と松岡 徹雄(まつおか・てつお)の二人だった。
「なんで人間がこんなところにいるんだよ?」
「それはこっちの台詞だっつーの。んじゃ、お前らもアレか、あそこの簀巻きみてぇに店までうちのゴブリン達を誘導しようって腹か?」
ちらっと一森を見ると、救援が来たのかと少し表情に希望が浮かんでいた。
「違う。俺はゴブリンの味方をしようと思ってな」
「あん? そいつはどういう意味だ」
「言葉通りの意味だぜ。正直、ちょっと集団戦術ができるぐらいのゴブリンじゃあ今あそこの店に詰めてる奴らにはかなわない。だから、俺が手助けしてやろうとな。つか、あんたこそなんでゴブリンと一緒に居るんだ? こいつらも変なカツラつけるし」
「変なカツラだと、喧嘩売ってんのかてめぇはよぅ……と、言いたいところだが、今回はまぁいい。それより、そんな面白そうな話なら、俺達も祭りに参加しねぇとな。いよっしゃ、作戦を立てるぞ。もちろん、あんたらも頭数に入れるからな、文句ねぇだろ?」
竜造と徹雄は互いに顔を見合わせて、しぶしぶといった具合で話に乗る事にした。
「とりあえずこいつらはその飲食店の襲撃をしてるやつらじゃねぇ、そこは間違いねぇ。だから、まずその犯人グループに接触する。んで、次に……」
こうして、着々と囮店舗襲撃作戦は練りこまれていった。
簀巻きにされたまんまの一森を忘れさってしまったまま。
First |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
Next Last