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第2章 遠方より来し客人

 「よーし、安全確認終了! 蜂の巣もないみたいだし、実をつけてる木もたくさんあるし、ここならいいだろう」
 蒼空学園のエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)とパートナーの魔鎧ベルトラム・アイゼン(べるとらむ・あいぜん)は、偵察に行った彼らを待っていたもう一人のパートナーのアリスミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)と一緒に待っていた、パートナーの居ない一般参加者たちを含むグループの所へ戻って来た。二人の持つ技能や能力から、安全が確認されていない場所へ偵察に行っても大丈夫そうだ、ということで、ミス・スウェンソンが彼らに、一般参加者たちが行く場所の安全確認と護衛を頼んだのだ。二人とも、以前から『ミスド』には世話になっているということで、コーヒーと好きなドーナツ2個セットの報酬で、依頼を受けることにした。
 「これでやっと、私もお手伝いができますー」
 一人留守番状態だったミュリエルが、大きな籠を下げて嬉しそうにベリーの木に近付く。
 「籠は俺が持ってやるから、沢山摘めよ」
 エヴァルトがひょいと、ミュリエルの手から籠を取る。
 「ありがとうございます!」
 ミュリエルはにっこりと笑った。
 「ミュリエル、お手伝いなんだから、商品になるものを優先して集めるぞ!」
 「はい!」
 ベルトラムは、ミュリエルの隣に並んでベリー摘みだ。
 
 一般参加者の中には、中国から来たという少年、楊 秀明(やん しゅうみん)がいた。『ミスド』に来た時はどちらかと言えばフォーマルな感じのブレザーとパンツだったが、今日はラフな服装をしている彼の周囲には、教導団の生徒を中心に、最近の地上の様子を聞きたい生徒などが集まっていた。
 「秀明くんは、中国のどのへんから来たの?」
 空京大学の宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が尋ねる。
 「西安です」
 ベリーを一つ取り、しげしげと眺めながら、秀明は答える。
 「こっちの植物がそんなに珍しい?」
 祥子のパートナーの魔鎧、那須 朱美(なす・あけみ)が言った。すると、秀明は少し答えをためらうような様子を見せた。
 「えーと……そういうわけでもないんですが……」
 「じゃあ、植物が好きだったりする? 最近は、地上との交流も盛んだものね。動物はダメだけど、植物の加工品なんかは地上へ持ち出すこともできるし」
 「そうですね。こちらに姉がいるので、話は良く聞きます。教導団で教官をしているんですが……」
 「……えーと、もしかして、技術科の楊 明花(やん みんほあ)教官?」
 祥子は目を見開いた。
 「ええ、そうですけど」
 「ええええっ!? 苗字同じだから、親戚かなとは思ってたけど、楊教官の弟さん!?」
 シャンバラ教導団のルカルカ・ルー(るかるか・るー)が悲鳴を上げた。祥子はしげしげと秀明を見た。
 (……言われてみれば、顔立ちはちょっと似てる、かも……? でも、雰囲気はぜんぜん違うわね)
 秀明は、驚いた様子の祥子を見て首を傾げている。祥子は慌てて言った。
 「ああ、私もね、今は空京大学なんだけど、以前は教導団に居たの。憲兵科だから、直接教わったことはないんだけど……」
 「そうだったんですか。姉がいろいろとご迷惑をおかけしました」
 秀明がふかぶかと頭を下げたので、祥子はさらにびっくりした。ベリーを摘む手が止まってしまっている。
 「ああいう人ですから、周囲に色々と迷惑をかけまくっていると思うんですが、違いましたか?」
 姉が学生だった頃から、色々あったと話は聞いているんです、と秀明は笑う。
 「……コメントに困るわね」
 祥子はため息をついた。
 「でも、技術者としては優秀な方だと思うわ」
 「ありがとうございます」
 秀明はもう一度、今度は微笑んで頭を下げる。
 「じゃあ、お姉さん……楊教官に会いに来たの?」
 パートナーの地祇南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)の向こうから、シャンバラ教導団の琳 鳳明(りん・ほうめい)が尋ねる。
 「はい。この間、教導団の本校まで行って来ました」
 「わざわざ本校まで?」
 鳳明は目を丸くした。地上人が空京まで来ることは決して珍しくはない。だが、ヒラニプラまで来る地上人は滅多に居ない。と言うか、個人用の結界がなければ、空京から出ることすらできない。距離や移動手段を考えても、なかなか大変なことのはずだ。
 「あの姉が、身内に会うためにわざわざ空京まで来ると思いますか?」
 秀明は大真面目な顔で言った。
 「それは、そうね……」
 鳳明は思わず納得してしまった。
 「別に、姉弟仲が悪いわけではないのですが、姉は何事においても自分優先の人ですから。よほど重大な用件でなければ、空京まで出て来てはくれませんよ。……もっとも、今回は姉だけに用があったわけではないので、いずれにしろ本校まで出向かなくてはいけなかったのですが」
 やはり、相変わらずベリーの一つ一つを確かめるように見ながら、秀明は言う。
 (入学希望で、学校を見学に行ったのかな……同じ中国出身のこんな後輩ができたら、ちょっと嬉しいかも。……でも、パートナーが居なかったら入学できないよね。訓練について行けないだろうし)
 鳳明がその横顔を見ながらぼんやり思っていると、いきなり、手に提げていた籠がぐん!と引っ張られた。
 「これ、真面目にやらんか!」
 見ると、ヒラニィが頬をふくらませて鳳明を睨んでいる。
 「ごめんね、ちょっと考え事……って、ヒラニィちゃん!」
 籠の中に入れたはずのベリーが全部なくなっているのと、ヒラニィの口元に紫色のベリーの汁がついているのを見て、鳳明は叫んだ。
 「人が摘んだ端から食べないでよ!」
 「味見をしてやっておるのだ。文句を言うな」
 ヒラニィはふん、と胸を張る。悪びれた様子はみじんもない。
 「全部食べたら味見って言わないよ! それに、そんなに一度に食べたらお腹こわしちゃうから!」
 「む、腹を壊すのはいかんな。仕方がない、加減してやるとするか」
 そこまで言われて、ヒラニィはやっと『味見』をやめる気になったようだった。
 二人の会話を聞いていた秀明が、くすくすと笑う。
 「もう……恥かしいじゃない……」
 鳳明は真っ赤になってうつむいた。
 「本校まで行ったということですが、では、金団長とも知り合いなのですか?」
 話題を変えるように、シャンバラ教導団の戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)が秀明に声をかける。ちなみに、今日は一般参加者が引かないように、戦闘で使うような特殊な技能は封印し、のんびりとベリー摘みをしているが、もちろん、有事の時には惜しみなく能力を発揮するつもりでいる。
 「個人的に特に親しくさせて頂いているわけではありませんが、面識はあります」
 小次郎の質問にも、秀明は何とも微妙な答え方をした。
 (単なる身内の上司なら、そんなものでしょうか……。だが、単に観光に来たとか、遠方の身内の所へ遊びに来たという様子でもないのが引っかかりますね)
 どうも、彼は何かを隠しているような気がする。小次郎は納得が行かない気持ちを抱えつつ、祥子に地上では金鋭鋒が英雄扱いされているという話をしている秀明を見た。自分より少し年齢が下に見えるが、『あの』楊明花の弟と言うだけのことはあるのかも知れない。
 「地上の、中国以外の国のことはわからないかな? パラミタのことで、噂になってることとか……」
 薔薇の学舎のスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)が、秀明と祥子の会話に口を挟んだ。
 「そうですね……最近あった『ろくりんピック』のことなんかは、多くの人たちが知っていると思います」
 「ふぅん、結構話題になってるんですね。じゃあ、ゆる族もあんまり珍しくないですか?」
 スレヴィのパートナー、ウサギ型ゆる族のアレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)が少し残念そうに言う。
 「僕は身内や身近に契約者が居て話も色々聞いていますが、パラミタにあまり関わりがない人たちにとっては、やはり珍しいと言うか、不思議な存在でしょうね。チャックを開けるとどうなっているか、とか……」
 「わわわわ、チャック開けちゃダメですよ!?」
 秀明の言葉を聞いて、アレフティナは慌てて背中を押さえた。
 「大丈夫ですよ、ちゃんと、開けちゃいけないってわかってますから」
 秀明は苦笑した。そこへ、天御柱学院のオルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)と、パートナーの強化人間ミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)がやって来た。
 「良かったら、これをどうぞ」
 秀明に、籠を差し出す。中には、木の実に穴を開け、細い紐を通して作ったストラップやブレスレット、ペンダントが入っていた。
 「ミリオンと二人で作ったんです。今日の記念に差し上げようと思って」
 「オルフェがいつも『ミスド』にお世話になっていますからね。少しでもご恩返しがしたくて」
 「ありがとうございます」
 秀明は、オルフェリアとミリオンに礼を言って、籠の中からストラップを一つ取り上げた。
 「これはどこで集めたんですか? 僕もちょっと捜してみたいんですが、連れて行ってもらえますか」
 「ええ、いいですよ」
 オルフェリアはうなずいた。
 「あ、秀明、念のために携帯の番号とメアドを教えてくれない? 緊急連絡用に」
 今日はお付きが居ない秀明の警護をするつもりのルカルカが、オルフェリアとミリオンと一緒に行こうとする秀明を呼び止めた。
 「……ここ、アンテナ立たないですよ?」
 ポケットから携帯電話を取り出して、秀明は首を傾げる。
 「大丈夫、単独行動はしませんから。必ず、誰か学生と居るようにします」
 ルカルカは、パートナーの英霊夏侯 淵(かこう・えん)や、後でグループで一緒に昼食を作るために採集に来ているシャンバラ教導団のウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)とパートナーの獣人清 時尭(せい・ときあき)を見て、秀明について行くべきか少し悩んだ。が、
 「大丈夫です、オルフェたちがちゃんとご案内しますから」
 「我も一応、武装はして来ましたし」
 オルフェリアとミリオンが言うのを聞いて、その場に残ることにした。秀明はオリフェリアたちと、森の奥に向かう。
 「お、ルカルカ、採るの上手だな」
 地面に落ちていた栗を拾っていたウォーレンが、立ち上がり、腰を伸ばしながらルカルカの手元を覗き込む。
 「そうかな? 上手とか下手とか、あんまりない気がするけど」
 ルカルカは首を傾げた。
 「いや、熟してる実だと、力を入れすぎるとすぐに潰れるだろ? だから、ベリーは止めて栗拾いをしてるんだ」
 ウォーレンは手を見せた。指が果汁で染まっている。
 「ここは色々な木の実があって、いい森だな。今は俺たちが居るから姿を見せないんだろうが、動物もたくさん居るんだろう。……というわけで、俺たちはナッツを集めるから、ベリーはルカルカよろしくなー」
 そう言うウォーレンの向こう側では、時尭が淵を肩車して、高い場所にある木の実に手を伸ばしている。
 「違う、そっちじゃない、逆、逆!」
 「あれ、こっちですか? 何しろ、肩車をしているので上を向きにくくて……」
 上になって木の実を取る役の淵が一生懸命指示を出すのだが、時尭の動きが指示について来ないのでだいぶ不機嫌になっている。
 「……あれ、わざとだな……」
 何もない場所で木の根につまずいてよろけたふりをしたのに気付き、ウォーレンは呟いた。幸いにも、淵はからかわれていることにはまだ気付いていないようだが、あまりしつこくやると淵がキレるかも知れないと思い、時尭に一応声はかけておく。
 「おーい、清、足元に気をつけて、淵を落としたりするなよー」
 時尭はちらりとウォーレンの方を向き、『ばれたか』と言わんばかりに舌をぺろりと出すと、それからは真面目に淵の指示に従うようになった。