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【初心者さん優先】ダンジョン☆鍋物語

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【初心者さん優先】ダンジョン☆鍋物語

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●SCENE06 (part3) :Nabe Goes On Forever 

 先日、空京大学にゴム怪物を蔓延させた罪滅ぼしか、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は鍋の裏方として忙しく立ち働いていた。これだけのコンロを用意したのも、食器や鍋の準備も、あらかた彼と裏方仲間たちが行ったのだ。
 いま正悟は小休止し、鍋パーティが盛り上がっている様を見て満足げな表情を浮かべていた。
「皆、楽しんでいるなぁ……」
 そのときふと、彼は眼前の鍋に目を止めた。
「お……オルフェさん。そ、その手に持ってる物体はなんですか?」
 ひときわ大きなこの鍋のそば、オルフェリア・クインレイナーが、握りこぶしほどもあるショッキングピンクのキノコを、切りもせず丸ごと鍋に入れようとしていたのだ。
「皆さんが追加の具を取りに行っている間に出汁を取ろうと思って。……ここに来る前にですね、とっても綺麗なキノコを採ったのです♪ こんなピンクで綺麗なキノコ見るの、オルフェは初めてなのです」
 新鮮なのですよー、などと言っている。オルフェリアが手にしているのはダンジョン内で集めた食材ではない。イルミンスール魔法学校の敷地に自生していたキノコなのだ。正悟はそのキノコを知っていた。はっきり言って毒キノコである。
「ダメ、ゼッタイ! それは危ない!」
「危ないくらい美味しいのですね?」
 あっけらかんとオルフェリアが言うので、正悟も声を上げざるを得ない。
「まて、それは馬鹿野郎、神経毒だー! んなもん鍋にいれんなー! 調理オンチも程があるわー!」
「……え? しょ、正悟さん何をいうですか! これはオルフェが心を込めて摘んだ素敵キノコなのですよ! ほら、こっちのお味噌も愛情がたっぷりなのです。隠し味用に昨日、オルフェが徹夜して用意したもので……」
 彼女の言う『お味噌』は蛍光グリーンにギラギラと光っている。正体不明だがこれも、明らかに危ないものと断言できよう。多分、食べたら死ぬ。
 正悟はここで多少冷静になった。一瞬だけニヤリとして言い方を変える。
「ルクレーシャの鍋に劇物……いや、そんな心を込めたものを入れてはいけない。俺の生まれ育った地域では、ピンクのキノコと愛情たっぷり味噌は、世界でただ一人の思い人にだけ食べさせるものと決まっているんだ。どっちも、帰ってからセルマにだけゆっくり食べさせると大吉だな。それ以外の人が口に入れると、セルマとの縁が切れちゃうよ」
「それは大変!」
 信じてオルフェリアはブツをしまった。思い出したように言い加える。
「ところでさっき、『神経毒』とか言いませんでした?」
「いやいや、『真剣ラブ』と言ったまでだよ。真剣なラブは、一人にだけ捧げるものなのさ」
 平然と話しながら内心、(「リアジュウシネ、マジシネ!」)と黒い笑みを浮かべる正悟なのであった。
 そのセルマ・アリスたちが戻ってきた。
「遅くなったかな? 具材の追加をもらってきた」
「ワタシはね、自分用の小さなお鍋ー!」
 ミリィ・アメアラは自分用の鍋とコンロを見せた。ミリィは着ぐるみを脱がないと食べられないため、こっそり物陰で食べるのにこれを使うという。
「ノーンちゃん、お鍋の材料、切り分けたらこれにちょうだい!」
 差し出したミリィの鍋を「了解」と受け取りつつ、そういえば、という表情で、『ブラックボックス』アンノーンは大鍋を検分した。
「二人は火の番をありがとう。ところでオルフェ、まさかとは思うがこの鍋に、何か異常なものを足したりしていないだろうな?」
「異常、って、オルフェそんなことしないですよ!」
「自分が『異常』と気づいてないところがそもそも異常なんだ。この前酷いカレーライスを作ったの、忘れたとは言わせないぞ」
 無表情ながらアンノーンは微妙に蒼い顔をしていた。なにかあったらしい。
 まな板を置き、ルクレーシャ・オルグレンは、きらりと包丁を手にした。
「さあ、追加具材は魚介類多めでいただいてきました。料理人としての腕が鳴るのです!」
 ルクレーシャは巧みな包丁捌きを見せる。さくさくのザクザクだ。しかしここで、ルクレーシャは手を止めた。
「オルフェだって、セルマさんのために何か作りたいのですよー」
 とオルフェリアが言っているのを聞いたのだ。
「私が手伝ってさしあげますよ〜。愛する人に……」
 このとき一瞬、ルクレーシャのサファイア色の眼が正悟に注がれたのだが、鈍感力には定評のある(?)正悟は、彼女の視線に気づかなかった。「手料理をふるまうというのは、とても素敵なことですからね♪」
 するとオルフェリアは気恥ずかしそうに、彼女の耳に唇を寄せた。
「とっておきの材料があるので、正悟さんのアドバイスに従って、帰ってからセルマさんにサプライズで作ってあげたいのです」
 うんうん、とルクレーシャは頷いた。
(「さすが正悟さん、気の利いたアドバイスです。友達思いなんですね……」)
 かくてルクレーシャはますます、正悟に対して好意を抱き、
(「キノコの味噌炒めなんてどうでしょう? ピンクと緑のハーモニーなのですよ♪」)
 オルフェリアはオルフェリアで、それが殺人メニューとは知らずわくわくしていた。
 当のセルマはといえば、
(「オルフェさんなんだか嬉しそうですね。俺のこと何度か見たし、何かサプライズがあるのかな……?」)
 と、まさか死に至るサプライズが待ち受けているとは毫も思わぬまま笑顔を浮かべていた。
 危うい状況だがアンノーンは全然関係なく、ミリィのことを考えていた。
(「あれは着ぐるみのはず……どうやって食べるのだろう?」)
(「お鍋はアツアツが好き……」)
 こちらはミリィの心を現在占めている思いだ。そして、正悟はといえば。
(「リア充セルマめ、どんな顔して『デス・キノコ味噌』を食うんだろうな……ククク……」)
 などとあいかわらず考えているのである。自分に春が近づいていることなど、今の正悟に知るすべはなかった。

 小山内南と同じテーブルには、メティス・ボルトの姿があった。
「燃費が悪いので、お腹いっぱいになるまで食べさせて頂きます」
 そう断って、メティスは黙々と食べている。食べている。……ひたすら、食べている。量もさることながら食べる速度も速い。言い方は悪いがブルドーザー級である。
 なお、ブルドーザー級というならば、同じテーブルのリーズ・ディライドもすさまじい。さすがは大食いクイーン、小柄にもかかわらず、うかうかすると鍋ごと腹に入れそうな勢いだった。
「あの、大丈夫ですか」
 心配になって南が声をかけると、
「ようやくエンジンがかかってきました」
 メティスは平然と答え、
「まだ十五%くらいかなっ♪」
 リーズもけろりとして言った。なお彼女は、
「お鍋も良いけど別の料理とかも良いよね〜。海賊焼きとかっ」
 というほどの余裕がある。
「とりあえず……すまん」
 なぜか七枷陣が頭を下げた。
 とはいえ食材は無尽蔵、ドカ食い組以外も食べるには困らない。同じテーブルには音井博季と西宮幽綺子の姿もあり、南を親睦を深め合っていた。
「敵を殲滅しきることがなかっただけ、いくらか気が楽ですね……あ、食べてるときにごめんなさい」
 ふと洩らした言葉を恥じるように、博季はうつむきかけたのだが、南はむしろそんな博季を好ましく思った。
「いえ……誰かの言葉の受け売りですが、生きるということはつまり、他の存在の命を奪うことでもあります。必要以上の命を奪わずにすんだこと、そして、こうして魔法が解け、食材に還ってくれた存在についても感謝の気持ちを抱きたいものです。博季さんはそのことを思い出させてくれました」
「あ、いや……そんな大したことを言ったつもりではないですよ」
 博季は今度は照れでうつむいてしまった。幽綺子が、博季の肩にもたれて言った。
「うーん、ま、その発想、博季らしくて私は好きよ」
「私も好きです」
 南も真面目な顔で告げた。
「あ……なんというか……どうも」
 ますます博季は、照れた。

 コラーゲンたっぷりの磯鍋は、ヴァル・ゴライオンがしたてたものだという。
「これぞまさしく帝王鍋! 美味いだけじゃなく美肌にも効果があるのさ!」
「ふむ帝王か、わらわの美を保つにはもってこいじゃな」
 出雲櫻姫は気に入ったらしく、休まず箸を動かし続けている。エビカニばかり選ぶ彼女の器に、
「姫様、野菜もちゃんと食べてくださいね」
 八雲千瀬乃はせっせと白菜やニンジンを入れるのであった。そんな主従に、
「カニの刺身をもらってきた。食べないか?」
 と氷室カイが声をかけた。
「おう、食べるぞ」
「姫様、先輩にそんな言い方をしては駄目です!」
 櫻姫を押さえ、千瀬乃は頭を下げた。サー・ベディヴィアも加わり、互いに名乗り合って親睦を深める。
「お二人は蒼空学園に入られて長いのですか?」
「長いと言えば長いかもしれないが……まだこれからというところもありますね」
 千瀬乃の問いに、ベディヴィアが丁寧に答えた。今度はカイが訊く。
「契約者と一口にいっても、色々な目標を掲げているものだが、八雲はどんな目標があるのかな。よければ教えてくれないか」
「私ですか? 私は……」
 と言いかけた千瀬乃の背に、櫻姫がいきなり飛び乗った。
「ひゃん!」
「ひゃん……?」
 急に妙な声を出した千瀬乃に、カイは目を丸くする。そんなこと構わずに櫻姫は宣言した。
「千瀬の目標は、天下に名を轟かすことじゃ!! そう決めた! わらわが!」
「姫様、勝手にそんなこと決めないでください!」
 唯一落ちついているベディヴィアは、
「いえ、いい目標だと思いますよ。ご活躍、期待しています」
 と言って眼を細めた。
「帝王さん帝王さ〜ん」
 月美あゆみがヴァルに言った。
「キャーこれ、まだ行きてるー!」
 なるほど、あゆみの器の中でカニ肉が、ぴろぴろ踊っているではないか。
「おお、鍋にされてなお暴れるとは、帝王鍋にふさわしい具材だな! ……って、それはサイコキネシスで動かしているだけだな」
「バレちゃいましたたか」
 えへへと笑うあゆみである。
「……!」
 これを信じて(「万が一、このカニ肉が暴れて誰かに怪我させたりしたら……」)と、ヒールをかけるべく立ち上がりかけていたルーシェリア・クレセントは、ほっとして座り直したのだった。

 この日、このときは、新人・熟練者の差も種族の差も、所属学校の差もなかった。

担当マスターより

▼担当マスター

桂木京介

▼マスターコメント

 マスターの桂木京介です。
 今回は初心者さん歓迎と銘打って、特別編成のイベントシナリオをお届けしました。

 初心者さんに多数ご参加いただけたこと、心から感謝致します。このシナリオは『蒼空のフロンティア』のほんの一側面にすぎません。ここで身につけたことを活かすべく、今後のシナリオに果敢に挑戦してみてください。皆様のこれからのご活躍を期待しています。

 中・上級者の皆様も、そのほぼすべての方が初心者さんに配慮してアクションを書いて下さいましたね。お陰様でリアクション構築の面で大変助かり、シナリオ主旨にそった展開を描くことができました。誠にありがとうございました。

 それでは、また近いうち、新たな物語でお目にかかりましょう。
 桂木京介でした。