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【初心者さん優先】ダンジョン☆鍋物語

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●SCENE04 (part1) : Red Hot

 戦って道を切り拓く。
 彼らの進軍は続いていた。
 以前の探索時に作成された地図があるため、中程度の地点までは探索ははかどった。
 後半は敵の出現頻度こそ落ちるものの、物陰からの出現や側面攻撃が増えてきたため、自然と隊列は円形になっている。
「暑くないか……少し、いや、かなり」
 誰かが言った。階層を下るたび暑さはましているのだが、ここは異常だ。
 そう、彼らはマグマの河にさしかかったのである。

 地下に幅数十メートルの大河、それも煮えたぎったマグマがどろどろと流れるというのは、聞きしに勝る壮絶な光景だった。立っているだけで汗が流れる。熱さのあまり空気が歪み、対岸の光景をまともに見ることができない。
「うわ……なんだろ、本当に熱いのかな」
 ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)は足元の小石を拾い、十数メートル下の流れに小石を投げ込んでみた。
 小石は、水音がするより先にジュッと鳴って消えてしまった。
「わわっ」
 ノーンは飛び上がって驚いた。今日もまた彼女は、影野 陽太(かげの・ようた)の代理として単身参加しているのだが、このことは絶対、陽太に知らせようと心に決めた。すなわち、『マグマに落ちたら大変だ』ということである。
「どうする、フィリップ君?」
 光智 美春(こうち・みはる)フィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)の左肩に両手を置いた。軽く体重をかけ、横合いから顔を覗き込んでいる。
「どうする、って……」
 フィリップはいささか身を固くしていた。女性が苦手ということもあり、あまり近づかれるとわけもなくどきどきするのだ。今だって、彼女の綺麗な銀の前髪が、自分の額をくすぐっている。
 そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、美春はますます顔を近づけて言った。
「ほらほらっ、熟練者として経験に基づいた的確なアドバイスをしてみせて!」
「熟練者じゃないです……ちょっと考えさせて下さい」
 困り果てフィリップは眉が垂れ下がってしまうのだった。もちろん、美春とて本気でこんなことを言っているのではない。からかい半分なのである。誕生日の都合で美春はフィリップの一つ年下になるわけだが、彼を見ているとどうしてもそんな風に思えず、お姉さんぶって困らせてみたくなるのだ。
「私、初めての冒険だから頼りにしてるんだよっ!」
 と、頬を寄せてウインクすると、彼の体温が一気に上昇するのが感じられた。美春はくすくす笑う。こういっては悪いのだが、フィリップのこの反応は面白すぎた。
 フィリップは気恥ずかしげな表情のまま現状を確認した。
 まず、目の前はマグマの大河だ。いつまで待ってもこの流れは干上がりそうにもなかった。
 左手を望めば、遠くに太い橋があるのが見えた。幅も十分にあり、この人数が乗っても渡河は可能だろう。ただしその橋の上には大量のモンスターが待ち構えている。モンスターたちがここを死守するつもりなのは容易に判った。全勢力をぶつけても、簡単に勝てるようには思えない。
 一方で右側には、大河の上をアーチのようにまたぎ、洞窟の壁面がそびえ立っていた。登攀に長けているか、そうでなくともちょっとした道具があればここを登り、壁沿いの崖道を歩むことができるだろう。とはいえ当然、崖道に柵などない。しかもこの崖道というのが非情に狭いのだ。足でも滑らそうものならたちまちマグマの餌食である。
 フィリップは向き直り、渡河作戦班のメンバーたちに告げた。
「まず、大橋ですが、あの橋の敵の守りは尋常ではありません。戦闘を仕掛ければ消耗戦になる怖れがあるでしょう。キングとの戦いを控えているだけに戦力は温存したいですし……」
 美春も述べた。
「かといって全員が断崖を行くのは危険すぎるよね? それに、ここからは見えない壁面の窪みに、エノキ怪物だの糸こんにゃく怪物だのが潜んでいないとも限らないし」
 このとき、おずおずと挙手があった。
「あの……いいですか」
 手を挙げたのは藤林 楓(ふじばやし・かえで)だ。黒く真っ直ぐなストレートヘア、淡い水色の瞳、柔和な顔つきだが芯は強そうなところもあった。衆目が集まったのを意識しつつ、軽く早口で楓は言葉を続けた。
「二段階の作戦というのはどうでしょう?」
 話しながら熱が籠もってきたらしい。楓は両手を使いながら説明した。
 まず崖を決死の部隊が渡り、渡河に成功したらその部隊がとって返して大橋の敵の背後を突く。これが第一段階だ。
「すると第二段階は、残る部隊が大橋を攻め、後ろから攻撃され浮き足だった鍋モンを挟み撃ちにする……ってわけね。その作戦、いけそうだわ」
 水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)は手を叩いた。実は緋雨も直感敵に、ほぼ同一の案を抱いていた。だが彼女がすぐに提案せず待ったのは、楓のようなルーキーに策を考えてもらいたかったからだ。
 おそらくこれが最良の策だろう。フィリップも同意し、渡河担当のメンバーからは反対の声が上がることはなかった。決行だ。
「ふむ、じゃがその手段を採るには、死を恐れず崖道を征き、しかも後方からの奇襲という難事を成し遂げる少数の志願者が必要じゃな。あまり大人数じゃと敵に感づかれる畏れもある」
 天津 麻羅(あまつ・まら)は一同を見回して告げた。
「無論」
 麻羅は片手を挙げた。
「わしは志願するぞ」