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【初心者さん優先】ダンジョン☆鍋物語

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【初心者さん優先】ダンジョン☆鍋物語

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●SCENE02 (part1) : Big Game

 人員配分を考えて、ダンジョン探索の戦闘部隊は二つに別れていた。
 こちらは、より深い階層を進むもうひとつの部隊である。氷室カイらの所属する部隊が戦闘に巻き込まれ足止めを受けていたため、結果として先行隊となっている。

 洞窟は突如、蒼い水晶がほうぼうから顔を出す幻想的な空間へと姿を変えていた。
「綺麗……前来たときは、こんなところ通らなかった」
 小山内 南(おさない・みなみ)は、うっとりとした口調で言った。彼女はこの洞窟の経験者だ。
 さりげなく七枷 陣(ななかせ・じん)が告げた。
「いや、南ちゃんのほうが綺麗やで」
「そうですか」
 しばらく黙々と南は陣と肩を並べ歩いていたが、ややあって頓狂な声を上げた。
「えーーーっ!」
「わ、びっくりした!」
「意味を理解するまで時間がかかってしまいました……! そ、そんなロマンチックなこと言ってもらえたの初めてなんで、どう反応すればいいのか……でも、あ、ありがとうございました」
 南の顔は火が出るほどに真っ赤だ。発言主の陣も驚いてしまった。口説いた形になっているのではなかろうか、これは。
「いや、あー、なんつうか、軽いジョークやから。そんな本気にとらんとってな」
 言いながらそっと、陣はパートナーのリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)の姿を探した。幸い、リーズは水晶に気を取られていて(多分、『ゼリーみたい……食べられるかな?』なんて考えているのだろう)聞いていないようだった。今日は連れてきたのがリーズだけで良かった。耳ざとい真奈がここにいたら恐ろしいことになっていたかもしれない。
「でも、嬉しいです……」
 恥ずかしげにうつむく南を見て陣は思った。
(「南ちゃんて、人懐っこそうでえぇ子な感じはするけど……何か雰囲気っつーかなんつーか……うぶすぎて騙されやすそうな感じやな……苦労しそうな気がする……」)
 これが気のせいであればいいのだが。
 同じく、水晶の回廊を歩みつつ師王 アスカ(しおう・あすか)は芸術家の魂を刺激されているようだ。
「自然や魔法、幾多の偶然と長い年月がこれを作り上げたのよね、それを思うと感慨深いわぁ♪」
 アスカの手には、常時手放さぬスケッチブックとペンがあった。歩きながらサラサラと水晶を写し取っている様子だ。
「鴉もそう思わない?」
「何が?」
 突然話をふられた蒼灯 鴉(そうひ・からす)は首をかしげた。
「水晶の洞窟に美を感じないか、ってこと〜」
「芸術話はまたの機会にしてくれ。こんな見通しの良い場所でもいきなり何があるかわからねぇだろ。俺は警戒に集中したいんだよ」
「何よ、戦場にあっても刹那的に美へ心を寄せるのが真の自由人でしょ〜」
「お前意味わかって言ってるのかそれ? とにかくそんな話は後だ後」
 鴉に袖にされてしまい、多少むくれつつもアスカは首を横に向けた。
「ルーシェリアさんはそう思わない?」
「え?」
 アッシュブロンドの髪、清楚な顔立ちの少女が振り返る。彼女はルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)、アスカとは出発時に軽く自己紹介しあっただけだ。彼女は何度か、エメラルド色の眼をしばたいた。
「あ、はい、そう思いますぅ」
 ルーシェリアは緊張気味に答えた。ただ、口にした言葉は実際に思っていることでもあった。彼女はまだ、冒険に熟達しているとはいえない。しかしそれゆえに、見るもの聞くものすべてが物珍しく、新鮮で、アスカが言う通りこの洞窟にも、心を揺さぶられるような強い印象を覚えていたのだ。
「さすが、わかる人はわかってるね♪ あと、ナベモンも楽しみっていえば楽しみよね?」
「ナベモン?」
「ほら、鍋の具材みたいなモンスターが出るっていうでしょう? 鍋モンスター、略して『ナベモン』♪」
「あはは、それ、面白いですね」
 気さくなアスカの口ぶりは、いつしかルーシェリアの緊張をほぐしていた。ルーシェリアの口元には自然な笑みが浮かんでいる。
(「笑うとなかなかの美少女じゃない♪ 冒険が終わったら肖像画のデッサンでもさせてもらおうかしら〜」)
 とアスカが思ったそのときである。
 大きな水晶の陰から、にょっきりとシメジがあらわれた。ようするにキノコ、といってもただのキノコではない。子どもほどの背丈がある巨大シメジなのだ。
 シメジにとどまらない。他の陰からはシイタケが、あるいは白菜が、あるいはネギが、パソコンデスクほどの豆腐まで姿を見せていた。一行は包囲されつつあった。
「これは見事なナベモンですねぇ♪」
 アスカは驚くよりむしろ喜び、ふむふむと感心しつつデッサン帳をめくった。そして当然のように、「こんなユニークな魔物はなかなか出会えないからね〜」と、白紙のページにモンスターを模写しはじめた。
 喜んだのはアスカばかりではない。彼女の傍らにあったオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)も、お茶を共にする友人が訪ねてきたかのようにくすくすと笑った。
「ふふ、可愛らしい魔物ね。これが鍋の具材として入ると思うと愉快だわ。エリザベート校長もいい性格してるわね」
 敵を前にして楽しげなアスカとオルベールに、ルーシェリアは目を丸くする。剛胆、というべきなのだろうか。いや、もっと純粋に、生き方を楽しんでいる、というべきだろう。
 やはりアスカのパートナー、ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)は軽く肩をすくめた。
「これはまた奇妙なモンスターだな……おっと、アスカの行動は気にしないでくれ。ああ見えて、ちゃんとやるべきことはやる人だから」
 というルーツを見上げて、ルーシェリアはまた別の意味で息を呑んだ。なんと美しい青年だろう、顔立ちが整っているばかりではなく、深い眼差しと白磁のような肌には気品があった。物語に出てくる王子様というのは、きっと彼のような顔立ちをしているに違いない。
「ルーシェリア、君は騎士だったね。接戦を頼む。バックアップはさせてもらう」
 翠玉のようなものが填められた魔道銃を手に、ルーツは優しく彼女に呼びかけたのである。
「はい! 後詰めはよろしくお願いします!」
 自分でも驚くほど大きな声で応じると、ルーシェリアは戦闘用ビーチパラソルを小脇に抱え、シメジモンスターに突きかかった。
「威勢のいいルーキーだな、気に入った」
 鴉は幻槍を手に、ルーシェリア同様前線へ飛び出した。
「アスカったらいつまで描いているの?」
 オルベールが問うと、アスカはふふっと笑って答える。
「自分の信念を曲げず戦うのが私のスタイルですもの♪ 大丈夫、各個撃破はするわよ、描き終えたのから順に♪」
「やれやれ」
 だけどそれがアスカらしさ、と思いながら、オルベールは最初の遠距離弾を放った。
 敵は何体、いや、何十体いるだろう。ルーシェリアが目視できる相手だけでもぞっとするほどいた。しかし、
「待ち伏せしてもらって悪いが先制は取らせてもらう」
 ルーツがヒプノシスを発動、眠りの世界に多数のモンスターを誘い、
「一糸乱れず動かれるとややこしいんでね、ちと混乱していてもらおうか」
 鴉が敵陣を側面から急襲する。
「援護感謝します! てやっ!」
 武器を手にしたルーシェリアも、他の仲間に遅れない。疾風迅雷の激しい一撃で、見事にシメジを討ち取った。

 静謐なる沈黙に満たされていた水晶の洞窟は、今や剣戟の奔流に洗われている。
「このっ……このっ!」
 南も剣を抜いて、大振りの蟹と切り結んでいた。多足を活かし、蟹は縦横無尽のステップを踏む。対する南は翻弄されっぱなしだ。剣を振り回すも甲羅に弾かれてばかりである。
「どうして効かないの……!」
 数度の攻防を経て息切れしつつ、南は剣を逆手に持った。これで突き刺すつもりだ。躍りかかろうとする彼女を、
「そいつはやめたほうがいいな、お嬢さん」
 力強い腕が押さえた。といっても強引な印象はなかった。礼を失わないように、そっと剣を取り上げて握り直させている。教導団の軍服……顔を上げた南は、声の主を知った。
「蟹なら任せてくれ、専門なんでね」
 彼の名はシャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)、すらりとした長身、長く伸ばした髪は、いくらか黒みがかったダークブロンド、どことなく、獅子を連想させる気高い雰囲気があった。シャウラは槍を長めに握り、左前に構えると軽く腰を落として攻防一体の構えをとった。
「ま、専門といっても『料理』の専門なんだが」
 口元に笑みを浮かべる。この姿勢からなら攻撃の受け流しは容易だ。一転して攻めに転じることもできる。
 シャウラの威圧感に怖れをなしたか、蟹はじりじりと距離を取った。
 とん、と南の両肩に手が置かれた。
「君は戦いに集中するあまり、いくらか冷静さを失っていたようですね」
 その青年もまた長身であった。シャウラに比べるとやや華奢な体つきだった。透明度の高いブルーの髪、同じ色の瞳――彼はシャウラのパートナーユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)だ。
「ご覧なさい。シャウラが蟹退治の手本を見せてくれます」
 ユーシスは南に告げた。その声はどことなく朧気で、この世のものではないように感じられた。
「あまりハードルを上げんでくれ、ユーシス」
 シャウラは苦笑するが、その目は一ミリたりとも蟹から動かない。腕も足も動かさない。
 先に動いたのは蟹だった。ハサミを前に打ちかかる。
「行くぜ!」
 だがそれこそシャウラの待ち望んでいたもの、反射的に手をテコにして槍を風車のごとく回転させ、その頑丈な横腹で蟹の頭蓋を殴りつけた。長い槍のほうがリーチで有利なのは当然、しかも遠心力が加わって、強烈な打撃へと変化した。ぴしゃりと乾いた音が立った。頭蓋にヒビの入った蟹はよろめき、ハサミの一撃は大きく空を切っていた。
「甲殻類は刺突より殴打が効くんだ。ほら、頭がぐらぐらしてるだろ」
 言いながら、シャウラはさらに電光石火の一撃を加えている。
「倒せそうですね。一気に畳みかけましょう」
 ユーシスが腕を伸ばすや空気中の水分が突如として氷結し、大蟹の足から胴を霜で包みその場に固定した。絶対零度の氷術だ。蟹は血の気を失い、赤みがかった体をみるみる紫色に変えていく。
「そこ、割ってくれ」
 シャウラの指示に従い、「はい!」と南は地を蹴って蟹に急迫、ヒビ割れを剣で突き砕いた。
 今度は槍を極端なまで短く両腕で握ると、シャウラは割れ目にその切っ先を突き入れた。
「脳さえ潰せば、蟹怪物もただの鍋具材だぜ!」
 ぐさっと柔らかな物を刺し貫く感触、途中堅いところもあったが強引に押し込む。やがて蟹は動かなくなり、腹を上にして斃れた。
「戦いの強さは『力』のみが左右するんじゃない。重要度が大きいのは頭……つまり作戦の優劣だな」
 蟹の骸に足をかけて槍を引き抜き、シャウラは額の汗を拭った。南に振り向いて、
「入口のところで挨拶したきりだったな。改めてよろしく、俺はシャウラ・エピゼシー、こっちは相棒のユーシス・サダルスウドだ」
「しばらく共闘しましょうか」
 シャウラとユーシス、二人を見上げて南は言った。
「でも私、経験不足だし、あしでまどいじゃないですか……?」
「経験という意味なら、私たちも大したことはありませんよ」
 ユーシスは微笑んだ。
「さっきも言ったろ、大事なのは作戦だって。集団戦ならまとまって戦うほうが有利だ。それに、君みたいに可愛い子がいてくれるほうが作業もはかどる」
「もうっ、からかわないでください」
 頬を染めつつ南は答えるのである。どうも今日は、慣れぬ言葉を受けてばかりで困る。