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【初心者さん優先】ダンジョン☆鍋物語

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●SCENE01 (part2) : It’s So Hard

 進行方向に向かってやや左側に夕陽たちは位置している。その反対側、右側面でも激しい戦闘が行われていた。
 ぐさっ、という確かな手応え。桑田 加好紘(くわた・かずひろ)の一撃が、海老怪物の外骨格の間を刺した。得物は細身の槍、針状のその先端で、海老の頭部と腹部の間を付いたのだ。槍は深く、五十センチほど突き刺さっただろうか。仕留めたかと思いきや、
「しまった……まだ動ける!」
 加好紘は舌打ちした。海老は怒りから甲高い声を上げ、加好紘の槍を喰らったまま身を捩ったのだ。その勢いの強さに、槍は加好紘の手を離れ飛ばされてしまった。危うい。加好紘のメイド服に、他の武器は仕込まれていなかった。
 しかし心配は無用、
「加好紘様、武器を拾って下さい!」
 加好紘の頼もしきパートナー、エイリス・ミュール(えいりす・みゅーる)が飛び込んで、メイスの一撃で海老の側頭部を横殴りにしたのである。その一撃は、一抱えほどもある海老頭部にめり込んでいた。
「エイリス、感謝する」
 加好紘は猫のごとき敏捷さで地に転がり、槍を手に立ち上がった。頭のカチューシャが揺れる。純白のエプロンは土でやや汚れていた。おおよそ戦闘には不向きと思われるメイド服だが、これこそ加好紘の普段着にして戦闘服、むしろ他の服を強いられれば動きが鈍る。
「どういたしまして」
 女性にしては長身のエイリスは笑みを浮かべている。この笑みこそ彼女のトレードマーク、どのような逆境でも絶やさぬ希望の灯だ。明け方の海のような蒼い髪を揺らし、エイリスはホーリーメイスを下段に構えた。
「加好紘様、もう一度海老が来ます」
「そのようだ。次こそ決めてみせよう」
 雄牛のように頭を下げ、オートバイほどの体躯を駆って海老が体当たりしてくる。
「先手、頼めるか」
「はいOK!」
 初手はエイリス、両手でメイスを提げ持ったまま走り、海老の頭部が届く直前、これを斜め上に振り上げた。ごずっ、と鈍い音がした。当たりは上々、いわばメイスによるアッパーカットだ。海老は顔の下を殴られて身を浮かせ、これを、
「今度こそ安らかに眠るのだよ」
 加好紘が突く。槍で突く。貫く!
 浮き上がることで丸出しになった腹部、細かな足が生えている辺りの柔らかな肉を、加好紘の槍は根元に至るまで刺し貫いていた。
「これで世は事もなし……往生せよ」
 加好紘はブーツを履いた足で海老の胴を蹴る。ずるりと槍が抜け、海老は横たわったまま動かなくなった。
「見事な連携だな。いいパートナーシップだ」
 手を叩く音に、加好紘とエイリスは同時に振り向いた。
 天突くような長身の男性がそこにあった。まばゆい銀の甲冑姿、波打つ髪は黄金で、冬の狼のような目をしていた。
 長身の男性はシグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)と名乗った。
「当前だが一対一の戦いなぞ滅多に無い。故に単独で戦っていたら、囲まれ直ぐに力尽きてしまう。こ後方支援してくれる、或いは自分の弱点を補ってくれるタイプと組むと良いだろう」
 シグルズは半人半神と伝えられる伝説的英雄である。このとき加好紘はそれを知らなかったのだが、確かに、彼の姿には神々しいものを感じた。
「先輩ぶるつもりはないのだが、少し見ていてくれないか」
 エイリスは驚きの余り声を出しそうになった。気がつけばシグルズの隣に、また一人、男性の姿があったのだ。服装からしてイルミンスール所属、それも、教職であると判る。
「俺はアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)、ご覧の通り教師だ。いささか口調が偉そうになるのは職業病でね」
 アルツールは厳しい目を前方に向けた。さきほど加好紘らが倒したのと同族、ただし、もっとでっぷりと肥った海老がのそのそと姿を見せたのだ。威嚇するように両手のハサミを振り上げている。
「我々魔法学校は本来、賢人の学び舎。戦いは本道ではないが……何らかのヒントを得てくれると嬉しい」
 アルツールはマントを払い片手をすっくと伸ばした。彼を守るように、シグルズがその前方に位置取りする。
「戦いの基本は二つだ。まず、『術や技の威力だけを見るな』。術や技の特性を把握し活用すべしということだな。魔法を使うにしても、敵の大きさからして火や氷の場合、中までダメージが通らない場合もありうる。あの海老などその好例だな、相当外骨格が厚そうだ」
 そんなときは、と彼は続ける。
「雷系の術を使えば相手が生身なら中までダメージが通るし、感電させ動きを止めることも可能!」
 言うが早いか、目が眩むほどの激しい雷光が彼の右手の先より迸った。サンダーブラストだ。
「もう一つは『隙を無くせ』。どんな技も魔術も、精神集中や呪文の詠唱等の際、必ず隙ができる。これをどう解消するかで生存確率は大きく変わるだろう」
「今回は僕が、アルツールの隙を無くす役割を担当しているというわけさ」シグルズが言った。「前衛は何も真っ先に切り込み突破口開くのが役割ではない。後衛の魔術師や射撃武器を持つ者への攻撃をカットし、或いは受け止める事で戦いを有利に運んだりもする」
「ありがとう。参考になった」
 加好紘が手を差し出すと、アルツールはこれを握った。
「諸君は天御柱学院所属だな。流派は違えど基本は同じはずだ。また、魔法に興味があればいつでもイルミンスールの門扉を叩いてほしい」
「では僕たちがフォローに回るから、二人はここで戦いの経験を積んでくれ」
 アルツールとシグルズは一歩退いた。
「はい、がんばります!」
 エイリスは笑顔でメイスを構える。
 まだ残敵は多い。この短い時間で加好紘とエイリスが何を学んだか、それが試されることになるだろう。