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リアクション
4章
全行程の、ちょうど半ばほど行ったところだろうか。
先導するメルカルトの、さらに前方を哨戒していた棗 絃弥(なつめ・げんや)が、最初の異常を発見した。
(前方に砂塵あり。あれは――神官と魔獣部隊か。上空にも影がいくつか。敵さん、ようやくお出ましだな)
あらかじめ構築されたルートに沿い、弦弥はまっすぐにヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)の元へ急ぐ。
ネルガルは、我々の存在をとっくに知っているはず。戦闘は避けられない。
であれば、万事に備えてこれに当たるべし。
ヴァルはこの瞬間のため、敵に先制するために、あらゆる手段を尽くしていた。接敵の予想位置まで割り出している。
「よーーし!! 全員、戦闘態勢だ!」
絃弥と同様に先行していたヴァルは、後方へ敵発見の連絡を飛ばしながら、自分は一人で風上へ向かい、手近な砂丘の上を目指した。
「――砂、砂、砂っと」
レッサーワイバーンの上。
霊装 シンベルミネ(れいそう・しんべるみね)が、四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)の肩の上に固定された銃型HCに地形の情報を収集している。身長10センチの彼女が全身でキーを叩く姿はなかなか微笑ましい――が、いけどもいけども砂と岩という景観に、少々辟易していた。
「ねぇ主殿、飽きてきたよー」
「もう? さっきまであんなにワクワクしてたじゃない」
「だってさ、こんなにずっと砂ばっかだと思わなかったんだもん」
シンベルミネはもう、キーボードの上に寝っ転がっている。
「しょうがないわね。じゃあ、もうちょっと速度を上げるわよ、――」
そう言いながら、速度は下がる。唯乃の表情は固い。
ヴァルと決めてあった「合図」を、視界のうちに発見したのだ。
「あ、主殿?」
「ミネ、お願い」
「――!」
シンベルミネはその一言で全てを了解すると、たちまち主を守る籠手と化す。
「シャンバラの皆様方」
――前方に敵。
ヴァルの連絡を聞いたメルカルトは、静かに剣を抜く。
「イナンナ様の栄光と、
わが主マルドゥークの誇りと、
この私の霊肉の全てを懸けて、
今、改めて、お頼み申し上げる。
奪われた地を取り戻すため、
奪われた命に報いるため、
そして、
この地に生きる全ての者の未来のため、
――どうか、我らカナンに、お力をお貸し願いたい!」
降砂を巻き上げて響き渡るその言葉に、契約者たちの魂が鳴動した。
「当たり前よ!」
弦弥が叫んだ。
同時に、敵のワイバーン部隊に向けて、両手のレーザーガトリングが唸りを上げる。
一斉に弦弥の方を向く飛龍の大群。10や20ではきかない数だ。
「ははっ、こっちは一人だぜ? かかってきな、トンボども」
三桁を超える殺意の視線を浴びながら、弾幕を張る弦弥の表情には笑みさえあった。
いきりたった群れが弦弥ひとりに集中しようとするその瞬間、後方から次々と火矢が飛来する。
突き立った矢じりから炎が上がり、痛みと熱にうめくワイバーン。
「いいよいいよー! 主殿!」
「挟み撃ちはとりあえず成功ね。ミネ、どんどん行くよ!」
「あいさー!」
奇襲はまだ終わらない。
「落ち着く暇なんて――与えません!」
さらに別方向から、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が、二丁構えた魔道銃からクロスファイアを放つ。
三方向からの、ほとんど同時に近い襲撃を受けて、ワイバーンの一陣は空で混乱する。
「今です美羽さん、この隙に!」
ベアトリーチェが叫ぶ。
「よーし――喰らえーぃ!」
小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)がもっとも手近な一頭に狙いを定める。
グリントライフルから目映い光条が飛び、狙い通り、ワイバーンの翼の付け根に命中した。
「落ちなさい!」
ベアトリーチェがすかさず、そのワイバーンに向けて奈落の鉄鎖を放つ。
揚力を失ったワイバーンは、砂煙を上げて墜落した。すでに絶息している。
美羽はその上に駆け上がると、セフィロトに届かんばかりの大声で宣言した。
「私は西シャンバラ・ロイヤルガードの小鳥遊美羽!
ドン・マルドゥークの名のもとに、
今より私たちシャンバラの契約者が、
ネルガルの圧政から、このカナンの地を解放する!」
シャンバラとネルガル軍の戦端が、ここに開いた。
「くっそー、カッコいいじゃねぇか! 負けてられねえ!」
美羽に刺激されたミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)は、一際目立つ赤いレッサーワイバーンに騎乗して、ひとつの群れの周囲を旋回しながら、群れを離れる個体を、確実にスナイプして行く。
「ドンに直接アピールするのは、別の機会になりそうだな」
そう言うと、旋回の半径を徐々に狭めていく。
群れの密度を高くすること、それが狙いだ。
「まあ見ててくれよ、メルカルトのおっさん――唸れ! 大魔弾コキュートス!」
ミューレリアは、自分で固めた群れの真ん中に向けて、強烈な魔弾を放った。
群れの中央でそれは炸裂し、激烈な凍気が一瞬で周囲を包む。
それは10を超えるワイバーンを巻き込み、次々と砂の上に墜としていった。
「はっはーー! 覚えときな、東シャンバラ・百合園女学院のミューレリア・ラングウェイをよ!」
「何という強さか」
ミューレリアの一撃に、メルカルトは感嘆していた。
もちろん、契約者の何たるかはマルドゥークより聞いている。
が、実際に、このような少年少女達に、これほどの戦闘力を見せつけられようとは。
彼のような男でさえ、思わず甘い期待をしてしまいそうだ。
(いかん。カナンを取り戻すその瞬間まで、寸毫も油断すまいぞ)
「やるね、ミューレリア」
こちらもレッサーワイバーンの上。ゴーグルの奥の瞳が光る。
桐生 円(きりゅう・まどか)だ。
「でも、百合園の力、まだまだ底じゃないよ」
そう呟くと、レーザーガトリングを撒き散らしながら、最も巨大な一団へ向けて突っ込んでいく。
無謀にも見える突撃。
先程からいいように翻弄されるワイバーンが、憤怒とともに円を襲う。
風を巻き、その太く鋭い爪が、寸分の狂いもなく、円の首を刈り取りに来た。
(いきますよ、円様)
(OK、アリウム)
確かに当たったはずの爪先に空虚な手応えを残して、円の姿が消える。
「!?」
「こっちだよ」
姿勢を崩したワイバーンの頭が、はるか上から撃ち抜かれた。
魔鎧アリウム・ウィスタリア(ありうむ・うぃすたりあ)が円にかけた神速と軽身功、さらに光学迷彩。
それらが織り成す魔法のようなコンビネーションだが、それを理解できた敵はその場にいない。
そのまま落下しつつ、両手のレーザーガトリングの反動まで利用して、円は空を舞う。
飛龍の群れは訳が分からず、混乱の極みにたたき込まれた。
円は地面すれすれ、落ちる寸前に光学迷彩を解いて、乗っていたワイバーンに着地する。
「円様、お見事です!」
「もうひとつ行こうか。あんなにカッカきてたら、永遠に分からないよ」
「ええ!」
笑いながら、円はアリウムについた砂埃を払った。
「それにしても、――しばらく休めそうにないね、これは」
――見上げた空には、さらに大勢の物言わぬ殺意が、黒雲のように立ちこめている。
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