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賢者の贈り物

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賢者の贈り物

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Part,Let’s Start The New Year!

 空京。
 魔法医師、サニディン・ハックマンの元に、故郷を失い、居候している機晶姫の少女がいる。
「あけましておめでとうございます」
 一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は、その少女、ヘリオドールがその後どうしているか気がかりで、正月の挨拶を建前にハックマン医師の元を訪れた。
「あ」
 アリーセを見付けたヘリオドールが、驚いて出迎える。
「お久しぶりです。あの時は、ありがとうございました」
「そんな前のこと」
 礼を言われて、アリーセは苦笑する。
「いいえ」
とヘリオドールは言った。
 彼女に、彼女らにずっと護られていたのだ。そして命を救われた。
 憶えている。忘れない。
 アリーセは、ふっと苦笑を伴う息を吐いた。
「……元気そうでよかったです」

 リリ マル(りり・まる)を足元に、アリーセのパートナー、久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)は、深い絶望の溜め息を吐いた。
「アリーセちゃんてば、冷たい……」
「まあまあ」
 テーブルに突っ伏しているグスタフに、ハックマン医師がお茶を淹れてやる。
 ヘリオドールに
「初詣にでも行きませんか」
と誘ったアリーセは、ヘリオドールがそのままの格好で出掛けようとするのを見て、グスタフの上着を剥ぎ取った。
「えっ、アリーセ、俺はっ!?」
「留守番していてください」
 ぴしゃりと言い放つアリーセに撃墜される。
「あの、私大丈夫ですけど……」
「見ているこっちが寒いので。アレは気にしないでいいです」
「気にして! 俺も、初詣!」
 グスタフは訴えたが、光の早さで却下され、2人連れ立って初詣に出掛けて行ったのだった。
「コートも取られ、娘も取られ……もう寒いったらないよ」
 はあ、と溜め息を吐き、ハックマン医師を見る。
「そっちの娘はどう? 元気?」
「そうだねえ、元気だけど、大人しくて、もくもく仕事していて、あまり外に出掛けようとしないので、ちょっと心配していた。
 気を遣っているのもあるし、娯楽を知らないんだろうね。
 来てくれて、連れ出してくれてよかったよ」
 ハックマンは笑う。
「じゃあ、俺が放置プレイされてるのも、ちょっとは報われてんのかあ」
「そりゃあもう」
 帰って来るのが待ち遠しい。
 ヘリオドールは初めての初詣から、どんな顔で帰って来るだろう。


 空京神社前で、アシュレイ・ビジョルド(あしゅれい・びじょるど)前原 拓海(まえばら・たくみ)は待ち合わせた。
 拓海に初詣に誘われてウキウキのアシュレイは、気合いを入れて振袖を着付けた。
「明けましておめでとうございます!」
「おめでとう。元気そうだな」
 挨拶を交わして、共に鳥居をくぐる。
「それはもう。
 シャンバラも独立して、日本にも理子様を称える声が溢れ……最高の年明けです!」
「相変わらずだな。まあ、今日は骨休めと行こう」
 苦笑しつつ、小柄なアシュレイが人の波に飲まれそうになるのを見て、
「大丈夫か?」
と手を差し延べた。
「あ、すみません……」
とその手を取ったアシュレイは、内心で、チャンス! と思う。
「あの……はぐれたくないので、このまま、手に掴まっていてもいいですか?」
「ああ……そうだな」
 周囲の人込みを見て、拓海も納得する。
 二人はそのまま手を繋いで、屋台の方へと歩いた。

 拝殿でお参りを済ませ、おみくじを引く。
 ちなみに結果は、アシュレイは吉で、拓海は小吉だ。
「今年も色々あるってことかな」
 顔を見合わせて苦笑する。
 近くの木の枝におみくじを結んだ後、
「もう少し屋台を見るか? それともどこか甘味処にでも」
と言いながら、再び歩き出した。
 そうそう、と、アシュレイが着物の袖を軽く振る。
「これ、前原さんに貰った振袖ですよ。似合ってます?」
 クリスマスプレゼントに拓海が贈った、小桜と牡丹の振袖。
 密かに、気に入ってくれたかを訊ねるタイミングを狙っていた拓海だったが、アシュレイの方からそう訊ねられて、頷いた。
「気に入ってもらえたろうか」
「それは、勿論です!」
「よかった。安物で申し訳ないが……成人式にも使えるだろうし」
「えっ」
 アシュレイは、どきりと胸を鳴らせて、拓海を見上げる。
 それって、それって……
「成人式の時も、一緒にいてくれるってことですか……?」
「え……」
 どきりと戸惑いつつ、拓海もアシュレイを見つめる。
 見つめあう。

「こんな人込みで何突っ立ってやがんだ!」
「きゃ、」
 どしん、と背中から押され、アシュレイがよろめく。
 慌てて拓海が支えようとし――

 唇が額に触れるとか、唇と唇が触れ合うとか、そういう展開には残念ながらならずに、拓海の顎にアシュレイが頭突きをかましてしまったのだった。


「おお、美味そうな匂いがするぞ!」
「もー、屋台は後なんだよ」
 色違いの、揃いの振袖を着た少女2人。
 初詣の習慣を知らず、興味も無く、どちらかといえば出店の屋台に興味津々の魔女、ミア・マハ(みあ・まは)を、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が引っ張って行く。
 ミアが水色、レキが桃色の振袖だ。
「お参りしてからだよ」
 ミアは未練がましく屋台を見たが、確かにはぐれると困るし、折角おそろいの振袖を着て来たのだ。
 レキに付き合って参拝ぐらいして行こう、と思う。
「これはどうやれば良いのじゃ?」
 賽銭を入れて、手を合わせる。
「――それで、手を合わせて、願い事をすればいいんだよ」
 ミアに説明し、レキも、願った。
 今年も良い年でありますように、と。
 目を開いて隣りを見る。
 何やら懸命に祈る様子に微笑む。
 ミアや、パートナー皆で一緒に、いい年でありますように――
「念の為、身長や胸が大きくなりたいって祈っても無理なんだよ」
「な、なッ」
 ミアが真っ赤になって顔を上げる。
「そ、そんなことを祈るわけがなかろうがッ」
 今年は成長しますように、と、願ったのだ。
 身長とか胸とか胸とかを限定などしていない。断じて。
「ミアはもうそこで成長が止まってるんだよ」
 魔女に、体の成長は殆どない。
 無論そんなことは最初から解っているのだが、そこは乙女心というやつなのだ。
 ぐぬぬぬと唸っているミアにくすくす笑って、レキはからかうのを終わらせる。
「さて、お参りも済んだし、次はおみくじを引くんだよ」
 その次は屋台ね、と言うと、ミアはぱっと顔を上げた。
「ミアは何を食べたい?」
「……うむ。たこ焼きを所望する」
 お年玉で懐が暖かいので奢ってあげる、と言うと、ここに来るまでに既に見当をつけてあったミアは、即答に勢いで答えた。
 おみくじの結果は、レキが中吉、ミアが小吉。
「残念」
 レキは苦笑する。
 仕方ない、大吉との差分は、自力で頑張って幸せになることにしよう。
「レキ。大判焼きが売っておる。あれを土産に買って帰ろう」
 ミアが屋台を指差す。
「そうだね」
「粒餡じゃぞ!」
 お財布を取り出すレキに、ミアは念を押した。


「故郷に帰らなくてもいいのですか?」
と訊ねても
「飛行機代かかるし面倒だし」
とはぐらかされるだけで、
「ジャパン観光したことないし、ここなら気軽に東洋の神秘を体験できそうだ」
と、空京神社へ初詣に行くことに決めたシャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)に、溜め息ひとつついて、パートナーの吸血鬼、ユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)も従う。
 空京神社の敷地といったら呆れるほどで、境内の屋台の数も半端ではない。
「これが綿菓子か。ふわふわだな!」
 不思議そうに綿菓子をぱくつきながら、
「何だあれは?」
と、屋台の並びに、一際大きな何かを見付ける。
「森海魚すくい……?」
 呆気にとられた。
 3メートルほどの高さの巨大な水槽……もとい空槽。
 囲われた中、空中を、人の身長より長い巨大な魚がゆらゆらと泳いでいる。
 無言で腕まくりをはじめたシャウラを、ユーシスが慌てて止めた。
「こんなのすくってどうするんですか!」
というか、どうやってすくうものなのだろう。
 止めるユーシスに渋々諦め、シャウラは別の屋台に目を留めた。射的だ。
「面白そうだ。やってみようぜ、ユーシス」
 これならと、嬉々として屋台に向かう。
「はしゃぎすぎですよ」
 呆れるユーシスに、
「何言ってんだ。こういうのは楽しまなきゃだろう」
と、人の波に呑まれながらも、屋台の前に辿り着く。
「ほらよ」
と、自分の分のコルク銃を渡され、仕方ないですねと受け取った。

 ……結局、ユーシスの方が熱中して、山程の景品をせしめ、拝殿近くまで行って、今度はおみくじの旗を見付ける。
「これはどういう風にやるんだ? 作法とかあるのか?」
 あちこちにいる袴姿の巫女の中で、特に可愛い子に訊ねていると、
「おにーさん、神社初めて?」
と声を掛けられた。
 巫女姿ではないが、神職と思われる服装の女性が笑っている。
「まあな」
「やーねえ、あからさまにがっかりしないでよ。
 巫女なんて下っ端よ下っ端! こっちの服装の方がより神秘的でしょ」
 けらけら笑いつつ、はいおみくじ、好きに引いて、と言うので、とりあえず引いてみる。
「巫女さんの方が、袴エキゾチックでいいな」
「正直ねえ。まあ巫女の方が初心者には解り易いかあ」
 やっぱり私も巫女装束にしようかしら、とブツブツ言う声を聞き流しながら、引いたおみくじを開いてみると、『吉』とあった。
「これは、いいのか?」
「まあまあ、ってとこね」
 訊ねてもいないのに、アミねーさんて呼んで、と名乗った烏帽子無しの狩衣装束の女性が横から覗き込んだ。
「待ち人は……『たよりあり。待て』か」
 真剣になって見るシャウラに、
「まあ話半分で見ておくのね」
と苦笑している。
「べ、別に信じるわけじゃないが」
「あ、『大吉』です」
 遅れておみくじをひいたユーシスが言った。
「あら、よかったわね」
「旅行、『遠方に行き利益有り』だそうですよ、シャウラ」
「……それが?」
「遠方っていったら、地球でしょう。夏には里帰りしませんか」
 強引にせがむと、
「……考えておく」
という答え。
「憶えておきますからね」
とユーシスは念を押した。
「お参りはした? 折角だからそこまでやっていったら?」
 アミの言葉に、ユーシスは途端に戸惑う。
「あら、気乗りしない?
 無理強いしないけど、雰囲気を楽しむ為に来たんでしょ?」
「俺はやるぜ?」
「あ、付き合います。ただ……すみません、信仰する神が、違うものですから」
 少し躊躇ってしまいました、と言うユーシスに、アミは笑った。
「そんな大仰に考えなくても。
 どうせ神様は願い事なんて叶えてくれないわよ」
「叶えてくれないのかよ」
 そんなこと言っていいのか、と、呆れてシャウラが言えば、
「神様は、願い事が叶うように応援してくれるだけよ。自力で頑張りなさい。ほらお参りお参り」
と、2人を拝殿へ引っ張って行く。
 引っ張られるまま、説明されるままに手を合わせながら、ユーシスは、シャンバラ女王へと祈りを捧げた。

「あ」
 そして教導団へと帰る鉄道車両の中、思い出したようにシャウラが呟いて、
「どうしました?」
とユーシスが訊ねる。
「……巫女さんと写真を撮るのを忘れたぜ……」