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前後不覚の暴走人

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前後不覚の暴走人

リアクション

 ティータイムが再開されたカフェテリア西側の道では、東と同型のゴーレムが進行してきていた。
 東側とほぼ同時に始まった戦いは、しかしまだ終わっていなかった。ゴーレムには然したる破損もない。
 その理由は、
「ゴーレムを苛めないで下さい! 苛めと見なす攻撃はこの私、赤羽美央が防ぎます」
 赤羽 美央(あかばね・みお)がゴーレムの周囲を動き回り、防護しているからだ。
 片手で盾を振りまわし、向かってくる銃弾や魔法を弾き逸らす彼女を見て、コートを羽織りカービン銃を構えるセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は吐息し、
「これじゃ埒が明かないわね。ちまちま攻撃しても弾かれるし」
「じゃあどうするのよセレン。このまま傍観って訳にも行かないでしょ」
 応答するのはランスを肩に担うセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)。彼女は空いた手で短めの髪を掻き、隣に立つ相方に意見を求めた。
 その相方が数秒悩んで出した答えは、
「勿論一斉射撃よ。……一応、出来るだけゴーレムだけを狙うっていう前提つきでね。あたしながらナイス作戦!」
「す、凄い大雑把な……。いくら何でも乱暴過ぎるでしょそれは! ゴーレム護ってる子に直撃したらどうするの」
「知らないわよそんなの。というか、美央は何でゴーレム護ってるのよ!? 午後のお休みを邪魔されて凄いイラついてるのに」
「それこそ私が知る訳ないでしょうが! 少しは落ち着きなさいよセレン」
 どうどう、とセレアナはセレンフィリティを制そうとするが、
「あー、もうこの逸るイライラを我慢できない――! ゆっくりお茶を飲ませろ――!」
「欲望丸出しだから、マジで落ち着きなさい。唯でさえセレンはいつも暴走して被害増やすんだから!」
 最早言い争いの体に変わって来た女性のやり取りを後目に、ゴーレムに相対する影が、彼女らの背後に幾つか出現した。
「キャットファイトは無視して、さっさと打ち抜きますよ。ジーク、準備は良いですね」
 口の端に煙草を咥え、二丁の拳銃を突きだす坂上 来栖(さかがみ・くるす)と、
「……ふん、このような無機物相手に多数でとは、全く興が乗らん。が、まあいい。一度くらいは協力してやる。こちらに合わせろ、来栖」
 尊大な口調で命令を返す英霊、ジーフリト・ネーデルラント(じーふりと・ねーでるらんと)は愚痴った後腕を振り、
「我が宝は朱に染まりて――、行け武装よ」
 ジーフリトが呟いた瞬間、彼の周囲から数本の剣がゴーレムの方向目掛けて射出された。
 そう、ゴーレムの“方向”に。
「「危なっ!!」」
 射線上にあったセレアナとセレンフィリティは咄嗟に伏せて投擲を回避。そのまま直進した剣数本は、
「だから、苛めは駄目と、何度言ったら、解るんですか!」
 美央の盾によって弾かれ、止められた。
「ちっ、ただの女如きが我が攻撃を――ぐあっ! 脈絡無しの張り手とは、何をする来栖!?」
「何をするじゃないです! 味方諸共投げナイフで串刺しにする気ですか?」
「下民がどうなろうとしったことか。それに投げナイフではない。投げソードだ」
「どっちにしろ意味は同じでしょうが――!」
 来栖の憤慨を受けたジーフリトは舌打ちを一つし、
「もう飽きた。我は帰る」
 と、踵を返して歩き、離れた場所で読書を始めた。
「……仕方ないですね。拳銃だけでは心許無いですが、とにかくぶっ潰しましょう」
 吐息して呟く来栖は、銃撃を開始した。その全ては、ゴーレムの頭部に走る。が、
「苛めガード」
 美央が頭部を護り、威力を通さない。だが、銃撃は止まることがない。
 その弾丸に反応し、動く姿が二つあった。
 長原 淳二(ながはら・じゅんじ)七刀 切(しちとう・きり)が石像を両脇を駆け抜けているのだ。
 長原は刀を、切は身の丈ほどの光条で出来た大刀をもち、ゴーレムを挟んで両翼に展開した。
「はは、来栖さん。わいの、七刀切の存在を忘れて貰っちゃ困るねえ。その心許なさを払拭するぜい」
 来栖に声を駆けるのは、右翼で大刀をバット持ちする切で、
「同じ近接戦闘のよしみだ。俺も協力しよう。二人の斬撃と一つの銃撃を一人では防ぎきれんだろう」
 左翼展開する長原がタイミングを合わせて刀を抜き放つ。
 対しゴーレムは両の腕を振りかぶり、
「…………アア!」
 拳を落とす。両翼を迎撃しようとする。硬質で重量のある振り下ろし。
 その威力を表すように行き先に風切り音までついている。だが、
「俺には当たらない。恐らく、そこの七刀にもな」
 長原の言葉通りになった。巨体が災いし脇下に入った相手を捉える事は出来なかったのだ。
「ゴーレムっ! く、銃撃が!?」
 美央は来栖の連射を前に身動きをとることが出来ない。
 既に肉薄を終えた切は上半身を引き絞りスイング体勢を作る。その上で腰を落とし、
「行くぜえ、ゴーレム。しっかりすっぱり切れてくれやあ!」
 瞬間、剣閃が二本走った。
 通る個所はゴーレムの右ひざと左すね。
 踏み込みによりゴーレムの背後に身を置いた長原は、抜き身の刀を静かに鞘に納め、
「うん、俺の剣も中々、それなりには行けるようだな」
 直後、ゴーレムの足が切り離された。
 ゴーレムは上半身の重さによって、砂煙と共に前のめりで倒れて行く。
「きゃあっ!」
 物理法則に従い、ゴーレム頭部にいた美央は振り落とされて地面を転がった。
 残るのは無防備になったゴーレムの上半身。動きを止めてはいないが、しかし進行は不可能となった。
「来栖さん、止めはお願いしますぜえ!」
 頼まれた来栖は手を掲げ、
「それでは期待に添いましょう。ヘルファ――」
「――あいや、待たれい!」
 来栖のスキル発動は、突然現れた大声により止められた。声の持ち主である童話 スノーマン(どうわ・すのーまん)は雪だるま姿を揺らして憤りを示しつつ、
「魔法学校の生徒が力技とは嘆かわしいでござる。もっと平和的解決は出来んでござるか?」
 未だ動き続けるゴーレムと、来栖らの間に入った。彼だけではない。
「そうですよ皆さん。ここは一つ、俺たちに任せて見るのはどうでしょうか?」
 黒髪の青年、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)も仲裁に参加していた。
「……任せるって、自分らそれをどうするつもりだあ?」
 切が問うも答えず、代わりに彼は眼前で倒れている美央を見て、次に上半身だけで器用に体勢を整えるゴーレムの姿を見て、
「おお、流石は我らが雪だるま王国の女王! この猛攻の中で下半身以外は無事ですね」
「うむうむ、制御部位である頭が無事であるならば、いくらでも修理がきくものでござる。ここからはメイガスの力の見せどころで御座る」
「と、いうわけで皆さん、ここにいるスノーマンさんが何とかしてくれるようです。静かに見守りましょう」
 クロセルが通告する前に、スノーマンはゴーレムの背に乗り、石で出来た後頭部に視線を集め解析を始めた。
 ゴーレムは完全に動きを止めた。内部構成を調整されているからだ。
 物として扱われる無機物故の判断。
 スノーマンは冷静に、笑みを浮かべながら魔術的解析を続けていたが、
「むっ?」
 突如として、その表情が変わった。笑みから、緊の一字に。そして言う。
「……クロセル殿、構成がおかしいで御座るぞこのゴーレム」
 彼の台詞に、ざわめきの声が飛ぶ。
「暴走しているにしてはあり得ない程の、理路整然とした術式が掛かっているで御座る。それもかなりの精密度で。これでは直しようがないで御座るよ」
 壊れている所がないのであれば当たり前だ。
「どういうことですか……?」
 呻くような声をクロセルは上げる。
「それはもっと深く解析をせねば……っ、皆、離れるで御座る!!」
 突然の勢いで、スノーマンが焦り叫んだ直後、ゴーレムが発光。
 爆発四散した。
 原型が残らぬ程の粉砕。
 だが、爆圧も爆炎もほとんどない爆発。
 それでも、風と大音と大量の煙が当たりを覆った。
 周囲から一切の音が聞こえなくなる程の大音量。一メートル先が見えなくなる程の煙幕。
「――スノーマンさん!?」
 クロセルはその光景に驚愕の声を上げるが、
「拙者は大丈夫でござるよー」
 煙を挟んで張りのある声が戻って来た。それを聴きクロセルは胸を撫で下ろす。
 だが、煙の中のスノーマンの表情は曇ったままだった。
 彼は飛来した破片で顔を傷つけながらも、それを意識に入れることは無かった。代わりに、
「どういうことで御座るか、これは?」
 疑問が出た。
 解析の濃度を上げようとした瞬間に爆発を迎えた。それも、人体に影響なく、本体その者だけを粉微塵にする精度の高い爆発だ。
「暴走、で御座るか」
 彼は虚空を見て溜息を吐き、
「これがもしそうであるなら、拙者の暴走の定義は書き変えねばならんで御座るよ」