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【新入生歓迎】特盛り? 愛の詰まった校外学習

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【新入生歓迎】特盛り? 愛の詰まった校外学習

リアクション

 どこから話そうか、とルキアが切り出したのは、湖に着いてからのこと。先輩たちの姿も見えたけれど、まだ友達も少ない彼らは同じ新入生同士で集まっていた。
 釣りでもしようとカールハインツ・ベッケンバウワー(かーるはいんつ・べっけんばうわー)がしなる枝を探し、アルネ・ブレプスはそれに絡む丈夫な蔦で仕掛け網を作り始めた。
 ルキアは先輩たちが自力で食料を調達する機会を与えてくれたことを、素直に感心して従っていたものの……良家で育った彼にとって土いじりをする機会はあまりなく、飛んでくる昆虫に怯えつつロレンツォと共にナイフで釣りを掘り続ける。
「兄様、こんな陸に魚の餌などあるのですか? 川の中で苔か何か集めるものだと思っていました」
「いいや、こういう適度に湿り気を帯びた土の中に……ホラ」
「きゃあっ!?」
 同じ双子といっても、ロレンツォは体が弱かったため無理に習い事をすることも無く、体調の良い日は自然と触れ合うことのほうが多かった。そのため土の中から笑顔でミミズを取り出すも、素手で触る兄を信じられない光景を見るかのように凝視している。
 そこへ、悲鳴を聞きつけたカールハインツがやってきた。
「あれ、女の子の声が聞こえてきた気がしたけど……気のせいか」
「ルキアは僕に代わって教育を色々受けていたから、虫とかこういう生き物と触れ合う機会が少なかったんだよ」
「妙な声を出してしまってすみません、僕はもう平気ですから」
 裏返った声を整えて、少しぎこちない笑みを浮かべるルキアを一瞥すると、カールハインツは削った枝にテグスを結び始めた。
「随分と用意が良いんだね」
「こういうのは、持ち歩かないと落ち着かない性分なんだ。何にでも役立つんだぜ?」
 完成した釣り竿の出来映えを探るように一降りすると、後ろで騒ぎが大きくなってきているのに気付いた。
「むーっ! 剣は見えてるのにっ、見えてるのにぃいいいっ!!」
 何度目かの捕獲網に引っかかりながらも、アネイリン・ゴドディン(あねいりん・ごどでぃん)は必死に畔に刺さったエクスカリバーへ辿り着こうとする。煌めく湖の反射を浴びてキラキラと輝くそれは、引き抜いてくれるに相応しい持ち主を待っているかのようだ。悔しさのあまり佇む湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)を睨んでみる。けれども彼はかつて仕えた王の幼さっぷりに、成長を見守るような目つきで微笑むだけ。ハラハラと心配そうに見つめているのは、イランダ・テューダー(いらんだ・てゅーだー)くらいだ。
「だ、大丈夫かな、あの子……」
 ちょっと葦原の、いや社会の厳しさを教えてあげようと罠を仕掛けると言い出したのは紛れもなく自分だ。それがちょっとよいこの絵本 『ももたろう』(よいこのえほん・ももたろう)の協力を得られたからと言って、意気揚々と作り過ぎただろうか。
「だから、こんなことやめようって言ったんですよぉ〜……」
 イランダの影に隠れていたももたろうが、怖々アネイリンの様子を見るが、彼女が絡まっている網を仕掛けたのも転がり落ちた落とし穴を作ったのも、あまつさえ底にとりもちを仕掛けたのも……全てももたろうだ。
(罠を仕掛けたいとは言ったけど、そういう知識が無いからほとんど任せっきりだったからね)
 危なくなったら助けてあげるつもりもなくはなかったけれど、何故だが試練の1つとなってしまった彼女は何度も立ち上がって剣を目指す。助けてあげたくとも助けてあげられない状況に、イランダは落ち尽きなく辺りを歩き始めた。
(本当にもう、ツンデレなんですから……)
 そうは思っても、イランダに何をされるかわからないので口にせず、懸命に頑張るアネイリンを応援する。その影では幾人かの新入生も巻き込まれてはいるのだが、彼女ほど盛大に罠にかかる生徒も珍しい。宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)はその元気の良さに苦笑する。
「どう、釣れてる?」
 仕掛け編みを手にやってきたアルネに見せるため手にしていた釣り竿を上げると、祥子の竿には真っ直ぐな針が付けられているだけ。裁縫道具を持ち歩いていたりと針を持っている生徒は何人かいたようだが、その先を曲げず餌もつけずに釣りをしていたのは彼女だけではないだろうか。
「何をやってるんだよ。ボクらの昼食がかかってるんだ、道具が揃ってるなら真面目にやってもらいたいもんだね」
「心外ね、これでも真面目よ? ここは昼食を確保する場でもあり蟠溪釣魚台でもあるんだから」 意味が分からないと眉根を寄せるアルネに、祥子は立ち上がって右手を差し出した。
「太公望が文王に出会ったように、アルネにも出会いがあるといいわね。もちろんこれは、みんなに言えることだけど」
「心配してもらわなくても平気さ。ボクはボクに必要な出会いさえあれば良いんだから」
「それも一理あるかもしれないけど、協力者は多いにこしたことはないんじゃない?」
 手を差し出そうとしないアルネに気分を害すでもなく微笑んで見せるから、アルネは渋々と言った様子でその手を握ろうとした。
 ……ド―――――――ンッ!!
 その折り、湖畔では盛大な爆発音と水しぶきが上がる。方角からして、アネイリンがいた方向だ。周囲にいる生徒は皆、何が起きたのかと驚き中には武装する者までいるというのに、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)だけはまるで花火でも見るようにそれを眺めていた。
「やーっと抜けたみたいだな。さて、協力してくれた新入生たちの被害は……っと」
 修行と称して適当な岩に剣を刺し、それを抜くよう彼女に命じた牙竜は機晶爆弾を用いた罠を作っていた。彼女1人では抜けず、他の新入生らと協力して抜くことで先輩の愛を振りまくつもりだったのだが。
「……ん? あんな子に声かけたかな……?」」
 晴れる粉塵と霧の中、背が高く誰かに似たような顔立ちの凛々しい女性がこちらを見ている気がした。胸も大きく、勇ましい瞳は1度見たら記憶に残りそうで怪しいくらいに爽やかな笑顔を振りまかず、もしかしたら避難するように教えたかもしれない。
 ゆらりと女性の影が揺れる。瞬く間に彼女を囲んでいた霧がすっかり晴れると、その印象的な胸元の前にアネイリンがいる。
「よくもよくもよくもっ! このボクに卑劣な罠を仕掛けてくれたな、この爽やかクサレ外道があぁっ!」
(おお、若々しかった王がキャメロット時代のように……本調子まで、あと一息といったところでしょうか)
 神々しい闘気を身に纏い、その威圧感に牙竜は言葉を失う。ランスロットは懐かしい記憶とともにアネイリンの背後に浮かぶ女性を見つめ、彼女と同じ動きをまたアネイリンもとった。強く握りしめられた柄から剣先までゆっくりと光を帯び、一閃が牙竜だけを目指して風を切る。
 言い訳も防御すらする間もなく、牙竜は広い湖の果てに飛ばされてしまうのだった。
 この一件が原因で、周囲にいた生徒は牙竜とアネイリンが起こした爆風が原因で飛んで来た鋭い小石を浴びるハメになり、騒ぎに巻き込まれてしまったルキアたちは治療のため一旦草原へ戻ることにしたのだが、それはある意味正解だったかもしれない。
 再び起きた大きな水しぶきにびくりと肩を震わせたのは、対岸で釣りをしていた三井 静(みつい・せい)。賑やかな場所が苦手で人の少ない場所を選んだものの、楽しげとは別の意味で賑やかな光景は臆病な静を怖がらせるだけ。三井 藍(みつい・あお)は静を安全な場所へ連れて来て良かったと思う反面、人と関わらないことは本当に彼のためになるのかと自問自答していた。
「あ……」
 静の呟きに水面を見れば、小さな気泡が釣り糸の先に浮かんでいる。先程飛ばされた人が岸を目がけて泳いで来たのだろうかと、針に絡まないよう釣り竿を引き上げたときだ。
「わーっはっはっ!」
 気泡が大きくなり、不穏な波紋が広がると水面から高笑いをしながら何かが姿を現した。まさか噂でしかないと思っていた伝説の生き物かと逆光に照らされた20m近くはありそうなそれを見上げると、静たちは開いた口が塞がらなかった。
 
 変熊 仮面(へんくま・かめん)が あらわれた!
 巨熊 イオマンテ(きょぐま・いおまんて)が あらわれた!
                                                

 どうする?
                                             

  コマンド
  たたかう
  ぼうぎょ
  どうぐ
 →にげる
 
 せいたちは にげだした!
 しかし まわりこまれてしまった!
                                             

へんくま『ぼーくの自慢の潜望鏡〜! ぼーくは海行く潜水艦〜』
                                             

へんくまは ふしぎなうたを うたった!
せいは 30のダメージをうけた!
あおは 17のダメージをうけた!
                                             


 イオマンテの頭の上で大きく仰け反る美の……と言っていいものか。貴公子を謳う変熊は、静たちの反応に上機嫌の高笑いをする。イオマンテが入浴出来る広さの湖を見つけたので、一緒に水中を泳いでいた彼はズレた仮面を整えて水で重くなったマントを絞り始めた。
「なに、あの人……」
「名物になりつつある先輩がいるって聞いたが……まさかな」
 襲ってくる様子は無いが、派手な仮面とマントのみの変熊を前に軽く混乱してしまった静は、何とかして欲しいと縋るように藍の制服を掴む。しかし、どちらかと言えば後衛でサポート側な藍には予想外の大物と闘う術はない。
「大丈夫かっ!?」
 対岸の異変を感じ、いち早く駆けつけたのはヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)だ。刀を構え、静たちを背後に庇う姿は似たようなマントを羽織っているとは思えないほど凛々しく感じる。
「伝説の生き物と言えど……いや、おまえはどこかで見覚えがあるな」
「伝説? はっはっは、この俺様くらいの貴公子ともなれば、伝説になるなど容易いこと。見覚えがあるのは当然だっ!」
「あー……変熊は、ねぇ。薔薇学の中でも色んな意味で目立つから、なぁ?」
 後を追ってきたスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)も、新入生の手前深いことは言わずコメントを最低限に控えるが、それではヴァルの怒りは収まらなかったようだ。
「先輩の愛と称し、トラップが仕掛けられていることは承知だ。しかし、そんな出で立ちで襲うとは同胞として情けないぞっ!」
 一喝するその声は、変熊の全身をビリビリと痺れさせ、危うくイオマンテから落ちる所だった。なんとかしがみついて踏ん張っていると、遅れて九十九 昴(つくも・すばる)たちが伝説の生き物が現れたのかと喜び勇んで駆けつけた。
「湖の生き物が熊とは予想外でしたね。これではもう少し魚を釣り上げた方が良いかもしれません」
「あたしも大きな魚だと思ったんだけどなー。でも、これはこれで食料になるかな?」
 今まさにイオマンテの頭上へ這い上がらんとしている所だったので、変熊の下半身を見ることなく済んだ吉木 朋美(よしき・ともみ)は、うきうきと学園から配布された甲賀薬師の書を捲り、ソースに合いそうなハーブは無いものかと探し始める。しかし、あるページでその手は止まった。何か見つけたのかと横から覗き込んだ九十九 刃夜(つくも・じんや)は、見覚えのあるそれに首を傾げた。
「どうしたの朋美さん。その花って……あれ」
 再びイオマンテの頭上へと戻って来た変熊は、女生徒が増えようが関係無く仁王立ちで高笑いを続ける。その首もとには、蓮にも似た毒性の強い植物が巻かれていた。しかし、書物によると毒性の効果は飲食時に発生し、一定時間混乱するとあるようだ。
「きゃあああっ!! ちょっとなに、あの人! いくら混乱してるからって、アリなのっ!?」
 朋美は変質者が現れたかのごとく、手にしていた書物や手近な小石と様々な物を変熊に投げつける。しかし、そのほとんどはイオマンテの巨体に阻まれて変熊に当たることはなかった。
「おうおうねーちゃん! なにワシの入浴シーン勝手に見とるんじゃ、ボケが!」
「入浴……確かに自然の生き物にとって川や湖はそれらを担う場所です。しかし……あなたが頭上に乗せている男、そいつだけは――斬る!」
 近くの木を駆け上がり、物怖じせず斬りかかる昴に呼応する形でヴァルもまた水の中を力強く進みイオマンテに一撃を喰らわせる。彼らが撃退している最中、刃夜は釣り竿を握りしめたまま固まっていた静たちに声をかけた。
「これだけ大乱闘があったら魚も逃げちゃいそうだし、別の所で釣りをしない?」
「あの、えっと……藍も、一緒なら」
「もっちろん! あたしの分までじゃんじゃん釣ってよねっ」
 元気に笑う朋美には頷くことしか出来なくて、騒がしくなければいいなとまた小さな不安を抱えてしまう。けれど藍は、これが小さな一歩になればいいなと静かに微笑んだ。
「あ、ヴァルさんたちもお疲れ! 怪我とかしてない? 応急処置くらいなら出来るぜ」
「ならば、こちらの少女を。中々に機敏な動きで、いつか手合わせを願いたいものだ」
 跡になりそうな大怪我もなく、悪を追い払うことに成功した2人は新入生やパートナーの無事を確認して満足げに笑う。まだ材料集めの途中で歓迎会は終わりじゃない――これからも気を抜くことなく彼らを守ろうと、小さな結束が生まれるのだった。

 そして、草原から陸続きとなり必然的に集まった生徒が多い対岸はと言えば、イオマンテが大暴れしたおかげで大きな波が起こり、釣りを楽しんでいた生徒はびしょ濡れだ。暑くなってきているし、晴天であれば服も乾く……と言いたいが水浴びにはまだ早く湖の水は冷たい。
 こんな中で泳ぐなど、正気の沙汰ではないだろう。震える端午坂 久遠(たんござか・くおん)は、誰か火でも熾してないだろうかと辺りを見回していると、目の前にふかふかのタオルを差し出された。
「はい、どうぞ! すぐに温かいお茶を淹れるから、待っててね」 何かお手伝いすることがあればと湖に様子を見に来ていた七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は、思わぬことで奔走することになり大忙しだ。
「ねぇ、オレにも貰える? あんたのお茶」
「あ、はいっ! みんなの分を用意するから、もう少しだけ――」
 歩が振り返った先には、濡れた髪を掻き上げるカールハインツがいた。彼女がこの湖を訪れたのも、どこへ行こうかと辺りを見回したときに視界に入った彼が気になったからで、突然のことに動揺する。
「ええっと、お茶、お茶……ああっ! その前にタオルだよね、そうだよね」
 あわあわとカールハインツの世話を焼き始めた歩の内心を察し、そっとタオルと釣り竿を持って後にする久遠は背後から呼び止められてしまった。
「ねえ、そこのタオル被ってる君! そんな歩き方をしていたら危ないよーっ」
 大きく腕を振る皆川 陽(みなかわ・よう)は、振り返った久遠の厳しい表情に一瞬声をかける相手を間違えたかと引きつってしまう。
「おまえ、薔薇学生みたいだが……俺の先輩になるのか?」
「ど、どうだろうね? 結構長くいるし、新入生ではないです、ハイ」
 強面な人が上から覗き込むように自分を見れば、反射的に両手を頭の横に上げたくなる。穏便にことを済ませてもらえないかと思っていると、久遠はその場に膝をついた。
「怖がらせたならすまないな。暫くパラミタを離れていたので、新入生とも在校生とも付かぬ自分を持てあましていたのだよ」
「いよーっし! ならば、この麗しい主君が新入生のためにと手ほどきをするのを、貴殿も見ておくがいいっ!」
 テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)が本人の了承無く先へと話を進めるが、久遠も湖が落ち着くまでは釣りはお預けだろうしと付き合うことにした。
 こうして『パラミタは平和に見えても、とっても危ないところだ!』という陽によるレクチャーが始まったのだが……。
「さあみなさーん、危ないですから、ちゃーんと気をつけて歩くデスよー」
「おいおまえ、そのまま進めば……」
「ウキャ――!? ……あ、あれ?」
 仕掛けに気付いた久遠が、陽の足を絡め取って釣り上げようとした縄を易々と絶ち、落下する陽を受け止めた。バチンッと縄が弾く音は遙か頭上から聞こえ、途中で切り落とせたから良かったものの、あそこまで釣り上げられていては助けるのは困難だっただろう。
(それは僕の役目――ッ! ……じゃないけど、罠くらい解除出来るし! 僕だって陽を助けられるんだぞ!!)
 ムッとした様子で後に続くテディは、仲良さそうに話す2人へも聞こえるように、他の新入生らへ大きな声で話し出した。
「あー、つまり! アレだッ! 我が主君は、パラミタというこの地の危険を、自らの身を呈して新入生たる貴殿らに示してくださっているのだッ!!」
 「わかったか!」とふんぞり返るテディを前に、新入生らは納得のいかないような微妙な返事をする。どうだとばかりに久遠を見れば、お守りを模った禁猟区を手渡しているではないか。
「ここに集まった者は皆、おまえを頼りにしているのだ。倒れられては困るからな」
「ボク、必要なんですか……?」
「そうでなければ、各々好きなことをするだろう。誰も陽の元へ集まらないのではないか?」
(ムキーッ! 今、陽のコト名前で呼んだな――――ッ!!)
 少し年上風を吹かせすぎたか、と思いつつも陽はおずおずと手を伸ばしお守りを受け取ってくれる。言いたくても言えない思いを抱えて、テディは膨れつつも新入生に簡単なトラップの解除法を教えて行く。――それが、主君の望んだことだから。

 伝説の生き物に期待していた若松 未散(わかまつ・みちる)は、何だか拍子抜けの展開に暇を持てあましていた。こんな人が多い所では落ち着かないし、一緒に来たハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)は釣りを楽しんでいるし、その隣で同じく釣りをする神楽 統(かぐら・おさむ)は、どちらかと言えばハルを弄ることを楽しんでいる。男同士の会話、というような雰囲気でも無さそうだが、邪魔をするのは憚られてその辺りをまわってこようと2人の側を離れた。
「噺のネタになるかもしれないと思って来たのに……」
「噺?」
 魚がいっぱい入った籠を下げた歩は、数少ない女の子を見つけられた嬉しさからか、自然と笑みが零れている。けれど、人見知りの未散にとっては興味津々といった瞳を向けられるのが何よりも辛い。何を話せばいいのか全くわからないし、さりげなくフォローしてくれていたハルもいない。
(あーもうっ! いつもは世話焼きまくってるくせに、なんだってこんなときに限っていないんだよっ!!)
 その頃、ハルは湖に釣り糸を垂らしてのどかに過ごしていた。
「いやー……どうしてこうなったんですかねぇ。未散くんが色んな人と交流出来ればと思ったんですがねぇ」
「釣りなら大物がかからない以上は1人でも出来るからな。我が家の我侭姫の性格を考えれば当然だ」
 スッパリと統に言い切られてしまい、ハルは返す言葉もない。仕方無く未散に話を振ろうとして、やっと異変に気がついた。
「いやまあ、そうは言っても学校行事です。未散くんだって他の生徒の分まで魚を釣りたいと思うでございやしょ? ……はて」
「あーあ、ハルが目を離すから」
 自分だけではないと横で騒ぐハルを無視して、統は一通り釣りの終わったカールハインツを捕まえて未散を見かけてないか聞いてみることにした。
「おまえさ、この辺りで緑でセミロングの女の子見てないか? 大切な人を見失っちゃってさ」
 冗談めかして口にしてみれば、無表情のまま彼は振り返る。なんとも言い難い空気が流れ、統どころかハルまで口を閉ざし沈黙が続く。
「……大切なんだったら離すなよ。自分の手で抱えきれないモンは、手を出すんじゃねぇ」
「気に触ったみたいだな。悪気があったわけじゃない、それは痛いくらい知っているからな」
 じっと視線を交わす2人は、同じ傷でもあるのだろうか。そんなことよりも今すぐ未散を探しに行きたいハルは、先程の大切な人発言を気にしつつも、立ち上がりにくいこの状況が早く払拭されるのをただただ待っていた。
 歩に掴まった未散はと言えば、さらに人数が増えファニ・カレンベルク(ふぁに・かれんべるく)も加えた3人で話をすることになっていた。
 魚の入った籠はエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)に手渡され、荷物持ちにも戦闘にもお役立ちとファニからアピールされるものの、未散はやっぱりぎこちない笑みを浮かべるだけ。歩のように素直に喜んでみたり驚いたら出来ればいいのにと、内心では比べられていそうで恐かった。
「おまえ、疲れてるんじゃないのか?」
「え、私? いや、べつに……」
「遠慮することないよー! 恐そうに見えるのは顔だけで、結構優しいから安心してよねっ」
 率直にエヴァルトを表した言葉はフォローしきれてるとは言い難いが、冷静に3人の様子を伺っていた彼は言葉少なく相槌もぎこちない未散が気になったようだ。
「騒がしいのが苦手なら言ってくれ。ファニはどうも率直過ぎるところがあって、今日もはしゃいでるようだし」
「ひっどーい! でも、私たちだけで話しちゃってたもんね」
「……あはは、そういうテンポの良い掛け合いは面白いな。意外とネタにもなりそうだし」
 使えるものには遠慮せず使ってねと笑うファニと、この先が思いやられそうなエヴァルト。美味しい魚料理を囲んでまた話そうと言う歩むにつられて、未散も「またね」と笑って口にしていた。