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東カナンへ行こう! 2

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東カナンへ行こう! 2
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■アナト大荒野〜サンドアート展開催(5)

 アルツールのブースでいろいろと話を聞いたり質問をしたりしていたバァルたち。
 そこに、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)のアナウンスが入った。

『ちびっこのみんなー! もうじきサンドフラッグ始まるよー!! 集まれーっ!!
 あ、主賓のバァルとセテカもね。早くきてねっ』

「――そういえばセテカのやつはどこにいるんでしょうか。バァル様を出迎えもせず」
 実はずっと疑問に思っていたのだが、口に出すのは控えていたネイト・タイフォンだった。
 バァルがその返答を求めるように、遙遠を見る。
「さぁ? あの人、1度もここに姿を見せていませんよ。工兵たちはちゃんと到着しましたが」
 と、同意を求めるようにほかの者たちを見る。
 そこにいて、会話を聞いていた全員が、うんうんと頷いた。
「1度も?」
「――あのばか息子。バァル様のご命令を一体何と心得るか…!」
 めまいがすると言いたげに、ネイトは額に手を添えた。そして「不肖の息子が申し訳ありません」とひたすらバァルに頭を下げている。
 いや、それはバァルが全然臣下の者として扱ってないからだろう、とシャンバラ人ならだれもが思ったが、ツッコミを入れる者はさすがにいなかった。
「あのぅ……もしかするとどこかにいらっしゃるかもしれません。私、捜してきましょうか?」
「いや、かまわない。いたとしてもあいつはこういうときにはきまって姿をくらますから、捜すだけ無駄だ」
 コトノハに礼を言い、バァルは、ふむ、と考え込んだ。



『さあ、いよいよエキシビジョンの開催です! 注目のサンドフラッグ1戦! 南のシャンバラ国軍チーム5人と北の東カナンチーム5人に分かれての対戦となります! そしてなんと、東カナンチームにはわれらが領主、バァル様が参加されます!! これは見逃せませんよー、皆さん! ねっ、コトノハ!』
『そ、そうね…』
『あ、申し遅れました。実況は私、小鳥遊 美羽が、そして解説はコトノハ・リナファがお送りいたしますっ』

 美羽のノリノリな言葉がスピーカーを通じて会場中に響き渡る。
 領主が出ると知って、東カナンの者たちは全員、競技場へ押しかけていた。あわてたゴットリープたちの手によってきゅうきょ張られたロープの向こう側は、早くも超満員状態だ。
 観客たちの注目を浴びる中、バァルの横に立つのは、なんと東カナンの甲冑を着た遙遠だった。
 不在のセテカの代理として、バァルにより推薦、引っ張り込まれたのだ。ちなみにほか3人のうち、2人は12騎士の青年、そしてもう1人はなんと、飛び入り参加を申し出たひよぐるみ・ティエンである。
「……なぜ遙遠なんですか…」
 ものすごーく嫌なのを隠そうともせず、沈うつな声でバァルを責める。
「美羽が言うには、東カナンチームはハンデとして甲冑か何かを着なければいけないそうだ。とするときみだろう」
 東カナンの甲冑を持ってきていたのが身の不運としか言いようがなかった。
 つまり、自業自得だ。だれも責められない。
 一方、祭事にゲストとして呼ばれれば必ずといっていいほど模範試合に参加を求められるバァルは、こういうのには慣れていた。民の注目を浴びるのもいつものことなので、全く動じた様子はない。
「さすがに流れる砂山のぼりに甲冑を着て参加するのは初めてだが」
「あれは通常でも過酷ですよ」
 シャンバラ国軍がこれをしているというのであれば、兵の訓練に取り込んでもいいかもしれない、と真面目に考えるバァルに遙遠が一応忠告する。
「とにかく。下に吸い込まれないように気をつけてください」

『それでは、そろそろ競技を開始しまーす! それぞれ好きなマスの前に立ってください! ルートは先に提出していただいたとおりに進んでくださいね! 別のマスを選んだり、そこにある罠を回避したりしたら、その時点で失格です! ちなみにシャンバラ国軍チーム側のマスにある罠は、今回私を含め、参加者以外の者で適当に設置させていただきました! そのため、シャンバラ国軍チームも東カナンチームも同時進行とさせていただきます!
 では皆さん、動いてください! はじめのいーーーーっぽ!』
 ――ピッ。

 美羽がホイッスルを吹いた。



 結局のところ、競技をセッティングしたのはマーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)たちなので、その点は少し有利だった。ただ、彼らが設置したあと美羽やベアトリーチェ、そして話を聞いたコトノハがいろいろほかのマスにも細工をほどこしていたので、完全に有利とはならない。
「うわっ!!」
 マスに踏み込んだ直後、マーゼンは足の下に何かを感じた。次の瞬間、フシュッと空気の抜ける音がして、前方の壁から飛び出してきた矢が額に命中する。
 てっきり壁越えだとばかり思っていた彼は、とっさに動けなかった。彼の額に吸盤で吸いついた矢が、プラーンプラーンと揺れる。
 観客席で、どっと笑いが起きた。


「もう。何やってるのよ、クロッシュナー!」
 シャンバラ国軍チームの客席で、本能寺 飛鳥(ほんのうじ・あすか)はやきもきしていた。
 どうせ罠にかかるなら、もうちょっとカッコイイ罠にかかってほしいのだ。……いや、観客を盛り上げるためには笑いの方がいいのかもしれないけれど、でも、もうちょっと国軍軍人としてのイメージというものがー…。
 と、そんな彼女の前で、遙遠が彼女の仕掛けた罠にハマった。
 マスに進んだ彼を襲ったのは、四方八方から飛び出すカラフルな絵の具の水鉄砲だ。
 ここまで内容は聞こえてこなかったが、彼が何か悪態をついているのが見えた。
「やっりー!」
 してやったりと快哉を叫ぶ飛鳥。
 さらに次の一歩で、彼が生クリームとフルーツソースの入ったタライをかぶってクリームパフェ人間のようになるのを見て、腹を抱えて笑いこけた。

 ――どこがカッコイイ罠だって?


「あれは、セテカでぜひ見たかったな」
 マーゼンが、水の入った落とし穴に胸まで落ちた格好で、残念残念と頭を振った。


 一方、別の参加者早見 涼子(はやみ・りょうこ)は、スキル・トラッパーで罠を感知しつつ進んでいた。
 感知できても回避してはいけないので、結局引っかかることには変わらないのだが、心構えがあるかないかが違う。
 ただし、そこに罠があると分かっていてかかるのだから、どうしても反応がお粗末になってしまった。ほかの者のようにアクションが面白くないので、観客の反応も薄くなってしまう。
(これはいけないわ!)
 さすがに彼女もそう悟ったか。
「きゃああああーーーっ」
 次のマスではオーバーアクションを努めたものの、やっぱりどこか嘘くさいのか反応イマイチ。
「……くっ。こうなったら…」
 目をつぶって突っ込んでやる!(そうでもしないと怖くて進めないわよ!)
 ぎゅっと目を固く閉じて次のマスへ走り込む。彼女を待っていたのは、地面いっぱいのビー玉だった。
「うきゃっ!?」
 派手に顔面からすっ転んだ彼女の耳には、爆笑する観客の声が聞こえていた。


 そんな中、バァルはといえば。
 なにしろ反射神経が並の者ではないので、たいした罠らしい罠にもかからずトリモチも落とし穴も、上から降るタライ水もひょいひょいと――回避しては駄目ということから――最低限、触れる程度でかわしていっていた。
 笑いはとれないが、そもそも領主の失態を見て笑おうなどというカナン人はいないため、問題はない。むしろ、そうしてみんなが引っかかっている罠を平然ととおりすぎていく彼を見て、カナン人たちは「さすがうちの領主様」と、誇らしげに口にしたりしていた。
 そんな折り。
 砂山にかなり近づいたところで、すぐ横のマス目から「きゃあ!」と悲鳴が上がった。
 会場がどよめく中、まるい、卵のような着ぐるみ姿をした子ども(ティエン)が落とし穴で膝打ちをし、まえのめりに倒れこむのが見えた。その顔面の先にはトリモチが…。
「あぶない!」
 とっさに走り寄り、胸に抱き込むようにしてかばったバァル。
 しかし倒れ込む先にも落とし穴が…。
「……くっ!」
 強引に地面に手をつき、方向を変える。だがこれが災いした。2人して、砂山に頭から突っ込むことになってしまったのだ。
「バァルさん!!」
「バァル!!」
 あわてて砂山についていたゴットリープとクレーメックが、吸い込まれて消えかけたバァルの足をそれぞれ片方ずつ掴み、引っ張り出す。
 砂山が小さいためそれほど吸引力はなく、バァルとティエンはあっさり救出することができた。
 ただ、一瞬でも受けた砂の圧力はすさまじくて、バァルもすぐには起き上がれない。頭を上げた瞬間めまいがして、肘をついた。
 バァルの胸の中、ティエンはまだ意識が返らず、きゅうっと目を回したままだ。
「あーあー、着ぐるみの中まで砂が入り込んじまってやがる」
 駆けつけた陣が、まるで風船のようにぱんぱんにふくらんだひよぐるみに、ふうっと息をついた。
「きっと、下着の中まで砂まみれだぞ」
 ジーーーッとジッパーを下げると、山盛りの砂がザザーッとこぼれ出る。
 瞬間。
「あーーーーーーはっはっはっ!!」
 はじけるようにバァルが大声で笑った。
 ティエンの様子が、どうやら笑いのツボに入ったらしい。寝転がったまま、腹を抱えて笑っている。
「うそぉ……バァルが笑ってる…」
 やはり駆けつけていた美羽が、半ば呆然とつぶやいた。
 バァルは今まで、肩を震わせてくつくつ笑うことはあっても、声を出して笑ったことはなかったのだ。
「ああ、きみの言うとおりだ……下着の中まで砂まみれだな」
 やまない笑いの下で、バァルが目じりの涙をこすりとりながら言う。
 本当は、あわや大惨事という寸前だったのだが。
 その笑いは伝染し、その場にいた全員が声を上げて笑った。その気持ちのよい笑い声は、美羽の持ったマイクを通じて会場中に響き渡ったのだった。



 たくさんの人に囲まれて笑っているバァルの姿を、アナトは少し離れた場所から見つめていた。
 その傍らにはいつの間にか、紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)が立っている。
 遥遠はアナトの横顔を伺い、静かに告げた。
「バァルさんも、アナトさんも……お二人とも、互いに知らない事とか、多いんじゃないですか?
 バァルさんの、自身の無力さに苦しむ姿や、友や弟のために必死な姿とか…。
 お二人はまず、そういうのをもっと知るべきですよ。相手の事を理解すべきですよ」
 その言葉は、重い塊のように胃の中に落ちてそこに留まった。
 彼女の言うとおり。
 あんなふうに笑うバァルを、アナトは知らない。
 だが、そもそもアナトはバァルの何を知っているだろう?
 今も胸に残るのは、出会ったときの10歳の少年。初めて連れて行かれた城で両親によって引き合わされ、互いに名乗りあった、あのおだやかでやわらかなほほ笑みを浮かべた少年の姿だ。「親同士の話が終わるまで、2人でおやつでも食べていようか?」と手を引いて厨房へ連れて行ってくれた、優しい少年…。

 あそこにいるのは、見知らぬ男性。

「……そうね。あなたの言うとおりだと、わたしも思うわ」
 だけど、あそこでああして仲間たちとともに笑っている彼について知ろうとすることは、まったく、少しも、嫌なことではないと思うアナトだった。



 なんとか大笑いはおさまったものの、みんなの手を借りて立ち上がったバァルは本当に砂まみれで、彼が立っただけで髪はおろか、甲冑のあらゆる所から砂が滝のように流れ落ちていた。
「こりゃ甲冑脱ぐだけじゃなくて、着替えた方がいいな」
 とは陣。
 とにかく競技の邪魔にならないように、と枠外へ移動する。
「2人とも、引っ張り出されたとき気絶してたでしょ。ついでに診療もしてもらった方がいいかも。
 ちょうどうちのダリルが臨時健康診断のテントを開いてるし。そこへ行きましょ」
 ルカルカの提案で、バァル一行はテントに向かうことで一致した。
「多分、ダリルの服が借りられると思うわ。サイズも同じくらいだと思うから」
「着替えなら、こちらに」
 アナトが、両手に着替えを捧げ持って現れた。
「あの競技に参加されると聞いていましたから。必要になると思って、ザムグの領主館の者に用立てていただいていました。僭越でしたら申し訳ありません」
「……いや、助かった。ありがとう」
 バァルは、突然の彼女の登場に少し驚きつつも、それを受け取った。



 サンドフラッグ競技場では、引き続き競技が再開されていた。
 バァルはティエンを救助するため、自分のマスから飛び出した時点で棄権となっている。ティエンの代わりとして12騎士の1人が入り、競技は後半戦に入っていた。

「どりゃあああああーーっ!!」

 神矢 美悠(かみや・みゆう)が粘体のフラワシに体を薄く引き延ばして斜面を覆うように命じ、その上をケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)が軽身功を用いて駆け上がる。
 カナン人には普通に、砂山を猛ダッシュで駆け上がっているすごい人、にしか見えないかもしれないが、シャンバラ人にはその違和感から、たとえフラワシが見えなくてもなんとなく、カラクリが分かってしまう。

『あのー……それ、違反じゃないですかぁ?』

 解説者のコトノハが、ためらいがちに訊いた。
「どうして? スキルは使っちゃ駄目なんてルールはないでしょ」
 美悠は髪を手櫛で梳きながら、平然と返す。

(スキルはないけど、アイテムは駄目なんじゃないかなぁ?)
 フラワシ、アイテムだし。
 でも砂山を登る条件は「足を使うこと」だけだった気もする。
 この場合、どうなんだろう?
 互いを見合うコトノハと美羽の前、砂山を登りきったケーニッヒが旗を掴み、頂上で振った。

「このサンドフラッグは午後にも開催する! 開催期間中は午前・午後に1回ずつだ! 腕に自身のある者は、オレたちと勝負してみないか?」

 勝利者に対し、会場中で喝采が起きた。