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第八章 色とりどりの世界
「紅葉狩りに来たのに……紅葉が大分なくなっちゃったけど、まあ、紅葉だけが秋の山じゃないしね」
 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)が紅葉散策に訪れたのは、騒ぎが落ち着いてからだった。
 つまり、脅威が去ってさぁどうしよう?、と子供達や引率のジュジュ達が困っている所である。
「ね、みんな。紅葉もキレイだけど、秋の山はそれだけじゃないのよ?」
 子供達の注目を集めるべくパンパンと大きく手を叩いてから、ゆかりはしゃがみ込んだ。
「このシダの陰に隠れてるもの、なぁんだ?」
「……あっ、キノコ?」
 途端、子供達がウキウキと楽しそうに自分達の周囲を探し始めた。
 その様子に目を細め、ゆかりはイタズラっぽく問いかけた。
「正か〜い。じゃ、このキノコは食べられるでしょうか?」
「あんまり美味しそうじゃないかも〜」
「……こっちの方が、美味しそうじゃない?」
「これは見た目は可愛らしいけど、食べると死んじゃう毒キノコなの。だから絶対に触れちゃダメよ。食べられるのはそっちね」
「怖っ」
「ちゃんとした知識を持つのは大切なのよ。見て、触れて、知って、感じる」
 だからちゃんとお勉強しましょう、言うゆかりに何時になく殊勝な面持ちで子供たちが頷いた。
「ねえ、見て見て! こんなところに水晶が生えてるわ」
「スゴイ! キラキラしてる」
「この石も、日にかざすとピカピカだよ!」
「これ何て花かな? カワイイよね」
「こらこら、何一緒になって遊んでるの」
「いいのいいの。この子たちすっかり楽しんでるんだし」
 いつの間にか子供達と一緒になってはしゃいでいたマリエッタをとがめたゆかりだったが、悪びれる風もなく楽しそうな言われてしまえば、苦笑するしかなかった。
「マリエお姉ちゃん、こっちこっち」
「なになに、何が見つかったの?!」
「どっちが子供なんだか」
 完全に童心にかえっているマリエッタに、ゆかりは少しだけ自分の子供達の頃を思い出し、ホンの少しだけ苦く淡く微笑んだ。
「翠ちゃんこっち、これモミジじゃないんだって!」
「そうね、これはカエデっていうの」
「ミリアお姉ちゃん、こっちは?」
「その黄色のはイチョウね」
 翠や子供達がキラキラ目を輝かせるのをミリアは、パラミタのそれが日本と酷似していて良かったと内心胸を撫で下ろしていた。
 知ったかぶりはしないがそれでも、カワイイ妹にはやはり良い所を見せたいもので。
「あっちにドングリが落ちてたわよ。行ってみる?」
「アリアせんせ、どこにあったの?」
「ん〜、こっち」
「あたしドングリって好き! 何かカワイイんだもん」
「そっかぁ。まだ少ないけど、じゃあお姉ちゃんも一緒に拾ってあげるよ」
 手を繋ぎ、きゃらきゃらと笑う女の子にアリアの頬も自然と緩む。
 怖い思いを忘れて、ただ楽しい思い出だけを残してあげたいから。
「少し休憩にしましょう」
 頃合いを見計らい、翔が子供達に声を掛けた。
 はしゃぐ子供達に休憩を取らせる為。
 ノドを潤わせる為に。
「休憩が終わったら、自由行動です。皆、頑張って勉強したから、後は楽しく遊んで良いですよ」
 翔の言葉に元気な嬉しそうな返事が返ってくる。
「それでも、遊びでも何でも全てから子供達は学ぶのでしょうけれども」
 見守る目は、とても優しかった。

「秋の空は、澄んでいてとてもキレイですわね。空の青はずっと、わたしのあこがれでしたから……」
 子供達を見守るジュジュの耳に、エマの呟きが聞こえた。
 目をやると、束の間昔を思い出したのか、儚げに微笑んだパートナーがいた。
「赤い色はキライでしたけど……今はとても、好きになれましたわ」
 けれどその笑みは、ジュジュと目が合うと嬉しそうなものへと鮮やかに色付いた。
 そして、そんな大切なパートナーにジュジュは誕生日プレゼントを手渡した。
 自分達の誕生日、この秋の日に相応しい、コスモスを模ったペンダントである。
「コスモスは、秋の桜って書くの。桜色の髪のエマに似合うと思って。誕生日おめでとう! これからもよろしくね!」
 満面の笑顔を向けられたエマは一瞬驚いたように目を見開いてから、やはり笑みを深め。
「私も、ジュジュにプレゼントですわ。お誕生日おめでとうございます」
 紅葉のペンダントを渡すのだった。
 少し照れながら、互いのプレゼントを付け合い。
「いつもわたしに、たくさんのことを教えてくれてありがとう」
「ありがとー!」
 とびっきりの笑顔でパートナーに抱きつくジュジュ。
 互いの胸元で、コスモスと紅葉とがキラキラ嬉しげに輝いていた。


「これが紅葉か……本当に綺麗だ……」
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)の声は純粋な感嘆に溢れていた。
 幾分少なくなったとはいえ、艶やかな紅葉は変わらず美しく。
「地球では実際に枝を手に取って眺める事もあるらしいが、これほど綺麗だともったいなくてできないな」
 声だけでなく、その瞳の輝きも表情も何時になく輝いている。
「何とかなったようだな」
「あぁ、一時はどうなる事かと思ったけどな」
 それを見やり、グラキエスのパートナーであるゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)ベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)は気付かれぬよう囁き合った。
 バトルな騒ぎもおバカな騒ぎも一段落したのは全く喜ばしい。
 グラキエスをゆっくりさせる為にココに来たのだ、今日くらい何事にも煩わされる事無く静かに過ごさせてやりたい、のが二人の心の底からの願いだった。
「以前住んでいた所も、今まで旅した場所も紅葉樹などなかった。私もこれが初めての紅葉狩りだが……これは素晴らしい」
 ベルテハイトも感嘆を乗せながら、それでもその視線が向けられるのは愛しい弟だった。
「赤と黄の中を、黒衣のグラキエスが歩く……なかなか絵心がくすぐられる光景だ。紅葉狩りが終わったら、描いてみるか」
 と、無邪気にを追っていたグラキエスがふと、こちらを向いた。
「ん? どうしたグラキエス」
「ベルテハイト、あなたの演奏を聴かせてほしい。聴きながらこの景色を見たら、もっと綺麗だと思うんだ」
「成る程。では、この景色に相応しい曲を……」
 勿論、否はない。
 静かで荘厳、それでいて耳に優しい曲を奏で始めるベルテハイトに、おねだりしたグラキエスはそれはそれは嬉しそうに笑んだ。
「あのお兄ちゃん、上手ね」
「そうだろう、ベルテハイトの演奏は素晴らしいからな」
 ふと、女の子に声を掛けられたグラキエスは誇らしげに胸を張り。
「ステキな演奏のお礼だよ、はい」
「あ……りがとう」
 子供から紅葉を手渡され少しだけ躊躇してからそれを受け取り、ゴルガイスとベルテハイトへと嬉しそうに、はにかんだ笑みを寄こした。
「グラキエスと紅葉を見る事ができるとは……」
 その姿に、ゴルガイスの胸に感慨が浮かぶ。
「今までは夏の間消耗した心身を回復するのに必死で、まともに動けるようになるのはいつも葉が落ちた後だったからな……」
 いや、本当なら。
 狂った魔力が原因で衰弱したグラキエスは本来、この時期もまだ動けない筈で。
 それでも、契約者として力がついた事、ベルテハイトや自分の助力でもって今、ココに在る事が出来る。
「……あぁそうか」
 だから余計に喜んでいるのだろうか。
「いまだ狂った魔力から救う方法は見つからんが、せめてこれからもこうして素晴らしい物を見せて行きたいものだ」
 行楽の真似事のように、ゴルガイスは酒を手にし、飲みほした。
 いつも心の片隅にある「グラキエスを救う事等できないのでは」という、不安と共に。
 これからもグラキエスにあんな笑顔を浮かべていて欲しいという、願いと共に。