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紅葉狩りしたいの

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第二章 願い求めるもの
「はーいみんな! おねーちゃん達にちゅうも〜く!」
「「「はぁ〜い!」」」
 神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)の言葉に、子供たちが一斉に応える。
「みんな良い返事だね。これからお姉さんが注意事項とか確認するから、ちょっとの間だけ聞いててね」
「「「……はぁ〜い」」」
 蒼空学園・生徒会副会長の小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とパートナーのベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)、ジュジュとパートナーであるエマ・ルビィ(えま・るびぃ)は本日、引率のお姉さんだった。
「二人一組で手を繋いで……そのままバスに乗るからね」
「点呼とるよぉ」
「皆さん、忘れ物はないですね」
 雪住 六花(ゆきすみ・ろっか)アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)本郷 翔(ほんごう・かける)もまた子供達のフィールドワークを成功させるべく協力を申し出た。
「はいはい、こちらですよ。はぐれないで下さいね」
「はっ、えっ? あの……」
 そして及川 翠(おいかわ・みどり)はニコニコとエマに手を引かれるまま集合場所へと連れて来られバスに乗せられ……そして、今に至る。
「本当は蒼空学園を案内してもらうはずだったのに……」
 茫然としている間に幼等部のフィールドワークへと参加させられてしまっていた。
 8歳という年齢故に、間違えられても仕方ないとも言えるのだが。
「蒼空学園を見学出来ないのは残念だけど、これはこれで学習内容とか体験出来るから良いと思うわ」
 慰め半分本気半分で告げたのは、ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)
 翠のパートナーはそして、
「今日は天気もいいし、これはこれで楽しそうでしょ」
 にっこりと微笑んだ。
「それもそうかな。ところで、フィールドワークって何しに行くの?」
「秋の山を探索!」
「もみじがりって言うんでしょ?」
「ひらひらって落ちる紅葉を捕まえるんだよね」
「えっ? 紅葉をウサギか何かにくっ付けて狩るんじゃねぇの?」
「いやいやいや、違うから!」
 慌てて割って入ったのは、ジュジュ。
「紅葉狩りっていうのは、紅葉を愛でる……見て楽しむのよ」
 説明すれば子供達は「ふぅん」とか「つまんねぇ」とか言いつつ、一応納得してくれたようでジュジュは胸を撫で下ろす。
 とはいえ、子供達の勘違いを一概に笑う事は出来ない。
「幼等部の子供達が紅葉狩りに行くんだって! あたしたちも行こうよエマ!」
「まあ、紅葉狩り……ですか。武器は何がいいでしょうか」
 といった会話が交わされたからである。
「……狩りって違うからね?」
 懇切丁寧に説明し事無きを得たが、その時ジュジュは思ったのだ。
 紅葉狩りを知らないエマに、美しい紅葉を見せて上げたい、と。


「遅かった……どうしよう……」
 子供達が出掛けてから暫くして。
 市倉 奈夏(いちくら・ななつ)は絶望的に立ち尽くしていた。
 パートナーであるエンジュとのすれ違い。
 エンジュを案じて駆けつけようと奈夏が頼ろうとしたのが、件の山に行くという幼等部のフィールドワークだったから。
「あれ、お仲間かな? ボクは赤城花音! よろしくね♪」
 そんな奈夏を偶然見かけた赤城 花音(あかぎ・かのん)は、そのただならない様子に声を掛けた。
 蒼空学園の紅葉狩りの話を聞きつけて……というかパートナーであるリュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)に誘われて来たのだが、出発時間を間違えたらしい。
 そして、御同輩らしい奈夏の様子は他人事に思えなかった。
「あ、うん……よろしく」
 とりあえず虚ろに返しつつ、「何で上手く行かないんだろ」と零れた呟き。
「上手く行かない事か……」
 事情を聞きたい、と思い花音は尋ねた。
「コンパニオンコンテストは知ってる?」
 ようやくこちらを見た奈夏が頷くのを見て、花音の顔に苦い笑みが浮かんだ。
「ボクは落選したよ…。責任を背負う形で実績を作る…チャンスだと思ったんだけどね。勝負運が逃げた事は…悔しい…」
 今もショックで正直ヘコんでいて。
 だがだからこそ、紅葉狩りで気分をリフレッシュしようと思った。
 気持ちを切り替える為に。
「奈夏さんもそうじゃないの? 何かそういう理由があって、紅葉狩りに行こうと思ったんじゃないの?」
 自分達はどこか似ている……ギュッと手を握る花音に、奈夏はポツリポツリと自分の事情を語るのだった。
「パートナー間のトラブル? まず、落ち着いて携帯電話!」
「……やってみたけどだめ、通じない」
「うん、落ち着いて。通じなければ、約束の場所へ急いで! きちんと話し合おうよ!」
 事情を聞き花音が必死に励ましつつ、さてどうやって行こうか、とパートナーのリュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)を振り仰いだ時、だった。
「オニーサンがキッチリお届けいたしますよ!」
 颯爽と現れたのはクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)だった。
「どーんとお任せください! ヒーローはチビッコの味方なのですよ?」
 フッ、とニヒルな笑みを浮かべ虹を架ける箒をドドンと指し示したクロセルに。
「あのでもそれ、……箒、ですよね?」
「ええそうですよ。確かに空飛ぶ箒です。しかしそんじょそこらの箒とは違って……」
「箒は空、飛ばないですよね」
「「「……え〜?」」」
 小首を傾げる奈夏に、クロセルと花音とリュートの声が重なった。
「いやでも、『空飛ぶ』箒だし」
 空飛ぶ箒が空を飛ばなかったら詐欺である。
 地球はともかく少なくともパラミタでは空飛ぶ箒は、空を飛ぶ。
「契約者にしては珍しいですね」
「何やらその辺にも問題がありそうですが……はてさて、どうしますか」
 こうしていてもラチが明かないしいっそ拉致していきましょうか、というクロセルに奈夏がビクッとすると。。
「あ〜もう、あんた面倒くさいな!」
 見るともなしに見ていたヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)が我慢の限界、とばかりに髪をかき上げ。
「乗れ。機晶姫のとこ連れてってやる」
 サイドカーに半ば強引に奈夏を押し込んだ。
「着いたらとにかく機晶姫に『止まれ』って言え。もたついてたらオレが力づくでぶった斬って止めるぜ」
「あの、制限速度でお願い、します」
「……舌噛みたくなかったら、黙ってな」
 ヴァイスはニィッッッッッッコリ凶暴に笑むと、アクセルを思いっきり踏んだ。
ひぃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜っ!?」
「……ストップストップ、それ以上スピード出すと奈夏さん使い物にならなくなりますから」
「ちっ」
 虹を掛けながら並走するクロセルに、ヴァイスは小さく舌打ちすると僅かにスピードを緩め。
「そもそも、何でこうなった」
 問いかけつつ、『奈夏』とのこの短いやり取りの間にヴァイスは薄々察していた。
「何となく想像はつくんだけどな。……お前、日本人だな。『紅葉狩り』がどんなものか教えたか? それに一人置いてかれてるとこ見ると『一緒に行きたい』って言ってねえだろ」
 グサグサ滅多刺しになる奈夏に「やっぱりな」と既に溜め息しか出ないヴァイスを「まぁまぁ」とクロセルが窘める。
「認識の祖語によるトラブルなんて、人間同士でも起こり得るものです」
 普通は、誤解さえ解ければ大団円なのですが、クロセルは「ただ……」と少しだけ真面目に続けた。
「多くの機晶姫にとって主の言葉は絶対です。それだけは忘れないで下さい。エンジュさんを止める事ができるのは、奈夏さんだけなのです」
 そうしてクロセルは前方……近づく山を見つめた
「見えました。まだ遠いですが……多分あそこでしょう」
「止めたら紅葉狩りの事教えて、ちゃんと『一緒に行こう』って言えよ」
 コツン、ブァイスに軽く小突かれた奈夏は躊躇いを振りきる様に、大きく頷いた。


「ここからは歩きになっちゃうけど、頑張ろう!」
 サイドカーから下りた奈夏は花音に励まされつつ、パートナーの元に急いだ。
「そっかー……互いの気持ちの距離感が、どうにも掴めないんだね」
 その横。奈夏の歩みに合わせながら、うんうんと頷いたのはセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)だった。
 恋人であるセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)と洒落込んだ紅葉狩り。
 偶然ぶつかった奈夏の様子が切羽詰まっていて、放っておけなかった。
 聞けば奈夏はパートナーとの関係が上手くいかず悩んでいるらしい。
 更にそのパートナーはこの先で問題を起こしている可能性が高く。
 それ故に悩んで焦って、だが、そのまま行ってもヘタをしたら更に酷い事になるのではと懸念するセレンフィリティであった。
「互いの気持ちの距離感が掴めず、微妙にすれ違ってるのね。その微妙なズレがだんだん広がっていって……」
 それは自分にも覚えのある事だった。
 だから、告げる。
「分かるなぁ、あたしもセレアナとの出会いは最悪だったし……てか、あの時は誰も信じられなくて、セレアナにも随分と酷く当たっちゃって」
 チラと目を向けると苦笑するセレアナがいる。
「でね。互いを傷つけ合うような事もあったけど、きっかけさえあれば溝が埋まるのも一瞬」
 だから大丈夫、セレンフィリティは励ますように奈夏の背中を叩いた。
「私とエンジュの溝も埋まる、のかな?」
「それを埋めるには結局のところ、その気持ちを……自分の気持ちと向き合ってみて、それからエンジュの心にそれを伝えてみるのが一番よ」
 セレアナの諭すような助言。
「もしかするとそれで互いに傷つけあうことになるかもしれない、でも、本当に必要としているのなら、避けては通れない事だから」
「大丈夫だって、あたしたちがいい見本だから☆」
「……季節感ゼロの服装をしてるセレンが言うと説得力ゼロね」
 メタリックブルーのトライアングルビキニの上にロングコートというセレンフィリティと、ホルターネックタイプのシルヴァーメタリックレオタードの上に黒いロングコートという格好のセレアナ。
 この季節にしては随分と寒そうな姿の二人はカラリと笑い合った。
 傷つけ合った事など、無いかのように。
 否、寧ろ。
 苦い記憶はしかしまた、大事な記憶であり絆でもあるのだろう。
 傷つける事無くただ幸せであれば良かったのかもしれないけれど。
 あの頃があって、今の自分達が在るのだから。
「苦い経験も大事な思い出、かぁ」
 今はそうは思えないけれど……花音は胸中で呟き、奈夏の手をしっかり握った。
「奈夏さんに会えて良かった! 頑張って☆問題を乗り越えようね♪」
 そんないつもの調子を取り戻しつつある花音に、リュートは安堵したように表情を緩めたのだった。