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第五章 料理とメイド

「遅くなってしまい、すいませんでした」
「全然大丈夫ですよ。お疲れ様でした」
 調味料等が入った大袋を持ち帰ったネルソー・ランバード(ねるそー・らんばーど)は、あゆむから飲み物を受け取ると、一気に飲んで喉を潤した。
 ネルソーが戻ったことにより親子丼を作るために必要なものは全て整った。
 すると、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)がマイクを片手に高らかに宣言する。
「材料も揃ったことですし、お待ちかね『チーム対抗親子丼料理対決』を始めるとしますかねぇ。進行役はあちき喫茶麗茶亭オーナー、レティシア・ブルーウォーターと……」
「喫茶麗茶亭で給仕をやっています私、ミスティ・シューティスが担当させてもらうわ」
 いつの間にか設けられていた司会席にはレティシアとミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が並んで座っていた。
 レティシアが大会内容の説明を始める。
「ルールは簡単、よりおいしい親子丼を作るだけ。審査員は猫耳メイドの機晶姫ことあゆむさんにお願いします!」
「ほ、ほんとうにやるんですか?」
「優勝したチームには今日一日あゆむさんを好き放題にできる権利が与えられます」
「うぅ、やりたくありません……」
 あゆむの反対意見は完全に無視され、大会は着々と進んでいく。
 ミスティが司会席の前に並んだ四つの調理台を端から回りながら、各チームの説明に紹介に向かう。
「ではここで戦いに参加する四つのチームを紹介するわよ。まず1チーム目、チーム『ネコミミバトラー』!!」
 チーム『ネコミミバトラー』のメンバーはルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)の四名だった。
「意気込みの方をどうぞ」
 ミスティがマイクを歌菜に渡す。
「楽しく料理したいと思います! ルカルカさん、一緒に頑張りましょう!」
「オッケー、まかせてよね!」
 ルカルカと歌菜は観客の生徒達に手を振りながらやる気十分だったが、そんな二人の横でダリルと羽純はただ面倒そうにしていた。
「いい感じに楽しそうね。これは出来上がりが期待できそうですね。では次のチームを――」
 隣の調理台に移動しようとするミスティ。すると、その手から、戎 芽衣子(えびす・めいこ)が突如マイクを奪い取り――叫んだ。

「絶対に勝アァァァツッ!!」

 スピーカーから鳴り響く声が周辺の空気が震わせ、会場が一気にヒートアップする。
 芽衣子は叫び終わると、マイクをミスティへと放り投げ、自分達の調理台へと戻っていった。
「え、えっと『芽衣子’s&涼介’s』でした」
 その様子を見ていた同じチームの涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)が感心していた。
「凄い気合だ。見習わないとな」
「わたくし、全身が震えあがりましたわ」
 そんな二人の意見を聞いた芽衣子のパートナーフィオナ・グリーン(ふぃおな・ぐりーん)は、冷静に突っ込みを入れる。
「……そうですね。あれで目に『メイドGET』などと欲まみれな文字が見えなければ最高にかっこよかったかもしれません」

 ミスティが次の調理台へと移動する。
「続いて『チームあさにゃん』、よろしく」
 ミスティはマイクをルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)に渡した。

「ネコ耳メイドあさにゃん、最高――!!」

 ルシェンは先ほどの芽衣子に負けじと叫んだ。
「ちょ、ちょっと何言ってるんだよ!」
 榊 朝斗(さかき・あさと)が顔を真っ赤にしてマイクを奪い取ろうとするが、ルシェンはひらりと躱し、マイクを富永 佐那(とみなが・さな)に渡した。

「ネコ耳メイドあさにゃん、最高――!!」

 佐那も叫んでいた。
「ネコ耳メイドあさにゃんをよろしくお願いします……」
「ア、アイビスまで!?」
 観客席ではアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)がネコ耳メイドあさにゃんのポストカードを配っていた。
 『チームあさにゃん』は混沌模様だった。
「なんだか、めちゃくちゃですねぇ。最後のチームはまともであって欲しいですねぇ」
「そうですね。……改めまして、最後のチーム。『チーム・ファミリー』!!」
 レティシアの投げやりなコメントに不安を感じつつ、ミスティは気合を入れて最後のチーム、イーリャ・アカーシ(いーりゃ・あかーし)へとマイクを渡した。
 イーリャはしっかりと両手で持ちながら挨拶する。
「一生懸命頑張りたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします」
「……まともだわ」
 ミスティには、イーリャ、ジヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)長原 淳二(ながはら・じゅんじ)想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)の五名からなる『チーム・ファミリー』が、他のメンバーに比べると拍子抜けするくらい地味な感じに思えた。

 こうして、何やら波乱(?)の予感がする『チーム対抗親子丼料理対決』が幕を開けた。


〜『チームあさにゃん』〜
「また、この恰好なんだね……」
 調理を開始するにあたり、朝斗はルシェンに無理矢理にスカーレッド・マテリアを持たされてネコ耳メイドあさにゃんに変身させられた。
 あさにゃんはきっと何を言っても無駄なんだろうと諦めて、羞恥の目にさらされながら調理の指揮をとる。
「ルシェン、材料とってきて……アイビスは野菜切ってくれるかな」
 すると佐那が、女子高の軽音部でのほほんとギターを弾いてそうなキャラクターの声で、あさにゃんに話しかけてきた。
「あ〜さ〜にゃ〜ん☆」
「佐那さん、どうし――わっ、何その恰好!?」
「どう、あさにゃんに合わせてみたの♪」
 振り返った朝斗は佐那の格好を見て驚いた。
 ブルーのウィッグとグリーンのカラーコンタクトを着用したコスプレ。
「じゃ、じゃーん。ネットアイドル海音シャナ、参上☆ しかも今回は特別仕様ですよ」
 さらには佐那はブルーの猫耳&猫尻尾に、これまたブルーを基調としたメイド服を着ていた。
「海音シャナver.あさにゃん。略して海音シャにゃんで〜す」
「別に僕はやりたくてやってるわけじゃないのに……」
 佐那を見た朝斗は「僕のイメージってなんなのだろう」と胃が痛くなるのを感じた。
 そこへ、ニヤニヤ顔のルシェンがやってくる。
「せっかくなのでアイビスにも着させてみました!」
 ルシェンの後ろからメイド服姿のアイビスが無理やり前へと突き出された。
「……」
 朝斗は、目を背けモジモジしているアイビスを見て、優しく笑いかける。
「大丈夫。すごく似合ってるよ」
 すると、アイビスが頬を染めながら。言葉を切って話した。
「……私、身体が熱い……です。汗が大量に……出てます」
「恥ずかしいってこと?」
「そうだと、思います」
 アイビスは余計に顔を赤くして俯いた。
 朝斗はアイビスの肩をポンポンと軽く叩いた。
「そのうち慣れるよ。とりあえず、料理を始めようか」
 アイビスがコクリと頷いた。
「オーケー。私もガンガン手伝っちゃいますよっ☆」
 佐那が片手で次々に卵を割り始めた。
「記念の写真はしっかりとるから、任せて!」
 ルシェンが構えるカメラが、少しずつローアングルからの撮影になっていく。
 メイド服のだらけの『チームあさにゃん』が調理を開始した。


〜『芽衣子’s&涼介’s』〜
「私が指示を出す。みんな協力してくれ!」
「あたしにできることなら何でも言ってくれ」
 涼介が皆に指示を出すことになり、芽衣子が気合十分に返事をする。
「兄さま。わたくしお味噌汁と漬物を用意しますわ」
「ああ。頼んだ」
 『エイボンの書』が親子丼につける味噌汁と漬物を用意し始めた。
 他の四人が親子丼製作に取り掛かる中、メイド服を身に着けたフィオナが訝しげに芽衣子を睨みつけていた。
「……変です」
「ん、どうした?」
 フィオナの視線に気づいた芽衣子が近づいて尋ねる。
「なんか……今のマスターがマスターでないような気がします」
「あはは、何ってんだよ。あたしはいつ通りだぜ」
「……」
 芽衣子はフィオナの背中をバシバシ叩くと、作業に戻ろうとするが、ふいに足を止めた。
「あ、そうだ。そのメイド服、なかなか似合っていて可愛いぞ」
 芽衣子が爽やかな笑みを浮かべると、涼介の手伝いに戻っていった。
「背筋に鳥肌……」
 残されたフィオナは青ざめた表情で両肩を抱いた。

 親子丼を作りに取り掛かっていた涼介は、尚志が調理工程をメモしながら慎重に料理をしていることに気づいた。
 涼介が尚志の横に並ぶと、脅かさないようにさりげなく声をかける。
「料理って普段からするの?」
「……興味はありますが、料理は得意ではないのですぅ」
 尚志は涼介の方は向かずに手を動かし続けている。
 そんな尚志の姿を見た涼介はクスリと嬉しそうに笑った。
「だったら、後で作り方メモってやるよ。そしたら自分一人でも料理ができるだろう」
 尚志は手が止めて暫し考える。
 そして――
「……やってみるですぅ」
 尚志はポツリとそう呟いた。


〜『ネコミミバトラー』〜
「ルカルカさんも一緒にネコミミつけましょう!」
「いいね! つけよう、つけよう♪」
 歌菜の提案に乗ったルカルカは、ポケットからネコミミを取り出した。
「ジャジャカジャジャジャーン〜〜。『ネコミミ、黄豹Ver』!!」
 自慢げにネコミミを掲げる、ルカルカ。
 すると、歌菜が驚いた表情をしていた。
「あれ。持っていたんですか!?」
「うん。あ、もしかして用意してくれてたの?」
「一応……」
 歌菜は自身が着けているネコミミと同じものを手に持っていた。
「そっか。じゃあこれは羽純にあげようか」
「は?」
 羽純は突然背後から、ひょいっとルカルカにネコミミを着けられた。
「似合う、似合う」
「羽純くん、可愛いね〜」
「ちょ、ちょっと待て!」
 ルカルカと歌菜に褒められ、顔を真っ赤にした羽純は慌ててネコミミを取り外して歌菜に抗議する。
「なんで俺がネコミミつけることになってるんだよ」
「え〜、だってせっかく持ってきたのも、もったいないじゃない」
「もったいないって……だったらダリルでもいいだろ」
 羽純にいきなり話を振られたダリル。だが、ダリルは慌てる様子もなく冷静に答える。
「俺は着けるべきではないだろうな」
「なんでだよ」
「そのネコミミは歌菜とお揃いの物だろ。女同士ならまだしも男女となると、特別な意味合いを感じるだろう。歌菜と俺がお揃いのネコミミをつけて作業していたら、周囲はどうみるだろうな? 想像してみろ。どうだ。旦那としてはどんな気分なんだ?」
 ダリルに尋ねられ、羽純がむっとした表情になる。
「……いやだ」
「そうだろう」
 羽純は苦々しい顔で納得せざるをえなかった。
「ちなみにつけないという選択肢は?」
「断れば彼女はどう思うだろうな」
 歌菜が期待の眼差しで羽純を見つめている。
 ここで断る――羽純は後のことを考え、諦めてネコミミを着けることにした。
 話が纏まった所でダリルはルカルカに袖を引っ張られた。
「ねぇ、ねぇ、ダリル」
「なんだ」
「ダリルの分もあるよ」
「……」
 ルカルカの手には『ネコミミ、黒豹Ver』が握られている。ダリルの表情が固まった。
「いや、俺は――」
「あれー、ダリルさん一人だけ着けない気ですかぁ?」
 ネコミミをつけた羽純が、ダリルの肩に手を乗せて悪者面で話しかけてきた。
「一人だけ着けてないと、なんだか仲間外れっぽいぞぉ。ほら、周りを見ろよ。着けていない方がオカシイだろう? っていうか、さっき女のことを考えろみたいなこと言ってたような気がしますが? ……いいから、空気読めんでさっさとつけろ」
「……」
 最後の方は脅しだった。恥辱と言う名の地獄への道連れである。
 ルカルカと歌菜が期待の眼差しを向けている。
 逃げ場はないと判断したダリルは諦めてネコミミを着けることになった。
「よぉし、『ネコミミバトラー』も調理を開始するわよ!!」
「「オー!!」」
 ルカルカの掛け声にダリル以外の二人が元気に反応し、調理を開始した。
 ダリルが羽純とすれ違う際に小声で告げる。
「この恥ずかしさの埋め合わせは帰ったら必ずして貰うからな」
 羽純の顔が青ざめていく。
 その横で歌菜が楽しそうにルカルカに話しかける。
「ルカルカさんは、丼は何が好きですか? 私は親子丼が好きですが……」
 『ネコミミバトラー』は雑残しながら料理を進めた。


 それぞれのチームが作業を着々と進め、『チーム対抗親子丼料理対決』が終盤へと差し掛かる。


〜『芽衣子’s&涼介’s』〜
「だぁぁぁぁぁ!!」
「ど、どうしたんだ!?」
 芽衣子が突然叫びをあげ、涼介がビクリと驚いていた。
「もう駄目だ。あたしには見てるだけなんて耐えられないぜ!!」
「え、ちょ、おい!」
 ――芽衣子は作業を放り出して走りだした。


〜『チームあさにゃん』〜
「後はこれを入れれば……」
 親子丼の調理に終わりが見え、あさにゃんが最後の仕上げに取り掛かる。
「メイドさぁぁぁぁん!!」
 すると、隣の調理台から芽衣子が物凄い勢いで突撃してきた。
「……避けます」
「へ?」
 アイビスがひらりと躱し、芽衣子はあさにゃんに激突した。
 置かれていた椅子やら皿などを吹き飛ばして倒れたあさにゃんが目を開けると、芽衣子が腹の上で馬乗りになっていた。
 芽衣子はあさにゃんのメイド服に手をかける。
「やっべ、年下の男の子メイドとかマジ萌えるぜ〜」
「な、なに、やめてよ!?」
「剥いていいよな、なぁ、いいよな、いいんだよな……?」
「ちょ、誰か助けて!!」
 芽衣子が抵抗するあさにゃんから無理やりメイド服を脱がそうとする。
 その様子をルシェンはしっかりと写真をとり、アイビスは被害を受けたくないからと距離をとって退避してしていた。唯一、あさにゃんの味方である佐那だけが芽衣子を引き離そうとする。
「こら! 私のあさにゃんに何をするんですか!」
「ふふ、今夜はたっぷりメイド丼……」
 暴走状態の芽衣子は佐那を無視して、あさにゃんのメイド服をひん剥こうとする。
 そこへ隣の調理台からフィオナが芽衣子を連れ戻しにやってきた。
「いつも通りですね」
 フィオナはほっと胸を撫で下ろしていた。
「マスター……すいません」
 フィオナは腕を振り上げ、芽衣子を横から容赦なしに殴り飛ばした。
「迷惑をおかけしました……」
 フィオナは派手に吹き飛ばされて気を失った芽衣子を縛り上げ、自分達の調理台へと引きずって行った。
 嵐が過ぎ去り、静けさが戻る『チームあさにゃん』。
「あさにゃん。親子丼が……」
「え?」
 ルシェンに言われて鍋を見るあさにゃん。すると。親子丼が醤油まみれになっていた。
 芽衣子に吹き飛ばれた時に醤油をこぼしたらしい。
 あさにゃんは時計を確認して、作り直すには時間が足りないことを悟る。
「でも、やるしかないよな……」
 あさにゃんは諦めず親子丼を仲間と共に作り直したいと思った。


〜『チーム・ファミリー』〜
「彼女、もどってきませんね……」
 淳二が周囲を見渡しながら言った。それに対してイーリャが苦笑いを浮かべて答える。
「大丈夫よ。いつものことだから」 
 イーリャのパートナーであるジヴァが、対決開始早々出かけたまま帰って来ていなかった。
 ジヴァは他人と関わるのが嫌で、サボってどこかに行ってしまったのだ。
「でも、ちょっとは食べてもらいたかったかな」
 イーリャが少し寂しそうな表情をしていた。
 淳二はイーリャに心配しないように言われ、親子丼の仕上げ作業を再開する。
 そん中、淳二がふと思った一つの疑問を口にした。
「『家族』ってなんなのでしょう?」
「え?」
 淳二には記憶がなく、自身の家族のことを知らなかった。
 たが、親子丼という言葉を聞いた時に浮かんできた『家族』というキーワードが、彼をあゆむの手助けへと動かせたのである。
 イーリャが淳二の質問に精一杯答えようとする。
「難しい質問ね。一緒にいることとか、血が繋がってることだとかいう考え方はあるけど、必ずしもそうだとは限らないしね」
「オレと瑠兎子も血は繋がってないけど、家族だと思っているからな」
 イーリャが淳二の質問に答えていると、皿を用意していた夢悠が話に入ってきた。
 淳二は夢悠が瑠兎子と出会った経緯を簡単に説明された。
 話を聞き終えた淳二は複雑な表情をしていた。
「家族って難しいね」
 淳二は『家族』という言葉の意味を考えたが、心の底から湧き上がる感情を言葉にできなかった。
 するとイーリャが苦笑いを浮かべた。
「私は家族っていうの相手にちゃんと向き合うってことなんじゃないかと思うの」
「向き合う?」
「そう、ちゃんとお互いに言いたいことが言い合える。……それこそあゆむさんが言っていたように叱ってもらえような関係」
 イーリャは自分とジヴァもそんな関係になれたらいいと思っていた。
「オレも普段は瑠兎子を叱ってばかりいるけどさ。たまには叱ってもらいたいって思うことがあるからさ」
 夢悠が恥ずかしげに本音を漏らす。そこへ席を外していた瑠兎子が戻ってきて、強引に話に入ってきた。
「なになに、ユッチーはドS〜?」
「ち、違う!!」
 夢悠が顔を真っ赤にして瑠兎子に話の経緯を説明する。
 イーリャと夢悠の話を聞いた淳二は、自分なりに『家族』について考えた。そして、今動かないといけないと感じたのだった。
「ごめん。ちょっと出かけてくる」
「大丈夫よ。後ちょっとだから」
 淳二はイーリャの優しい笑顔に見送られ、会場を後にした。


〜『ネコミミバトラー』〜
「やった〜。完成だよ!」
 親子丼が出来上がり、ルカルカは歓声を上げる。
「やっと、これが外せる……」
 羽純はネコミミを外しながら、歌菜に撮影された写真のことを考え、深くため息を吐いた。
 ルカルカは黙々と調理道具を洗っているダリルに話しかける。
「ねぇ、ダリル。こうやって、みんなでワイワイ料理を作ってると、本当に『家族』みたいだよね」
「そう……だな」
 ダリルはとりあえず返事を返したが、本当は『家族』という実感が持てないでいた。それがルカルカにはダリルが場の空気を考えて肯定しただけなのだとわかっていた。
 それでもルカルカはいつかダリルが自分を『家族』だと感じてくれる日がくることを、信じることにした。
 ルカルカが黙ると、二人の間には食器を洗う音だけが支配する。
 少しの間沈黙が流れ、ふいにダリルが洗い物を一端やめてルカルカに話しかけてきた。
「ルカ。これから妙な質問をするのだが……」
「ん、何?」
「君は親子丼を混ぜて食べる派だったか? それとも混ぜずに食べる派だったか?」
 ルカルカは突然の質問に目をぱちくりさせた。
 そして、ぷぷっと笑いをもらした。
「何そっれ〜。変な質問」
「……言っただろ。妙な質問だと」
 ルカルカにはダリルが場の空気を和ませようとそんな質問をしたということが理解できていた。

「それにしても、すごく美味しそうにできたよね」
 歌菜が出来上がった親子丼を見て嬉しそうにしていた。すると、横から羽純が鶏肉を狙って手を伸ばす。
「どれどれ、俺が味見を……」
「めっ! 羽純くん、つまみ食いなんて行儀が悪いよ!」
「ちぇ」
 羽純は歌菜に叩かれて赤くなった手を摩りながら、口を窄めていた。
 そこへニコニコ笑いながらルカルカがやってくる。
「羽純、味見してもいい?」
「いいですよ。じゅんじゃん味見しちゃってください」
「はぁ、なんでだよ!? 不公平すぎだろ!」
「ルカルカさんはいいの!」
「?」
 鶏肉を箸で口に運びながらルカルカは、突然目の前で口論を始めた歌菜と羽純を見て首を傾げた。


〜『芽衣子’s&涼介’s』〜
「よし、終わったぞ!」
「やりましたね、兄さま!」
 涼介が『エイボンの書』とハイタッチをする。

 そこでちょうお対決終了を告げる鐘の音が鳴り響いた。


〜『チームあさにゃん』〜
「やっぱり終わらなかったね」
「……残念です」
 芽衣子の邪魔が入った朝斗達は残念ながら間に合わなかった。


 『チーム・ファミリー』はどうにか間に合い、3チームの親子丼ができあがった。
 親子丼はどこが作ったかわからないように同じ器に「A」、「B」、「C」のシールだけが貼られて、あゆむの前に出された。
 レティシアが元気よく進行役を務める。
「では、あゆむさん、判定の方お願いしますですぅ〜」
「は、はい……」
 あゆむは親子丼を見つめ、生唾を飲み込んだ。
 箸を手にAから順に食べていく。
 あゆむは一つ目の丼を空にすると、ほぼお腹が満たされた状態になった。
「おいしかったです〜」
「ありがとうございました。では次をどうぞ!」
 ミスティが空になったAの丼をどけて、Bの丼をあゆむの目の前に置く。
 満たされた表情から一転して暗い表情を見せながら、あゆむがBの丼へゆくりと端を運ぶ。
 さらに食べ終わると身体から大量の汗を流してあゆむは気持ち悪そうにCの丼を食べ始めた。この時にはすでにあゆむは何も話すことができない状態だった。
 三つの丼を無理やり口に流し込んだあゆむは、判定を求められて無言で口を押えながら空になった「A」の丼を指さした。
「それは……」
 レティシアがメモを書いた紙を手に、優勝チームを確認する。
「はい、お待たせしたですぅ! 優勝は細かいところまで気をきかせた親子丼を作ったチーム『芽衣子’s&涼介’s』に決ったですぅ!!」
 会場に拍手が巻き起こる。
 ミスティが『エイボンの書』と一緒に喜んでいる涼介の元へインタビューに向かう。
「おめでとう、涼介さん。これで――」
「これであゆむを好き放題にしまくりだぜぇぇぇ!!」
 芽衣子がマイクの音をかき消すほどの雄叫びのような声を発し、あゆむはびくりと震えだす。
 あゆむの元へ芽衣子が走り出そうとする。すると、背後からフィオナが重い一撃を食らわした。
「てめぇ、なにしやがる!!」
「マスターは、駄目です」
「はぁ!?」
「マスターは……他のチームに迷惑かけました。ですからあゆむさんを自由にする権利はない、と思います」
「んなっ、馬鹿な……」
「当然ですねぇ」
 納得できない芽衣子だったが、会場の全員がフィオナの意見に賛成だった。
「離せ、離せ、離しやがれぇぇぇ――!!」
 芽衣子はフィオナに引きずられて強制退場させられた。
「と、いうわけで優勝者に贈られるあゆむを好き放題にできる権利は、涼介さんとエイボンさんに渡りました。さて、どのように使いますか?」
 ミスティが涼介とエイボンに尋ね、その様子をあゆむが不安そうに見つめていた。
 涼介はエイボンと顔を見合わせ、二、三言葉を交わすと、ニコリと笑ってマイクを手に取った。
「えっと、これと言って要望はないのですが、そうですね。あゆむさんが一緒に料理をして、一緒に親子丼を食べてくれたらいいかなと思っています」
 マイクがミスティに返される。
「だ、そうですけどあゆむさんどうですか?」
「はい! もちろ、うぐぅ……」
 にっこり笑ったあゆむは、返事をしようとして、突如口を抑えたしゃがみこんだ。
「あ、無理はしないでください」
 心配そうにする涼介にあゆむはコクコクと頷いてた。
「それでは第一回『チーム対抗親子丼料理対決』はこれにて閉幕しますですぅ」
「では皆さん、この後は仲良くみんなで協力して親子丼を作りましょう!!」
 『チーム対抗親子丼料理対決』は無事に終了し、生徒達は協力してキャンプファイヤーのような火の上に乗せられた巨大な鍋で、大人数用の親子丼を作ることになった。