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第一章その2「これがほんとの雪合戦」

「セレスティアーナ様は私がお守りします!」
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が凛々しい声で叫んだのは、蒼空学園のグラウンド。そこでは熾烈な雪合戦が行われていた。
 雪の上は中々動きにくいものだが、【パスファインダー】を持っている祥子はまるで平地を走るのと変わらない身軽な動きをしている。そんな彼女が所属しているのはセレス軍。
 祥子の目は本気である。【歴戦の立ち回り】【女王の加護】も使い、防御は完璧だ。今も飛んできた雪を【なぎ払い】、宣言する。
「雪合戦という遊びとはいえ合戦。この雪原で鍛えられたラヴェイジャーと対することがどういうことか、思い知らせてあげる」
 彼女が雪玉を投げる係りに立候補しなかったのは、相手にとって幸運だったろう。
「ふっふっふ。こんなこともあろうかと! 夏の頃から構想を練っていた甲斐がある」
 セレスティアーナのいる本陣? より少し離れた場所で、どこかで聞いたことのある台詞が響いた。
「これが対雪合戦用移動曲射砲『ボインちゃん1号』! 体育倉庫にあったピッチングマシンをベースにし、雪玉を自動的に投げつけられる。さらには台車をつけて移動も可能にしたすぐれものだ」
「さすがみや姉、凄い発明だ(そして説明乙)……けど。そのネーミングはどうかと思……え。セレス様の胸を見て思いついた? なら仕方ない」
 何やら奇妙な会話をしているのは、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)武神 雅(たけがみ・みやび)の2人である。2人は『代王が変なこと始めたぞ』と観察していたら雪玉の餌食になりセレス軍に下った。
「さぁ愚弟よ。神にも悪魔にもなれるこの『ボインちゃん1号』で、この銀世界を征するがいい! 雪玉は私が補充しよう」
 雅は牙竜にすべてを任せることにした。自分は安全な後ろに下がり、華のある場面を弟に譲る。これも姉の愛……だよね?
「さてはお前らでっぱいを付け狙うエロイ奴らだな! どいつもこいつもでっぱいに惑わされてる哀れな小羊どもめ! せめてもの慈悲だ…『ボインちゃん1号』で愛に目覚めよ!」
 そんな姉の愛を受け取った牙竜は、随分と張り切っている。張り切っているのだが、方向性が果てしなく間違っている気がするのは気のせいだろうか?
「セレス様の愛の雪玉で真のでっぱい好きに目覚めるがよい。ちなみに俺はちぃぱい好きだ!」
 何かをカミングアウトまでし始めた。正気に戻った後の彼のことが非常に心配である。
「ハッピーハッピーハッピ〜」
 奇妙な歌を歌いながら『ボインちゃん1号』を操る青年、武神 牙竜……もう、いろいろダメかもしれない。

 そんな個性溢れるセレス軍に対峙しているのは、赤羽 美央(あかばね・みお)だ。
「セレスティアーナさん。雪だるまを頭に乗せるその心意気、しかと受け取りました」
 静かにセレスティアーナに語りかけている美央は、斜め後ろにペットの雪だるまを控えて堂々と立っていた。
「しかし私とて【雪だるま王国】女王の名を冠する者。私も雪だるまを乗せようではありませんか!」
 美央は宣言した後に、ペットの雪だるまを頭に乗せた。バランスが悪いのか、かなりグラグラしている。
「なんのこれしき! いざ、尋常に勝負です!」
 美央が指をセレスティアーナに突きつけると、勢いのよい返事がした。
「陛下のお心、このクロセル。しかと受け取りました」
 クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)である。
「セレスティアーナ女史! 赤羽陛下を差し置いて雪だるまを頭に乗せるとは何事ですか! その雪だるま頂戴いたします」
 そんなクロセルのパートナーである童話 スノーマン(どうわ・すのーまん)は、しきりに頷いている。が、ふいに黒く太い眉がかっと持ち上がり、丸い目がかっと見開いた。
「どうやら貴殿は『雪だるまの暗黒面』に堕ちてしまわれたようでござるな。雪だるま王国とシャンバラの未来のため、ここは拙者が貴殿を正気にもどしてみせるでござる」
 ビシッと指(手袋?)を前へ突き出したスノーマンに付き従うは、同じく雪だるまたち。スノーマンは、飛んできた雪玉を【ブリザード】で受け流し、雪だるまたちに指示を出している。
 カッコイイ。なぜか分からないがとてもかっこいいぞ、スノーマン!
「さすがですわスノーマン様。って、ちょっとそこのあなた! なぜか分からないとは何事でスノー! 誰がどう見てもスノーマン様はカッコイイですわ」
 誰かに向かって怒っているのは魔鎧 リトルスノー(まがい・りとるすのー)だ。スノーマンに声援を送り好感度アップを狙っている。
「ワタシもスノーマン様のお手伝いをしまスノー!(邪魔者は、さっさと失せろでスノー!)」
 雪玉がふわりと浮きあがり、敵へと飛んでいく。リトルスノーの【サイコキネシス】だ。かと思えば、まったく別の方向から雪玉が投げられる。フラワシを使ったのだ。きたな
「何か?」
 なんでもないです。
 そんな3人の後ろでは、家からわざわざ雪球製造機を持ってきたジェニファ・モルガン(じぇにふぁ・もるがん)マーク・モルガン(まーく・もるがん)が雪玉を作っている。
 雪合戦の必勝法など明確にあるわけではないが、勝率を上げる方法はいくつか存在する。その1つが役割分担だ。
「ふふふ。物量は戦いの基本よ」
「投げるのは苦手ですがコレなら」
 ジェニファとマークは手際よく雪玉を大量生産していく。製造機で雪玉の形を作り、それをマークが手でさらに握り固める。こうすることでより硬く丈夫な雪玉ができるのだ。
 2人が作った雪だまは非常に投げやすく、投げやすいということは命中率も自然と上がる。
 この雪玉が人数の少ない対セレス軍(美央やクロセルは【雪だるま王国軍】を名乗っているが)を支えていると言っても過言ではない。
 しかし凄いのはそれだけではない。
「クロセルさん! 左が開いてるわ。そちらを重点的に攻めて! あと直線に投げるだけではなく、放物線を描くように」
「了解した」
 雪玉製造班の彼女は安全地帯にいる。それゆえに戦場を広く見渡せるのだ。的確なジェニファの指示はすぐさま前線に伝えられていく。
 ここは戦場だ。

「さあ、お前も俺たちと一緒に遊んでもらおうか」
 叫ぶ高円寺 海(こうえんじ・かい)の様子を遠くから観察しているものがいた。
「ん、あれは海か? 様子がおかしいが……何だか楽しそうだな」
 雪景色の中、見る者の目を否応なしに惹きつける赤髪の少年。グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)だ。特に厚着をしているようすはないが寒さには強いのか。平然とした顔で海たちを眺めている。
 普段の海から想像できない行動は、明らかに異常事態を示している。しかしグラキエスは、
「楽しそうだ。俺も遊びたい。いいか?」
 事態の解決よりも遊ぶ欲求を満たしたかった。同行者を振り返り許可を求める。
 同行者とはゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)の2人である。
 ドラゴニュートであるゴルガイスは、苦笑しつつ頷いた。
「何か奇妙なことが起きているようだが、実害はさほどなかろう。グラキエス、遊びたいのであれば存分に遊ぶとよい」
「ん、ゴルガイスはやらないのか?」
「我か? 我は火竜ゆえ雪玉が溶けてしまうのだ。だから気にせず」
「そんなこと言わずに君もやりましょう。私が【氷術】で雪玉を覆いますから」
 許可を得て嬉しそうに雪を拾って丸め始めたグラキエスは、ゴルガイスを誘う。そうするともう1人の同行者、ロアがそんな提案をしてゴルガイスに参加を呼びかける。ロアとしてはグラキエスの願いはどんな些細なことでも叶えたいのだ。
 ゴルガイスにしてもグラキエスの願いを拒みたいわけではない。ロアの提案に致し方ないと頷いた。グラキエスが楽しげに笑う。
「やはり皆でやるのが楽しいからな」
 どこか和やかな雰囲気で雪合戦を楽しむグラキエスたち、とは正反対に緊張の面持ちをしているのは杜守 柚(ともり・ゆず)杜守 三月(ともり・みつき)だ。
 柚と三月の視線の先にいるのは、
「俺と遊べ!」
 海の姿がある。
「海くん、しっかりしてください」
「無駄だって柚。雪玉当てないと」
 心配そうにおろおろする柚に対し、三月は楽しそうだ。
「どっちの運動神経がいいか、対決だよ!」
「いいだろう。受けてたつ」
 何やら【超感覚】まで使い本気で戦い始めた三月。柚は最初こそ戸惑っていたものの、次第と落ち着きを取り戻してきた。2人とも、とても楽しそうなのだ。
 しかし海が操られた状態というのは良くない。できるなら普段の海と楽しく遊びたい。柚はそう思って雪玉を手に取った。
「海くん、正気に戻ってください」