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初日の出ツアー 馬場正子ご一行様

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初日の出ツアー 馬場正子ご一行様

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【一 挑む者達】

 霊峰フライデンサーティンは、ツァンダ南部山岳地方にそびえる幾つもの山々の中でも、特に峻険で知られる高山である。
 標高自体は3000メートル級と、数字だけを見れば然程に困難を伴うようには思えない高さなのだが、壁のようにそそり立つ斜面と、非常に安定感の悪い足場がこの山をして、拒絶の魔岳といわしめる所以となっているのである。
 七合目から山頂付近に至る周辺空域は常に乱気流に包まれ、近隣空域を飛行するのは至難の業であるとさえいわれている。これは何も航空領域に限った話ではなく、直接山肌を進む者に対しても恐るべき脅威と化し、まるで薙ぎ倒さんばかりの勢いで容赦無く吹きつけてくるのだという。
 山路は、五合目付近までは比較的緑が多く、斜面を行く登山者の頭上を左右から枝葉が伸び、自然の屋根を形成している箇所も少なくない。これが、六合目辺りになると風景が極端に変わり、それこそ岩と砂利がない交ぜになったような、実に殺風景な灰色の世界ばかりが広がるようになる。
 五合目までは集落が山路沿いに点在しており、山頂付近から流れ落ちる清流を命の水として敬い、林業や狩猟等を日々の糧としているらしい。
 フライデンサーティンが登山レジャーとして認知されるようになったのは、ここ数年の話であるという。
 地球との交流が成立した直後、初期のコントラクターが鍛錬と称して山頂を目指したのが始まりであるといわれており、以来毎年、開山期を迎える頃になると多くの登山客が姿を見せるようになった。
 その為か、麓の集落に於いても経済体系が大きく変化し、登山客の来訪を見込んだ商売が多く見られるようになった。土産物屋や登山用品屋、或いは前泊する登山客を迎え入れる民宿等、それまで見られなかった店舗が一斉に街路沿いに並ぶようになったという。
 馬場 正子(ばんば・しょうこ)達、初日の出ツアー一行が足を踏み入れようとしているのは、そういう景色が広がる街並みの、更に向こうへと伸びる山路であった。
 この初日の出ツアーに参加している人員数は、実に60名を越えている。登山ツアーとしては、規模が大きい方であるといって良い。
 当然ながら、ひとりやふたりで、これだけの人数を管理出来る筈も無い。
 そこで正子はツアー参加者を幾つかの班に分け、それぞれの班に班長と副班長を置き、危機管理と登攀ペース調整を任せることにした。
 2021年12月31日の正午過ぎ、フライデンサーティン麓の登山路街エルリムに到着したツアー一行は、ここで一旦、山路に入る前の最後の自由休憩を取ることとなった。
 その一方で正子は班長、或いは副班長に任命する人員を選抜し、噴水が爽やかな清水を噴き上げるエルリムの中央広場に呼び集めた。
 その数、全部で12名である。各班班長、及び副班長に任命された者は、以下の通りである。

 第一班:
  班長 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)
  副班長セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)
 第二班:
  班長 レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)
  副班長エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)
 第三班:
  班長 叶 白竜(よう・ぱいろん)
  副班長リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)
 第四班:
  班長 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)
  副班長氷室 カイ(ひむろ・かい)
 第五班:
  班長 四条 輪廻(しじょう・りんね)
  副班長黒崎 天音(くろさき・あまね)
 第六班:
  班長 五十嵐 理沙(いがらし・りさ)
  副班長月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)

 各班を構成する人員数は、ほぼ十人ずつである。尚、正子と三沢美晴はどの班にも属さず、各班の間を行ったり来たりしながら班長達から随時報告を受け、班間の登攀ペースを調整する役割を担う。
「やったぁ! 第一班だぁ! ってことはぁ、山頂一番乗りが約束されたようなもんだね!」
 何をするにしても、一番でないと気が済まない――という訳でも無かったであろうが、しかし今回に限っていえば、山頂への一番乗りに随分と拘っている美羽が、諸手を挙げて喜びの色を見せた。
 勿論、美羽がそういう意識でツアーに臨んでいることを正子は知っていたし、知っていたからこそ、美羽を第一班の班長に指名したという心遣いがあったのも事実である。
「やっぱり正子さんって、見てないようで、実は凄く細かいところまで見ているよなぁ……」
 コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が目を丸くして正子の強面を眺めているのは、しかし、美羽を第一班の班長に据えたことに対する感想からだけではなく、副班長にセレンフィリティを据えたことに、大きな意味を見出してもいたからである。
 実のところ、セレンフィリティは今回のツアーに参加するに当たって、装備の種類を見誤るという失態を演じてしまっており、それが原因で、いつものような高いテンションを維持出来なくなってしまっていたのだ。
「あ〜あ、もう……まさかフライデンサーティンに挑むなんて、思っても見なかったわ」
 エルリムに至るまでの道中、彼女は傍らのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)に散々こぼし続け、これに対しセレアナが、何とかセレンフィリティの気合を引き出そうと、わざと冷たくあしらうような突っ込みを返し続けてきていたのである。
 その甲斐あって、そこそこ気分を持ち直しつつあったセレンフィリティではあったが、それでも矢張り、いつものような高揚した精神状態には達していない。
「全く……あたしが一番乗りよ、なんていい出して暴走してる時の方が、まだ扱い易いってものね」
 幾分困った様子を見せていたセレアナではあったが、そんなセレアナの努力をそれとなく見ていた正子がセレンフィリティを第一班の副班長に任命するや、セレンフィリティは急に元気を取り戻し、慌てて第一班の名簿を作成し始めるという始末である。
「さすがに山岳猟兵の装備をここで整えるのは無理だけど、少しでもマシな装備を揃えておかないとね。早速、名簿に上がったひと達に通達しなきゃ!」
 立場がひとを変える、ということは往々にしてよくある話だが、セレンフィリティの場合は極端に過ぎるといって良い。ともあれ、第一班名簿を手書きで素早く仕上げ、からからと笑うセレンフィリティ。
 これに対しセレアナは、
「ん、まぁ……良いか。延々と愚痴を垂れ流されることを考えたら、大きな進歩ね」
 などと、苦笑で応じるしか無かった。

 レティシアが正子から手渡された第二班の人員名簿に視線を落としながら、噴水脇の木製ベンチにゆっくりと腰を下ろすと、その傍らに同じく第二班副班長に任命されたエヴァルトが、妙な顔つきで、名簿の写しを眺めながら座り込んできた。
「あんたが班長なのはまぁ良いとして……何で俺が、副班長なんだ? 纏め役には全然向いてないんだが」
「ん〜と、まぁ……正子さんはぁ、きっとそれなりの考えがあって、選んだんでしょぉねぇ」
 訝しげに首を捻るエヴァルトに対し、レティシアは乾いた笑いで応じた。
 実のところ、レティシアは正子からエヴァルトの副班長選抜の理由を聞かされていた。曰く、エヴァルトの長身が偶々目に付いたから適当に決めた、ということらしい。
 かなりいい加減な理由での副班長選抜であった為、レティシアはエヴァルトに教えて良いものかと、内心で酷く悩んでしまう有様であった。
 結局、余計なことはいわない方が吉、ということで言葉を濁したが、後で知ったらどうなることやらと、出発の前から変な心配の種を抱え込む破目に陥ってしまった。
「でもレティ……班長なんて、本当に大丈夫? 確か、ゆっくりまったり登る、っていってなかった?」
 ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が、幾分心配げな様子でベンチ脇から覗き込んできた。実のところ、ミスティは今回、半ば強引に参加させられたくちではあったのだが、しかし参加すると決めた以上は、最後までやり遂げるという決心を固めてもいる。
 それだけに、レティシアが最初に決めた方針と班長任命とが、変な矛盾を抱えてしまうのではないかという危惧を覚えたのだが、しかしレティシアは、ころころと笑って曰く。
「ん〜、確かにそうはいってましたけどぉ……幸い、班の登攀ペースはあちきとエヴァルトさんに任されてるみたいですしぃ、それこそ班ぐるみでぇ、ゆっくり登れば良いんじゃないでしょうか〜」
 最後の部分はミスティに対してというよりも、傍らのエヴァルトに向けられた問いかけであった。
 ワンテンポ置いてから話を振られたと気づいたエヴァルトは、慌てて何度も頷き返す。
「あー、うん、まぁ、そうだな。うん、そうしよう……で、何をどうするんだ?」
 全く話を聞いていなかったのを、自ら白状したようなものである。しかしそれはそれで、レティシアには都合が良い。エヴァルトが確固たる方針を持っていないのであれば、レティシアの決めた方針が即ち、第二班の方針となるのである。
「んではぁ、第二班はゆっくぅ〜りとぉ、登りましょうかねぇ」
「……ま、他の班に遅れないようにね」
 ミスティはやれやれと、小さく肩を竦めるしかない。
 一方、白竜が班長を務める第三班はというと、第二班とは全く逆の方針が適用されるような話に傾きつつあった。
 というのも、副班長を務めるリリィが随分とアグレッシブな意見を具申してきたのである。即ち――。
「後ろを見ている余裕は、日の出の時刻から考えても、ほとんど無いと考えて然るべきですわ。であれば、少しでも早く頂上に到達出来るよう、気合を入れて足を急がせるのが肝要かと存じますが、如何?」
 曰く、脱落するような軟弱者は放っておけ、という強硬論を持ち出してきているのである。これには白竜も閉口してしまい、何と答えて良いのか悩む始末であった。
 もっといえば、白竜は今回、中間管理職を任されようなどとは思っても見なかった。彼は単純に登山を楽しみたかっただけであるし、個人で挑むのが危険であるという理由から、今回のツアーに参加した、という程度の意識しか持っていない。
 その為、リリィのような明確な登攀方針を抱いている筈も無く、このように一方的にまくし立てられると、どう答えて良いものか、さっぱり分からないのである。
「わたくしが班の先頭付近にて、光術を駆使して周辺を照らしながら先導致しますわ。それならきっと、多少遅れたひとが居ても、後からついてくることも出来ましょう」
「……まぁ、万が一遅れそうな奴が出たら、俺がサポートするよ。脱落者なんて、少ない方が良いだろ?」
 別段リリィをフォローする訳でも無かったのだろうが、それでもカセイノ・リトルグレイ(かせいの・りとるぐれい)が、幾分苦笑混じりにそう宣言した。
 彼にしてみれば、脱落者へのサポート等は本来、僧侶たるリリィの役目ではないのかという意識を強く持っていたのだが、今回リリィが見せている非情なまでの決意を鑑みると、期待するだけ無駄であった。
「ま、そういうことなら俺も一肌脱ぐぜ。一応、班長さんのパートナーなんだからな」
 世 羅儀(せい・らぎ)がおどけた風に肩を竦めると、白竜は苦笑を返した。
 結局、第三班は第一班と並び、早い段階で山頂を目指すということで、方針が決定した。後は第二班に振り分けられた面々に説明するだけだ――という運びに至ったところで、羅儀がふと、何かを思い出したように白竜の面を脇から覗き込む。
「そういやお前……確か理王の奴から、何か預かってなかったか?」
 羅儀にいわれて初めて思い出したといった素振りで、白竜は変な顔を作って小首を傾げた。
「あぁ、それなんですが……どうも話がこじれてしまってるようで、本人に任せることにしました」
「はぁ? 何のこっちゃ?」
 白竜のいっていることがいまいち理解出来ず、羅儀は思わず声を裏返してしまった。更に何かをいおうとしたところへ、第一班班長を任された美羽がてててっと走り込んできた為、話はそこで中断してしまった。
「ねぇっ! 第三班はどうするの? 第二班はちょっとゆっくり目に登ってくるらしいんだけど!」
 これに対し、リリィが何故か胸をそっくり返らせて誇らしげに笑う。
「第三班は、第一班と並行して登攀しますわ。それこそもう、トップを争う気概を持って」
「そうなんだ! じゃあ、こっちも負けないからね!」
 リリィの返答を宣戦布告と受け取ったのか、美羽も負けじと胸を張ってからからと笑う。
 白竜は幾分、頭痛を感じた。
「いや……登山で速さの優劣を競うのは、極めて危険なのですが……」
 しかし美羽もリリィも、白竜の台詞は耳に届いていない様子だった。