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仮装の街と迷子の妖精

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仮装の街と迷子の妖精

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 第三章


「……おねえちゃん?」
 気付いた時にはアルは再び一人になっていた。
 猫の仮装をしていた人の尻尾につられて、一人追いかけてしまっていたのだ。ふと辺りを見回せば見知らぬ人だらけでアルは心細さにまた泣き出しそうになってしまう。
 それでもセレアナたちが言ってくれた言葉を思い出して何とか必死に堪えていた。
 だが。
 背中に衝撃を受けてアルは再び地面へと倒れこんでしまった。
「すまない! 大丈夫か? どこか怪我は――」
 いきなりの衝撃に堪えていられるはずもなく、アルは再び泣きだしてしまった。
 もちろん吹き荒れる今日何度目かの吹雪。
「おわあああああああっ! 何だこれ!!!」
「和輝可愛い〜!」
 アニス・パラス(あにす・ぱらす)が雪だるまヘッドに変わってしまったパートナーの佐野 和輝(さの・かずき)を見て嬉しそうに声を上げた。
 可愛いじゃねぇよ! と叫びながら近くのショップの窓ガラスで重たくなった頭部を確認する和輝。
「ありゃりゃ、ぶつかっちゃってごめんなさいなのですぅ〜」
 すぐ耳元で声が聞こえて、アルは不思議そうに回りを見回すが、特に近くにいる人はいない。
「そっちじゃないですよぅ。こっち、こっちですぅ〜」
 声のする方向へ視線を移せば、アルの胸元よりも少し下の位置でふわふわと浮かんでいる小さな精霊の姿があった。
「ふふふ〜、驚いたですか?」
 手のひらに乗ってしまうほど小さな姿の精霊はルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)。アニスと同じく和輝のパートナーの一人だ。
「今の吹雪もですが、和輝さんの頭のアレ、すごいですねぇ〜。あ、私は氷結精霊なんですよぉ〜。何だか親近感ですねぇ〜」
 ふわりふわりとまるで水中を泳いでいるかのように空中に浮かぶルナを見てアルは目を輝かせた。
「ぶつかってしまってすまなかった。怪我はしてないか?」
 雪だるま頭をずいっと下げて和輝がアルに謝る。
「あ〜、和輝さん、その頭だと近いですよぅ! 私にぶつかりそうで怖いですぅ」
 すげ変わった頭の圧倒的威圧感にアルだけでなくルナも怯えているのを見て、急いで頭を上げる和輝。
「あ〜っ! アルちゃんようやく見つけたよー!」
 和輝たちのもとへ息も絶え絶えに頭を支えながら走ってきたのは、
「その声……桜井か?」
「ふぇ?」
 キョトンとした様子で首を傾げて、重みで倒れそうになるのを和輝に支えられる。
「忘れたか? 佐野だよ、佐野 和輝。……って言ってもこの頭じゃ分からないよな」
「和輝くん?!」
 久しぶりの再会なのだが、この頭のせいか何となくしっくり来ないお互い。

「和輝くんもアルちゃんに巻き込まれちゃったかー」
「あらかたこいつらと見て回ったし、観光客がもっと増える前に帰るつもりだったんだが、さすがにこの頭では帰れないからなぁ……」
 いくら仮装をしている人が多いからとはいえ、この格好であまり街を歩きたくないというのも大きい。静香もそうなのだが、本来の人間の頭のサイズよりも雪だるまの頭の方がは遥かに大きく、もちろんその分ずっしりとした重みが伴う。そんな状態で歩き続けたら気力云々の前に首のライフがゼロになってしまうことだろう。
 そんなことをするくらいならばどこか一箇所に留まって大人しくしておきたいと和輝は思っていた。静香からアルの話を聞いて大体のことは分かったし、街行く人々の中にもちらほら同じように雪だるま頭が確認できる。同じような状況の誰かがきっと何とかしてくれるだろうと考えていた。
「アルって可愛い名前ですねぇ〜。私はルナというですよぉ〜」
「アニスはアニスだよ。よろしくねアル」
 楽しそうに会話をする三人を眺めながら、和輝と静香はお互いの近況などをゆっくりと首を落ち着けて話しあっていた。


「う〜ん、ここのお店も素敵! 迷っちゃうなぁ」
 秋月 葵(あきづき・あおい)がアクセサリーショップの中でパートナーにあげるプレゼントを探していた。黒く大きな瞳をぱちぱちと瞬かせてショップの隅々の品物をじっくりと見つめる。
 シンプルなデザインのものから、様々な色のガラスを使って花や蝶をあしらった物、仮装用の羽飾りやマスク、ネックレスやネクタイピンまで多くの種類が置いてある。
「こっちのネックレスすっごく可愛いなぁ〜。あ、でもこっちの腕輪もすっごく素敵だし……迷っちゃうよう」
 パートナーのことを考えながら、こっちのほうがいいか、あっちのほうがいいかと行ったり来たりを繰り返して悩む秋月。ふと目に入った雪だるまのイヤリングもきっと似合うだろう。
「雪だるまかぁ……」
 ショップの中からでも外の様子の異常さは伺える。どうしても秋月の目を引いてしまう雪だるま。大きな頭というだけでも目立つというのに、それが頭だけの仮装というのもまた目立つ要因になっている。しかもそれが結構な人数見かけるのだ。
 雪だるまの仮装というのなら毎年誰かはやっていそうなものだが、それは全身の場合であって、頭だけ雪だるまの仮装というものは今まで見たことがない。もしかして今年のヴァイシャリーの仮装は雪だるま頭が流行っているのだろうか? だとすれば、そのうちどこかの仮装グッズを売っている店で見かけることが出来るかもしれない。
「でもあれだと誰が誰だか分からなくなりそうだなぁ」
 少しだけ被ってみたい衝動に駆られた秋月だが、再びプレゼント選びに夢中になるのだった。


「いいですかぁ、こうやって手の先に意識を集中させて一気に放り投げる! みたいなイメージですぅ」
「ぐっとあつめて……」
 しばらくアニスたちと遊んでいたアルだったが、どうやら今はルナに力の使い方を教わっているようだ。
「精霊と妖精じゃ違うかもですが、基本は似たようなものだと思いますよぅ〜」
 むむむっと集中しているアルを、アニスとルナはそっと見守っている。
「ばーんてなげる!」
「静香せんせ〜」
「あ」
 運悪くアルの直線上にひょっこりと現れたヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)。笑顔で現れた彼女を襲ったのは、アルの手からタイミングよく放たれた一陣の冷気。
「おぉ〜! 今の感じ、忘れちゃダメですよぉ〜」
「こらこら!」
 ルナに突っ込みを入れつつ、和輝が急いでヴァーナーの元へと向かった。
「大丈夫ですか?! 怪我は……うわっ」
 和輝に遅れて静香もヴァーナーへ駆け寄り、確認する。
「あー……うん」
 雪だるまヘッド人口、一名追加。