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第三章 託された願い
「お庭、行きたいです」
「わたくしも、放っておけないですの!」
「こういうことは柄じゃないんだが…まぁしょうがないな」
 珍しく力の入ったティー・ティー(てぃー・てぃー)イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)に押し切られる形で、源 鉄心(みなもと・てっしん)はココに来た。
 パートナーの保護者を自認する鉄心である、勿論、イヤイヤではないが。
「この辺は他の人に任せて、俺達は桜の様子を見に行こう」
  一年程度ならまず大きな問題はないだろう、という鉄心の予想は果たして当たった。
「とはいえ、少し害虫が発生しているな……よし、駆除してしまおう」
「待って下さい鉄心。木や他の植物への影響もありますわ、ココは薬品などを使わずにいきましょう」
 言って、イコナは意識を集中し鳥を呼んだ。
 意思の疎通は出来ないが、目の前にエサがあると分かれば鳥たちのやる事は一つだった。
「ん〜、この桜を中心に進めましょう」
 写真を手にした六本木 優希は、過日の庭と眼前とを見比べ。
「やっぱり思い出って大事だよね」
 と思う皆川 陽(みなかわ・よう)は【サイコメトリ】でかつての庭の様子を読み取り、優希に伝えた。
「ん、と……こんな感じ?」
 それをイコナがレイアウト図に起こす。
 誰が見ても分かりやすいそれを、何枚も作る。
 多いものの、花壇が花で埋まっていないのは多分、春の花だけではないからなのだろう。
 一年中楽しめるようにしていたのかな、とティーや陽から聞きながら、イコナは思う。
「本当に好きだったんだな」
 そして多分今も好きなはずだ、告げる鉄心にティーもイコナも大きく頷いた。
「桜の方は任せて貰えないか?」
 そこに申し出たのは、【園芸王子】エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)
 【園芸王子】としては荒れた庭を放っておく事など、出来はしないのだ!
「先ずは雑草かな。雑草に栄養取られたり日当たりが悪くなったりしたら、綺麗な花が咲かなくなっちゃうからね」
「そちらはわたくし達が担当致しますわ。エース様は木の方をお願い致します」
 イコナ達の鳥が虫を駆除してくれたのを確認し、ミラベルはエースに言って、草むしりに入った。
 桜の枝が陽光を遮断している為か別の理由か、下に生えている雑草は以外と少なかった。
 とはいえ、まったくないわけでは勿論なく。
「雑草の酷い部分は根から掘り起こして根絶しないと、直ぐまた生えてきますからね」
 エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)もまたミラベルや鉄心と共に、雑草を取り除いていく。
「あっ、その子達ちょっと待って……可愛い」
「でも桜の為には抜かないと駄目ですよ」
「あの、植え替えしちゃダメかな? 花壇に同じような花があったから……」
「私も賛成です。せっかく頑張って咲いてるの、可哀相です」
 下に生えていた小さな花が可愛いというエースの気持ちは分かるが、と渋るエオリアを説得したのは陽とティーだった。
「だよな!」
「「はい!」」
「仕方ないですね」
 三人から「お願い」されたエオリアは苦笑しつつ、要望を叶えた。
「かつての庭以上に綺麗に……花達はより美麗に整えてあげないとね」
 そしてエースは雑草がキレイになった場所から、手入れに入った。
 桜の枝ぶりや葉の様子を確認し、必要に応じて【人の心、草の心】で願いを聞き、水や栄養を与える。
「あぁ、今、水を上げるからね。うん、今もキレイだけど、もっともっとキレイにして上げるよ」
「エース様は本当に草花がお好きなのですね」
 それこそデレッという感じで桜に語り掛けるエースを、ミラベルが感心したように見た。
「エースにとって、花は女性と同じようなものなのです」
 だから花を美しく魅せるように手入れする事に情熱を傾けるし、草花も生き物なのでと女性と同等に扱う。
 それがエースのエースらしい所ではあるのだが。
「エース、あまり人前でそれをすると、色々と誤解される気が」
 苦笑交じりに忠告するエオリアに、エースはキョトンと首を傾げた。
「桜は切らない事が大前提とは言え、手入れも十分ではないし……冬に少し増長枝を剪定した方がいいな」
 というか、デジガメで記録を取りながら、剪定ポイントを考えている方に気を取られていたのだ。
 それは全て来年の、花の為に。
「桜はこれで問題ないな」
「よっと、コレで終了、っと」
 タイミング良く、庭の草むしりが終わったらしい。
「後は花壇に花を植えて完成、だな……植える場所の指示、頼むぜ」
「分かりました」
 花の苗を抱えてきたアレクセイに応え、優希は子供達や北都達に配りつつ、おおよその指示を出していく。
「どした?」
 陽が植えかえようと救いだした花を抱えたテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)は、ふと問うた。
 パートナーの顔に嬉しそうな色が浮かんでいたから。
「……うん、カタリナさんとヴィクターさんが優しい人で嬉しいな、って」
 陽が『視た』かつての庭。
 咲き乱れる色とりどりの花と共に確かに揺れていた、小さな花々。
 派手さもなく香りが良いわけではないそれらはともすれば地味で、だけど慎ましく必死に生きていて。
 それが嬉しいのだと笑う陽に、テディまで嬉しくなる。
 ゴミを片づけたり草を運んだり、と肉体労働専門な自分と違って、主の庭仕事は丁寧で中々大したものだと、テディは思っている。
 口にすれば、
「それは……薔薇学は庭園がいっぱいありすぎるから」
 と謙遜してしまうだろうが。
 だが、テディには名前さえ分からない花達に触れる手も見つめる眼差しも優しく、それは誰にでも身に付くものではないと、多分陽は気付かないのだろう。
 そしてそんな陽が『優しい』というのだから、件の老夫妻もまたそういう人間なのだろう。
「頑張ってキレイな庭、見せてやろうぜ」
 テディは言って、手入れしておいたシャベルを陽に差し出した。
おりゃああ!」
 草がなくなって綺麗になった土をメッチャほぐすジュジュ、受験勉強で溜まった鬱憤をぶつけるように……というかぶつけまくっている。
その後シャベル持ってせっせと花植え。
「うーん、深く埋めすぎちゃダメとか、けっこー難しいわね。 あたしこーゆー細かい作業向いてないのよね…」
「ああ、そんな深く埋めちゃいけませんわ。軽く土をかけるくらいで」
 むぅ、とうなるジュジュに、お花屋さんで働いているエマが、教えながら飢えていく。
 ダリア、サンダーソニア、アマリリス、マリーゴールド…春植えの品種その他いろいろ。
「桜が散っても夏には咲くように。その後も、ずっと咲き続けますように」
 ヴィクターを元気づけるために、赤やピンクの暖かい色の花を中心に。
「春より先も、おじいさんが寂しくないといいよね」
 言いつつ、ジュジュもまた慣れないながらも楽しそうに、せっせとシャベルを動かした。
「さて、植え終えたら仕上げにお水をあげましょう!」
 仕上げとばかりにエマが降らせた、水のシャワー。
 意図して威力を弱めた【凍てつく炎】が、陽にキラキラと輝き大地に降り注ぐ。
「ジュジュ、大学合格おめでとうですわ。改めて今度、お祝いしましょうね」
「大学合格ありがとう。これからもよろしくね! エマ」
 大地を潤す恵みに目を細めながら、ジュジュはにっこりと大切なパートナーに笑んだのだった。
「この子達、元気になってくれるといいね」
「こんな状況でも頑張ってた、ガッツのある花達だ。きっと大丈夫だろう」
 まだ何とか生き残っていた花を植え替えた北都はモーベットの言葉に、首肯した。
 つつましやかなそれらは、しかし、希望そのものに思えて。
「綺麗になったこの庭を見て欲しい、かつての想いを思い出して欲しいな……愛する人と育てた花々を見て」
 閉ざされた窓を見上げ、北都はそう心から願うのだった。