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お花見したいの

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第五章 春と夏と秋と冬と
「今日はお花見♪ お花見日和♪ 今日はお姉ちゃん達とお花見するの!」
「翠が随分とはりきってるわね」
 足取り軽い及川 翠(おいかわ・みどり)ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)は微笑ましそうに見つめた。
「お弁当も持って、バスケットも持って……あれ? このバスケットの中身って何なのかな?」
 翠がちょっと疑問に思った時。
 一同は丁度目的地についたから、その疑問は直ぐに忘れてしまったのだった。
「うん、ここが広くていいんじゃない?」
 石畳の道、アーチを抜けた先で振り返るサズウェル・フェズタ(さずうぇる・ふぇずた)ディアーナ・フォルモーント(でぃあーな・ふぉるもーんと)は頷いた。
 奥の方は奥の方で良さそうだが、スペースの確保は難しそうだ。
 何と言っても今日は、大所帯なのだ。
 約一名、業の者が頼んだ出前を運ぶ配達の人も、奥だと大変そうだし。
 それに。
「そうですね、ここが最適だと思います」
 にこにこ言うディアーナに、サズウェルは「了解」と返してから、勢いよく大きなレジャーシートを広げた。
「せっかく咲いた桜、誰にも見られず散るなぞ寂しいからのぅ」
 零れ落ちそうなほど枝に咲き誇る五枚の花弁×∞、な薄紅色を見上げ神凪 深月(かんなぎ・みづき)は口の端を引き上げた。
「皆様、今日はお集まり頂き、ありがとうございます。ぜひ楽しんでくださいね」
 【四季・お花見】幹事であるディアーナは言い、集まった皆を見回してからコップを掲げた。
 ディアーナのパートナーであるルーナ・リェーナ(るーな・りぇーな)を始めとして、それぞれが同じようにし、声を合わせた。

「「「「かんぱ〜い」」」」

「ふふ、花見酒の風情は格別ですわね」
 村雲 庚(むらくも・かのえ)のパートナーである壬 ハル(みずのえ・はる)と日本酒で乾杯を交わしたディアーナは頬を緩め。
 ハルは傍らの庚をからかいに掛かる。
「ふふん♪ 未成年なカノエくんはダメだよん♪」
「当たり前だ。公衆の面前で飲酒を行うと後々、七面倒な事になるからな」
 ハルに言われるまでもなく、最初からソフトドリンクを確保している庚。
 面倒事はたくさん、それは偽らざる本心だった。
「では花見酒の代わりに、こちらを」
 ふふっと笑みをこぼしてディアーナが広げたのは、お弁当。
「「「おおっ!」」」
 おむすび、ハンバーグ、卵焼き、ベーグルサンド、アスパラの牛肉巻き、手まり寿司、合鴨燻製……洋風和風混合のお弁当に、思わず感嘆の声が上がる。
「ルーナが食いしん坊だからたくさん作るのに慣れてるんです。あ、味も大丈夫ですよ」
「ディアーナ! 今日は誘ってくれてありがとう。オレも、皆で食べれたらと思ってお弁当作ってきたんだ」
 同じように料理が得意な神山 葉(かみやま・よう)もまた、少し照れた顔で特大重箱を出した。
「今日はお誘いありがとうございました。私もお弁当作りを手伝おうと思ったのですが、料理は一人で全部作ったほうが統一感が出るから!、と断られてしまいました。そういうものなのでしょうか?」
 葉のパートナーである神山 楓(かみやま・かえで)に不思議そうに尋ねられたディアーナは、後ろで何やらサインを出している葉の姿に、おおよその事情を察して、頷いた。
「そうですね、そういう事もあると思います」
 その言葉に何となく釈然としない様子ながらも納得したらしい、楓。
 葉は気付かれぬようこっそり、安堵の息を吐いた。
 だって楓は料理が下手なのだ、というかド下手だ。
「お花見って初めてだからメニューが合ってるか不安なんだけど…」
「私は美味しそうだと思うのですが」
 開かれたお重の中身は、色鮮やかに並んだお弁当の定番料理。
 それは楓の言葉通り、美味しそうだ。
「すごく美味しそうです。一ついただいていいですか? 葉さん達もぜひ召し上がって下さいね」
「あの、よろしければこちらもどうぞですぅ」
 控え目に告げたのは、翠のパートナーの一人スノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)だった。
「ディアーナさんや葉さんには敵わないとは思いますけどぉ、腕によりをかけて作ってきたんですぅ」
「私もちょっと手伝ったんだよ」
 はにかむ翠に「ぜひいただくわ」とルーナ。
「あぁどれも美味しそうだし、楽しみだ……まぁ、あっちのインパクトには負けるけど」
 そうして、苦笑する葉の視線の先には、仁王立ちするクロウディア・アン・ゥリアン(くろうでぃあ・あんぅりあん)の姿がある。
 その眼前にはよくぞここまで、と並べられた料理で埋め尽くされていたりして。
「人が集まるのだ、我輩(わたし)が満漢全席を出前で頼んでやるぞ!!」
 テラー・ダイノサウラス(てらー・だいのさうらす)はそのクロウディアの言葉の意味は分からなかった。
 ただ、クロウディアやチンギス・ハン(ちんぎす・はん)サー パーシヴァル(さー・ぱーしう゛ぁる)についていけば何か楽しい事がある、それは確かで。
 そしてテラーにはそれだけで十分だったのだ。
「何人も集まるのであれば満漢全席が一番だ! 金は使わなければ意味がないからな!!」
 と、確かにクロウディアは言っていたのだけれども。
「あ〜、マジで頼んだんだな」
「テラーが喜んでるから良し! 目がキラキラしてる、カワイイ〜♪ クロウディア、グッジョブ!」
「テラーが絡むとテンションおかしいよね」
「うむ、それっぽい感じだ」
 そんなパーシヴァルとチンギスのやり取りさえ楽しいBGMにして、クロウディアはズラッと所狭しと並べられた中華料理の数々数々数々に、うんうんと満足げに頷く。
 フカヒレにツバメの巣にアワビを使った超!、高級料理に珍味。
 満漢全席を食べた事のないクロウディアだが、これなら遜色ないと悦に入る。
 対照的なのは、羽切 緋菜(はぎり・ひな)だった。
「……さすがに、作り過ぎたかしら」
 テラーの注文した満漢全席と目の前の四段の重箱二つを見比べ、緋菜は不安になっていた。
「折角のお花見ですから、お弁当作っていきましょう」
 と言い出したのはパートナーである羽切 碧葉(はぎり・あおば)だった。
 付き合う形で二人早起きして作った、数々の料理。
 ちなみに内訳は、色々なお握りやサンドイッチが入ったものが4箱。
 から揚げやハンバーグ、エビフライ、卵焼きやポテトサラダ等の様々なおかずが入ったものが4箱。
 計8箱、4段の重箱二つがデデンと出来あがった次第にございまする。
「他にも作ってくる人がいるのは予想してたけど……」
 正直、緋菜は作り過ぎだとは気付いていた。
 だけど、楽しそうな碧葉を見ていたら、止める事は出来なくて。
「ねぇ緋菜、私、満漢全席って初めて見ました。皆さん、お腹一杯になってくれますね」
「……うん、そうね」
 ニコニコな碧葉は気付いていないようだが。
「余ったら碧葉、哀しむよね」
「う〜ん、こっちも張り切っちゃったからなぁ」
「大丈夫ですよ」
 案じる緋菜と葉に、ディアーナは微笑み。
「うん、残してしまうと、折角作ってくれた人らに対しても勿体ない。だから、頑張って残さないように全員で頑張ろうぜ」
 アルフレッド・ファネス(あるふれっど・ふぁねす)もまたちっちゃい身体で元気いっぱい、言い放った。
 途端、ぐぅ〜と応えるような音が鳴った。
「だって、今日の為に俺は何も食べずに飲まずに頑張ったんだぞ! だから……さー、一杯食べて飲むぞ!」
 赤くなった頬を誤魔化す為、アルフレッドが伸ばしたのは、碧葉と緋菜の作ったおにぎりさんとサンドイッチさん。
「うん、美味い!」
「碧葉さんも緋菜さんもお料理上手!!」
 豪快で無邪気な食べっぷりのアルフレッドと、満面の笑みのルーナに、碧葉と緋菜の頬が緩んだ。
「あ、このオムレツ中に何か入ってて美味い!」
「野菜みじん切りにして入れてみたんだ、口にあったなら良かった」
 葉に頷きつつ、手も口も止めないアルフレッド。
 美味しい料理を楽しみにしてきたというのは伊達ではない。
 だがここで気付いた・
「がぅ! ぐぐぁぅがぅ! がぅぐぎげぇぉごぅ!」
 その横、すごい勢いで満漢全席に挑むテラーを。
 一瞬交わされる、視線。
 一泊後、両者の速度は更に増していた。
「早く食べないと、なくなっちゃう勢いだよねぇ」
 にっこり、サズウェルのセリフに、呆気に取られていた面々もまた、思い出したように慌てて料理へと手を伸ばすのであった。
「サズさん、どうぞ。お口に合うとうれしいですが」
「うん、この唐揚げは本当、絶品だよ」
 食いしん坊さんが食べてしまう前に、ちゃっかり自分の分を確保済みのサズウェルであった。
「この手まり寿司カワイくて、食べちゃうの勿体ないくらい」
「ありがとう翠さん。最高の褒め言葉です」
 和気あいあいと(一部、壮絶なーだが)した食事風景が始まる中。
「お花見、です。本当の本当に来てしまい…ました」
 ただ一人、一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)は緊張を漂わせていた。
 知り合い……否、そんな事を言ったらディアーナ達は怒るだろう……悲哀にとっては、初めて友人と呼べる人達から受けた、お誘い。
「お花見するの!? あたしも行くー♪」
 パートナーであるアイラン・レイセン(あいらん・れいせん)の有無を言わせぬくらい元気な後押しを得て、ココにいるわけだが。
 感激!、のあまり倒れそうだが同時に、ふと過ぎる不安。
「…こんなに嬉しくて罰が当たらないでしょうか?」
「罰? なんで? 悲哀ちゃん悪い事したの?」
 戸惑いは、きょとんとした声にかき消された。
 向けられた無垢な眼差しが、悲哀の気おくれを拭い去ってくれて。
「…ありがとう、アイラン」
「んー、まーいっか♪」
 そんな内心の葛藤に頓着する事のないアイランが、
「あたし一杯一杯ご飯食べるねー♪ 悲哀ちゃんも食べないとダメ!、だよ♪」
 言って、豪華なお弁当に遠慮なく手を伸ばすから、悲哀は今度こそ憂いのない笑みを浮かべたのだった。

「……次はどれだ。さっさと言え」
 庚が言葉少なく言うと同時に、四方から容赦なく紙皿が差し出される。
「あっ僕、その桜の花の形したハム食べてみたい。後、たけの子ご飯のおにぎりと……あぁ、葉っぱは入れなくて良いから」
「ちっ、注文が多いんだよ……それと葉ものも食え」
 小さく舌打ちしつつ、付け合わせのプチトマトやブロッコリーも追加した皿をサズウェルに押しつけ。
「ほら、どれが良い? 子供はたくさん食べるのが仕事だ」
「じゃあ、そのハンバーグと……」
「そっちは」
「では私はそこのベーグルサンドをいただけますか?」
 ともすれば手を出しかねているような翠や悲哀にもさり気に気を配り。
 他、欠食児童達に次々とエサもといご飯を与えていく。
 とはいえ、途中途中で自分もちゃんと食している辺りが、驚きの庚クォリティだ。
 ちなみにテラーとアルフレッドは放置。理由:ヘタに手を出したら命が危険っぽいから。
「未成年にはこちらじゃぞ」
 庚の横では深月が甘酒を振舞っていた。
 春とはいえ、まだ微かに肌寒さも残るし。
「一杯いかがです?」
 寸胴鍋いっぱいに持ってきた深月の甘酒は、ルーナの協力もあって、碧葉や悲哀やアルフレッドやテラー達に渡され減っていく。
「神凪も配ってばかりいないで、少しは食べろ。ついでにリェーナもだ」
「おお、庚はほんに気が利くのぅ」
「あたしはいっぱい貰ってるけどね、いただきます!」
「…いいなぁ」
 そんなやり取りする深月と庚を見、ハルはちょっとだけヘコんだ。
「わ〜い、ありがと♪」
「ありがとね、庚くん」
 何と言っても深月やディアーナは元より、アイランや緋菜もみんなスタイルが大変よろしいのだ。
「ううん、折角の楽しい場、ヘコんでばかりはいられないよね」
 と思うのだが、ついつい酒が進んでしまうのは……ハル的に仕方がなかった。
「その通りだ! おっイイ酒を呑んでるようだな。よしよしいい呑みっぷりだ」
 すごい良いタイミングでチンギスがじゃんじゃん注いでいく(しかも良い酒から安酒までチャンポンですぜ!)のが、ピッチを上げていくのをハルは自覚出来ないでいた。


「さあーて、お立会い。……大道芸の始まりだよ!」
 頃合いを見計らい、立ちあがったテテ・マリクル(てて・まりくる)は一つビシッと敬礼し声を張った。
 【賢狼】クロが「おん!」と一声なき、ゴムボールをパスした。
 テテはそれを赤い唐傘で受け止め傘廻しをし。
 更にパス返すと、クロはそれで玉乗りを披露してみせた。
「次は違うモノを回して貰いましょう♪」
 チラと合図を受けた眠 美影(ねむり・みかげ)が取り出したのは、玉と升、それからカワイイぬいぐるみだ。
 大きさも形も違うそれらをお手玉の要領で順に回す……ジャグリングを披露した美影は、それらをポンポンとテテに、赤い唐傘にパスしていく。
「よっとっ、はっ!」
 テテは軽妙な掛け声とコミカルなフリと共にそれを受け止め、回していく。
 クルリクルリ、器用に踊る升やぬいぐるみ達は、見ている者達を楽しい気分にさせてくれる。
 それは、いつの間にかテテの隣で皿回しを始めた美影もまた同じ。
 テテ達の願いを確かに伝えてくれて、自然と場がワッと湧いた。
「凄い、凄いや! オレ曲芸ってこんな近くで初めて見たよ!」
「っ! 本当に見事なものです」
 はしゃぐ葉の隣、楓の声も何時になく少し興奮が見て取れた。
「ふふ、テテさんすごいですね」
「あたしもなにかやるー♪」
 え?、と悲哀が問う間もなく、スッと立ちあがったアイランはコホンと一つ咳払いし、歌い始めた。
「…アイランが歌ってる…」
 しかも、こちらを手招いている。
 普段だったら、躊躇ってしまうシュチュエーション。
「わ、私も…できるでしょうか…?」
 だけど、請われるままに立ちあがりメロディを紡ぐのは、この空気に高揚していたからかもしれない。
「楽しくなってきたー! 今度は…よっと」
 ノリノリで仕舞にはバック転まで決めたアイランもまた、同じようで。
「ちょっと、緊張しました…」
 上手に歌えてたかが不安ですが、呟いた悲哀にアイランはピッ、とすごく良い笑顔で親指を立ててみせた。
「あー楽しかった♪ 皆で何かするのって楽しいねー♪ 動いたらお腹すいちゃった♪ 何か食べてくるー!」
「上手でしたよ」
「ふっ、中々じゃな」
「こらセドナちゃん、優しい歌声でボクはとても好きだよ」
 取り皿を抱えて走っていくアイランを見送る悲哀は瀬乃 和深(せの・かずみ)セドナ・アウレーリエ(せどな・あうれーりえ)ルーシッド・オルフェール(るーしっど・おるふぇーる)から口々に褒められ、頬を染めた。
「あっありがとうござい……」
「これ、ディアーナちゃんが作ったの? おいひーねー♪ うんうん♪、ディアーナちゃんはきっといいお嫁さんになるよー!」
 羞恥に顔を赤くしつつの礼を遮ったのは、口いっぱいにものを詰め込みつつディアーナを褒めちぎるアイランで。
「ふむ、こちらも喰らうがいい!」
「えっいや、さすがに一度にそんなには入らない……っていうか、ご飯のおかずがお菓子ってあり得ない……」
「我の菓子が食えんのか」
 更にお菓子を頬張らせるセドナの頭をルーシッドが小突いて止めた時には、目を白黒させていたりして。
「ああっ、ウチのセドナちゃんがすみませんごめんなさい」
「大丈夫か、気をしっかり持って!」
「あのっ和深くん、そんなにゆすってはダメよ。何か飲み物……」
「緑茶、麦茶、ほうじ茶、烏龍茶、桜紅茶、どれが良いですか?」
「……うん、とりあえず緑茶で?」
 心配しているというより、緊張しているような悲哀の差し出した緑茶を呑ませると、アイランは復活した。
「……おおうっ、キレイなお花畑が見えたよ〜な気がする」
「うん、無事で良かった」
「でも本当、美味しいな」
 浮かれた空気に目を細めつつ、和深はルーシッドが取り分けてきてくれた料理を楽しんだ。


 宴もたけなわってかヒートアップし続ける会場。
 もう誰も桜とか見てない、うん多分。
「桜……さくら……うぅっ、やっぱり我慢できない……!!」
 最初は普通にお花見を楽しんでいたミリアだったが、少しするとどうにも我慢できなくなってしまった、わけで。
 翠が疑問に思ったバスケットを「えいっ」と開けた。
「……えっと、ここってどこ?」
 ぴょこん、と寝ぼけ顔をのぞかせたのは稲荷 さくら(いなり・さくら)だったりした。
「あ〜さくらちゃんですぅ」
「いないと思ってたらお姉ちゃんが連れてきてたんだね。ここで皆でお花見してるの」
「えっ、お花見?」
 スノゥと翠の説明に状況を何となく理解したさくらは、嬉しそうに耳をピンと立てた。
「ごちそうだ! 食べて良い……え〜っと、ミリアさん、どうしたのかな……?」
 目を輝かせた直後、さくらは背後から非常にイイ笑顔のミリアにギュッてされた。
「もふもふ〜もふもふ〜♪」
 さくらと、他にもバスケットの中身……そう、わたげうさぎ×11と三毛猫を集めてもふもふし始めたにのだ、ミリアは。
 ちなみに、テテさん家のクロくんも巻き込まれていたりして☆
「あぁ〜、幸せ〜♪」
 この時点で、会場の出来あがり具合が窺えると言えよう。
「お腹いっぱいになったり、酔いつぶれたりしないのですか?」
「何を言ってるんだい?」
 問われたパーシヴァルはキョトンとした後、極々当たり前みたいに言った。
「テラーに対する愛こと『お姉ちゃんパワー』で、どんなに飲み食いしても太らないし潰れたりしないよ? なんて言ったって、お姉ちゃんだからね!」
 胸を張る最強姉に、最早何も言えなかった。
「うー、なんかまだ食べたりない。あっ、それまだ食べてない」
 アルフレッドは近くのパーシヴァルの皿を見て、目を輝かせた。
「……可愛い! はい、どうぞ」
「ありがとー。うん、美味しい! それになんだか…フワーッとした気分で楽しいなぁ」
「それ……ぼうや、呑んじゃった?」
「ぼうやって、子供じゃないもん! もう一人前だもん!…」
 パーシヴァルに涙目で抗議するアルフレッドは高校生……見た目は立派な小学生だが☆
 それ以上かわいい抗議が出来なかったのは、クロウディアが叫んだからだった。
「おかしい! 満漢全席は食べられない……いや、食べきってはいけないものなのに!」
 テラーとアルフレッドがモリモリ食べるから、今や空箱の山が出来あがっているのだ。
 勿論、それでもまだ沢山あるけれど。
 だがここで、事件は起こった。
「ぐっ……ぐぎゅぅぅぅぅ〜」
 衰える事無いスピードで食していたテラーがパッタリと倒れたのだ。
 それでも、掴んだご飯から手を放さないのはあっ晴れな限り。
「!?」
「む……テラーが当たりを引き当てたようじゃな」
 気色ばむパーシヴァルの耳に、のほほんとした深月の声。
「うむ、実はこれはロシアン甘酒だったのじゃ。そしてテラーは見事、そのハバネロ甘酒を引き当てたのじゃ!」
「いやいやいや! それは普通にハズレだよ!」
「そうとも言うのぅ」
「……!…ぐずっ…すうすう」
 更にスイッチが切れたようにパタッともたれ掛かってきたアルフレッド。
「りょっ、両手に花!?」
 可愛い寝顔(テラーは目を回しているわけだが)の天使ちゃん(パーシヴァル目線)に囲まれ、パーシヴァルの顔は笑み崩れた。

「ちょっと静かにさせようか?」
「ちょっとやそっとじゃ起きないから気にしないで」
 碧葉がアルコールに弱いのは知っていたが、まさか甘酒で潰れるとは思わなかった。
 気を使ってくれた
に告げると、緋菜はすぅすぅ可愛らしく寝息を立てる碧葉の頭をそっと、自分の膝に乗せるのだった。
「なるほどなるほど……それいっ」
「えっ師匠、何を?!」
「ええぃっ、我の酒が呑めぬというつもりではなかろうな!」
「そうだそうだ、我様(おれさま)の酒が飲めないとでも言うのか?」
 ニヤリ、と悪い笑顔を浮かべたセドナと、乗っかったチンギスは誰が止める間もなかった。
 背後に回ったチンギスが素早く拘束、和深の口元にコップをあてがったセドナは一気に流し込んだ。
「セドナちゃん?、ってコレ、お酒じゃないですか!」
「……ひっく」
 突然だが、和深は酒に弱い。
 そりゃもう滅法弱かったりして。
「ん〜、ディアーナさぁん? カワイイっていうか美人だよね、ね、盛り上がってきたし一つ、チューでもしよ?」
「ダ・メ・よ! ほら和深くん、酔いを覚まさないと……」
「え〜、俺は酔ってないってば。じゃあ、ルーシーでいいや……ね?」
「!? はぅぁっ!!!」
 その瞬間決まった、メイドさんの右ストレートの見事さは後、語り草となったとかならなかったとか。
「むぅつまらん、もう仕舞か」
「いっそ脱げ〜♪」
 きゃたきゃたと喜んでいたセドナはチッとつまらなそうに舌打ちし、チンギスは尚も囃し立てる。
 ルーシッドに睨まれるが勿論、二人が気にする素振りはまったくない。
「まったく、寝顔はこんなにカワイイのに」
 そうしてメイドさんはこれ以降、パートナーの介抱に当たったのだった。
「大変だな」
 自分と同じく、甲斐甲斐しく給仕していたルーシッドの様子に、一つ溜め息をついた庚。
 一段落したし一服するか、とアロマパイプ(煙草型♪)を取り出した時、庚に災厄が降りかかった。
「…んふふ〜…カノエくぅん…」
 トロンとした表情ですり寄ってきた災厄はパートナーの姿をしていた、っていうかハルだった。
「ハル…お前もう寝てろ… …ッ!?」
 だがそのまま膝に乗り上げ首に腕を回してきた……ギリギリギリ結構な力だ……ハルに、庚は抵抗を止めた。
 うん、何かもう面倒くさくなっちゃって。
「いいのぅ、ラブラブだな。ほれ抱き返してやらねば、甲斐性なしの烙印を押されるぞ」
 野次馬よろしくイイ笑顔を浮かべたセドナに、庚は思う。
「今日は厄日だ…」
 と。
 そうこうしている間もハルのすりすりにゃんにゃん攻撃は続き。
 やがて、満足したかのように寝付いた顔は随分と幸せそうだった。
 膝を占拠された、庚の諦めきった表情とは対照的に。


「お弁当を一緒に食べて皆で騒いで…お花見って楽しいですね」
 余裕が出来たのか、改めて桜を見上げ楓はスルリともらした。
「それに少し懐かしさを感じます」
 言って、胸に手を当てた……微かな幻を掴まえようとするように。
「楓? どうしたの?」
「…前にも桜を葉と一緒に見たことがある気がするんです。こうやって2人で桜の木の下で笑いあった気が」
 けれど、その微かな記憶はやはり、捕まえる前に霧散してしまい、頭は緩く振られた。
「…いえ、きっと気のせいですね。だって私達が出会ったのは桜が咲く前。今日が葉との初めてのお花見のはず……そうですよね?、葉」
「…オレも前に桜を見た記憶はあるよ」
 真剣な眼差しに、葉は同じくらい真摯に返した。
「残念ながら誰と見たのかは覚えてないんだけど…でもそれが楓とだったらいいなって思うんだ」
 その瞬間、無意識だろうけれど楓の顔を複雑な色が過ぎった。
「それにたとえ記憶違いだったとしても、今日一緒に桜を見たことは本当だよ」
 けれど、葉から笑顔を向けられた楓の顔からはそれらが消え、珍しい表情が浮かんでいた。
「今日は私の真っ白な記憶に、また新しく楽しい思い出を刻むことが出来ました。とても楽しいです、皆様ありがとうございます」
 その珍しい……笑顔のまま、楓がディアーナに庚に緋菜に告げた。
 それから。
「葉も…ありがとう」
 その時、だった。


「……ほら」
 聖夜の腕から下ろされたヴィクターは、その光景に茫然と目を見ひらいた。
 あれから、夏が過ぎ秋が過ぎ冬が終わった。
 その間、敢えて見ないように、来ないようにしていた場所だった。
 春も夏も秋も冬も、共に居た。
 その存在の不在に、耐えられないと思っていた。
 なのに、今。
 目の前に広がるのは『あの頃』と同じ、光景。
 桜の下、笑い合う子供達。
 隣に彼女がいないのがいっそ不思議なくらいで。
 混乱するヴィクターに向かい。
「ようこそ、いらっしゃました」
 場所をお借りしています、ディアーナが優雅に嬉しそうに、そう微笑んだ。