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新しい日常

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第4話 森の街
 
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、聖地モーリオンの地祇、もーりおんをピクニックに誘った。
 場所は、ザンスカールの森。
 普段元砂漠の花畑に住んでいても、たまには違うところへ行ってみるのもいいかと思ったのだ。
 もーりおんは、素直に誘いを受けた。
 そして、ザンスカールの森を見てぽかんとする。
「大きい……」
「もーりおんの知ってる樹とはレベルが違うか?
 世界樹のある森だからな。花や樹以外にも、色んな植物があるよ」
 エース達は、森の中をのんびり探索し、小広くなっている大木の下でお昼にした。
「少し暑いかな。風術でそよ風を作ろうか」
「そう?
 小鳥の声が涼しげでいいと思うわ。木陰を通る風も心地いいし」
 花妖精のリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)が言う。
「イルミンスールの森は、特に木々が穏やかに佇んでいて、癒されるわね」
「もーりおん、楽しい?」
 クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)の問いに、もーりおんは頷いた。
「……楽しい」
「元気そうで嬉しいよ」
 エースの横で、剣の花嫁のエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が、小型飛空艇に積んでいた荷物を下ろして準備する。
 ここまで、エース達の歩みに合わせて、低速で飛んでいたのだった。
「エオリアの手製だよ。もーりおんもいっぱい食べてね」

「エオリア、カキ氷食べたい、かき氷。夏はやっぱり、カキ氷だよん」
 ご飯が済むと、クマラがねだった。
 実は出発前から言っていたので、エオリアは氷をクーラーボックスに入れて持って来ている。
 家庭用カキ氷作成機も、空京のホームセンターで購入していた。
「シロップかけてあげるわね。色沢山で楽しいわね。
 私はレモン味が好きだけど、もーりおんちゃん、どれにする?」
 並べられたシロップを見て、もーりおんは首を傾げ、迷っている間に次の氷がエースに渡されているのを見る。
 メロン味のシロップがかかっているのを見て、緑色のシロップを指差した。

 不意に、むー、と目を閉じたもーりおんを見て、クマラが笑った。
「こめかみ痛くなっちゃった? ゆっくり食べればだいじょぶだよん」
「クマラはやっぱり平気だな……既に三杯目なんだが」
 エースが呆れている。
「ところでさー、エースってそんな花好きなくせに、花妖精さんとなかなか契約しなかったのはなんでー?
 エースなら、何十人の花妖精さんと契約してそうなのに」
 カキ氷を食べながら、ふとクマラが思い出したように訊ねた。
 じっ、とエースを見るクマラの横で、もーりおんも、じっ、とエースを見る。
「うっ、それは……えーっと」
「そんなのは、相手を絞りきれなかったからに決まっているじゃないですか」
 言い淀んだエースの代わりに、エオリアが答えた。
「どの花も大好きですからね、エースってば」
「それで、厳選の末にリリアになったん?」
「私は、花達からエースの噂を聞いていたのよ」
 リリアが答えた。
「で、これは攻めて出るしかないわと思って。
 私の方からエースの所に押しかけたのよ。
 出会った時に、「あ、何かイイ感じ」って思って、契約したの」
 待っているだけじゃ、運命は変わらないから、こちらから押してみたの。
 そう微笑んだリリアに、なるほどにゃー、とクマラは納得してエースを見た。
「ひとつを選べないどころか、二桁でも選べないんだにゃ」
「そろそろお昼終わりにしようぜ」
 エースは、話を逸らすように立ち上がった。
「そだねー。おやつの為に、少し歩いてお腹を減らしとかなきゃ。もーりおん、虫取りしようよ」
「……虫取りする」
 もーりおんも立ち上がる。
 まあ減らさなくても入るけどねん。
 そう言ったクマラに、エース達は苦笑した。


◇ ◇ ◇


 ザンスカールに到着したハルカを出迎えて、まずは黒崎 天音(くろさき・あまね)樹月 刀真(きづき・とうま)が合流する。
「ハルカ、久しぶり。元気だったかい?」
「くろさん、お久しぶりなのです!」
 ハルカは、天音に貰った箒を抱えて走り寄る。
「ブルーズは、今ちょっと手が離せなくてね。後から合流するよ。手土産を頼まれてる」
 はい、と、氷術で保冷され、ひんやりと冷たいバスケットを渡した。
「わあ!」
 開けてみたハルカは歓声を上げる。
「くまさんなのです!」
 プレーンにココア地で仲間達の似顔絵を描いたクッキーと、パンダ型に飾りつけしたシュークリーム。
 内ひとつは、ホワイトチョコのコーティングで、雪国ベアモデルとなっている。
「僕達も、ザンスカールに来ることはそうなくてね。
 折角だから少し観光しようという話になっているのだけど。
 急ぎの手続きだけ先に済ませて、それに便乗しないかい?」
 天音がヨシュアを誘った。
「そうですね。ハルカちゃんも初めてだから、色々見たいでしょうし」
 ヨシュアは頷く。
「皆と観光するのです」
 ハルカも乗り気だ。

「ハルカ。
 ここで迷子になると皆が心配するし、合流するのが遅れてしまうから。いいね?」
 刀真はそう言って、ハルカを肩車した。
 これなら、はぐれることもないだろう。ハルカの荷物や箒は、世羅儀が持つ。


 おかしいな、と、ヨシュアは首を傾げた。
「どうしたの」
 天音の問いに、ヨシュアはカメラを見つめて、壊れたかな、と呟く。
「空京では動いてたんですけど……」
「お困りかな、そこの人!!!」
 その時、ズシャッと何者かが現れて、ヨシュア達は一斉に彼を見た。
 飛空艇から飛び降りてポーズを決めたのは、舞踏会の仮面で顔を隠し、シースルー素材な上、体を覆う面積の少ないデザインの、ロイヤルガード制服に何気に似たようなデザインの服を着た、鎧貝によってギリギリの部分は守られた(のかむしろ守られていないのか)男だった。
 ずざっ、とヨシュア達は一斉に引く。
 だが、その変装で身元が隠せるのは、彼を知らない人間に対してだけである。
「あれ、君は」
 とうっかり呟きかけた天音に、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)は声を張り上げた。
「俺様のエロいやるガード情報によると、王宮某所で、新入生女子撮りまくり謀議が諮られていたとゆー!!」
 普通の記念写真も、言い方を変えると犯罪のように聞こえるから不思議である。
「でも地球製の工業製品は、パラミタでは動かないんだぜ!」
「えっ、そうだったんですか」
 ヨシュアは目を丸くした。
 ザンスカールでカメラを確認したら、動かなくなっていたのは、そういうことだったのだ。
「でも心配すんな!
 ハタチの誕生日を迎えて成人し、ぇろぇろな意味でパワーアップした俺様が助けてやろう!
 各種カメラ揃ってるから、好きなの持ってけ!」
 ばばーん! と、彼はカメラとデジカメとビデオカメラとデジタルビデオカメラを、取り出す。
「えーっと……」
「……まあ、好意みたいだから、借りるといいんじゃないかな」
 天音の助言に、
「……じゃあ、デジカメをお借りします」
と、好意を受けることにする。
「あの、どちら様ですか?」
「み……おみ」
 訊ねられ、ぽろっと答えかけて慌てて口を押さえる。
「うわっ、うっかり言ってんじゃねーよ、何の為に変装してんだ俺様!」
 善行は人前で行うものではないという、聖書の教えに従って、こうして変装しているというのに。
「え、ミツオミさん……?」
「いやっ、
 ――ういちろ……」
 いやいやいや! 彼はばっと身を翻す。
「えーと、俺様は名無しのゴンベエ仮面! また会おうっ!」
 しゅばっ、と彼は走り去った。
「……ミツオミさん?」
 ヨシュアは首を傾げた。
「でも全然似ていないし……兄弟?」
 ぶつぶつと呟くヨシュアに、天音や刀真らは苦笑する。


『森林都市ザンスカールは自然の樹木を生かした作りになっています。
 主な住民がヴァルキリーであるため、幾つかの施設は高い樹の上にあります。……』

 ガイドブックを片手に、刀真達はザンスカールの街を観光する。
 ハルカとガイドを読みながら歩く刀真を、パートナーの剣の花嫁、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が誘導した。
「大きな樹ばかりなのです」
 ハルカが上を見上げて言った。
「折角だから、樹の上の施設にも行ってみようか。……」
 刀真は、月夜を振り返り、手を差し伸べようとして止まる。
「刀真?」
 月夜が首を傾げた。
「……いや、えーと」
「とーまさん。ハルカは降りるのです」
 ハルカが、刀真の肩から降りる。
「ハルカ?」
「とーまさんがつくよさんを抱っこする方が大事なのです」
「抱っこ?」
 月夜は刀真を見る。
「……いや、足場が悪いだろうと……。
 俺は軽身功を使えばいいし」
 だが、肩車をしていたハルカの足が邪魔をして、月夜を抱き上げることはできなかったのだ。
 改めてとなると、どうにも気恥ずかしいが、月夜が期待を込めた目で見ている。
 観念して、刀真は月夜を抱き上げた。
 落ちないように、と、月夜は両手を刀真の首に回して抱きつく。
「ハルカ、ガイドを……」
 持っていてくれと渡そうとして、刀真は固まった。
「ハルカ!?」
 周囲にハルカの姿が無い。
「しまった……」



 教導団からの用事で、恋人のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)と共にザンスカールを訪れていたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、そのまま非番となり、のんびり二人でデートを楽しんでいた。
 不意に、樹の陰からヒョイと飛び出してきたハルカと、出会い頭にぶつかった。
「いったー。あらら、大丈夫?」
「ハルカは大丈夫です。ごめんなさいなのです」
「一人?」
 セレアナが訊ねる。
「とーまさん達は、迷子になってしまったのです」
 二人は顔を見合わせた。
 詳しく話を聞いてみると、彼女はイルミンスールの新入生で、初めてザンスカールに来たらしい。
「……迷子になったのは、この子の方なんじゃないの?」
「あまり歩き回らない方がいいかもしれないわね。連れの人達も探しているだろうし」
 頷きあって、ハルカを見た。
「ねえ、あたし達も、あまりこの街には来ないから詳しくは無いんだけど、ひとつ、オススメのお菓子屋さんを知っているのよ」
「セレンは食いしんぼだものね」
 セレアナがぽつりと突っ込む。
「この近くだから、ちょっと一緒に行ってみない?」
「……知らない人について行ったらいけないと言われているのです」
 困ったように言うハルカに、二人は苦笑した。
 一体幾つだ、と突っ込みそうになってしまう。
「なら友達になりましょうよ」
「ハルカ!」
 そこへ、呼び声がして、セレンフィリティ達は振り向いた。
 走り寄った刀真の後ろで、月夜が携帯を開いている。手分けして探していたようだ。
「すみません。この子が迷惑をかけましたか」
「話をしてただけよ。ザンスカール観光?」
 刀真の手にある地図を見て訊ねる。
「ええ、まあ。まだあまりこの街に詳しくなくて」
「折角知り合ったんだし、あたし達も一緒していいかしら。
 特に詳しいわけじゃないけど、知ってる店を案内するわ」
「セレンに案内させたら、食べ物のお店ばかりになるわよ」
「そろそろお茶の時間なのです?」
 セレアナの言葉に、ハルカは乗り気になっている。
「それもいいけど、折角ザンスカールに来たんだし、魔道本を取り扱ってる古本屋とかにも案内したら?」
「古本屋……」
 その言葉に月夜が反応した。心なしか、瞳が輝いているようだ。
「それは有難いです」
 苦笑して、刀真がそう答えた。


 今度こそ、迷子にならないように。
 月夜はしっかりとハルカの手を握る。
 連れ立って歩きながら、月夜は訊ねた。
「ねえ、ハルカは、どんな魔法使いになりたい?」
「ハルカは、」
 ハルカは、月夜を見上げて笑った。
「とーまさんやつくよさんが困ってる時に、助けてあげられるようになるのです」
 刀真がハルカを振り返る。
 何かを言おうとして、結局何も言わずに再び前を見た。
「……ハルカ」
 月夜は、ぎこちなく微笑む。
「一生懸命頑張れば、なりたい魔法使いになれるし何処にでも行けるようになる。だから頑張れ」