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リアクション
■第二階層
時間は迷宮構築作業時に戻る。
神崎 荒神(かんざき・こうじん)と、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は、坑道のあらゆる所に罠を設置してまわっていた。
二人が任されたのは第二階層エリア、第一階層のトラップ群を抜け出した探索者をさらに追い詰めるためのトラップである。
「それにしても、ワンフロア好き使ってくれて構わないってのは気前のいいことだよな。それでこそ旅で培ったサバイバル技術を発揮できるってもんだ」
上機嫌に鼻歌を歌いながら、荒神はあちこちに糸を張り巡らしている。
「そうだよね。俺たちの仕掛けた罠で困ってる様子を見るのも悪くないしね」
言いながら、正悟は壁に張り紙をしていく。
自身が積み上げてきた経験を活かした罠の数々が一つ、また一つと設置されていく。
彼らの傍らに積まれている無数の金ダライが、灯りを受けて鈍く金色に輝いていた。
ガァン、と甲高く、それでいて重い音が坑道にこだましていった。
その度に、目を回した探求者と金ダライが転がっていく。
非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)は、ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)、イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)、アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)と4人で彼、彼女らギブアップした探索者を回収してまわっていた。
「それにしても、さすが、の一言ですね。こうもうまく引っかかってしまうとは。色々な経験を積んでいるだけのことはありますよ」
近遠が感心しながら探索者が完全に気絶しているのを確認する。
右、と書かれた張り紙と右からのタライ。も一度右、の張り紙をして左からタライ。それだけでもなかなかなのに、駄目押しでうまく回避した、と安心したタイミングを見計らって落とし穴、という三段トラップだ。正悟考案のこのトラップを避けきるのは至難だろう。
対して荒神は、いたるところに仕掛けたブービートラップや括り罠達が仕掛けた場所を知っていても見つけられないほど丁寧に偽装され、猛威をふるっていた。
「私たちの作った罠にもだれか引っかかったみたいですわ。見に行きましょう?」
袖を引くユーリカに促されるようにして、近遠たちはフロア間を移動していく。あちこちに所狭しとひしめきあう罠の間を探索者と出会わないように注意しながら、自分たちが設営したトラップコーナーに行くと、連絡通り催眠ガスを浴びて伸びている探索者がいた。
「やっぱり、これみよがしに鍵穴のついた扉と宝箱があれば、鍵は宝箱にあると思うのは当然のことなのでございましょうね」
納得顔で頷くのはアルティアである。
「まぁ、そうであろうな。実際には鍵はかかっておらず、無理に宝箱を開ける必要はないとしても」
「より無警戒に開けてもらうために、宝箱の護り主としてゴーレムを置いたのはいい感じですね。守護を倒してほっと一息、扉の鍵を確かめる前にとりあえず宝箱を、ゴーレムが守っていたのだからこれ以上罠もないだろう、と」
イグナと近遠も引っかかった探索者には気の毒だが、自分たちが作ったものがうまく働いているのを見て満足げであった。
ギブアップした探索者を救急室へと運び込むと、またどこかで金ダライの音と悲鳴が聞こえてきた。
「次行きますよ!」
4人は忙しく坑道を行き来していくのだった。
柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は、罠の猛襲をくぐり抜け、先を急いでいた。
騎乗していたシボラライガーを序盤で置いていかざるを得なかったたことで、内心焦っていたのが災いし、避けたつもりのトラップに脚を引っ掛けてしまった。
「! しまっ――」
気づいた時には遅かった。勢いよく飛び出してきた荒縄が足に絡みつく。そのまま引き上げられ、宙吊りにされる。
不穏な影を視界の端に捉え、恭也は思わず目をつむった。
「危ない!」
どこかから声が聞こえた。だが遠い。間に合わないな、と思う間もなく恭也に衝撃が走った。
「大丈夫ですか?」
騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は先行させていたキノコマンをパンチグローブと恭也の間に割り込ませていた。
「あぁ、助かった。すまないな」
「いえいえ、同じチームだもん、助け合わないとね。せっかく合流できたんだし、いっしょに行動しようよ」
詩穂の提案に恭也は頷いた。
カル・カルカー(かる・かるかー)と夏侯 惇(かこう・とん)は、互いをロープで結わえながら進んでいた。
そのため、先ほどもカルが落とし穴に落ちかけたときも事なきを得ることができた。とはいえ、
「気を抜くなよ、カル坊」
とお叱りを受けることにはなったが。
今は斥候を買って出て、小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)、サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)らと行動をともにしていた。振り返ると、シリウスが小暮に声をかけているのが目に入った。
「なぁ、お前としてはこの迷宮どう攻める? 魔王」
「魔王、と呼ぶのはやめてもらえませんか?」
「いいじゃないか。なぁ、サビク?」
「ボクに聞かれても困るよ。というか、カル君たちに警戒任せっきりはよくないよ。さっきみたいに罠見つけたら即破壊ってのも困るけど」
苦笑いする小暮をよそに、ガッツポーズして攻撃力をアピールするシリウス。実際ここに来る前にはアシッドミストを使って罠が何かわからないままに突破するという荒業を決めているためにあながち間違いというわけでもなかった。
「この先、また罠が仕掛けられていますよ。それも、かなりたくさん」
半開きの扉の先、煌々と照らされた部屋には、ざっと見積もっただけでも10かそれ以上の罠がこれみよがしに設置されている。
「うむ。間違いなく、見えない場所には巧妙に隠された罠が仕込まれているであろうな」
「そうですね、これは先輩たちの指示を仰いだほうが――」
「あ! 待って! そういうのは――」
言いながら、カルがドアノブに手をかけた瞬間、誰もが一言も発するまもなく、止めに入った小暮を含む三人が両脇から噴射されたトリモチの餌食となった。
全身を真っ白な団子状に丸め込まれた状態で、頭上からひらひらと、お疲れ様、とだけ書かれた紙が舞い落ちてくるのが妙に哀愁を誘った。
「あー、えーと、その。それはリタイア判定だろうから、悪いけど、先行くな」
「ごめんなさいね、助けてあげられればよかったんだけど……」
気まずそうに先を行く二人。ドアノブごとトリモチ団子のカルに触れないように気をつけながら、シリウスとサビクはドアをくぐっていく。
「これからカル君、怒られるのかな」
「そう、なるかもしれないな」
壁越しに聞こえた大きなため息に、シリウスとサビクは複雑な気持ちになるのだった。
第二階層の終盤付近では、大きく運営 リポーターと書かれた腕章をつけた二人が歩き回っていた。黒乃 虎子(くろの・とらこ)と 黒羊郷 ベルセヴェランテ(こくようきょうの・べるせべらんて)である。
「さて、現場レポーターの黒乃虎子です。私たちは今、第二階層を突破した猛者たちの前にやってきています!! 険しい表情と緊張感が難易度の難しさを物語っているようです」
ハンディカムを持つベルセヴェランテをあちこち誘導しながら、虎子は中継をつないでいた。
「インタビューをとれないのが少し残念なところではありますが……ここは、邪魔にならない程度に近づかせてもらいましょう!」
言いながら、距離を詰める。
ある程度近づいたところで、不意にベルセヴェランテの、あ、という声が入ったかと思うと、突然ノイズと共に中継が途絶えた。
カメラの映像は途切れがちかも知れませんが、虎子とベルセは前線で元気です。 心配しないでください
しばらくして中継が復帰すると、何事もなかったかのようにレポートが再開された。
「先ほどは頭上からタライが……いえ、なんでもありません、中継を続けます」
若干虎子の歩き方がふわふわとしている以外は特に問題もなく放送は続いた。
「それでは、以上で中継を終わります」
その一言で、すべては問題なく終了した。
実は停止ボタンを押しそこねたベルセヴェランテがロケ弁と叫ぶなり走り出し、すっころんだ挙句に虎子もろとも落とし穴へと消えていくのまで映ってしまっていたのは本人達には内緒である。