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一章:モンスターの掃討

「うーむ……これは微妙にやばいか?」
 襲い来るゴブリンを一匹殴り飛ばし神崎 荒神(かんざき・こうじん)はそう呟く。
「いっこうに数が減らない」
 また一匹殴り飛ばし、油断なく自らを囲むゴブリンたちを見渡す。既に数えきれないくらいのゴブリンを殴り飛ばしたが自分を囲む包囲網が縮まる気配はない。それもそのはずで倒したら倒した分だけ増援がくるのだ。止めを刺そうとすればすぐに他の救援が入ったりと連携がうまく、統率するものの影が見えた。
(……調子に乗りすぎたか)
 荒神は今回の調査とは関係のない所で森へときていた。旅の途中、一宿一飯の恩義を村に受け、その恩を返すため村で使われるという薬草を取りに来ていたのだ。
 採集はうまくいき、荒神は『まっ俺に任せればざっとこんなもんだぜ』と、いつもの調子で森の奥へと薬草を求め踏み込んでしまった。
 そしてこうして囲まれている現状がある。
(……別に強くはないし抜けだそうと思えば抜け出せるんだけどな)
 と荒神は思う。だが実際に抜けだすとなると今まで順調に採ってきた薬草が邪魔だった。ここから安全に抜けだそうと思えば薬草を捨てないといけないだろう。それを捨てるのはもったいないという考えと、ゴブリンたちが強いわけでもなく危険もないため、こうして膠着状態に陥っていた。
「天下の往来で多対一たぁ良い度胸してるなぁ! うぉい!」
 と、騒々しい声と一緒に一人の男が荒神とゴブリンたちの間に割り込んでくる。
「俺はイルミンスール武術部部長のマイト・オーバーウェルムだ!」
 マイト・オーバーウェルム(まいと・おーばーうぇるむ)。彼は今回の森の調査隊の一人だった。
「お前ら全員まとめてかかっても俺ひとりで貴様達は十分に倒せる! だが、お前たちにも勝てるチャンスがある方法で勝負を申し込む!」
 マイトの言葉にそれは無理なんじゃないかと思う荒神だが、なんだか面白そうなので様子をうかがう。
「ここをスタート地点として、街道を作り、完成させたらお前たちの勝ちだ! はじめぇい!」
 そう声高に宣言するマイトに荒神はもちろん言葉が通じていないだろうゴブリンたちですらぽかーんとする。
(……どこから突っ込めばいいんだ?)
 と荒神は思う。とりあえず荒神が耳に挟んだ話では今回はただの調査のはずだが、いきなり無計画に街道作らせてどうするんだとツッコミを入れるべきだろうか、と悩む。
(…………おもしろそうだからそのままやらせるか)
 こういうノリのいい雰囲気は嫌いじゃない。頭は弱そうだが悪いやつじゃなさそうだ、と荒神は笑みをこぼしながら思う。
「尚、気に入らねぇ奴は俺が直々に倒してくれよう! ヒャッハー!」
 と、マイトが言うとゴブリンたちはまた臨戦態勢に入る。言葉は通じていないが戦う気があるのは理解されたらしい。
「交渉決裂か! 仕方ねぇ、ここは俺に任せてボサボサは逃げろ!」
「ボサボサってもしかして俺か……まぁいいか。俺も戦うぜ」
 単調な膠着状態に飽きてきていた荒神だが、この男と一緒であれば楽しめそうだと思う。
「ヒャッハー! 優男だと思っていたが立派な漢じゃねぇか!」
「……来るぜ。油断すんなよ」
 そう言って荒神は構える。その言葉にマイトもまた背中を預けるようにして構えた。
「ヒャッハー! 教育的指導ー!」
 マイトのその言葉をきっかけに始まった二人とゴブリンたちの殴り合いはゴブリンたちと妙な友情を築いてしまうまで続いた。


「これで10匹目! ふふん、余裕じゃん」
 緋王 輝夜(ひおう・かぐや)は襲い来るゴブリンの一撃をわざと紙一重で避けカウンターの一撃で沈める。
『うがーっ!』
 と、二匹のゴブリンが同時に輝夜を襲う。隙のない連撃が輝夜の体に叩き込まれる。
「残念。そっちはハズレなんだよ」
 ゴブリンの攻撃を受けた輝夜の姿が霧のように消えたと思うと、いつの間にか二匹のゴブリンの後ろに姿を現しそのまま背中を強打する。
「これで12匹……まだまだいけるかな」
 ディメンションサイトやポイントシフト、ミラージュといった強化人間としての力を余すことなく使い鮮やかにゴブリンたちを沈めていく輝夜。命こそ奪っていないがその動きに遊びはない。
「そっちはどう? 二人と……も……?」
 一息をつき一緒に戦っていた二人の方を見る。そこには数えるのが面倒なくらいの倒れたゴブリンとコボルト達の姿があった。
「活動可能ナ 敵影ハ アリマセン」
 輝夜の呼びかけに規格外の巨体を動かし振り向いて応えたのはアーマード レッド(あーまーど・れっど)だ。
「クククク……この程度……造作も無いこと……です」
 不気味な笑いとともに輝夜に応えるのはネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)。この二人と輝夜。三人は同じ人と契約した仲間だった。
「あんたら……いや、すごい音がしてたのには気づいてたけどさ」
 倒れたゴブリンやコボルト達がどんな感じで倒されたか想像するのはあまり精神衛生上良くなさそうだと輝夜は思う。
「……言いつけ度通り……命までは奪ってない……です……よ」
「それならまぁいいんだけどさ……」
 そう言いながらも本当にいいのかなと輝夜は思うが、二人の性質や性格を考えれば手加減ができるような感じではない。命を奪ってないだけでも上出来だろうと輝夜は自分を納得させる。
「輝夜様 何故 標的ノ生命ヲ 保持スル ノデスカ?」
「姉君……そこは我も……気になって……ます。このものたちは……街道作りの邪魔もの……です」
 ただ倒すだけでは実際に街道作りを始めた頃にはまた邪魔になる。確実に命を奪わなければ後々不都合が出てくるだろう。
「ああ、理由は二つあるんだよ」
 輝夜は人差し指を立て『1』の形を作る。
「まず一つ目。今回はあくまでも事前調査で調査する奴らの邪魔にならないようにすればいいこと」
 続いて中指も立て『2』の形を作り続ける。
「二つ目はこれだけの数としぶとさがあるのを考えると多分討伐クエストが発行されること」
「……つまり?」
「今回はどんだけ命を奪っても報酬はほとんどかわらないけど、討伐クエストなら倒したら倒した分だけ報酬が増えるからね。今から獲物をあんまり減らしたくないってこと」
「理解 シマシタ」
「クククク……姉君……あくどい……です……ね」
「人聞きの悪い事言うな! 処世術だよ処世術!」
 からかわれて怒りあーだこーだと輝夜はいじける。ひと通り言いたいことを言ったのかそこで輝夜は一つ息を吐いた。
「……それに、あたしらは強くならないといけないからね。ここはいい狩場になると思ったんだよ」
「「…………」」
 輝夜の言葉によって沈黙が訪れる。三人の心中では一人の男が思い浮かんでいた。
 エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)。三人の契約者であり、異形へと堕ち今なお蝕まれている男を。
「……そろそろ次行くか。こんな所で話し合ってても仕方ないんだよ」
「了解 デス」
「クククク……少し暴れたい……気分……です」
 内なる決意に気分を高揚させながら三人は森の奥へと向かっていった。