薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

世界終焉カレンダーを書き換えろ!

リアクション公開中!

世界終焉カレンダーを書き換えろ!

リアクション


『最終の使命』


“世界の終り”まで、あと30分



 すべての戦いは終わった。
 アゾートは慎重に、ガーゴイルが立っていた場所へと歩み寄る。
 そこには、一冊の分厚い書物が横たわっていた。
「これが……。世界終焉カレンダー……」
 いかにも高度な魔術が込められていそうな書物は、優美な革の装飾で出来ている。アゾートは見た目以上に重たい表紙を、おもむろに開けてみた。
 数字が書き込まれていたのは初めのほうだけで、中のほとんどが白紙である。また、不思議なことに、いくらめくっても残りのページは一向に減らなかった。
(気になる点は多いけど……今は調べるより先に、やることがある)
 今日の日付をみつけたアゾートは、そのページを開くと胸に手を入れた。
「いやぁ。ラスボスも倒したことだし。これにて、一件落着だね」
 ようやく立ち上がれるまで回復したセレンが、痛みを押し殺しつつ笑った。しかし、相棒の表情は暗い。
「なに言ってるの。まだよ」
 神妙な面持ちで言うセレアナに、アゾートがうなずきを返す。
「……ハンコが、揃ってない」
 少し焦りをうかべながら、アゾートが言った。ふだんは落ち着いている彼女も、さすがに動揺は隠せない。
 ハンコを探索したメンバーが集まらないかぎり、カレンダーを書き換えることはできないのだ。
 アゾートは胸から懐中時計を取り出した。
 残り時間は、あと20分。
 息も詰まるような時間が、一秒、また一秒と過ぎていく。
「おっ。ここが終着点か」
 重たい沈黙を破ったのは、ハツラツな少年の声だった。
 振り向くと、走り寄ってくる五人の姿――隼人、エース、メシエ、ルカルカ、ダリルの一階組がいた。
「レオーナたちを手伝っていたら、遅くなっちまったぜ」
 彼らは息を切らせながら、ハンコのパーツを差し出した。

 少し間をおいて、今度は元気な少女の声が聞こえてくる。
「パラ毛の可愛い子猫ちゃ縲怩?I おまたせ縲懊?怐v
 にこやかに走ってくるレオーナを先頭に、クレア、ユーリカが後を追っている。
 これで地下一階組は揃った。ハンコも無事コンプリートされていた。
 残るは、地下二階組だが。
 いくら待てども、来る気配がない。いくら耳を澄ませても、足音が聞こえてこない。
 タイムリミットは刻一刻と迫っている。
「あと……5分」
 アゾートが懐中時計を見た。時計の針は無情にも、こんなときでさえ、規則正しく時を刻んでいる。
「ダメだ。テレパシーも通用しない」
 結界に遮られているのか。通信も途絶えている。
「しょうがない。こっちから迎えに行こう」
「でも、往復してたら間に合わないよ……」
 残り4分。
 誰もが諦めかけた、その時――。
「おぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁー!!」
 頭上から、天地を揺るがすほどの叫び声が聞こえた。
 驚いた一同が見上げた天井は、激しい衝突音と共に爆ぜた。
 ぽっかりと開いた大きな穴の下。巻き上がった土煙を振り払う、幾人の人影が見えた。
 ローグ。
 フルーネ。
 ロレンツォ。
 アリアンナ。
 待望の、地下二階組である。
 ぼさぼさ頭をかきながら、ローグは言った。
「階段が魔法の壁で塞がれていたからよ。地面に穴あけて下りてきたんだ」
 埃まみれになりながら、四人は持っていたハンコのパーツを手渡した。

 残り2分。
 アゾートはすぐにハンコを組み立てはじめる。彼女は冷静を保とうとしていたが、やはり焦りがあったようだ。
 手元が狂い、パーツをひとつ落としてしまった。パーツは転がり、ガーゴイルの瓦礫の下へと入り込んでしまう。
「あっ……」
 気丈な彼女が、泣き出しそうな顔で手を伸ばしている。
「ここは俺に任せて」
 エースがトレジャーセンスをつかい、ハンコの位置を確かめた。的確に指示をだしたところへ、詩穂が駆け寄っていく。
「瓦礫なら、詩穂がぶち壊してあげる!」
 槌を振り払う。ガーゴイルの破片にまぎれて、ハンコのパーツがきらりと光った。
「アゾート! あとは頼んだよ!」
 セレンがハンコに飛びつくと、振り向きざまアゾートへ投げる。綺麗な放物線を描き、パーツはアゾートの手のひらに収まった。
 残り1分。
(落ち着くんだ……大丈夫だから……)
 アゾートは深呼吸をすると、最後のパーツを組み立てた。
 世界救済ハンコが、完成した。
(よしっ。急げ!)
 跳びかかるように、アゾートはハンコを押し付ける。
 新しい日付が書き加えられた。
 世界終焉カレンダーは、修正された。 
 アゾートの胸元から、懐中時計が転がり落ちる。正確な時計の針は、ゆっくりと、今日の終わりを告げた。
 そして、明日は――。
「午前……0時」
 時計の針を見つめていたアゾートが、厳かに宣告する。
『明日』は、無事にやってきた。
 一同に張り巡らされていた緊張の糸が、一気に切れた。安堵のため息が遺跡内を満たしていく。
 今日が終わり、明日がやってくる。
 ただそれだけのことが、こんなにも大変だったとは。


「あっ。こうしちゃいられない」
 いち早く気を取り直したアゾートは、日付を書き足しはじめる。
「このままじゃ、また今日で終わっちゃう」
 次々とハンコを押していく彼女に、メンバーたちも押し寄せた。
「自分が生きているうちは確実に残しときたいね」
「とにかく、明日の日付だけはしっかり貼ってくれよ! 俺、デートなんだから」
「いっそのこと、一億年くらい作っちゃおうよ!」
 わいわいとはしゃぎながら、百年先まで日付を書くメンバー。
「……とりあえず、そのくらいでいい」
 アゾートが止めるまで、彼らはハンコ押しに夢中になっていた。
「ところでアゾート」遠くから、静かに見守っていたダリルが言った。「『世界終焉カレンダー』を、放置しておくわけにもいくまい。イルミンで管理したらどうだ」
 ダリルの提案に、アゾートがうなずきかけると、
「ちょぉっと待ったぁぁぁぁ!」
 レオーナが叫び声を上げた。
 彼女は、右手をグイッと突き出しながらつづける。
「せっかくだからさ。今日を、記念日として書き残そーよ!」
 突然の提案に面食らったメンバーたち。だが、悪いアイディアではない。
 今日はみんなで力を合わせて、世界を救った日だ。記念日としてふさわしい。
 仲間たちが頷くのを見とどけると、レオーナはペンを片手にニヤついた。
「じゃあさっそく。私が書かせていただくよ!」
 カレンダーに近づく彼女の胸中には、(こっそり『レオーナ神聖百合帝国・建国記念日』と記入しちゃうんだから)という、悪だくみがあった。
「へへへっ。どうだ諸君! 本日から私を、百合帝王として崇め……」
 高笑いするレオーナは、ふいに硬直した。
 空欄だったはずの本日の日付に。
 真っ赤な文字が、浮かび上がってきたのだ。