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『ヒラニプラ鉄道の暴走!』


 薫の気合と同時に、後方車両で激しい爆発が起きた。
「ナ……何事ダ!?」
 爆発音に動揺するハッカー。
 その隙をエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は見逃さない。一気に追い込むため【ブリザード】を放った。
 彼の背後では、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が【防衛計画】を企てる。対策は万全。
 エースは流れるような動きで光の刃を薙ぎ払う。戦女神の威光を前に、能面Bの戦意は極限まで削られた。
 だが、とどめは刺さない。
 ハッカーから情報を引き出すためだ。
 メシエが【博識】を使い、過去の犯罪を調べあげる。目の前のハッカーとの関連性を検討していた。
「かつて似たような事件が起きてるね……。これで犯人は絞り込めるだろう」
 まとめた資料をダリル・ガイザック、小暮秀幸に転送する。
「おや? 匿名某にも送ってあげようとしたんだが。彼との通信が途絶えてるようだ」
 HCを見つめながら、メシエは苦笑いを浮かべた。

「戦イハ、終ワッテナイ!」
 よろめきながら能面Bが叫ぶ。チート能力を発動させ、近くの機晶石を槍に変形させる。
「ほう。敵のチートは、物質を変形するものらしいね」
 エースはあくまで冷静に分析していた。背後からレジーヌの【オートバリア】がかけられているのも心強い。
「エ、エースさんっ。て、敵は弱っています。能力の分析を、ゆ、優先しましょう!」
「そうだね」
 赤面するレジーヌに、エースは優しく微笑みを返した。

 ふらつく能面Bの背後からは、【隠れ身】を使ったカルが近づく。
 雷術を使い、電子データの世界に干渉する。それがカルの目的だった。
「馬鹿なことしてないで、いい加減目を覚ませ!」
 威勢よく雷術を繰り出したカル。システムに影響を与えたようだ。
 列車内に、砂嵐が流れる。電子データが一瞬バグった。
 システムが元に戻ったとき。
 ハッカーの体力は、全回復していた。
「あ、あれ!?」
 干渉できたのはいいが、敵のサポートをしてしまったようだ。

「なあに。構いやしないさ」
 ハッカーに悠然と歩み寄りながら、熊楠 孝明(くまぐす・よしあき)がつづける。
「カル君と言ったかな。敵を回復してくれたこと、むしろ感謝するよ」
 もちろんそれは皮肉ではない。
 懲らしめる時間が長引いて良かった。孝明には、そんな考えが浮かんでいた。
 孝明は不敵に笑いながら【闇術】を発動させる。ハッカーを襲う、頭痛。吐き気。不安――。
 ふたたび身の危険を感じた能面Bは、仲間への連絡を試みる。
「クッ……応答ガナイ」
 わたげうさぎロボット わたぼちゃん(わたげうさぎろぼっと・わたぼちゃん)の【情報撹乱】により、ハッカーの通信網は閉ざされていた。
「ピッキュ、ピピキュッピィ(訳:悪いひとの情報を撹乱したよ」
 わたぼちゃんが得意げに、車内を飛び回る。

「……確か、この下だったな」
「あぁ……この車体で間違いなかろう……」
 列車の真上から聞こえてくる、話し声。
「誰ダ! ソコニ居ルノハ!?」
 槍を構えながら、ハッカーが怒声を上げた。
 次の瞬間。
 天井をぶち破ってふたつの鎧が現れる。
 セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)ヴェルザ・リ(べるざ・り)だった。
「ふむ……。予想以上に破壊したな……」
 砕け散った天井を見上げ、ヴェルザがつぶやく。
「……悪いが。ゲーム内の治安維持も……仕事なんでな」
 鎧の下で静かに言い放つと、セリスが素早い動きでハッカーを羽交い絞めにする。
 ヴェルザが甲冑を着込んでいるのはいつものことだ。しかし、セリスも鎧をまとっている。
 それには理由があった。
 彼らは本来、ゲームの主催者から雇われた敵役だったのだ。
「……俺が、敵を倒す側に……なるとはな」
 弱り果てたハッカーを締めあげながら、セリスがささやいた。

「お見事。素晴らしい奇襲だね」
 セリスたちの動きを褒め称えながら、孝明は能面Bの首へ武器を突きつけた。
「ところで、お前は言っていたな。俺たちが死んだら現実でも死ぬと」冷静な口調でつづける孝明。「では、ハッカーも同じなのか。お前、試しに死んで見せてくれよ? ――なんてね」
「ウ……ウワァァァ!」
 冗談とも本気ともつかない孝明の脅しに、能面Bの全身から力が抜けた。
 セリスの腕から崩れ落ちていくハッカーは、ずるずると後退る。
 その途端、孝明が仕掛けていた【インビジブルトラップ】が起動した。
 のろめいたハッカーへ、すかさずわたぼちゃんが【ニルヴァーナライフル】を発砲する。
「ピキッキュ・ピキューキュ!(訳:グラッツィア・フィナーレ!」
 わたぼちゃんの必殺技が、決め手となった。
「クッ……コレデ終ワリト思ウナヨ!」
 捨て台詞を残し、ハッカーは自らログアウトした。



 勝利の余韻に浸ろうとする一同だったが。
「――まだだ。まだ、終わっていない」
 エースが、窓の外を見ながらつづける。
「この列車――。街中を走っている」
 彼らの乗った列車は、空京の街を暴走していた。

「ちょっと、大変なことになってるよ!」
 後ろの扉から駆けつけてきたセレンが言う。後方車両のメンバーが、次々と合流した。
 エースが皆を落ち着かせるよう、冷静に分析する。
「あのハッカーの仕業だろう。『物質を変形する能力』を使い、線路を変更したんだ」
「じゃあ早く脱出しないと!」
 慌てるカルに、エースは首を振って応える。
「駄目だ。この列車が向かう先は、シャンバラ宮殿。――俺たちの仲間が向かった場所だ」

「敵は用意周到だね。この車両には大量の火薬が積まれている。それにあのハッカー、去り際に通信を妨害していったよ」
 メシエが優雅に肩をすくめてみせた。
 一瞬の沈黙の後。口を開いたのは永夜だった。
「止めよう。俺たちで」
 パートナーの肩を叩くと、天井を見上げた。視線の先にはセリスの開けた穴がある。
「あそこから外へ出て、車両の前に飛び降りる。あとは全力で支えて列車を食い止めるんだ。――行くぞ!」
 軽やかに飛び上がった永夜の後を、アンヴェリュグ、白影が追う。

「あたしたちも行くよ!」
 セレンがセレアナを連れて外へ出た。

「僕たちも急ごう!」
 カルと惇もすぐに後を追った。

「俺たちも……行こうか」
 セリスとヴェルザも外へ向かう。

「我は負けられないのだ!!」
 飛び出した薫を追う、孝明とわたぼちゃん。

「私たちも行くとしますか」
 メシエが軽やかに舞い上がった。

「あ、あの……」
 最後に残ったレジーヌが、うつむきながらエースに言う。
「ワ、ワタシも行きますっ!」
 エースは上品に微笑むと、彼女の手をとった。
「お願いします。では、行きましょうか」


 屋根の上に勢ぞろいしたメンバーたち。
 前方には、巨大なシャンバラ宮殿が近づいている。
「さあ行くぞ!」
 永夜の合図を皮切りに、皆が一斉に飛び出していった。



「うおおおおおおおぉぉぉぉ!」



 メンバーが全力で列車を支える。
 うめき声と、車輪の軋む音が、空京の街に響いた。



「止まれぇ〜〜〜!」



 皆の力がひとつになる。
 シャンバラ宮殿のわずか一メートル手前で。
 土煙を巻き上げる、暴走列車は。



――完全に、静止した。