リアクション
▽ ▽ 「わらわは、人柱にされるのじゃな」 ディヴァーナの巫女、ユズリハは、自分の運命を知っていた。 そして、自分が人柱になることによっても、世界の崩壊は止めることはできないことも。 神殿に仕える者達には、世界が滅ぶ未来を見る者が増えていた。 そして、世界を救うためにと、自分の周りの大人達がやがて取るだろう行動を、ユズリハは受け入れていた。 「……せめてこの祈りが、安らぎを与えんことを……」 祈りを捧げながら、ユズリハの命は、いずれ来る滅亡を待たずして失われたのだった。 △ △ 九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は、友人から譲り受けた刀、【紅王】を手に、不思議な既視感を感じていた。 「……武器も転生するなんてことが、有り得るのかな……?」 ▽ ▽ ベビードールは、長い眠りから覚めた。 争いの気配を感じたからだ。 医者にとって、争い事は金になる。 ベビードールにとって、人の命や戦争は、その程度の認識しかなかった。 手遅れだと思ったり、報酬が少ないと思えば自ら患者を斬り捨てて殺した。 「勘違いをしてる奴もいるかもしれんが、医者は優しくある必要はない。 残忍な奴ほど務まるもんさ」 死を運ぶ医者という悪評は、上手くやっている証拠だろうとベビードール自身は思っている。 その彼女が持っていた刀の名が、【紅王】だった。 ◇ ◇ ◇ 全財産を注ぎ込んで食料と酒を揃え、男も女も見境無く集めて、全員全裸の酒池肉林の狂宴の中心に、タウロスはいた。 彼の相手で力尽き、意識を失った者もいる。 「全員に、拙者の子を宿してやる。拙者無しでは生きていけない体にしてやろう。 拙者を満足させられる者はいるか?」 どうせ子を設けたところで、この世界は滅びるのだが。 王の森は、世界樹の侵食を受けてじわじわと荒野になり始めていた。 「弱かったおぬしらが悪い……拙者を止められなかったおぬしらがな」 後悔はしていない。 ただ礼儀として、世界樹の地下、寝所で朽ちているだろう王の墓参りに来たタウロスは、花を手向けて笑った。 「さて、これからどんな戦いが待っているか……うずうずするな」 ◇ ◇ ◇ 「何故あんな奴隷を片翼の奴につけたんだ?」 自分のことを話していると知って、タテハの足が止まった。 立ち聞きはいけないと知っていても、物陰から様子を伺う。 「アレは、奴隷ではない。実は――」 密かに聞いた、会話の内容に愕然とする。自分の手足の枷を見た。 (……わだす、これを外すと、見境無く命を吸う、んだか?) 「どうした、タテハ?」 声を掛けられて、はっと我に返る。 記憶が頭が離れないでいたが、今は彼の世話中だった。 「フェスティード様……何でもねぇです、ちょっとぼーっとすてだだけです」 それよりも、とタテハはフェスティードに詰め寄った。 「今度の戦場はわだすも前に出ます! フェスティード様を、必づ、守るます!」 フェスティードは苦笑している。 「何があっても、わだすはフェスティード様のお傍におるます」 そう、傍にいて、最後まで、この人の味方でいたい。 △ △ 「東雲くんがカーラさんだったなんて、ビックリだよ」 高峰 雫澄(たかみね・なすみ)の言葉に、車椅子に乗った五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)は、うっすらと笑った。 「本当ですね」 何度か会ったことはあったが、ちゃんと話をしたことは無かったと思う。 「まさか、前世がどうとかって話をすることになるとは思わなかったけどね、あはは」 笑う雫澄に、それでも、何でもいい、ちょっとしたことでいいから、彼と話がしたかったと、東雲は強く願っていた。 「カーラネミが、夜中こっそりフェスティードさんの頬を抓ったことがあったんですよ。憶えていますか?」 「寝てる間に? ……もしかして、アレかな? カニに抓られた夢を見たことがあって……」 ▽ ▽ 「しかし、相変わらずカーラはだんまりだな。もう随分一緒にいるんだし、話もしてみたいんだがな。 ……ま、いいか。おやすみ、カーラ」 不思議な人だと思った。 一度も人化せず、一度も会話の無い鏡に対して友人のように振舞う片翼のディヴァーナ。 変な人。 ……理解できません。 こういう気持ちを「腹立たしい」というのでしょうか。 フェスティードは、ぐっすりと眠っている。 疲れているのだろう。ここ数日野宿が続いて、今日は久しぶりに、まともな宿に泊まっているのだ。 カーラネミは人化して、彼のベッドの横に立った。 顔を見ていたら、一層「腹立たしい」気持ちになって、思わず彼の頬を抓る。 (……柔らかい) 「う……ん?」 フェスティードが呻いて、カーラネミは鏡に戻る。 やはり、理解できません。 信用できるのではないか、なんて、そう考えている自分が。 フェスティードなど、カニに抓られる夢を見ればいい。 「……夢は深層心理の表れって聞いたことがあるが……カニに抓られる夢ってどんなんだ……」 目覚めたフェスティードは、不思議に思いながらふと、鏡を見る。 「心なしか赤くなっているような? カーラ、まさかお前…… いや、まさかな。さて、今日は何処へ行こうか」 鏡に向かって呼びかける。返事はなかったけれど。 △ △ 「ナスミ〜!」 上空から声がして、見上げると、空飛ぶ箒から飛び降りたパピリオ・マグダレーナ(ぱぴりお・まぐだれえな)が降って来て、雫澄は慌てて彼女を受け止めた。 「うわっ! ってパピリオさん? ぐ、偶然だね……」 「は? 何言ってんの、誘いに来てあげたのよ、ナスミ、どーせ暇してるんでしょ、どっか遊びに行かない? って、もやしが背伸びしてるようなこの子、誰?」 パピリオは、東雲に気づいて訊ね、フェスティードに関わる人物と知って驚く。 「元カーラネミ? ……イモ女の記憶にはなかった……多分会ってないかも……ごっめぇん!」 「ううん、よろしくね」 「あ、でも丁度よかったかも。 海京のロシアンカフェでぇ、三名様から入れるスイーツバイキングコースってのがあるのよね〜♪ アンタがいれば人数ぴったりね、ニンゲン! ナスミ、甘いもの平気よね?」 「まあ、嫌いじゃないけど……」 「ならすぐに行きましょ、ね、ナスミ!」 「え、もう決定なの? ちょ、そんな強引な、っていうか、東雲くん、平気?」 「え、でも、俺も行って……いいのかな? 車椅子だし、あんまり食べられないかもしれないし……」 「ぐっだぐだ言ってないで行くの! 行かないの!?」 東雲は、眩しそうにパピリオを、そして雫澄を見る。 「……うん、やっぱり、行きたい、な。 俺も、二人と一緒に、いきたい……」 「はい、決定!」 怒涛の勢いでスイーツバイキングに行くことに決まって、パピリオに案内されて歩きながら、雫澄は、ふっと笑う。 (……フェス、君の戦いは本当に終わりだ。 でも、その遺志と力は……僕が受け継いでいく。 今度こそ、大切なもの全てを、護ってみせるから……) |
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