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【猫の日】黒猫が!黒弥撒で!黒猫耳!

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【猫の日】黒猫が!黒弥撒で!黒猫耳!

リアクション

●黒猫退治●

 空京の街の騒乱は、確実に広がっていた。
 初めはあまりに静かな騒動――当然だ、猫耳が生えたの多く者はその場でほんにゃりしてしまう、というだけなのだから――だったため、あまり騒ぐ者は居なかった。パラミタという土地の特殊性、つまり、獣人といった種族の存在、魔法という技術の存在、トラブルメーカーと呼ばれる人種の多い事、が人々の危機感を鈍らせていたのもあるかもしれない。しかし、猫化した人々が二割、三割と増えていくに従って、都市機能にも影響が出始める。
 このまま放って置くわけにもいくまいと、動き出した人々も居た。
 どうやら騒動の中心は桜の森公園にあるらしい――そう人々が感づくまでには数刻を要したが、一度感づいてしまえば後は手練れの契約者達があっという間に事件を解決してくれる――
 はず、だった。

「なんか、妙な事になってるわねえ」
 そんな最中、事件の解決とは全く無関係にただの引率として公園にやってきたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は、やたらと黒猫耳の目立つ公園内を見渡して、それから目の前で踊り狂っている黒猫の集団に目を遣って、ううん、と首を傾げた。
「さくらちゃん大丈夫かなー」
 リカインに連れられてやってきた童子 華花(どうじ・はな)は、仲良しの友達の姿を求めてきょろきょろして居る。華花は今日、公園の地祇である桜の森公園の精 さくら(さくらのもりこうえんのせい・さくら)と遊ぶ為に公園にやってきたのだ。待ち合わせ場所は此所で合っているはず。しかし、目印にした桜の大木の下で待っていたのは、さくらではなく黒猫だった。
 公園にこんなものを設置して、いつものさくらなら速攻で排除に来るところなのだが、その様子がない事を鑑みるとトラブルに巻き込まれていると考えた方が良いだろう。
「さくらちゃーん」
 リカインと華花、二人でさくらの姿を探す。が、発見までにそれほどの時間は掛からなかった。
 桜の木の近く、植え込みの影で丸くなっているさくらの姿を、リカインが発見した。
「あら……寝てるのかしら。無事でよかった……わ?」
 穏やかな寝息が聞こえるので、命に別状はなさそうだ。一安心したリカインがさくらの顔を覗き込むと。
「にゃぅ……」
 さくらの口から、猫の鳴き声。よく見れば、桜色の髪の毛からは黒い猫耳。
「……あらあら」
 巻き込まれてたのね、とリカインは苦笑して、とにかく華花をさくらに引き合わせようと振り返った。
 すると。
「にゃん?」
 ――華花の頭にも、黒い猫耳が生えていた。
 あちゃー、とリカインは頭を抱える。しかしそんなパートナーの様子にはお構いなしで、華花は機敏な動きでぴょんと駆けてくる。そして、先ほどまでリカインが覗き込んでいた植え込みを覗き込み、さくらの姿を見つけた。
「にゃー!」
「……にゃ?」
 華花の呼びかけに、さくらが目を覚ます。
「にゃにゃにゃにゃーん、にゃにゃにゃー」
「にゃー!」
 それから子猫二匹は何事か会話を交わして、並んで丸くなった。どうやら、ひなたぼっこして遊ぶ合意が出来たらしい。
――猫になって居ようがいまいが、やることは変わらないのね……
 リカインはして、そっとその場を離れた。
 とりあえず二人が遊んでいる間にあの像でも調べようかしら……などと思って居たはずが、いつの間にかベンチでひなたぼっこを始めていたのは――頭に生えた黒猫耳の所為だろう。

 一方こちら、買い物帰りに公園を通り抜けようとして居た黒崎 天音(くろさき・あまね)もまた、ルカルカ達と一歩違いでさくらと華花の姿を見つけていた。
「いい加減、荷物を半分持ってくれないか」
 一歩後ろを付いてくるブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)のお小言などまるっきり無視して、天音はとことことさくら達の元まで歩み寄る。穏やかな顔で丸くなっている、猫耳少女がふたり。
「獣人の子どもかな? こんなところで寝て居ると風邪を引くよ」
 優しくさくらの頭を撫でてやって――天音はふと、植え込みの隙間から向こうを見た。
 そこでは、黒猫たちが輪になって踊っている。怪しい。凄く怪しい。
 しかもその中心には、謎の石像。怪しい。
「へぇ、気になるね」
 天音はニヤリと笑うと、歴戦の中で身につけた身のこなしを駆使して気配を絶ち、植え込み越しにそっと向こう側を覗き込む。
 と、大量の荷物を持ったブルーズも、いつの間にかその隣に居てため息を吐いていた。
「あまり変なことに関わるなよ」
「だって、あの石像がなんなのか、気になるじゃないか」
 天音は目をキラキラさせて、猫の形をした石像をじっと見詰めている。

「あら……あれはさくらちゃん?」
 さて、こちらはちゃんと、事態の収拾に当たろうとしてやってきたルカルカ・ルー(るかるか・るー)。だが、騒動の中心を見つける前に見知った顔を見つけて足を止めた。
 公園の中でトラブルが起きているというのにさくらが行動を起こさないなんて珍しい、と思いながら覗き込んだルカルカは、丸まって寝ているさくらの頭に黒い猫耳を見つけ、キュン、と胸を高鳴らせる。
「……かっ……かわいいっ……!」
 もふる、もふるー、とふらふらそちらの方へ行こうとするルカルカを、パートナーのコード・イレブンナイン(こーど・いれぶんないん)が引き留める。
「ルカ、あれを」
 そう言ってコードが指し示した先は、輪になって踊る黒猫たちだ(ちなみにその手前に、黒猫たちの様子を伺って居る天音たちの姿もある)。そして、猫の形をした石像にかがり火に祭壇。
「……黒猫……黒ミサ……呪い……?」
「なんだと!」
 状況を確認したルカルカがぼそぼそと呟いたのに、コードは敏感に反応した。やめさせるぞ、と言って今にも突撃死そうなコードの首根っこを、しかしルカルカは落ち着いて捕まえる。
「きっと何か事情があるのよ、ちゃんと話を聞いてあげなきゃ」
「けど人を猫にするのはダメだ」
 大まじめな顔をしているコードを、それはそうだけど、となだめながら、ルカルカもまた物陰から猫たちの様子を伺う。

「なるほど、こいつらが猫耳事件の原因か……」
 そんな猫たちの集団を別の角度から観察して居る男が一人。守屋 レス(もりや・れす)だ。
 街中に溢れる黒猫耳の少女達(男性や、年かさの人々のことはあまり目に入っていない)のあまりの愛らしさに目を奪われていたところ、「この状況を何とかしないと」と呟いている契約者たちの姿を見かけ、「何とか」されてはたまらないと思ってやってきた。つまり、彼は猫たちの味方だ。
 幸いというか何というか、彼の目の前には儀式の邪魔をしようとしていると思しき契約者たちの姿。猫たちに見つからないように、という観点で行動して居るのだろう、レスの事などこれっぽっちも気にしている様子は無い。だからこそ、まだ契約者としては駆け出しの部類に入るレスでも、その姿や何をしようとしているかなどの状況をつぶさに見ていられるのだ。
「儀式の邪魔をさせる訳にはいかないな」
 レスは自分が猫耳の餌食にならないよう、お守りとして持ってきた流れ星のペンダントみっつをひっしと握りしめる。黒猫耳の呪いの前には効果などないのだが、レスは状態異常耐性を与えてくれるペンダントの効能を固く信じていた。
 と、目の前の契約者――つまりはルカルカ達、というかコード、が動いた。
 俊敏な動きで飛び出すと、目にも留まらぬ早さで猫たちに肉薄し、儀式を中断させようとする。猫たちがぎゃーぎゃーと騒ぎ立てる声が響く。そのどさくさに紛れて、天音もまた猫の石像めがけて飛び出して行くのだが、レスの視界には入っていない。
 正直な所、レスではコードひとりの動きを追うのがやっとだった。もとより自分の無力は知っていたが、それでも力の差を痛感する。
 直接手を出すのは、どう考えても得策ではない。レスはコードの後で様子を伺って居るルカルカに目を付けた。その手には、小型精神結界発生装置。レスにはそれが何だかはっきりとは分からなかったものの、多分武器とか、とにかく儀式の邪魔に使うものだろうと判断した。猫たちの様子を伺うフリをして、そっとルカルカの背後に忍び寄る。
 足音に気付いたルカルカが一度振り返った。レスはぴく、と足を止める。
 しかしルカルカは、レスも猫たちを止めようとして居ると判断したらしい。しっ、と人差し指を口に当てて再び猫たちに視線を戻す。
――今だ!
 レスはえいやと、ルカルカの手元に向かって火術を投げつけた。
「わっ、きゃっ!」
 想定外の方向、しかも至近距離から飛んできた火の玉に、ルカルカは思わず飛び退る。直撃させることは出来ず、謎の装置も破壊できず、である。
「ちょっと、何のつもり?」
 ルカルカの鋭い視線が、レスを捕らえる。えっと、と口の中でレスが言い訳を探す――

「にゃんにゃんにゃー!」

 突如、コードと対峙していたはずの猫たちが、声を合わせてひときわ高く鳴いた。
 すると。
「にゃっ!? にゃにゃっ! にゃ……にゃーん」
 コードの耳に猫耳が。
「……にゃ?」
 ブルーズの、頭部のたてがみの隙間からも猫耳が。
「にゃーん……?」
 レスの耳にも、猫耳が。

 一瞬沈黙が落ちた。
 それから。

「ぷっ……あ、あははは! 何それコード」
「ブルーズ、それ……っ」
 ルカルカと天音、二人分の笑い声が響く。
「可愛いじゃん、ほらほら、おいでおいでー」
 ルカルカは猫耳の生えたコードに向かって手招きをする。するとコードは戸惑ったような表情を浮かべながらもルカルカの元へと戻って来た。心なしか後ろ姿がしょげている。
 一方ブルーズの方は木陰で丸くなっていた。ぷぷ、と笑いながら天音はブルーズの傍へと戻る。
「なるほど、これが事件の原因だったのか。……買い物の荷物とブルーズを抱えて帰るのは、骨が折れそうだな」
 ドラゴニュートに猫耳、というなんとも妙ちきりんな取り合わせに苦笑しながら、天音はブルーズの喉を撫でてやる。ぐる、と心地よさそうな低いうなり声がした。
 猫たちは再び、にゃんにゃん言いながら踊り始めた。だが、今のルカルカと天音にとってはそれよりも、猫化したパートナーの方が興味対象だ。ルカルカはぽいぽいカプセルからこたつ(何故常備していた、などと突っ込むなかれ)を取り出してコードを押し込み、もふもふしている。……どさくさに紛れてレスまでこたつに入り込んだ。

「にゃんにゃんにゃー」
「にゃんにゃんにゃー」

 猫たちの儀式は続いている。