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【4周年SP】初夏の川原パーティ

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【4周年SP】初夏の川原パーティ

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第2章 川上にて

 川上の方には、巨大魚も出現しておらず、釣りや川原でのんびりする若者達の姿が多くみられた。
「面舵いっぱーい」
「ん、おおお、揺れるのぉ」
 深夜・イロウメンド(みや・いろうめんど)が漕ぐカロンの小舟に乗っていた神凪 深月(かんなぎ・みづき)は、膝の上の儚希 鏡(はかなき・きょう)を片手で押さえた。
 鏡は深月の膝の上でうとうとしている。
 小舟は僅かに浮いているので、さほど揺れは激しくない。方向を変える時に揺れるくらいで。
 小舟の先端では、深夜の分身体の黒猫がねじり鉢巻きに、黒いゴムエプロンをして「大漁」と書かれた旗を振っている。
「のんびり気長に待つのじゃ」
 深月は片方の手に釣竿を持っている。
 もう片方の手を、鏡から離すと読んでいた本を再び開いた。
「きもちいい、てん、き……」
 鏡は深月の膝を枕に、眠りに落ちていく。
「面舵いっぱい、ヨーソロー」
 自分の言葉に自分で答えて、深夜は櫂を操る。
 下流には近づかず、穏やかな流れの中、のんびりのんびり釣りや日向ぼっこを楽しんでいた。

「下流の方も随分落ち着いてきたみたいだな」
 川辺では瀬乃 和深(せの・かずみ)を始めとする若者達が釣りをしていた。
「うぉお、見ろよあの果物!」
「でけぇ。片手じゃ掴めねぇな、両手でも扱い切れるか!」
「いやいや、手の平サイズが美味そうなんだぜ」
 釣りをしているパラ実の若者達の話題は、水遊びをしている女の子のことばかりだった。
「見てるだけじゃなくて、混ぜてもらえば?」
 くすっと笑いながら和深が少年達に言った。
「駄目だ。コイツらが混ざったら景色が汚れる」
「俺だって混ざりたいんだ。けど、俺らが行ったら逃げるだろ彼女達。そしたら見ることさえできなくなる」
「だから、沢山魚を釣って、丸焼きにして仰いで匂いで釣るんだよ!」
 釣りをしているのも、女の子を呼び寄せるためらしい。
「そっか。美味い魚、連れるといいな。お互いに」
「おお!」
「でけーのはいらない。女の子サイズ希望!」
「でけぇのは巨大魚でこりごりだろうしなっ」
 若者達は目を輝かせて、魚釣りと美女観賞をしている。
 川原では、鉄板で料理をしている若者も沢山おり、並べられたテーブルでパーティを楽しんでいる者達もいる。
 和深は川に糸を垂らしながら、若者達の姿をのんびり眺めていた。
 見ているだけ、話を聞いているだけで、自分まで楽しくなってくる。
「おー……」
 びちゃんという音と共に、川で釣りをしている女性――深月が声をあげた。
「大物〜。正真正銘の大物1匹ゲットォ〜」
 深夜が歌うように言った。
 深月が大きな魚を釣り上げたのだ。
「んー……」
 反動で、ぽてん。と、深月の膝から落ちた鏡が目をごしごし擦っている。
「バケツに入るかの。そろそろ岸に戻りたいところじゃが」
 小舟の中には小さなバケツを乗せるだけで精一杯だった。
 バケツの中に入れてみたが、魚は激しく暴れる。押さえていないと、逃げられてしまいそうだ。
「預かろうか〜?」
 岸から和深がそう声をかけた。
「そうじゃの、あの者は信頼できそうじゃ」
「よーし、岸に向かうよ、面舵いっぱーい」
 深夜は岸に向かって漕ぎ始める。
「ん〜……」
 揺れる船の中を、鏡はよろよろ、とてとて歩いて。
「んっ」
 ぽてんと、また深月の膝の上に乗ってまた目を閉じた。
 すやすや、可愛らしい寝顔を見せていく。
 和深はそんな鏡を見て和んだ後。
「お、これはすごいな」
 魚を預かり、感嘆の声を上げた。
「こっちも大物釣ったんで、調理している奴らに提供しようと思うんだけど、君達の魚も一緒に焼いてもらおうか?」
「そうじゃな。頼んでも良いか? 3人分以外は分けてやってもいい。その代り野菜か何かもらえたら良いんじゃが」
「了解。適当に交換してもらうな!」
 和深は預かった魚と自分の魚を持って、調理をしている者達のもとへと向かった。
 そして、魚の代わりに串焼きや、女の子ではない新鮮な果物を貰ってきて、仲間に配ると。
「よし、更なる大物を目指すぞ!」
 食べながら、釣りを続けていくのだった。

「それにしても大きな魚介ですね……」
 若葉分校のたこ焼きマイスターとして、たこ焼き器を任されているユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)は、パートナーの早川 呼雪(はやかわ・こゆき)の捌き――というより、解体する様子にため息をついた。
「呼雪の解体技術があがってるような気がします。私もあれくらい情緒ある手際が欲しいものですね」
 優子達が獲ってきた巨大魚を解体し、和深達と交換した魚を手際よく呼雪は捌いていた。
「焼きそばや炒め物も魚介入りにすると、ダシが出て美味いんだ」
 仕込みを終えた野菜や肉の他に、貝を混ぜたり、隠し味として魚介を用いたり、切り身をメインの食材とした料理を作ったり。
 呼雪はタコ焼き以外の焼き物や、スープを作っていく。
「さて、私もそろそろ焼き始めませんと」
 ユニコルノはバーベキューコンロの上にタコ焼きの鉄板を乗せた。
「炭火での調理は、ガスコンロとは違いますが……全てインプット済です」
 自信満々、ユニコルノは調理を始める。
 火加減に気を配りながら、生地を入れ、具材を入れ。
 少し固まってきたら、タコピンでひっくり返し。
 固まってきたらまたひっくり返し、綺麗に焼きあがるまでころころとひっくり返していく。
「……やはり、火の調節が難しいですね」
 美味しくなぁれ、美味しくなぁれと心の中でとなえながら。
 ユニコルノは慎重に慎重に焼き、色にも形にも拘り、仕上げていく。
「お疲れ様です。差入れです……っ」
 ユニコルノ達の元にも、差し入れを持ったアレナが訪れた。
「呼雪さん、どうぞ」
 両手がふさがっている呼雪を見て、アレナはスプーンを手に取った。
「あーん、します?」
 一口サイズのアイス氷をスプーンに乗せて、呼雪に差し出す。
「いただくよ」
 くすっと微笑み、呼雪は顔を近づけて、氷アイスを口に入れた。
「アレナさん、丁度出来上がったところです。あちらのテーブルで一緒に食べましょう」
 ユニコルノは皿の上にたこ焼きを山盛りに乗せていきながらアレナに言う。
「はい! 呼雪さんも休憩にしましょ?」
「俺は後からで大丈夫。もう少し作っておきたいから」
「わかりました。先に休ませていただきます」
 アレナは呼雪にぺこっと頭を下げて、ユニコルノとテーブルの方へと向かう。
 テーブルには他にも若者達が訪れていて、呼雪や屋台を担当する者の作った料理を並べ、美味しそうに食べて、楽しそうに話をしていた。
 ユニコルノはタコ焼きを一つ刺して、ふーふーと息を吹きかけて冷ましてから。
「どうぞ。美味しく出来たと思います」
 アレナに差し出した。
「いただきます……っ」
 ぱくっと食べたアレナの顔に幸せそうな笑みが広がった。

○     ○     ○


「い、いきますよ」
 風馬 弾(ふうま・だん)は、和深達からもらった魚をまな板の上に乗せ、真剣な表情で包丁を取り出した。
「う、うん」
 誘われて訪れたアゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)もつられて少し緊張してしまう。
「アゾートさん……ボクの血と汗と涙の結晶を見てねっ!」
 弾は深呼吸をすると、魚の頭をまず、包丁で落した。
 内臓を取り出して洗い。
 それから、腹に切り込みを入れ、背に切り込みを入れて。
「おー……」
 感心するアゾートの前で、中骨を切り離し2枚おろしを完成させる。
「後少し!」
 そして、慎重に中骨のついた方を切り分けて、3枚おろしを完成させた。
「出来た」
 ほっとした表情で弾がアゾートを見ると、アゾートはうんと強く頷いてくれた。
「魚をこんなに上手くおろせるなんてすごいね。調理師でも目指してるの?」
「違……っ。ええっと、アゾートさんに男らしい姿を見せたいな、と思って」
 弾の言葉に、アゾートが不思議そうな顔をする。
(あれ? なんか変な事言ったかな……。この間は下手な料理を食べさせちゃったし、今回こそはと思って頑張ったんだけど……)
 リベンジしたい一心で、弾はパートナー達に料理を……というより、魚のさばき方のみを習って、マスターしてきたのだ。
 なんで魚なのかといえば、誘う場所が川原パーティだったから。
 そんな純粋で、単純な考えだった。
「ええっと……うん、凄いと思うよ。努力家なんだね」
 アゾートが僅かに笑みを浮かべて弾に言う。
 その微笑みだけで、弾の心に幸せな気持ちと達成感が広がる。
「それじゃ、鉄板で焼かせてもらって、一緒に食べようか」
「あ、うん! 焼くのも僕に任せて(……で、でも炭火での魚の焼き方習ってない……!)」
 弾が少し焦っていると。
「焼くのはボクにやらせてほしいな。キミには次の魚、捌いてほしいし……。ボクよりずっと上手いと思うから」
「え……っ。う、うん。それじゃ焼くの任せていいかな? 捌き終わったらここ片付けておくから、一緒に食べようね」
「うん、味はシンプルにつけておくね」
(味付け! そういえば調味料とかも持ってきてないし、味付けの練習はしてなかったーっ)
 アゾートに任せて正解だったかもと思いながら、弾は次の魚をさばきながら彼女を待った。
 弾とアゾート。2人で料理した魚料理は……一人で作った料理より多分美味しいだろう。