空京

校長室

重層世界のフェアリーテイル

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第8章 三代目・絡み亭さんだあす

「もー、雅羅ちゃん、笑顔がかたーい!」
「うん、だから……瑠兎子、近いわ」
 想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)にぎゅうぎゅうと抱きつかれながら、雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)がぐったりとした顔で嘆息する。
「お姉ちゃん! 目立ち過ぎだよっ!」
 想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)はデジタルカメラを片手に顔をしかめた。
 様々な店が並ぶ街路だ。
 日常の雑品を求める人々が行き交い、はしゃぐ瑠兎子たちの方をチラチラと眺めていた。
「もう、撮るからね!」
 夢悠は全くもって勢いの衰えない瑠兎子の様子に色々と諦め、街並みをバックにした二人の姿を写真に収めた。
「はい、じゃあ、次はムービーで、二人がラブラブショッピングしているとこを撮ってね〜」
「ちょっと、瑠兎子! 調査はどうしたのよ、調査はっ」
「我らが調査団のリーダー、雅羅ちゃんの雄姿も記録せずして何を記録するものか〜」
「お願い、聞いて、瑠兎子」
 ううう、と弱く呻きながら瑠兎子に連れられて行く雅羅の姿を見送り、夢悠は、はふっと溜息を落として、ビデオカメラを用意した。
 雅羅がこの世界に入り込んだのは持ち前の不幸体質ゆえだった。同じ世界に瑠兎子が調査に来ていたことも。
 それはともかく、夢悠はビデオカメラを起動して辺りの撮影を始めた。
 モニターにはショッピングを楽しむ契約者たち――もとい、街で聞き込み調査を行う契約者たちが映し出されていた。
 このように、夢悠は街の様子と共に瑠兎子と雅羅以外の契約者の調査の様子も映像に記録していたのだった。
「ユッチー!!」
「ん……?」
 瑠兎子に呼ばれて、夢悠はビデオカメラのモニターから視線を上げた。
 瑠兎子が何やら慌てた様子で手を振っている。
 そちらの方へ駈け寄りながら、夢悠は問いかけた。
「どうしたの?」
「雅羅ちゃんがいなくなっちゃった!」

 一方――。
「そう、特に不満があるわけではないのね」
 ザウザリアス・ラジャマハール(ざうざりあす・らじゃまはーる)は、魔法を使えない住民を中心に聞き込みを行っていた。
 そもそもこの世界には、地球で言うところの『自転車が乗れる者』と同じくらい魔法を使える者が居るようで、魔法を使えない・使わない者を探し当てるのには少し苦労が必要だった。
 何故、彼女はそんな苦労をしてまで、そういった者たちに聞き込みを行おうと考えたか。
 それは、この魔法によって統制された世界では魔法が使えるか否かによる歪みが生じる可能性を思ったからだった。
 しかし、見つけ出した数人の者たちへの聞き込みを行った結果、それは今のところ杞憂であったと結論するに至った。
「レジスタンスの一つでもあるかと思ったがな」
 ニコライ・グリンカ(にこらい・ぐりんか)が言う。
 ザウザリアスとニコライは目当ての人物への聞き込みを終え、平和な街並みを歩いていた。
「魔法協会が上手くやっているようね」
「大枠では、この世界は安定していると言えそうだな」
 と――ニコライが足を止める。
「どうしたの?」
「今、雅羅が――」
「彼女もこの世界に来ているのでしょう。居ても不思議ではない」
「……鏨たちと路地裏の方へ向かっていったようだったが……」

 路地裏――。
「この辺りって結構危ないんじゃない?」
 不審そうに小首を傾げた雅羅が、鬼籍沢 鏨(きせきざわ・たがね)を見る。
 鏨は、がっつりと聞き込み調査を行いたがっていた雅羅を誘って路地裏まで連れてきていた。
「何のためにオレたちが居ると思ってるんだ?」
「わたくし達がしっかりと護衛するので大丈夫ですわ」
 後鬼宮 火車(ごきみや・かしゃ)が言う。
 雅羅が、じぃっっと半眼で二人を見やってから。
「……護衛するって言ったって、あなたたち魔法使えないんじゃない?」
「大丈夫だ、問題無い」
「……というか、鏨なんて武器になりそうなものが空京経済白書しか無いじゃない」
「大丈夫だ、問題無い」
「問題大ありよ!!!」
 雅羅が、だんっ、と地を踏みしめながら鏨を指差す。
「鏨たちの狙いは分かったわよ。私の不幸体質を利用して、悪い連中を呼び寄せようってところでしょ! しかも――その、わざとかってくらいの無防備な護衛! つまり……ええと……なんなの? なんでそんな無防備なわけ?」
「キミと共に誘拐されれば、オレたちはそういった連中の懐に潜り込むことになる。そうすれば、この世界の裏側を一気に知ることができるかもしれない」
「…………ひ、人の不幸をなんだと思って……この、馬鹿ぁーーーーー!!!!」
 暴れ出した雅羅によって乱発された銃声が路地裏に響き渡っていく。
 
 路地裏の騒動からしばらくして―― 
「……結局、こういうことになるのよ、私って」
 雅羅は、まるで迷路のように道が絡まりあった路地裏の奥で呻いていた。
 銃を乱射しながら鏨たちを追いまわしたあげく、気付いたら迷子になっていたのだ。
「しかも、なんだかんだで鏨の考えてた通りになってるのが、腹立つ……」
 言って、彼女が睨んだ方――
「今度こそ……今度こそ、俺たちゃ悪党の本懐を遂げさせてもらうぜぇ」
 路地の影のあちこちから見るからにチンピラな男たちが現れ、雅羅を取り囲む。
 男の言葉の意味はサッパリ分からなかったが、彼らが自分にどうしようもない不幸をもたらすだろうことは明白だった。
 と――
「あれ、雅羅さん」
 路地の奥から出てきた南部 豊和(なんぶ・とよかず)が足を止め、男たちに囲まれた雅羅を不思議そうに見やった。
「なんだァ? てめぇは」
「雅羅さんもこちらにいらしてたんですね」
「俺を無視すんじゃねぇ!!」
 男を無視して雅羅との会話を続けようとした豊和へ向けて、男が魔法を撃ち放とうとする。
 瞬間、男はレミリア・スウェッソン(れみりあ・すうぇっそん)の放った雷術に撃ち飛ばされて、地面に転がった。
「集団で女をかどわかそうなどという屑は屑らしく端に転がっていろ」
 レミリアが片腕にパンの沢山入った袋を抱えながら言い捨てる。
 彼女の持つパンはこの世界のパン屋で手に入れたもののようだった。焼きたてらしく、美味しそうな匂いがする。
 ともあれ。
「今の内です! 雅羅さん」
「ありがとう!」
 男たちの隙間をすり抜けた雅羅は、豊和とレミリアと共に路地の奥へと逃走したのだった。