空京

校長室

重層世界のフェアリーテイル

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第9章 契約者、魔法はいいぞ?

「やはり、お嬢ちゃんは大変なことになってたか」
 雅羅行方不明の報せを受けて、路地裏を探していた斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)たちは、無事に雅羅と豊和たちと合流し、表通りへと向かっていた。
「銃は役に立たないし、魔法は激しいし……さっさとこの世界を逃げたいわ」
 雅羅の呻きを聞きながら、邦彦は、やれやれと口端を下げた。
 確かに物理的な攻撃が防御術式に阻まれて、いまいち使い勝手が悪いのは辛い。
 しかし、全く役に立たないというわけでない。
 物理攻撃そのものの威力が落ちているというわけでもないし、力任せに攻撃を重ねて強引に防御術式を破るということも可能なようだった。
 そのうえ、武器に帯びた魔法自身は術式の影響を受けないようだから、属性付きの物理攻撃ならばそれなりに戦えそうではある。
 この世界では魔法の威力が増しているため、100%の魔法攻撃の方がより有利なのは変わらないが。
「ま、ともあれ、こうしてお嬢ちゃんたちと合流することが出来て良かったよ」
「そうそう。難しいことはともかく、早く表に戻りましょ」
 グリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)が楽しげな声で言う。
「せっかくこんな素敵な街に来てるんだから。私、さっき結構いい景色の場所を見つけたのよ!」
「グリム……オレ達は遊びに来たわけじゃないんだぞ。それに、オレ達が一緒に居るのは――」
 四谷 大助(しや・だいすけ)が軽く眉を寄せながら言って、雅羅の方を見やる。
 その隣で、ネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)が小さく笑い。
「そ。というわけで、まだまだ油断はできないのよ。ほらね」
 ネルは栄光の刀を抜いた。
 彼女の視線の先では、ぜぇぜぇと息を切る男たちの姿あった。
「……てめぇら……あれだ……もう、いい加減、金目の物と女を置いて……お願いです、そろそろ悪党らしいことを成就させてください」
 そんな男の言葉をキッパリと無視しつつ、邦彦は二丁の銃を抜きながら、豊和たちの方へと言った。
「魔法を使えるのはお前たちだけだ。俺たちはお嬢ちゃんの護衛に徹する。思いっきり蹴散らしてしまってくれ」
「了解しました」
 そして。
 豊和とレミリアの魔法によって、悪漢たちはやっぱり蹴散らされたのだった。

 その様子を、物陰から窺っていた者が居た。
「頃合い、ですね」
 高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)は、路地の影から飛び出し、“豊和らの方へ”アシッドミストを展開した。
「――なっ!?」
「悪党な方々、逃げるならこちらへどうぞ!」
 玄秀は悪党たちを助けるつもりだった。
 狙いは、彼らの懐に取り入り、背後組織の有無を確認すること。
「……世界の情勢を知るためとはいえ、襲撃犯の手助けなんて……」
 玄秀の後方に立ち、事の行く末をぼんやりと見ていたティアン・メイ(てぃあん・めい)が虚ろな様子で呟く。
 悪漢たちは「なんだか良くわからんが、ありがてぇ」とよれよれ立ち上がって逃げ始めていた。
 と――そんな悪漢たちの前に、のそりとゴーストやレイスたちが立ち塞がる。
「な、なんだ……!?」
「どうしたんだい?」
 ふらりと姿を覗かせたニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)が、クスクスと笑みを零す。
「その程度で怯んでしまうなんて……情けないね」
 ごぅ、と巻き起こるブリザードが悪党たちの視界を奪い、次いで、その身を蝕む妄執が見せた悪夢の幻――無数の動物の死骸や虫たちが男たちの撹乱させていく。
「うわ、ひっ!?」
「や、来るな、来るなぁあああ!!」
 阿鼻叫喚の悪党たちの様子を前に、ニコの隣で彼を守るように構えていたユーノ・アルクィン(ゆーの・あるくぃん)がわずかに表情をゆがめた。
「ニコさん、少しやり過ぎなのでは……?」
「いいんだよ、彼らは自分たちより弱い者を選んで集団で襲いかかるような連中なんだから」
「く、くそっっ!!」
 悪党の一人が苦し紛れに放った魔法が見当違いの方へと放たれて消失する。
「あれぇ、異世界の魔法ってこの程度なの? ……くふふ、あははははは!!」
 力の差を見せつけることに酔いしれたニコが哄笑を上げる。
 と、ふいに彼の鼻先を玄秀のサンダーブラストが掠めた。
 迸る雷気の塵に目を細めながら、ニコが口端を不機嫌に吊り上げ。
「どういうつもりか分からないけど。僕とやり合うっていうんだね」
「申し訳ありませんが、僕には僕の考えがあるんです」
 玄秀は微笑みを強くさせながら、ニコを見据えた。

「……な、なんだか、変なことになってきたね」
 大助はニコたちと玄秀、そして、その間でオロオロしている悪漢たちを見やりながら呟いた。
 グリムゲーテが「でも」と置きながら、馬を収めてあるぽいぽいカプセルを取り出す。
「これって逃げるチャンスじゃない?」
「だけど、放っておいていいのかな?」
 しかし――ニコと玄秀の間で高まっていく緊張感をぶった切るように。
「ちょーーっと待ったぁ!!」
 永倉 八重(ながくら・やえ)の声が響き、ブラック ゴースト(ぶらっく・ごーすと)の共に現れた八重が二人の間へと転がり出た。
「蛇の道は蛇に聞く! 虎穴に入って子供をゲット! その心は同じとはいえ、もう悪党さんは黄泉を行ったり来たりの限界寸前! そのうえ、契約者同士で争うなんて言語道断! なのですよ!」
「八重、ご託が長いぞ」
 ブラックが冷静に言う。
「では、手短かに! 巻いて参りましょう!」
 八重は言って、ポーズを取った。
「ブレイズアップ! メタモルフォーゼ!!」
 八重の姿が炎のような紅の魔法少女のそれに変化する。
 そして、魔法少女となった八重は改めてポーズを決めた。
「紅の魔法少女参上!! お二人とも、喧嘩っぽいことをするのはここまでです!」
 そんな感じで一気に混迷を極めていく路地裏の一角を背後に。
「――よし、もうこれは私たちの手には負えない感じだわ。逃げるわよ」
 ネルたちは雅羅と共に逃亡することを決意して、その場を後にしていたのだった。

 残された、ニコ、玄秀、八重たちは、互いの隙をうかがうような形でじりじりと魔術を放つタイミングを計っていた。
 その真ん中で、悪党たちはハラハラと涙しながら「もし、無事に生き延びられたら真っ当に生き直そう」と心に決めているようだった。
 そんな事態を収束したのは――更にこの舞台へと現れた新たな乱入者だった。

 突然降り注いだ雷撃が、その場に居た全員を痺れさせ、地に叩き伏せた。
 不意の一撃を直撃で食らってしまったとはいえ、契約者たちの誰もがすぐには立ち上がれないほどの強烈な魔法だった。
 魔法を放った主――フードを被った偉そうな男が、数人の者を連れ、路地裏に差し込むわずかな明かりの中に姿を現す。付き従う者たちも皆、フードを被っていた。
「嘆かわしいな。此処は吾輩と真理がすべからく交差する約束の地……しかし、知恵無き者どもは喚き汚すことしか知らん」
 偉そうな男が、フードの下、白髭に覆われた口元で大仰に言う。
「くっ……言っている意味がサッパリ分かりません!」
 痺れた体を懸命に起こそうとしていた八重が熱く呻く。
 すると、偉そうな男に付き従っていた内の一人が、すっと一歩前へ出て。
「『ここは諜報係りとの待ち合わせ場所だったとゆーのに、お前らが騒いでいて使えないじゃないか、ガッカリ』と申されています」
「そこまでフランクでなくてもいいから、もう少し分かりやすく……話して欲しかった……!」
 八重はそれだけ言うと、悔しげに顔を顰めながらパタリと地に倒れた。
「異界からの勇者ども、か」
 偉そうなヒゲ男がフッと笑い捨てるように言って。
「運命は変更された! 我らは黄金なる果実の恵みを貪り、次なる段階へと向かう!!」
「『待ち合わせ場所の変更を諜報係りに知らせろ。我々はちょっとそこのカフェでジュースでも飲んでから、そこへ向かう』と申されています」
 バッ、とローブの裾を翻し、偉そうなヒゲ男とその一味は再び路地の奥へと消えていったのだった。

 ヒゲ男たちが歩んだ道の先。
「待って」
 路地裏で、とにかく怪しい集団を探していた刹姫・ナイトリバー(さき・ないとりばー)は、ヒゲ男たちを発見し、彼らを呼び止めた。
「何者だ……?」
 取り巻きの一人の言葉に黒井 暦(くろい・こよみ)が返す。
「何、怪しい者ではない。ただお主らに興味があるだけじゃ」
 刹姫は、スッと目を細めて続けた。
「見たところ、オジサマ方は『闇の結社』のようね?」
 闇の結社。それは、厨二病を患う刹姫の妄想の産物だった。いつものように、それは彼女の脳内にのみ存在するもののはずだった。
 しかし……。
「如何にも、吾輩たちは闇黒の魔術結社である」
 ヒゲの男が言う。
「…………!」
 自身の思い描いた通りの闇の結社が目の前に実在したことで、刹姫の厨二病は益々加速した。
 何処か遠くを見るようにフッと目を細め、滑らかに言葉を並べていく。
「強い闇の気配を感じたの……私も人の闇を操る者ゆえ、ね」
「人の闇、か」
 ヒゲ男が虚しさを込めたような口調で零し。
「我輩の意識を踊る闇は深く刻を刻み、我輩に暗き安息を与え続ける……しかし、闇に溺れれば、苦痛を伴う後悔の激しさを知る。だというのに人は甘美な闇に溺れることを望むものだ」
「『寝るのは好きだ。大好きだ。だが、寝過ぎれば頭が重くなったり痛くなったりして寝過ぎた自分に後悔する。だけど、人って二度寝したい欲望には逆らえないよね』と申されています」
 ヒゲ男の言葉を翻訳したフード男の言葉は、刹姫の耳には入っていなかった。シャットダウンされていた。むしろ、存在すら認められていなかった。
 刹姫はヒゲ男を挑発するような目で見据え、言った。
「私は闇の深淵を知っているわ。それが私の世界だから。どう? 一緒に終わりなき夜を行くというのは」
「……刻が迫っておる。月が死を迎え、朝を呼ぶまでに我らは、いにしえの盟約を果たさなければならぬ。だが……貴様とは再び相まみえる事となろう。その時、貴様は吾輩の鏡となるか、あるいは――」
「そうね……私たちは表裏一体。どんなに拒んだとしても、再び出会うことになる」
 ヒゲ男がフードの男たちを引き連れて歩き出し、刹姫たちとすれ違って去っていく。
 刹姫は暦と共に振り返ることなく、ただ微笑み、そこに立っていた。

 ヒゲ男に付き従う者の一人が、翻訳を行なっている者に近づき。
「あの……先ほどは、なんと?」
「『今は時間がないので、今度あった時にでも詳しく話を聞かせてくれる?』と申されていました」
 翻訳者はそう言ってから、遠ざかる刹姫の方を見やり、「あの娘の言葉の意味は、いまいち分かりませんでしたが」と付け加えた。

「面白そうなのが居るわね」
 路地裏を見下ろせる屋根の上。
 メニエス・レイン(めにえす・れいん)は、屋根の端に腰掛けながらフードの集団を見下ろしていた。
 その傍らには、全能の書 『アールマハト』(ぜんのうのしょ・あーるまはと)がただ静かに佇んでいる。
 メニエスは、結果的には独り言となるそれを続けた。
「頭は少し……いえ、かなりアレなようだけど、魔力だけは一級品みたい」
 未だに地に倒れている契約者たちの方へと視線をやりながら零す。
「彼らはここで、諜報係りとやらと会って何かしらの情報を得るつもりだった……さて、何が始まるのかしら。とても、楽しみだわ」
 夕暮れの迫るスプリブルーネの街には、まだ平穏な日常が在り、街のあちらこちらからは夕餉の香りが漂い始めていた。